5
一睡することなく朝が来た。
夜中に何度か監視が来た。
その度に様子を見に行きたいというが、相手にされなかった。
薬の開発中はあれだけ協力的だった兵士や医師もすっかり私をお尋ね者のように扱う。
王子の事もあるから仕方ないが、もう少し、状況を聞きたい。
テントの外が騒がしい、そして
「サン、お前を拘束する!」
テントに駆け込んでくる兵士。
私は両腕をつかまれ男二人に吊るされるように、テントの外へ出た。
「何事ですか⁉」
状況が分からない。
いったい何があったのだろうか。
「キョン王子の容態が悪化した。我々はこれより、お前を拘束し城へ連行する。」
ミュールの後ろにやつれた顔のホエ王子がいる。
「キョン王子に合わせて下さい!」
「無理だ。王子は先に城へ向かっている。」
何があったのか、王子の容態を知りたい。
縛られた私は荷車に放り込まれ、薬箱も雑に扱われた。
ケティーナは舗装された道がほとんどなく、王都中心部でも舗装はされていない。
唯一舗装されているのは城の前の一部のみで、自然に任せた国というのが特徴だ。
そのせいもあり、私は荷車の上を何度も転がっている。
時々止まるのは川のせせらぎが聞こえる場所。
休憩をしているようだ。
荷車にはいくつかの荷物が乗っている。
引くのは大きな鹿で、その上にホエ王子とミュールが乗っている。
「本当にサンがキョンを殺そうとしていると思っているのか?」
「彼女はカルミナで第二王子に毒を盛ったと噂されるお尋ね者です。信用できません。」
「それもあいつがもともとは原因を作ったって話じゃないか。無理やり迫って、撃沈したのを逆恨みしての御触れなんだろ。彼女は被害者だ。」
やはり、カルミナからお尋ね者の情報は来ているようだ。
服の袖に仕込んでいる小さなナイフを手探りで取り出す。
手首をきつく縛られているせいか、なかなか出てこない。
荷車に揺られること三日。
水とパンを貰いながら過ごすと急に振動が収まった。
これはデジャヴのように感じるが、ここはもう城の前ということだ。
いつぞやの事を思い出し、
同じことがまたあるのではないか、
それはないか、
今は罪人だった。
と、自問自答をしている場合ではない。
今回は本当に命の危機かもしれない。
急いでナイフをしまう。
ナイフはとても小さなもので、太い蔓を編んだロープは三日かけても半分ほどしか切れなかった。
縛り方も要因だが、とても頑丈な蔓を使っている。
「自分で背負え、適当に扱われたくなかったらな。」
腕の拘束が一時的にほどかれ、薬箱を背負う。
ほどいたロープでもう一度結ぼうとしてみるが力を入れて縛った瞬間に切れた。
それを真顔で何も言わずに見守る。
「お前、大人しいと思ったら」
ミュールにより今度もきつく、しっかりと縛られた。
血が通わなくなりそうだ。
城の中はマスクをした者があわただしく歩き回っている。
皆、感染症予防なのだろうが意味がない。
そんなことを考えていると、ふと、肉の腐ったような匂いがしてきた。
どこからなのか首を回すと、すれ違った白魔術師からだった。
医師の出て来た扉からも匂いが立ち込めていた。
この部屋の中に何があるのだろうか。
そう思い、首だけを動かすと、
「ここでは父さんが療養しているんだ。もう、斑点が腐りだして長くないみたいなんだ。」
私はきょとんとした顔をホエ王子に向ける。
「ネコアシマダラが進行してもこんな匂いしません。膿の匂いが濃くなることはありますがこんなこと」
扉の前で止まり、私は匂いを嗅ぐ。
この匂いはどこかで嗅いだことがある。
でも、似たような匂いの症状がいくつか浮かぶがどれもネコアシマダラと混合するような症状は出ない。
「父さんが一番初めに感染したんだ。もう、三か月になる。」
三か月。
ネコアシマダラを三か月も放置すればもう死んでいる。
「この匂いがし始めたのはいつからですか?」
「……一か月ぐらい前かな。ミュール、記録を」
「こいつは今から刑罰を」
「いいだろ、少しぐらい」
ホエ王子が私の前でカルテを開く。
それを細かく読んでいくと
「……ネコアシマダラじゃない。」
「は?」
「でも、キョンの症状はネコアシマダラだって」
「はい、あれは間違えなくネコアシマダラです。でも、」
私はカルテから目を離し、方向を変える。
目の前にきた扉を顎で開けた。
中から立ち込める異臭に皆が顔をしかめ、口と鼻を抑える。
「ロープをほどいてください。一週間、私にこの部屋での治療をさせて下さい。」
その場にいた者は口々に異論や否定をする。
だが、王子は私をじっと見つめ、手を伸ばした。
ロープをほどいてもらい、部屋に入った。
「王子、こいつは!」
「彼女に任せよう。父さんも短い命なんだ。一週間で何か成果があれば、皆が助かる手立てになる。」
「見張りは室内に入れないでください。これは空気感染します。滅菌の包帯とガーゼ、水とアルコールを大量に用意してください。準備が出来たら声をかけて下さい。」
「サンは大丈夫なのか?」
扉を閉めようとする手を止める。
「問題ありません。私はグリゼオの民です。」
そう言って扉を閉めた。
閉めているドアの隙間、彼らの驚きに満ちた顔が目に入った。
それもそうだ。
こんなところにいることこそ私の罪だ。
小一時間ほど、症状を入念に観察し、カルテと見比べた。
私の持っている薬剤ではホエ王子の父、第五女王夫の全身を治療するには足りない。
扉を細く開け、メモをその隙間から兵士に渡し、
「ホエ王子にこれを用意してほしいと伝えて下さい。」
兵士は無言で紙を受け取ると足音が離れていった。
しばらくし、先に頼んでおいた包帯などが届き、数時間後にはメモの薬品もほとんどがそろっていた。
無い物は別の物で代用をしよう。
私の持っているものと合わせれば効果が劣らないはずだ。