17
私の生活に余裕ができた。
なぜか、それはなぜか見習いたちが変わるばんこに店の手伝いに来てくれるからだ。
シルバとモウスは見習いの中でも下っ端だったということもあってか、ほかの見習いたちは薬の調合には問題なく、毎日のように私の調合メモを見ながら練習として常備薬や納品をつくってくれる。
わたしはそれを見ているだけとなってしまい、片手間に溜まった新聞や本を読み漁る。
その間に
「今日は何しているんだ?」
なんて言いながらいつの間にか店にいるのはゲラダ王子である。
毎日のように来るが
「仕事は終わらせてきたのですか?」
「ああ、問題ない。何かあれば呼び出しも来る。」
そういう問題ではないと思うが暇なのだろう。
ならば
「ねえ、ここなんだけど、この場合、皮膚をそぎ落とすっているけど、皮膚だけ? それとも肉も?」
医療関係の本は絵がなく説明文だけが並ぶ。実に解りにくい。
想像力が鍛えられる。
「今日は何呼んでいるんだ?」
「寄生性の菌による病気。クサリキノコの項目。」
「ああ、そうだな。その場合は表面をそぎ落として、中に陥没した空間があるからそこを洗浄する。皮膚表面に菌の混ざる皮膚が少しでも残っていると再発の可能性もある。内服薬との併用で処置が必要だな。」
「実物を見たことないからわからないわね。ネコアシマダラとは症状は全く違うわね。」
「ネコアシマダラの治療は内服薬と塗り薬で初期治療はできるがもし、内臓などにまで広がっているなら、手術だな。リスクは高いが胸を開く必要がある。」
「こっちは空気感染はしないのよね。」
「接触感染だな。傷口に触れたところから広がっていく。手が動かなくなると自分で処置できなくなるから助けを求めて誰かに触れるとそこからまた広がる。滅菌処理に強い、感染したらはじめの一週間で治療すれば助かる可能性はあるが一か月もたてば内側に入って助かる見込みは低くなる。二か月生きたという記録はない。」
どちらも偶蹄類の感染例が多く、そのほかの哺乳類目への感染は低いが近くにいれば感染する。
特に偶蹄類の血が混ざるテリーの中では人間へ感染できる菌に変化して広がる可能性もあると、仮説として本に乗っている。
「なんだ。誰か黒い斑点ができていたのか? 隔離する必要は?」
「この国じゃないわ。それにこの病気と決まったわけじゃない。それに先天的な症状が表に出てきた可能性もあるわ。」
「先天的ならヒョウモンエンか。あれは大量には問題なく、黒い痣ができるだけだ。」
「あとは食物アレルギーのクサリモンカ。可能性はこっちのほうが可能性はあるけど、問題は斑点じゃなくて、鎖状の線ができること」
「さらに原因の植物の花の模様も出るからわかりやすい。それにその食べ物は今現在絶滅させたはずだ。」
気になることは多い。
でも、結論をくれる人がいない。
「ほかにめぼしいものがないかもこっちで探すからその情報をくれたやつにもっと詳しい情報をもらってこい。もし、ネコアシマダラやクサリキノコならこの国には少ないが偶蹄類が感染する可能性もある。」
「わかった。」
偶蹄類といえばコルヌは羊のテリーだから感染の可能性は高い。
気を付けないといけない。
店を見習いに任せられるようになり、二階にベッドを入れ、最低でも二人が寝泊まりしてくれるということでここ二日間、私は城の私室で寝ている。
夕食後、そのまま私室へ戻り、朝になれば店へ、お昼前にゲラダ王子が来る。
みんなそろって昼食をとって、午後は私と王子で見習いに調合などを教え、夕食前に城へ戻る。すごく楽だ。
私のすることは料理して、みんなで食べて、わからない調合を教えるだけなのだから
候補披露パーティーから二週間たった。
なんだか城が忙しそうだなと思い、ミラに聞くと
「次はアヌビス様の婚約者探しが行われるんです。今回は国民で未婚の結婚適齢期の女性全員に招待状を出しました。」
「気合入っているわね。」
他人事なのでもうどうでもいいが、城に人が増えると候補同士でいざこざが増えないかと心配になり、
「何も起きないといいですね。」
なんて言っちゃうと
「これ以上に荒れることはないのではありませんか?」
草やら今が一番大変なようだ。
今日は店で寝泊まりをする。
見習いたちが明日テストがあるとかで勉強をさせるため夕食後はすぐに戻る予定でいる。
夕食の席へいくが、最近はどうも険悪モードに拍車がかかっているのか、クリスタルはインペラートル令嬢に集中しているの話しかけてくることもない。
「今日のお昼は王子はどちらへ行かれていたのですか?」
これは毎日聞く決まりなのかと思うぐらい毎晩同じセリフを聞く。
「今日も視察があったから外で食べてきた。」
外で食べたことに間違いはないだろう。
私の店で見習いとみんなで食べたものだが
「視察へわたくしも連れていってほしいですわ。」
インペラートル令嬢が言葉は控えめ、態度は食い気味に言うと
「町のことでしたら私が詳しいですよ。良かったら明日いかがですか?」
「明日は会合の準備があるんだ。」
「会合にはノノも出るのよね?」
クリスタルの視線が刺さる。
「その予定だけど、どうかしら。店の様子にもよるわ。ここでの生活が始まってから一度も参加できていないし」
「そう」
様子を見られているようで、嫌味なのはわかるがあからさまでむかつく。
「私も白魔術師の見習いになる勉強をしているのですが会合に参加することはできないのですか?」
グッダ令嬢が聞く。
「見習いの参加も少ない。まだ資格のない者を入れることはできない。」
「じゃあなんでノノは入れるの?」
王子に向かってじゃあとか、入れるの? とか、親しくないなら使えない。
わざとか、権勢かと思うが令嬢としては減点だろう。
私みたいに候補から早く外れたいのなら別だが
空気が悪いと思い、
「今日は早めに店に戻らないといけませんので」
そういって立ち上がった。
後ろで控えていたミラと一緒にダイニングを出る。
仕事着に着替え早々に城を出る。
店に入るとシルバとモウスだけだった。
「遅くなってごめんなさい。試験勉強は良いの?」
「俺たちは道具の名称とか、薬草の名前とかなんで、試験勉強の範囲は問題ありません」
ここにいれば自然と覚えられる簡単な問題なのだろう。
二人を見送り、しばらく店を空けていたがお客が来る様子もなく、お風呂へ入ってしまう。
その後もお客はこないため、深夜を回ったところでベッドに入った。
カランカラン
ガタッ
店のドアが開いた音がした。
眠ってからまだ一時間もたっていない時間。
ガタッ
また音が聞こえる。
夜目が良いわけではないのだろう。
泥棒には向かないやつだな、と思いつつ見習いが忘れ物を取りに来ただけかもしれない。
シルバとモウスには店の鍵も渡してあるから入ってこられる。
そうだと願いながら一階へ下りていくと店舗の階段を上がっていく足音がする。
二階へ行くということは忘れものだろうか。
見習いならよかったと思い
「誰? どうしたの? 忘れ物?」
なんて声をかけたところで頭に痛みとゴンっという鈍い音がした。
頭を押さえ、振り返ろうとする途中、側頭部をまた殴られた。
壁にぶつかり反対側も痛い。
逃げよう、声を出そうとしても遅く、目の前はどんどん霞んでいってしまった。
目が覚めた時には暗い箱の中だった。
バランスをとるのが難しい、起き上がると背中側に転がり、何だが波に揺られているような感覚がある。
感覚だけでなく、本当に波に揺られ、水面に浮いているように思え、急いで蓋を開けようと力を入れるがどこの側面も開かない。
このまま流されればどこかへ到着する前に餓死、最悪魚に食べられる。
沈んで溺死もあり得る。
それは困る。
急にいなくなればお客も見習いも困ってしまう。
人数合わせとは言え候補だ。
大規模な捜索が始まればそれだけ国費を使うことにもなる。
こんなことに無駄使いをさせる気はない。
何とか脱出しないとと思いいろいろ動いてみるがびくともしない。
力んで緩めてを繰り返すだけでも体力が持って行かれる。
箱を回してほかの面でも試すがやはり開かない。
このまま海の藻屑となるのかと思うとだんだん悲しくなってきた。
やり残したことはたくさんある。
見習いたちに見せていない調合メモが前の店にあることやクリスタルを王妃に本当させたいのならもっと協力すればよかった。
私が死んだあとにどうなるかなんてしらないからゲーラの好きにさせればよかった。
今後の国営を思うと今の候補は誰もおすすめはできないが
なんて考えているとボーっとして遠くが見える。
声がするということはそんなに遠くないのだろう。
「海に何か浮いてるぞ。」
「密入国者かもしれない。回収するぞ。」
「死体とか嫌だな。」
「どうした?」
現れたのはアヌビス様、服装が軽いもののためか国兵と解らなかったがどうやら海上保安の船の様だ。
私も見つけてほしい物だと思っていると急な浮遊感に箱の中の世界に戻る。
持ちあげられ、横に動いたと思ったらゆっくりおろされる。
なんだか箱が安定しない。
「鎖を切れ、油断するなよ。」
この声はアヌビス様だ。
そう思い
「アヌビス様!」
箱をたたきながら叫ぶと
「誰だ⁉」
「ノクティスです!」
それからは早かった。
道具を持ってきていたのだろう。
じゃらりと金属の落ちる音の後にくぎ抜きが差し込まれ、開いた世界は眩しかった。
「こんなところで何をしている?」
怪訝な顔をされるのは解っていたがあからさまにはやめてほしい。
好きで入っていたわけではない。
なんだか落ち着いたら頭がいたくなってきた。
こめかみに触れると乾いた血が手に付く。
「怪我しているのか。こいつを医務室へ運んでやれ。いったん城へ戻ろう。兄上に報告しないといけないからな。」
「今何時ですか?」
箱から抱き上げられ甲板に立つがなんだかくらくらする。
兵の一人に支えられ歩き出すが足元がおぼつかない。
船酔いではない。
船に乗ったのは初めてだ。
波で大きく小さく揺れるのが何だがきつい。
「いい、俺が運ぼう。スムールに手紙を持たせろ。」
私の質問は無視か。
と、思いつつ、船内の医務室へ降りるとベッドのある部屋があった。
なんだか豪華な作りで医務室ではない。
「港までしばらくかかる。白魔術師を呼ぶから待っていろ。」
そういわれ、いつの間に用意したのかタオルを渡される。
ベッドに座り、傷口を抑えると中に血がたまっていたようであふれてきた。
触り心地の良いタオルなのだがもったいないことをした。
傷口にガーゼを当てて包帯を巻かれる。
後頭部も血が手た痕跡はあるらしいがそこまで出血したわけではないらしい。
側頭部は簡易的に塞いだが、中で化膿した場合は傷口を開いて洗うといわれた。
そんなにひどいかと思いながら疲れていたのか診察の結果を聞いている途中から記憶がない。
目が覚めたら城の私室だった。
「目が覚めましたか。お気分はどうですか?」
コルヌがいた。
なんだか目をつむった一瞬で城に移動してきてしまったような感覚があるため今が何時だろうから確認したいが部屋の中はほんのり緋色。
夕方のようだ。
起き上がろうと力を入れると頭に痛みがある。
ずきずきする。
顔をしかめてしまうと
「そのまま寝ていてください。ゲラダ王子からお店には白魔術師と見習いで回っているから安心するようにと伝言です。」
優しく笑いかけられる。
私の心配することもお見通しかと思うと体の力が抜ける。
布団から手を出し、包帯を触る。
額に触れるとすこし微熱があるようだった。
これは言葉に甘えて寝よう。
私の動きからか、コルヌも私の額を触る。
「氷嚢を用意しますね。あと、こちらも飲むようにとのことなので置いておきます。」
ガラス製のコップの底面近くから細い管が伸びる道具は寝たきりや動けない人が首だけでも動かせるならば自分で水が飲めるようにできたもので、看病の道具だ。
楽だが、自分が使うときが来るとは思わなかった。
中身はグラスが汗をかいていることから冷えた飲み物なのだろう。
と、持ったら見覚えのある補給水だった。
部屋を出るコルヌを見送り、痛みの少ない側頭部が下に来るように横を向く。
後頭部が楽になった。
でも、これだと氷嚢が乗らないかと補給水だけのんで元に戻った。
氷嚢を持って来たコルヌは一緒にゲラダ王子も連れてきてしまった。
「店に行ったら見習いたちもお客もお前がいないと焦っていた。無事でよかった。」
そういいながら頭をなでてくるためその手をつかみ少し力を入れると笑われた。
氷嚢を渡され、額から落ちないように支えると着ているパジャマが昨夜と違うことに気付く。
意識のない人間を着替えさせるのは大変だっただろうにと思いつつ、箱はあまりきれいではなかったように思える。
船のベッドを汚してしまったなと、思っていると氷の冷たさがタオル越しに伝わってきた。
気持ちいな。なんて思っていると今度は眠気が来る。
さっきまで寝ていただろうと思われるだろうがあれはおそらく気絶で寝た気はない。
船の上以上に安心したのか。
ゲラダ王子の顔を見ていると眠くなる。部屋のドアがゆっくり開くのが見える。
そこからギーが顔を出したため声をかけようかと思ったがその前に落ちた。
数日の絶対安静のせいでベッドの上から出られず、微熱が下がっても部屋から出られず、結局一週間、お店に顔を出せずにいた。
「師匠、納品の数の確認をお願いします。」
そういって部屋へ来たのは見習いの一人、マーレという女の子。
食中毒の時は症状が軽く、翌日から店を手伝ってくれていた子だ。
「大丈夫よ。何か困ったこととかない?」
「ごはんが……」
心配はそこらしい。
「そうね。ゲラダ王子に許可をもらって厨房でも借りましょうか。みんなの分をまとめて作るのは大変だけど、頑張るわ。」
「無理はしないでくださいね。使用人用のコックは料理が下手なのですがそれでも食べられないわけじゃないので」
「そうなの? でも、シルバはそこそこおいしいって言ってたわよ。」
お茶を入れて座るように促す。
「前まではそうだったんですけど、食中毒のあとにコック一人と下働き一人が責任を取らされてやめたんです。それからはすっかり味が悪くて」
ため息をつきながらハーブティーを口に運んでいく。
夕食前、毎日のようにゲラダ王子とギーが顔を出す。
毎日は迷惑だったが今日はちょうどいい、
「使用人用のコックを解雇してから料理がおいしくないそうよ。改善できないの?」
「そうなのか。誰も言ってこないから気づかなかった。ノクティスはどうしたい?」
「見習いたちがおいしくないってはっきり言っているみたいだから改善しないと大事な使用人たちの健康に支障をきたすわ。私でよかったら指導もレシピの考案も手伝えるわ。なんせ城に軟禁中だし」
「軟禁か、そうだな。城の中ならミラかコルヌ、ギーは必ず一緒に行動しろ。」
それではギーの仕事に支障をきたすと言いたげな顔をすると
「俺の仕事が楽になった。一日中部屋から出ていろ。」
「一日出ているなら店へ行くわ。様子を見に行くぐらいいいでしょ。」
「……昼から夕方までだ。それよりも早く、遅くなるのならもう二度と行かせない。」
「私の店なんだけど」
今日から夕食はダイニングへといわれ、一緒に移動する。
王子と入ってきたせいか他候補からの視線がいたい。
そこでふと、一人少ないことに気付く。ルシオラ・ムスカ令嬢がいない。
彼女にも何かあったのかと思いつつ夕食が運ばれてくる。
食事中、全く会話はなかった。
食後、ミラの案内で使用人用の厨房へ向かう。
「はっきり言っておいしくないそうなのですがその意見をどう受け止めますか?」
「俺たちもいろいろやっているんだ。でも、メインコックがいない今、作れるものなんて見習いじゃ限られる。」
ここも見習いか。
城は見習いが多いが育成に時間をかけすぎて何もできない者が多い。
改善が必要だと王子へ進言しておこう。
「じゃあ、手の込んだものでなくていいからおいしい物を一つ作ってください。」
「……はい…」
自信がない。
と、顔にはっきり出ている。
その様子を見ているがおぼつかない手つき、下処理が甘い野菜、焼きすぎの肉。
だめだな。
食べてみたが焼かれた鳥の胸肉はぱさぱさで、仲間で火を通すために焼き過ぎ、焦げている。
添えてある野菜も筋を取っていなかったり、花序(花芽の密集したところ)の中から虫が出てきた。
それを見つけたときはコック見習いの顔色が悪くなる。
「明日、忙しい時間が終わったころに来ますね。明日のお昼のメニューは何ですか?」
「魚のムニエルとスープとサラダとパンです。」
「仕入れの予定表は?」
「これです。」
何が始まるのかと遠巻きにしている見習いたちも寄ってくる。
「使用人は城にはなくては欠かせない存在です。そんな者たちの食生活を支えるのがあなたたちの仕事で、生活の基本ともいえる食事はなくてはならないこと、それがまずいとはもってのほかです。いいですか、ご飯がおいしいといてもらえるように練習しましょう。無理なら上司へ報告、上司もこの状況を知っているならその鼻へし折ってやるつもりで頑張ろうと努力しなさい。」
そういって厨房を出る。
「昔、新人のメイドがさぼっているのをすごい剣幕で起こっていた時に比べたらだいぶ優しいな。」
ギーがそんなことを言うためにらみつける。
「ノクティス様は使用人の気持ちを代弁してくださるお優しいからで我々は良い主を持ったと思います。」
ミラがそんなことを言うため
「主人はゲラダ王子でしょ。それに彼に言っても改善してくれると思うわよ。そういう人でしょ。」
「はい、ごもっともでございます。ですが、あの方は使用人と距離が近すぎることを問題視されかねないお立場、ノクティス様がこうして動いてくださることがうれしいのです。」
これ以上いうと部屋に帰っても続きそうだと思いやめる。
ミラが満足しているならいいや。




