15
朝起きて、朝食の準備をしている間に見習いが来る。
一人でも仕入れと食材を買ってこられるため、シルバは仕入れへ、モウスには配達をお願いするようになった。
はじめの一週間はともについて行っていたが道も覚えて、今では問題なく一人で納品してくれる。
二人が出発してから朝食を作り、戻ってきたらともに食べて、掃除と納品分の作業も手伝ってもらえるようになり、手が空くことが増えたからか、少し休憩しているとボーっとしてしまい、お城の風景をよく見ることがある。
クリスタルがメイドを怒鳴りつけていたりしたのを見たときはその日の夕食で私が同じことをしても怒鳴りつけるのかと聞いてしまい、誰から聞いたのかというため、偶然廊下を通っていたというと王子には言わないでとせがむため今回は見逃すことにした。
そもそも、王子に言う気はないが、メイドも心労がたたっているならば屋敷に帰すべきだと伝える。
また別の日は今回の王妃候補選出に当たり、お客さんたちが言うには大本命であるイラ・インペラートル侯爵令嬢は歳上だが一つ違い、軍との兼ね合いも考えると可能性が高いのだが、彼女もまた怒りっぽい、嫉妬で回りが見えなくなるようで、ずっとほかの候補の愚痴を言っている。
その中で私はクリスタルの次に気に食わないらしく、オーギュームさんやギーと親しく、食事中に王子を合わせる回数が多いというが目が合ったことがあっただろうかと考えていると
「師匠!」
モウスに呼ばれて目の前の風景に戻る。
「ああ、ごめんなさい。ボーっとしてたわ。」
「補給水こぼれますよ。」
といいながらモウスの手元には私が先ほどまで持っていたはずのコップがあった。
「脱水ですか?」
シルバも心配気にやってきた。
「違うわ。最近生活に余裕が出てきたからボーっとしていられる時間ができたのよ。二人のおかげよ。ちょっと魂が山の方へ行っていただけよ。」
この島ジョークである。
国唯一の山ティアリサム山は死者の行く先といわれている。
「じゃあ、次の会合には出られそうですか? 王宮で行われるそうなんです。」
「ゲラダ王子がまた主催なのね。忙しいのによくやるわ。でも、その前におかしなパーティーに出ないといけないのよね。」
シルバがカウンターに置かれた先ほど届いたばかりの封筒を持ってきて言う。
会合の案内は白魔術師の証のシムと灰魔術師を現す少量なら薬、大量なら毒になる薬草マームの花が封蝋として押されている。
「明日は昼から留守番ですよね。頑張ります。」
「夕方には帰っていいから、何かあれば王室御用達のお店へ行ってもらうように案内出しておくし、高い店だから費用の一部保証も一言さんじゃなかったら行うし、二人は気にしないでゆっくり休んでね。夕飯は作っていくから」
「ありがとうございます。なんでも昨日から海上保安の軍が訓練で山手前まで行っているとかで、灰魔術師の先生たちほとんどいないんですよね。昨日帰ってびっくりした。」
シルバが言う横でモウスもうなずき、
「使用人用のコックも連れていかれてて、食事がいつもより質素なんだって言ってるやつがいて、自分たちはここで食べれてラッキーです。」
「そういってもらえると作り甲斐があるわ。」
そう、明日はついにおかしなパーティー、妃候補お披露目のパーティーである。
なんだかはじめのころは王妃候補といわれていた気がするが国王陛下は健在で王妃さまも元気なことからか、理由は定かではないが妃候補と呼ばれるようになった。
間違いも問題もないためいいが急にどうしたのだろうか。
「それじゃあ、切の良いところで帰っていいから、明日は二人ともお休みだし、ゆっくりしなさい。」
「飯が質素なことだけが悲しいです。」
シルバの言葉にモウスが小脇を肘でつく。
迎えにはギーと一緒にミラがいた。
「今日はまたどうして二人?」
なんて、何も考えずに聞くと
「ゲーラがノクティスは逃げるかもしれないっていうから」
「追跡は得意です。」
そういうことかと思うが
「さすがにすっぽかしたりはしないわ。ドレスも作らせちゃったし」
「そのドレスですが気に入っていただけるか、確認をする時間も取れず」
「王子から紺色のドレスって聞いているからそれ以上はいいわ。想像だけで着たくなくなるから」
白衣のまま、私室へ入り、ギーは帰っていく。
ミラがいろいろ持ち込んだのか、荷物が何だか増えていた私室で、
「では、まずお風呂へ入りましょう。隅々まで洗いますから」
「お手柔らかに……」
クリスタルは気にせず使用人の付き添いで入浴していたが私は自分なら無理だなと思っていたことが、一生ないだろうと思っていたことがやってきた。
温泉の溜められた湯船と台の上にはお湯の入ったたらいがある。
基本、お風呂場は三つの蛇口があり、温泉とお湯、水が出る。
一般家庭では温泉か水かのため髪が痛みやすい。店のお風呂場はここと同じく三つの蛇口、水は雨水をためる設備が二階の屋根のさらに上についているためケチケチしなくていい。
髪を他人に洗ってもらうことは初めてで自分でやらないって楽だな。
なんて思っていると
「ではムダ毛処理を行いますね。」
聞きなおすこともできない私はいつの間にかいたもう一人のメイドに簡単に持ちあげられ、浴室内のベッドへ、スチームでも焚いているのか寒くはないが恥ずかしくて逆に暑い。
ムダ毛処理が終わり、もう一度湯船で体を温めたらまたベッドへ戻される。
今度はなにかと思うとエステだマッサージだと始まる。
「ここまでする必要ありますか?」
気持ちよさに溶けそうになる。
毎日立ち仕事で座っているのなんて、寝ている時間のが長い。
足が痛いぐらいもみほぐされ、履きなれた靴に足を入れると
「すごい余裕ある。」
「むくみは強かったのでやりがいがありました。」
猫の手のマッサージは気持ちよかった。
少しゆっくりするといわれ、紅茶を出され、口を付けるがその間、ずっと手をもみほぐされ、
「爪紅をつけましょう。」
爪紅、島外の文化で爪に塗り物をするのだが効果な物で、娼婦たちはアカミズという花の花弁を爪に押し付け、赤い色を付けていた。
それに比べ、私の爪には銀粉の混ざる透明な液体が塗られる。
匂いもするためもう二度とすることないだろうなと思ってしまう。
気づけはもう四時、パーティーは六時からで、候補の集合は五時半。
急がないといけないがあとは着替えるだけのつもりでいた私と違い、ミラは
「ひとまず、お着換えをしていただきまして、少しだけメイクをしましょう。」
なんだか楽しそうだ。
「シンプルにお願いします。」
「もちろんです。ノクティス様の美しさが際立つようにいたしますので眼鏡は没収です。」
パーティー中も眼鏡をしたままでいるつもりだったが仕方ない。
近くは見えるため挨拶中に顔がわからないなんてことは起きないだろう。
用意されたドレスは紺色で一件シンプルで、地味だといわれるだろうドレスだがよく見ると金糸と紺色の糸が縒り合され、刺繍が施されている。
シムとマームということが解り、ゲラダ王子の指示だろう。
五日でできるという話だったが今の今まで見られなかったのはこの刺繍に時間がかかったからだろう。
首元にはビジューが付けられ、青い石と透明な石が配置されていることからネックレスをしなくてもよさそうだ。
詰襟で肩が出るデザインだが、袖がないわけではないようで、胸の上から二の腕、背中まで幅の細いプリーツが隠すように縫われている。
あまり見たことのない形に首をかしげると
「島外のデザインでぜひ、ノクティス様に着てほしいと用意していた物になります。」
「それは、ありがとうございます。」
腰から太ももまで体のラインがしっかりと出る形は珍しく、さらに裾は膝から下に少しボリュームがある。こんなにラインの出る物はこの国にはなく、受け入れられにくいだろうが、パニエにクリノリンなどのドレスのふくらみを持たせるための物を着てまで、あんな重たい物は着たくない。
今回はゲラダ王子のチョイスに感謝だろう。
コルセットを付けて、ドレスに袖を通す。
思ったよりも窮屈でなくてよかったと漏らすと
「もう少し食事量を増やされてはいかがですか?」
と、ミラに言われる。
遠巻きにやせているといわれるが食生活は昔から変わらない。
運動量が多いのだろうか。
お風呂場で浴槽からベッドまで移動するのに持ちあげてきたメイドもうなずいている。
私の視線に気づいたメイドが
「いつもは王女付きのメイドをしておりますフェーリアと申します。シルバからノクティス様はとても素晴らしい灰魔術師だと伺っております。」
「なんだか過剰に伝わっていないか不安です。」
そうか、ウミューシュとのハーフだから簡単に持ちあげられたんだなと納得する。
そこに箱をさらにいくつか持ってコルヌが入ってくる。
「宝飾品が届きました。」
「これ以上つけるの?」
首元だけで十分だと思っていると目の前で開かれた箱はイヤリングとピアスが入っていた。
イヤリングは大振りの青い石の周りに小粒の透明な石が一周ついていてピアスでは傾いてしまいそうだ。
私のピアスは耳たぶではなく、外耳の側面、カフスなどを付けるような位置に開いている。
イヤリングからチェーンが伸びて、ピアスにつながっている。
「変わったデザインね。」
「島外のデザインになります。ゲラダ王子が吟味に吟味を重ね、選ばれましたよ。指輪は婚約指輪がありますので、ブレスレッドをお揃いで用意いたしまして、髪飾りがこちらです。」
ブレスレッドは幅の広い物で銀色の板を丸めたような形に青い石が付いている存在感はあるがごてごてした物ではなかった。
髪飾りはドレスの刺繍に合わせたシムとマームで無くなったドレスもおそらくこんな刺繍があったのだろう。
薄めの化粧がされ、長く適当に伸ばしていた髪にもオイルが塗られ、つやといい匂いがする。
横髪を多めに残し後頭部でまとめ上げられ、髪飾りが付けられていく。
「後ろに倒れそう。」
「立ち姿がお美しいですよ。」
これでヒールを履くのかと思っていたら、思いのほか低い靴が持ってこられた。
「よかった。ヒール苦手なの。巨人みたいって言われるのよね。ゲーラに……」
そう、言ったのはゲーラだ。
少し良い店へ食べに行くとギーと三人で行くときにヒールを履いたら言われた。それ以来、一足しかないヒールは履いていなし、前の店に置いてきた。
「王子がご自身との身長の兼ね合いからこの高さを希望されました。」
ふふふっという声が聞こえたが気にしない。
時計を見ると時間がたつのが早く、もうすぐ集合時間だ。
「では、待合室へ向かいましょう。ご案内いたします。」
鏡の中の人物は誰だろうと思ってしまう。
重い腰を上げ、ミラの案内で門からではなく、城内の通路を通り、会場近くの待合室へ入る。
時間は集合十五分前、中には一人、令嬢がいた。
確かスペールディア家と同じ伯爵家でクリスタルの一つ先輩、校内では目立つ存在で、成績優秀、乗馬に剣技が得意で、愛馬だというピスティアが毎日送り迎えをしてくれていることが有名だった。
容姿も美しく、パーティーで見かけるとずっと踊っているほど人気で体力もある。
名前はルシオラ・ムスカ令嬢。ムスカ家はお抱えの灰魔術師がいるため配達したことはない。
「お早いのね。誰かしら?」
「ご挨拶が大変遅れてしまい申し訳ありません。ノクティスと申します。」
「ああ、王子に近づくために白魔術師の資格も取ったというお嬢さんね。城に全く戻ってこられないからどうしているのかと思っていましたの。元気そうでよかったわ。」
最近は毎日夕食へ出ているのだが、二人減って一人増えたぐらい、気にしてないのだろう。
「おかげざまで、ムスカ伯爵令嬢もお早いのですね。支度することがたくさんあったでしょうに、私と違って」
私は昼からで間に合うがきっとクリスタルは朝から私以上にエステだマッサージだと受けてから来るのだろう。
ムスカ令嬢は私以外の候補四人の中ではメイクは薄目だが、それでも濃いと思う。
目の周りの色が濃い。
そのせいかチークも濃い。
リップも流行りの色とは知っているがくすんだ赤は今日のドレスには合っていない。
彼女のメイドは何をしているのだろうか。
ミラが出してくれた紅茶に口を付けているとイラ・インペラートルが入ってくる。
「ごきげんよう。ただの候補の皆さん。」
とは言っても二人しかいないことになんだ。
という顔をされる。
時間ギリギリにドアが開くとクリスタルと一緒にウェヌス・グッダ男爵令嬢が何やら口論しながら入ってくる。
おそらくその原因はドレスの色がかぶったから、そして、インペラートル令嬢も同じ色。
カルミナの国色といわれる真っ赤なドレスだった。
主役、主催側でない限り着ることのできない色ということもあり、三人とも選んだのだろうがかぶる可能性は考えなかったのだろうか。
「あんたなんて黒でも着てなさいよ!」
「なんですってあなたの顔はベージュがお似合いよ!」
「まだ若いのだからピンクでも着てなさい。」
「何よ年増のおばさんたちが」
「何をやっているんだ?」
そこにちょうど良く入ってきたゲラダ王子が三人の口論を止める。
「来賓席も近い。会場では大人しくしているように、ノクティス」
急に呼ばれ、持っている紅茶を落としそうになる。
「なんでしょうかゲラダ王子。」
返事をするとこちらへ歩いてくる。
「ドレスは問題なさそうだな。これを付けて出るように言うのを忘れてなコルヌに取ってきてもらった。」
差し出された手には私の白魔術師のブローチがあった。
「私の知人も多い。会合に参加できていないんだ。これを期に面識を広めるといい。」
そういいながら胸元のプリーツにブローチを付けてくれたが顔が近い。
少し後ろにたじろいでもすぐにソファーの背もたれがある。
くすっと笑うとすぐに離れていった。
「間もなく会場だ。各自動きの確認をする。頭へ叩き込むように。」
何だが軍の様だな。
そういえば、昨日から訓練をしているという海上保安の部隊員。
アヌビス様は国の行事だが出席するのだろうか。
年が近いことから何かと話やすいし、前のパーティーの時のお礼もしていないことを思い出す。
会場には最後に入る。
ゲラダ王子について爵位順に入るため私は最後。
いなくなっても気づかれないだろうか。
上座に椅子があるため中央にゲラダ王子、入場順に左右に分かれ、遠い席から順に座るように言われる。
「爵位が上の者が端ですか?」
インペラートル令嬢が言う。
宰相の娘であり、侯爵令嬢でもあるため彼女は端、家の歴史から考えてだろう、二番目がクリスタルで、同じ伯爵家のムスカ令嬢が三番、王子の左右には私とグッダ男爵令嬢が座るらしい。
王子の挨拶後、候補の紹介が行われ、あいさつ回りがやってくるらしい。
候補である以上、目上が来ても立ち上がらないように横からミラに言われるがそんなことできるかと不安になる。
挨拶にはきっと納品の貴族の当主も来てくれるだろう。
モウス曰く、私が来ないことを寂しいと言っていたらしいおじいちゃんがいる。
その後、ダンスがあり、軽食を食べたりして、パーティーを楽しむらしいが全く楽しめる雰囲気でも空気でもない。
「失礼いたします。招待のお客様がだいたい揃いました。準備をお願いいたします。」
コルヌが部屋に入り、お辞儀をしながらいう。
「わかった。では移動しよう。」
候補たちは納得いかないという顔がほとんどだが仕方なく、ここで口論をするわけにはいかないため大人しくついて行く。
席の配置はおそらく上位貴族の方が挨拶が多いからだろう。
王子への挨拶もあり、混雑を避けるのが目的なのだろうがそれがすぐにわかるほど、冷静な候補ではない。
入場の準備が整い、
「ゲラダ王子のご入場」
ギーの声が響く。
クリスタルは気づいただろうかと見るが、何やら前のインペラートル令嬢と何か口論になっているようだった。
小声でも王子には聞こえていそうでため息が出る。
動き出した前について行き、会場に入る。
大きな音楽とざわつく招待客の眼はおそらく三人もいる赤いドレスについてだろう。
逆にグレーのドレスのムスカ令嬢や紺色の私が目立ちそうでいやだ。
上座への階段を上がり、椅子の前に立って振り返る。
なんだか客の顔が良く見えるが見下ろしているこの感覚が嫌だ。
王族でもないのに、こんなところに立っていることが元使用人のせいか、気をもんでしまう。
王子が座ると候補も座る。
その後招待した来賓の紹介が行われ、王子の挨拶が始まる。
「本日は喜ばしい日に参加してくれたこと、感謝する。当初七人と発表していた候補だが現在はこちらの五人の中から選ぼうと思っている。まあ、そんなこともあり、此度の会が遅れたことはお詫びする。今日は楽しんでいってほしい。」
「候補様のご紹介をさせていただきます。」
ギーの声が響く、昔から声が大きいためこういう時にはとても役に立つ。
「イラ・インペラートル様」
紹介と言っても名前が呼ばれるだけ、爵位は親のもののためか省略された。
「クリスタル・スペールディア様」
呼ばれると立ち上がり、スカートを持ちあがる礼、カーテシーを行うが私のスカートは持ち上がらない。
「ルシオラ・ムスカ様」
カーテシーなんてやり方は知っているが実際にしたことはない。
なんて思い出しているとミラに使用人ではないため軽いお辞儀をと耳打ちされる。
「ウェヌス・グッダ様」
次かと身構えて足り上がる準備をしていると
「白魔術師見習い、ノクティス様」
驚いて立ち上がるのが遅れる。
なぜ私だけ見習いといわれたのかと思いつつ、浅く頭を下げる。




