6
以前、11・12として掲載していた物になります。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。
今日から仕事開始です。
昼過ぎに来るように言われ店に入ると少しあわただしくリリアさんとリーファさんが接客中でその横を抜けて奥の作業場に入る。
「おはようさん。なんか店の方忙しそうだったな。」
表とは違い、裏はコーヒーを飲んでのんびりしていた。
「お客さんは何を買いに来ているんですか?」
「第一王子がマリンサンセットを象ったブローチをしていたとかで、リリアの仕事で使ったのがあったからみんなそれを買いに来てるんだ。王子ファンだな。」
「王子ファン……」
熱狂的な、王子ファンしか、こんなことしないだろうがクリスタルには関係ないのだろう。
「あたしも帰りに買って帰る。」
「残っていたらね。それより、仕事教えてもらうのが先よ。」
「そうだった。お嬢様は店が落ち着くまでそこから接客覗いてな。ノクティスはこっちだ。それズボンか?」
カーテシーをするように持ちあげるが足と足の間に隙間ができる。
「店長、あたしはいつまでもお嬢様ではありませんの。ですからどうぞ私のことも呼び捨てにしてくださいな。町になじめるように自分のことを私と呼ぶのも替えているところですのよ。」
ああ、そうだったんだ。
知らなかった。
時々私とあたしが混ざっていると思っていたがそういうことか。
と、思うが私は私でいいと思う。
クリスタルは出入り口に椅子を置き、そこから店の様子を伺っていると
花束お願いします。
と、リーファさんが大声を上げるのを聞き、驚いていた。
「ちょうどいい、よく見ていろ。」
そう言って片手をあげた店長にリーファさんは注文内容読み上げる。
マリンサンセットを使って、若い女性、家族から、誕生日用だと言って表へ戻っていった。
並べられた桶に入るたくさんの花からオレンジ色でガク近くが紺色の花を取り、さらに数種類の花を取ってきた。
「いいか。注文はマリンサンセットを使うこと、これがマリンサンセットな。」
さきほどのオレンジと紺色の花を取る。
「こいつがメインだ。あとはこれを引き立てる花を選ぶ。」
薄いピンクや水色、黄色などの小花がオレンジ色を引き立てる。
「カラフルですね。」
「若い子の流行りは明るいカラフルな色らしい。食器やスカートの色の流行りとかを勉強しておくといい。」
「解りました。」
何て言っている間の花束が出来上がった。
手早く保水をしてラッピングされたものを持って
「お待たせしました。花束ご注文のお客様」
と、言いながら表へ出ていった。
またもクリスタルが驚いている。
花束を作るのに出た、落とした葉っぱや、切った茎などを掃除して、ふと見ると、クリスタルはいなかった。
表が落ち着いたのだろう。
「掃除終わったらこっちだ。リーファ、戻ってこれるな。」
「今行きます。」
リーファさんは何かしゃべっている途中だったのか何か早口で伝え、走ってきた。
クリスタルに何か教えていたのだろう。
リーファさんと並んで店長の前に立つと
「水揚げを教えてやってくれ、クリスタルはリリアが教える担当で、リーファはノクティスを教えてやれ。」
「解りました。」
「よろしくお願いします。」
軽く頭を下げた。
その後、言われた通りにもくもくと葉っぱを採ったり、虫を取ったり、店頭に置く小さな花束を作ったりと気が付けば閉店時間だった。
「ノノはまだ上がらないの?」
クリスタルが来た。表はもう店じまいをしたという。
「ノクティスももう帰っていいぞ。」
「お疲れ様でした。」
この場を少し掃除してから荷物、と、行ってもハンカチや財布程度しか入っていないカバンを持って
「お先失礼します。」
と、言って表の店から帰る。
明かりも消され、北向きのこの店は真っ暗だが、外は夕日が沈む少し前、
「市場寄って帰ろう。」
「そうね。」
夕飯を作るには十分は時間だが、明日の出勤時間を考えると早く寝なくてはならない。
翌朝、部屋が軽くノックされる音で目が覚めた。
ノックできるのはこのアパートの住人だけで、さらに早朝にノックするような人物は一人しかいない。
「何ギー?」
「朝から悪いな。」
「もう起きる時間だからいいよ。」
朝食を作るためにクリスタルより早く起きないといけない。
屋敷にいた頃とあまり変わりはない。
「俺の帰宅が深夜だから渡せなかったんだ。旦那様からお前に」
そう言って手紙を渡された。
何だろうか?
「それじゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい」
手紙を読む前に顔を洗い、朝食の準備を始める。
丸パンに昨夜の残りのハンバーグと目玉焼き、野菜を挟んた物とスープを出す。
クリスタルを起こし、顔を洗いに行かせている間に旦那様からの手紙を読む。
「なあにそれ?」
キッチンで顔を洗ったクリスタルが手紙をのぞき込む。
「生活に不便はないか、お金は足りているかっていう旦那様からの手紙よ。朝からギーが持って来たの。クリスタルの方から返事を書いてあげたらきっと喜ばれるわよ。」
「そっか。店番中に書こう。」
そう言って便箋を荷物に入れていく。
インクは注文票を書くためレジ横にあったのを覚えている。
朝食を食べる食卓の上、グラスに入ったマリンサンセットが窓から入ってくる風で揺れる。
ちゃっかりもらってきたのだと昨夜言っていた。
朝食後、急いで着替えて、火の元の確認をしてから家を出る。
お店に着くともうリリアさんが開店の準備をしていた。
庶民でも花を買って家に飾ることはよくあることで、朝の市場と一緒に店に寄る客も多い。そのため朝早くから開店準備がある。
その市場の一角には他国から入ってきた花や自家栽培の切り花や鉢物を売っている屋台もあり、交渉して安く仕入れる。
仕入れの単位は十や二十のため庶民ではなく花屋が買いに来る専門ともいえる。
店長たちはその仕入れに行ってしまったため開店準備のリリアさんを手伝ってしまうとすぐに終わってしまった。
「ノクティス、手が空いたならこっち」
そう言って手招きされる先でリーファさんはたくさんの空桶を洗っていた。
「仕入れは毎日あるから開店準備が終わったらきれいに洗った桶に水を入れて壁際に並べてほしいんだ。今日は二か所、貴族の屋敷に降ろすから量が多いと思うんだ。」
「ここにある桶だけ洗えばいいですか?」
「できたらすでに並んでいる桶で何も入っていないやつとか、一本二本しか入っていないようなやつまとめちゃって、それも洗って」
「解りました。」
リーファを説明しながら桶を洗っていた。
私もたわしを持って洗い始める。
半分ほど並べたところで店長が裏口から入ってくる。
「ノクティスはそのまま桶やっとけ。リーファは降ろすの手伝え」
「はい」
一人残されたのでせっせか手を動かしては水が入って重たい桶を運んでいく。
机の上に山積みになった切り花達は茎の切り口をきれいにするため一度切、お湯の張った桶に三秒ほどつけてから急いで並べた桶に入れていく。
これを湯上げというらしい。
温めることで茎が開き、水につけることで一気に吸い上げるのだといわれたがそんなこと起きているのかと不思議に思う。
でも、入ってきたばかりで少し元気のなく下向きになっていた花が気付いたときには上を向き、花がほころび始めていた。
「わあ、きれい」
表は暇なようでクリスタルが覗きに来た。
「ノノ、汗かいてるね。」
「思ったよりも重労働だったからびっくりよ。」
もう若干へとへとだ。
体力がないことを実感する。
店番の仕事もあるからと表に椅子を置き、休憩がてら見ているように言われ、ボーっとしているとまた遠くの景色が見えた。
最近多いな。
寝る前に見ることのある遠くの風景はほとんど暗くて見えないが、今日は日中、見えるのは必死に走っている灰色の髪の少女と数名の子供だった。
この国で灰色の髪といえばグリゼオのみ、灰色みがかった髪色、毛色はあるが白がくすんで見えたり、ほんのり青かったり、白と黒の混ざり毛だったりとあるが見える色ははっきりとした灰色だった。
灰魔術師の語源はこのグリゼオの髪色にあるという説もある。
毒も薬も多様に扱う種族で皆がこぞって欲しがったが、戦闘民族ということを侮り、逃がしてしまった。
でも、どこの国かは知らないが神域と呼ばれるティアリサム山へ入り、グリゼオの子供をさらい、その知識を得ようとする輩は後を絶たない。
この子ももしかしたら奴隷になりそうになって逃げたのかもしれない。
うまく逃げのび、親元に戻れればいいが、
なんて考えてながら現実に戻る。
お客も来ず、休憩を長く取るわけにもいかないため裏に戻った。
「もういいのか?」
元奴隷だという顔が傷だらけの男に聞かれる。
「はい、えっと……」
名前を知らないのだ。
そう思い、何て呼ぼうかと思っていると
「俺はキノミだ。名前なんて長いことなかったから店長が勝手につけた名前だけど、隙に呼んでくれ。」
「キノミさんですね。私は何をすればいいですか?」
そう聞いて辺りを見渡す。
「まずはあれだな。」
そう言ってキノミさんが指さす方向を見るとクリスタルとキーファが楽しそうに話をしていたが少しキーファは面倒くさいという顔をしている。
「クリスタル、表にいないと思ったら何さぼっているの。キーファさんの仕事の邪魔になっているわよ。」
「邪魔じゃないよ。」
キーファは止まっている手が何とも手持無沙汰になっていることを隠すように花を持つ。
「邪魔じゃないって」
クリスタルはなんだかうれしそうに言うが
「キーファ! さぼっているならあたしの方手伝って!」
と、どこかからかリリアさんの声がする。
そういえば表にはいなかった。
店に客が着て、店員を呼びたいときはベルを慣らせばいいのだが、ドアが相手もカウベルが鳴るため来店が解る。
「クリスタルは店番、キーファさん呼ばれたんだから私と交代しましょう。」
そう言ってとげ取りの道具を受け取る。
クリスタルはとぼとぼと表に戻り、キーファも外へ出ていった。
「ノノちゃんがいると効率が上がりそうだな。」
ノノちゃん……。
まあ、なんて呼ばれてもいいや。
で、この人の名前なんだっけ?
と、おそらく猫科のテリーが葉っぱを落としているところだった。
「俺はムシコブだ。」
「ムシコブさん」
「呼び捨てでいい。」
覚えるために繰り返したら言われたが年上で仕事の先輩を呼び捨てになんてできないというと
「俺も呼び捨てでいいぞ。」
と、キノミさんにも言われ、めんどくさいので
「解りました。よろしくお願いします。キノミ、ムシコブ。それで、これはどうすればいいのですか?」
とげ取りの使い方を聞く。
その後水揚げ作業を繰り返す。
葉っぱをある程度落とし、湯上げして色の変わった茎を今度は水切りし、桶に戻す。
山のような花たちは昼前には作業が終わった。
そこに泥だらけのキーファさんが戻ってきた。
「こっちの作業終わったんだ。早いね。」
「ノノちゃんが早いから助かる。リリアは何だったんだ?」
ドカッと椅子に座り、水道とは違う蛇口を開くとそこから白っぽい液体が出てくる。
「今日納品の植木の植え替えをしてたんだけど、途中で鉢が割れちゃって、全部やり直しだった。」
リリアさんの専門は切り花ではなく鉢植えなのだと教えてもらったのはつい先ほど、でも、勉強のために切り花の入れ替えでも王宮へ行くらしい。
「これ気になる?」
そういいながらコップの中身が揺れる。
そう、気になってはいる。
でも、飲んでいるキーファさんはあまりおいしそうな顔はしていない。
「近くの薬局で実験中だから飲んでくれって言われてるやつだよ。」
「……何が入っているんですか?」
コップを覗くとほんのりレモンの匂いがした。
「塩と砂糖とレモンと、あとなんだっけ? 薬草が入ってるらしい。脱水症状に聞くそうだよ。近所の汗かくような仕事の人がよく脱水で倒れるからその予防に飲むようにって実験中なんだよ。」
どういう効果があるのかはわからないがそんな家にあるようなもので脱水が防げたら儲けもんだろう。
キーファさんにコップを差し出されたので飲んでみたら甘ったるく、レモンの味がした。
おいしくはない。
「体に足りていない物の味がするらしい。俺はしょっぱくて酸っぱかったけど、飲み続けると味がよくわからなくなってきた。」
コップを返す。
「昼飯の時に全員飲ませられるからな。最低でもコップ一杯。」
キノミが後ろから言ってくる。
「ごはん中に甘ったるいの嫌ですね。」
「慣れればそうでもない。」
予告通り、近くの食堂の賄いで昼食を取る際に全員のコップがあの白っぽい飲み物でクリスタルが同じような説明を受けていた。
これを飲み始めてから脱水で倒れる人が急激に減ってはいるらしい。
午後は昨日と同じく小さな束を作るように言われたが店長はキーファさんを連れて貴族の屋敷などに納品へ行ってしまった。
「あんな細腕のキーファさんで鉢持てるんですか?」
リリアさんが作った植木鉢がとても大きく、キノミとムシコブの二人で荷車へ乗せていた。
荷車を引くロバのピスティアも思いと文句を言っていたため店長とキーファさんで後ろから押しながら配達へ行ってしまった。
「貴族の屋敷にこんな顔の奴が向かっても怪訝な顔をされるだけだしな。家によってはテリーを嫌がるところもある。」
と、キノミが言うと
「元奴隷だとか、今も奴隷だとか、そういう差別が貴族の中にあるのは解っていることだけど、テリーを嫌がる奴らはいったいいつの時代を生きているんだって思うよな。」
と、ムシコブが言う。
奴隷差別、人種差別は昔からあり、親が嫌えば子も嫌うように受け継がれ、貴族の中では根強く、皆、王家がテリーであることも忘れて、自分たちに少しでもピスティアの血が流れていることも忘れて差別的な発言をして民衆の怒りに触れるというのは国の歴史でも何度も繰り返されていることだ。
「私も奴隷ですが貴族学校では白い眼で見られた経験があります。貴族とは頭の固い人張りの様ですから、そのうち奴隷以外で人間なんていなくなった時に何をしだすかわかった物ではありません。」
繰り返すがこの国の貴族でテリーではない家はない。
だって爵位をもらう際に必ずピスティアとの婚姻をするのが習わしでそのピスティアの横顔が家紋として使われる。
「ノノちゃんって奴隷だったのか?」
ムシコブが今更なことを聞いてくる。
「あと四年の収容期間を持った奴隷です。」
そう言って腕を見せる。
収容日が誕生日のためわかりやすい。
「ん? 今いくつだ?」
「十六です。産まれながらの奴隷です。」
キノミが眉を下げる。
「両親恨んでねぇか?」
「いいえ、話によれば、あと四日遅く産まれていれば奴隷ではなかったらしく、計画的な出産の予定だったのです。残念なことに早産だったので奴隷にはなりましたがスペールディア家は旦那様も使用人も方々も差別のない人だったので不自由はありませんでした。クリスタルとも友人のように育ちましたし」
「いいご主人様だな。俺とは大違いだ。」
なんて笑い出すキノミ。
彼も奴隷としての暮らしで苦労があったんのだろう。
店長が夕方戻ってくると今日は暇だったとクリスタルが裏へ来た。
私の手元にある小さな花束を見て、
「可愛い。でも作っていると手が緑になっちゃうからあまりやりたくないのよね。生け花も先生に何度もセンスがないって言われてたし、」
じゃあなんで花屋なんてやろうと思ったの?
と、聞きたいこの場の一同に替わり私が
「楽な仕事と思ったら店番がつまらないとか思い始めた?」
代弁する。
「ううん。おしゃべりの長い人に良く捕まるけどつまらなくはないよ。」
らしいよ。
と、皆を見るとそうかそうかといった顔になっていた。
店じまいの時間になり、若い女の子を遅くに出歩かせるわけにはいかないと昨日と同じ時間に帰らせられた。
クリスタルは仕事が終わりの様だが、私は予定の数まで達していない。
よかったのだろうかとキーファさんに押し付けて帰ることになってしまった。
花屋は週明けに休みがある。
それ以外に従業員は交代でもう一日休みがあるため完全週休二日制。
クリスタルはリリアさんも都合に合わせ週末も休みのため二連休、私はちょうど真ん中で休みをもらった。
二人そろって休みのこの日、仕事の疲れからかそろって起きたら昼だった。
仕方なく下の食堂で昼食をとり、これからどうするかという話をしていると前日に気になるお店を見つけたという。
向かった店は昼間からやっているクラブ。
場所は静かな繁華街。
「クリスタル、昨日はずっとここにいたの?」
四年前の悪い癖だ。
あの頃付き合いがあった令嬢は学年が上がるたびに成績が悪いという理由でクラスを落としていき、卒業間際はあまりいい噂を聞いていない。
「いいじゃない。少しぐらい遊んだって」
「そのお金は生活費であって、遊ぶお金は稼ぎから出しなさい!」
「ノノの意地悪。」
「何とでも言いなさい。旦那様へ報告しますよ!」
そういうと黙ってしまうクリスタルの手を引いて家に帰った。
一か月後の給料日、クリスタルは浮かれようだが、家賃、光熱費、水道代、食費、生活費等々を計算し、二人の給料から同じ金額ずつだし、残りは好きに使えるお金だというと
「少ない。」
と、ぼやかれた。
「一か月、服を買うなり、遊ぶなり、好きに使ってもいいけど計画的にね。」
「解っているわ。大丈夫、何かあったらノノがいるもの」
それはどういう意味だろうか。
考えるのはやめておく。
一か月も生活すると一人での外出が多くなったクリスタルに比べ、やはり奴隷の一人歩きは目立つため家にいることの多い私。
結局のところ掃除は私、料理も私、何だったら食費とは別の外食費も私持ちとなっている。
そんなこと彼女は知らないというか言っていないのだから知るわけもないのだが、一人暮らしの意味を解っているのだろうか。
私はまず、当初の予定だったピアスの穴をあけに病院に向かった。




