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食べ物、着る物、寝る場所には一切困らず、王子のワモン様との勉強会を近くで眺めているのがここでの私の役目のようだ。
ドラドラは灰魔術師でもある王子の一人により、回復の傾向にある。
あと数日ゆっくり休めばもう、心配はいらないだろう。
「サンちゃん、お茶のお替りちょうだい。」
ポットを傾け、煮だし赤茶色となったお湯を注ぐ。
カルミナと同じお茶なのに、煮だしたことで色が変わる。
カップに最後の一滴を注ぐと
「新しい物を用意してまいります。」
と、ワモン様の連れていた奴隷がしゃべった。
奴隷と思われるのだが、しゃべった。
私だからしゃべるなと言う事なのだろうか。
お辞儀をし、ポットを渡した。
「ここって、どうなっているんだ?」
「さあ、私の方が頭は悪いのだから聞かれても困っちゃう。」
「ここが解らないと、次に行っても同じだよな。誰か、解るやついるか?」
ワモン様が聞いたところでこの場の誰も首を横に振る。
「奴隷の私たちがこの国の学問が解る訳ないじゃないですか。」
一人の奴隷が言った。
「こんなガキがやってる勉強なんて一般常識だろ。」
そういうワモン様の手元を除く、確かに一般常識だ。
若い二人にはちょうどいい年齢層の勉強だろう。
そう思い、教科書を手に取りめくる。
二人は私の行動に目が点になっている。
「お前、解るのか?」
会釈程度に頭を下げる。
教科書を指さし、ノートの式と比べさせる。
「すげえ」
ワモン様の口から出た言葉につい、笑ってしまった。
子供らしい。
ナトラリベスは女系一家。
女性が圧倒的に多い中で男性は珍しい分、邪見にされやすいと聞く。
その分、使用人や側近、奴隷はすべて男性。
そんな中で教養を身に着けようとしているワモン様は将来、国を出る事になるだろう。
女王が変わらない限り、この国の王子は一般人と身分はさほど変わらない。
「じゃあ、こっちは?」
別の教科のノートを広げられる。
医学分野のようだ。
灰魔術師である以上、得意分野ともいえる。
「しゃべれないのが不便ね。ニシキお兄様に許可を取ってきましょう。」
「そうだな!」
勉強の途中だと、止める奴隷を押しのけ、二人は部屋を出ていってしまった。
「すごいですね。どこで勉強されたんですか?」
凄いと言われるほどではない。
カルミナでは低年齢の間に覚えることは多く、学校も存在する。
奴隷も通えるのだが、この国にはそう言った制度が無いのだろう。
苦笑いで流した。
廊下を走る音はサンゴ様のもの、ワモン様はほぼ蛇のテリーで青いうろこに蛇のピスティアにはない、人間の手が付いている。
足音はしない。
でも、もう一人、足音が聞こえる。
奴隷の一人かとドアに近づく、すると
「お前が噂のグリゼオの娘だな。兵から噂は聞いている。声で我が国の暗殺部隊の者を圧倒したらしいな。」
リポネームで追って来ていたのはこの国の兵士だったのか。
これはもう、内戦ではない。
ナトラリベスとアクアムが仕掛けた戦争だ。
「その力を使わないというのなら話すことを許可する。」
「……ありがとうございます。声で圧倒したというのは大げさです。少し、耳が痛くなるぐらいの声が出るというだけです。」
「それでも逃げるのには十分だったのだろう。ずいぶんと勉学にたけているようだな。」
「常識程度の勉学でしたら問題ありません。もともと、灰魔術師として旅をしていましたので」
そう言うと、何か思い出したような顔をする。
「ケティーナでは大厄災を一人で解決したらしいな。すごいではないか。その知識、少し分けてほしいぐらいだ。」
流行り病の事だろう。
「恐れ入ります。偶然知っている病だったので、王子様に披露するほどのものではありません。」
「なに、話し相手程度で構わん。来い。」
「あ、お兄様ずるい。勉強見てもらおうと思ったのに」
「後でユウダにでも教えてもらえ。サンゴはその恰好をやめろと何度も言っているだろう。王子らしくしろ。」
「いや! お母様はこれでいいって言っていたもの」
サンゴ様が、王子? あんな可愛らしい恰好で、声で、何を言っているのだろうか。
と、考えが頭の中でぐるぐると渦を巻く。
王子に連れられて来たのは中庭だった。
地面に広がるのは泥ではなく土だった。
「薬草園だ。あのドラドラはお前のだろう。ここの薬草で薬を作った。」
「ありがとうございます。アクアムのよくわからない兵器の光を浴びてからずっと弱弱しくて、心配だったのです。」
「ああ、あれか。竜王を殺すために輸入したとかいう対竜兵器だが、ただのドラゴンでこの程度の効き目、竜王には全く聞かないだろう。」
竜を殺すための兵器。
そんなものを手に入れてまでアクアムは竜王を殺したいのか。
あれを手に入れるためにどれだけ自国の民が労働をしているのか知らないのだろうか。
「そんなこと、今はどうでもいい。お前に聞きたいことは山ほどある。」
昼間だった時間はあっという間に夕方となり、夕食を共にすることになった。
数名の王子と軍関係の者だろう服装が数名。
全員男性だった。
「お兄様、そろそろサンちゃん返して」
「あと数日借りる。返さないかもしれん。」
「なんで⁉」
サンゴ様の抗議の声が食卓に響く。
「この知識は惜しい。ウィーンドミレのバカ王子が欲しがったのもよくわかる。」
ただの薬の知識だ。
きっとこの国の魔術師様となれば私の知識量なんてはるかに超えるだろう。
それでも私を欲するのはやはりグリゼオだからか、でも、この国にはほかにもグリゼオがいると言う話、私の必要性があまり感じられない。
「お姉様たちには内緒ですが、彼女はもう奴隷じゃないの。カルミナに帰りたいと言っている今、明後日のカルミナでの国際会議に同行した際に開放してあげたいのよ。」
「奴隷じゃない?」
そう言って私の足をつかむと持ち上げられた。
転びそうになるのを背後に立っていた王子に支えられた。
「ユウダだ。」
「あ、ありがとうございます。」
「確かに、カルミナの解放印だ。奴隷じゃないのか?」
「……さあ、私もいつ押されたのか覚えていなくて」
とはいっても、きっと初めてのお酒に酔ったあの日だろう。
これを押す為だけにケティーナの城に侵入していた。
「それでは、事故で押されたのか、本当に解放されたのかわからないな。」
「兄さん、それも含めて国際会議の場で聞けばいい。そもそも、母さんはグリゼオを取り込みたいというのには俺たちは反対なんだから」
「そうだな。」
この兄弟間でいったいどんな話があったのかは知らないが女王へ意見するぐらいだ。
相当なことかもしれない。




