15
夜の砂漠の寒さに震えながらドラドラが来るのを待つ。
鼻もよく私の匂いのするところへ戻ってくるように習慣付けてある。
旅の移動中にどこかへ行ってしまっても必ず戻ってくるように。
もともとは産まれた場所を覚え、親になったら卵を産みに戻ってくるための習性だと思われる。
数羽のスムールの姿が見えた。
すると砂を踏みしめる足音が聞こえる。
二足ではなく四足歩行の足音が二つ。
先ほどのアヌビス様の部下だろうか。
慎重に確認をするため冷たい砂漠に身を伏せ、様子をうかがう。
「サンス・オールだな。」
カルミナの名で呼ぶのはいつかの城で私の事を警戒していた側近だった。
「アヌビス様も遠回りだがこちらへ向かっている。隠れ家へ向かうぞ。」
「はい……」
私は、このままついて行っていいのだろうか。
よくわからなくなっている思考を巡らせ、歩きなれない砂地を進む。
それを見ていたアヌビス様の馬のピスティアが私の服の襟を咥え、投げる。
「え?」
「乗っていろ。ちんたらしていたら王子が先に付いてしまう。私に火を浴びせた事はまだ許していないがな。」
ああ、そんな事もあったな。
なんて遠い記憶だ。
もう三か月も前の事だ。
彼らが隠れ家に使っているのは古い民家のようだった。
昨日までの雨を水瓶に溜め、室内に置いてあった。
「戻ったか。娘はいたのかい?」
「はい。もうしばらくお邪魔させていただきます。」
「構わないよ。城へ連れて行かれた娘たちの事もある。何か気が付いた事はないか?」
私をまっすぐ見る老婆。
このしゃべり方、まるでお婆様のようだった。
「すみません、私ずっと離宮にいたのでお城の事は…」
「あの第一王子専用の離宮な。使っていいのは王子妃のみで奴隷すら入れない。」
「え……」
そんなところに私は一か月も住まわされていたのか。
それでは王子妃になったようなものではないか。
「あんたの事は娘の目から見させてもらったよ。贅沢をしながらも王家の奴らとは思考が違うと言う話だった。まあ、外から見たらの話だけどね。」
「なんですか。城へ行った娘とかその目って?」
私が聞くとお婆は鏡を出して来た。
鏡はとても貴重で高価なものだ。
よくそんなものを持っているな。
と、感心していると
「私の一族は特別な存在なんだよ。この砂漠の中で女だけで生きて来て、王家に干渉せずに独立して生きてきた。今は昔の話だけどね。」
昔話のように話をしてくれた。
建国時、ポプルスの現王族とピスティアのおばあちゃんの一族が婚姻と同時に同盟とし、一つの国となった。
今のウィーンドミレの基盤となった国。
同じようにいくつかの人間の一族やテリーの一族が吸収された。
その中でポプルスの王は多妻制度を作り、ピスティアやテリーの者とは一線を引いた。
唯一忠誠を誓うといったライオンのピスティアのみを都へ入れ、ほかの者の侵入を拒んだ。
だが、ピスティアの王妃は特別な血の一族。
婚姻をしたのもその力を手に入れるためだ。
その力こそ、先読み。
未来を見るというものだった。
「実際は未来なんて見れやしない。数百メートル先をもくっきり見えるこの目にあった。そして見たものを仲間で共有することができる。そういう一族なんだ。」
いくつものピスティアの血が混ざりあい、偶然産まれた力。
王家はそんな一族がいることが他国へ漏れないように一族の娘を人質に取っているのだ。
そして国の相談役となったピスティアの王妃は雨の降る時期を当てることで王家に必要とされ続け、今の今まで、国民には生き続けていると嘘を突き、神のような存在にしてあがめ、逃げる事のないように贅沢な暮らしをさせているらしい。
「娘たちの命が危険ではないのなら私はそれで構わない。年ごろの娘が替り盤古にお婆という役に付き、雨を言い当てる簡単な役職さ。」
おばあちゃんは悲しく笑った。
おばあちゃんはもう、何度も遠くを見る事が出来ず、砂漠に捨てられた。
必要がなくなれば捨てる。そういう国だった。