13
朝になるとすっかり熱気が戻ってきていた。
雨上がりのためか湿気を感じるが、風が吹けばそれもすぐに乾いて行く。
早朝に暑く、目が覚めると、かけてあった毛布類をたたみ、着替える。
この国の服は風通しのいい透けた生地を数枚重ね、部分的に肌が露出している。
風が吹くととても涼しいが、夜が来るととても寒い。
同じような服を着たライラが、毛布の片付けに朝一から離宮へやってきた。
「おはようございます。サンス様、お早いお目覚めですね。」
「急に熱くなってしまって、目が覚めてしまいました。」
「朝食は冷えたものをご用意しますね。」
「ありがとうございます。その冷えたものってどうやって作っているのですか。氷なんてリポネームの最極端の地でしか作れないと聞いたことがあるのですが」
後はティアリサム山だ。
この二点でしか氷は作れない。
年間を通し、同じ気候の島では季節がない。
涼しい気候を中心にマグマの熱や湿地で出来ている。
「国外の方には秘密とされているのですがサンス様には内緒でお教えしましょうか。」
楽しそうにライラが笑う。
「実はティアリサム山へ上って氷を仕入れているのです。時々出くわすグリゼオの民と戦う事にはなりますが、私たちが負けるはずがありません。毎日氷を運び、時々奴隷も捕まえてきます。」
何を言っているのか、ティアリサムへの入国なんて禁止されている。
この国は国際会議で問題になる事を多く犯している。
いったい何がしたいのだろうか。
理解ができない。
そもそも、過去、本物の魔術師がかけたという魔法により、正規のルートを通らない限り、ティアリサム山へは入る事が出来ない。
各国にルートはあるが、それを知るのはグリゼオの民でもごくわずか。
私も知らず、帰る事が出来ない。
それなのにこの国では氷のために侵入をしているのか。
頭が追いつかず、ぐるぐると思考が巡る。
「グリゼオの民は見た目が汚らしいので私たちの国では使わず、他国に回します。死体も稀に売れるので黒魔術師に任せていますが」
怖い。
ここで私の身分がばれたらどうなるのか、
髪の色が気になってきた。
国境を超える前に染めてもうすぐ一か月だ。
そろそろ地毛が見えてきているのではないか。
恐怖だ。
「今日はこちらの御召し物を着て下さい。朝食は闘技場で観戦しながら召し上がっていただきます。」
「わかりました。」
小一時間後に迎えに来ると言われ、ライラは行ってしまった。
早く、この国を出る方法を考えなくてはならない。
そして、ケティーナでも、カルミナでも、何だったら兄を通しリポネームでも王家の誰かに伝えなくては、この国は可笑しい。
運よく、着るように言われた服は頭からすっぽりかぶるベールが付いていた。
迎えに着たアンゴラ様に手を引かれ、御輿に乗せられた。
御輿を運ぶのは奴隷だろう人間の男たち。
心が痛む。
よく見れば、背中の奴隷番号と共に刻まれた収容年月日。それが規定の二十年を超えている。
闘技場へ入り、案内された席に座る。
机の上には多くの料理と果物がならんでいた。
「あれ?」
私の席の横、青い頭が見えた。
それはソライロオヨゲナイの頭で、近くにはドラドラの姿もあった。
「何しているのそんなところで、湖に戻ったと思ったのだけど」
ドラドラは遊びに行っているのかと思ったが、二匹で飛んできたのだろうか。
まあ、いい。
私が席に着くとソライロオヨゲナイは隣に座った。
その背にドラドラが寝ている。
「しばらくは王の挨拶でつまらないし、解らないだろうがライラがすぐに来る。それまでは食事を待ってくれ。」
「もちろん、挨拶中に食べたりはしませんよ。」
と、言うとまたあの笑みが返ってきた。
いろんな話を聞いた後だ。
この笑みはもしかすると私がグリゼオと知っているのではないかと考えてしまう。
少しして始まった国王の挨拶。
この国特有の言語を使っているようで私には何を言っているのか全く分からないが歓喜の声が何度か上がる。
そして、アンゴラ様の挨拶へ変わると、少しして歓喜しながら私を見る民衆の視線が痛い。
何事かライラに聞くと
「はい。ケティーナの公使のサンス様が来ているという挨拶です。」
「私は何も言わなくていいのですよね。」
「大丈夫ですよ。今日はこちらに座っていてください。」
ならよかった。
だが、紹介するぐらいなら顔の見える服を用意してもいいものを、と考えるがもしここから脱走する算段をしたとき、顔が割れているのは厄介だ。
アンゴラ様の後に第二王子のバーバリ様が見えた。
その視線は私の一点を向いているように見える。
この国に入ってからというもの、一度も会っていない。
挨拶なんてしていない。
そんな公使なんているのだろうか。
食事をしながら、闘技場の盛り上がりに視線を向ける。
始まったのは飛べない鳥、プロティーを狩るライオンのピスティアによるデモンストレーション。
プロティーの体長はソライロオヨゲナイよりもはるかに大きい。
でも、逃げ場のない闘技場。円形の舞台を一周の掘りが囲んでいる。
そこには水が引かれ、リタイア者が落ちるようにできているのだとライラが教えてくれた。
プロティーの足は速いが泳ぐことができない。
砂漠の先にある海岸で自生する木の新芽を食べて生活している。
プロティーが一羽、また一羽と仕留められ、ライオンの口元が赤く染まる。
観客の声援が盛り上がり始めたと楽しそうなライラをよそ眼に私は気分が悪かった。
「実に滑稽だ。獣は獣らしく、血に染まり、我々の道具でいればいい。」
私の席の後ろを話しながら通ったのは服装からして高貴な身分の人間。
ピスティアも人間だ。
国民である。
それを奴隷の一部のように彼らはいう。
プロティーが舞台上から息をしたものが居なくなると次は身体の大きな兎のピスティアが入ってきた。
兎とは思えないその姿に
「我が国防軍の主戦力です。白魔術師により体を改造され、あんな姿になりましたが忠実で慈愛のある生き物ですよ。彼らは今年成人した若い兵士です。まあ、若さを武器にしてもライオンには勝てませんけどね。」
この場から離れたい。
そう思い、席を立とうとすると
「公使が簡単に席を外れてはなりませんよ。」
私と同じようにベールで顔の見えない女がやってきた。
若い女性のようだが、しゃべり方が年より臭い。
「お婆様が闘技場に来られるのは珍しいですね。」
ライラが話を始める。
「まあね。珍客が来たと聞いて楽しそうだったからね。」
そう言って私の隣の席に座った。
「珍客とは私の事ですか?」
「違うよ。どうやらこの一か月子ネズミが国に迷い込んでいるようでね。少し案内してやったんだ。まあ、目的はあんたのようだけどね。」
ネズミの知り合いなんていただろうか。
私が目的と言えばアヌビス様だろうが迷い込むわけがない。
彼もこの闘技場のどこかできっと気分を害しながら見ていることだろう。
適当に食事を済ませたお婆様は机に脚を乗せ、闘技場を見下ろす。
舞台では今、テリー同士の勝ち抜き戦が行われている。
何度も血が舞い、倒れていく者がいる。
私は灰魔術師として何をしているのだろうか。
こんな無意味なことがあっていいものなのか、わからなくなってくる。