10
木の間から見る黄色い荒野。
始めてみる砂漠。
ところどころに緑色が見える。
この緑色の正体は多肉植物。
根は自身が倒れない程度にしか伸びず、体内に水を溜め、一回の雨から約半年、枯れることなく生命維持ができる。
ここが黄の国ウィーンドミレは獅子王の統治する国。
山からの川が昔はいくつかあったものの、今は都を潤す為に大きな湖となり、国土のほとんどが水と緑の無い荒野となった。
その土地で育つ数少ない緑が多肉植物である。
国境の川辺をティアリサム山へ向かって進む。
ウィーンドミレの使者との待ち合わせ場所は国境警備の駐屯地。
黄色に黒と紫、白の四色の旗がはためく石作りの建物へ向かうように言われている。
念のため、ケティーナの土地を進む。
川の向こう側には棘のある葉にまん丸な形で無数の花をつける植物が自生していた。
種の時期が来ると細い茎が乾き、簡単に風で折れる。
それが風に乗り転がり、川に乗り運ばれ、広範囲へ種を届ける。
葉に棘があるのは鳥から守る為と言われているこの植物はマンゲツショクネ。
その根は食べることができ、非常食にもなる。
色とりどりのマンゲツショクネを眺めていると少ない木のさらに上に旗が見えた。
話では四色と聞いていたが中央に国章と思われる獅子の顔が付いていた。
建物とケティーナをつなぐ橋を渡る。
門には馬車が停まっており、私のように、国をまたぐ人がいるのだろう。
そう思っていると
「サンス・オール様、お待ちしておりました!」
そう言われるとバタバタと寄ってくるのは兵士の姿。
腕をつかまれ馬車に無理やり放り込まれる。
「緊急時に付き、対応が粗末で申し訳ございません。急いで城へ向かいます。どこかに捕まっていてください。アンゴラ様から説明がございます。」
「はい?」
何事かわからず、乗せられた馬車の窓から外を覗く。
薬箱の引き出しが開き、ドラドラが機嫌の悪い声をあげながら出てきた。
いったい何事なのだろうか。
いったい何が起きているのだろうか。
状況が分からないまま走り出す馬車。
砂地の上、平たんではないこの地でそりのように滑る馬車。
それを引くのは旗と同じ布を付けたライオンだった。
ホエ王子が話には、この国ではケティーナが鹿に乗るのとは違い、砂漠に強いラクダに荷物を持たせ、その背に乗り、足としていると、カルミナでも王家は馬を、平民はロバによく働いてもらっていた。
だが、話と違い王家と王家に仕える一族以外いないと言われるライオンが馬車を引いている。
本当に緊急事態なのだろう。
馬車の後部の窓から後ろを覗く。
そこには
「あれって……」
カルミナの軍章を付けた鳥たちだった。
くちばしも爪も鋭く、目が良い。
小さく微動した小鳥を逃さない様に大きな翼で加速して音無く狩猟する。
カルミナでは機密文を運ばせるのに調教して飼いならしている。
スムールと呼ばれるその鳥の口には血が付いているように見える。
何度も飛び跳ね体中が痛い。
そんな状態で三十分ほどだろうか、馬車に揺られているとパンッという衝撃音が聞こえ、窓から外を見る。
それと同時に馬車が止まった。
「手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。」
馬蹄の男が小窓から声をかけてきた。
体勢を直し、一息つく。
「アンゴラ様がこちらへ来てくださいますのでそれまでは念のためこのままでお待ちください。」
「それは構わないのですが、何が起きているのか説明を……」
してほしいのだが、馬蹄が苦笑いの末、小窓を閉めた。
数分してやってきた灰黄色をベースに髪の先が黒く、それこそたてがみのように伸ばしたその髪はまさにライオン。
だが、この国の王家は皆純血の人間。
今ではほとんど使わなくなった言葉、そのせいか、この国に古来より受け継がれる純血人間をさす言葉としてのみ使われるポプルスという単語。
彼らは純血を誇りにしている。
「遅くなってすまない。余計な来客が来ているものでね。もう一週間以上も、王子のくせして他国に滞在って、何考えてんだろうな。カルミナの第二王子様はさ。」
「……ご迷惑おかけしまして申し訳ございません。」
「君の所為ではないのだろう。今、あいつは部下が足止めしているから離宮の方へ案内するよ。」
「ありがとうございます。」
なんだが、迷惑極まりない自分に申し訳なくなる。
離宮から出ないように言われ二週間。
私はいったい何をしているのだろうか。
ドラドラは環境が合っているのか、砂遊びをして一日過ごしている。
それを眺めて私の一日が流れるのを待っている。
ケティーナで貰った服では暑いだろう。
と、言われ与えられた服に着替えて、夜に冷えた寒い風が吹くため毛皮のコートを借りている。
日中は砂漠の照り返しと日差しを遮るものがなく、気温が上がる。
夜はもともと北風が強く吹き付けるため気温が下がる。
一日の寒暖差が激しいのがこの国の特徴だ。
離宮の周りは噴水もあるような水辺の庭が広がっている。
湖の一部のようで、大きな魚が泳いでいるのが見える。
私の身長よりもはるかに大きいその魚には子分のような小さな魚がいつも寄り添っている。
大きい魚がルカン、小さい魚はカーオンと言うらしい。
湖畔には多肉質な葉を持つ植物が蔓を伸ばして群生している。
これまたカラフルな小花が咲いているが一つの花は朝日で咲き、夕日でしぼむ。
また翌日違う花が咲いてはしぼむ。
ポルンチュというらしいこの花を私は初めて知った。
薬にならない、食用にもならない植物についてはあまり詳しくない。
毎日豪華な食事を持って来てくれる侍女が教えてくれた。
今日も夕日にポルンチュがしぼんでいくのを見つめる。
毎日たくさんの小花が咲いてはしぼむ。
明日にはまた同じ姿が見られる。
どこかはかなげではあるのにそれを感じさせないほど多くの花が咲く。
そんなどうでもいいような事を考えながら、いつまでここにいなくてはいけないのだろうか。
砂遊びから戻ってきたドラドラを昼間の日差しで温めておいた水で洗い、共に布団に入る。
この国は湯浴びも水浴びもする習慣がないようで毎日湖の水を桶一杯分だけ汲み、体を拭いている。
この生活にもだいぶ慣れた。
「明日は何か違うのかな。」
小さくつぶやくとドラドラと目が合った。
この国に入ってから、薬箱に入らなくなった。
マンゲツショクネ:満月食根:ルリ玉アザミがモデルだが種の話はでっち上げ
スムール:名前に意味なし、鷹
ルカン:湖に住むジンベイザメ
カーオン:ルカンにくっつくコバンザメ
ポルンチュ:ポーチュラカ←お気に入り