第八話
自動ドアの付近で立ち止まる神楽坂に、周囲からは訝し気な視線が向けられたが、本人は全くそれに気が付かなかった。神楽坂の心は、灰垣の記憶を覗いたことで知った、『T県知事暗殺』の言葉に完全にとらわれていた。
灰垣の足首に触れ、記憶を覗き込んでからかなり時間が経っていたため、あの言葉を最後に灰垣の記憶は覗けなくなっていた。だが、神楽坂の脳裏には、先程見た光景が鮮明に脳裏に焼き付いていた。
「……これは、まずいな……」
暫くしてようやく我に返り、呟く。神楽坂は、この時すでに、灰垣と、彼の記憶の中で見た人物による県知事暗殺を阻止するために動く事を、無意識下で決意していた。
*
それから数か月間の間、神楽坂は灰垣に怪しまれない程度に関わりを持ち続けていた。あまり間隔が空きすぎて、手遅れにならないように。しかし頻繁にかかわりすぎて、こちらの真意を悟られないように。神楽坂の能力で思考を読み取り、慎重に加減しながら、今日までずっと灰垣の記憶を漁ってきた(ついでとばかりに灰垣の微かな罪悪感に付け入り、精神に多大なる傷を負わせたりもした)。
そして、つい先程。神楽坂は遂に目当ての情報を全て見つけ出した。犯行の日時、暗殺手段、実行班人数、その他。それらを、ようやく全て知ったのだ。
そしてその結果、もうあまり時間が残されていないことも、神楽坂は感じていた。
「……来週の日曜日、か……確かに丁度いい」
県知事が群衆の前に姿を見せる、と言うのは、滅多にないとはいかずとも、そこそこ珍しい事ではある。そして、彼らはそんな珍しい日を選んだ。
丁度来週の日曜日、神楽坂が常々利用している駅を通る、新しい路線の開通式。それに県知事が出席し、彼らはそこを狙ったのだ。
恐らくは、人々に紛れ込んで、追跡を逃れやすくするためだろう。それ以外にも、動きに気付いて未然に阻止しようとしてくる輩の行動を制限させる、という目的もあるのかもしれない。もしそうだとしたら、彼らのその目標は達成できたと言えるだろう。神楽坂が、現在進行形で当日の行動に頭を悩ませていたからだ。
「……警備員に伝えるか?……いや、あまり信用はできない……それに……」
警備員に伝える、と言うのは実行犯が単独犯であれば有効だったかもしれない。しかし今回は組織だった犯行であり、もし大々的に警戒するように促せば、足がついて逆にこちらが狙われる可能性がある。しかし、現時点で何のコネもない神楽坂が単独で動くのは、余りにも無謀すぎる。
どうするにしても、かなりの難問であることには変わりなかった。
結局この日は遅くまで考えても答えが出せず、神楽坂は悶々とした心持のまま眠りにつく事となった。