第四話
「……は? 何を言ってるんだ……?」
呟く。それも無理はない。何せ、一部の国を除けば、平和条約や国際連合等で戦争の様なが厳しく取り締まられる時代だ。そんな中で『世界征服』等と謳われても信じられる訳がない。本気でそれを言えるのは、相当な権力者か馬鹿だけだろう。そう考えて、神楽坂は目の前の男を見つめる。その瞳は笑っていない。真剣に語っている様子であった。
「ふ、ふふふふふ……この世の全てのものがあの御方の手中に収まり、全ての生命があの御方に跪く……。嗚呼、想像しただけでも気が昂ぶるよ……!!」
神楽坂が呆けている間にも、男は自身の空想の世界に入り浸り、一向に話が進まない。目の前で手を振ってみるも、全く反応を示さなかった。段々と馬鹿馬鹿しく思えてきたので、神楽坂は男に一声かけて、その場を立ち去ろうとした。実際、神楽坂にとって心労となっていたのは突如発現した能力だけであったので、それが無くなった以上男に関わる必要はなかった。
「……俺は別に何とも思わないな。じゃあ、俺はこの辺りで。」
しかし、神楽坂が“何とも思わない”と言った瞬間から、喧しい男の声がやんだ。そして、まるで錆びたブリキ人形の様に首をぎこちなく動かして、神楽坂を睨みつける。
「お、おい……貴様今何と言った……!?」
「い、いや、何も言ってないぞ……?」
「白を切るなよ愚図が……貴様、今あの御方の野望を否定しただろう! 嗚呼、何たる無礼! 何たる失敬! 貴様は今、決して許されぬ失言を犯したのだ!! その罪、貴様の首で償え!!」
神楽坂は不吉な予感がして誤魔化そうとするが、失敗して男の逆鱗に触れてしまう。強烈な怒気を帯びた言葉をまくし立て、いきなり襲い掛かってきた。それも、いつの間にやら手に短刀を握りしめて。
「なっ……!?」
神楽坂は慌てて胸元で両手を交差させ、後ろへ引こうとするも、間に合うはずもない。男が振りかざした短刀は、神楽坂の両腕と左頬に深い切り傷を付けた。
「――っ!? 痛ってぇ……っ!!」
自身を襲う鋭い痛みに意識をとられ、男が突き出した短剣を右肩に深々と突き刺されてしまう。そして、その瞬間に男の右手と神楽坂の右肩が触れ、神楽坂の能力が発動する。――幸運だったのは、男が怒りに染められて、動きが精彩を欠いていたことだろう。普段の男であれば、基本的に闇討ちしかしない上、想定外の事態への対策も何重にも施していた。だが、怒りで我を忘れた今の彼は、ただ目の前の敵――神楽坂を殺す事しか考えておらず、故に彼が能力を持っていることも忘れていた。
「っ、まただ……。こんな時に……っ!!」
必死に急所を守りつつ、神楽坂は流れ込んでくる記憶に少しだけ意識を向ける。先程の、去り際のやり取り。その記憶さえ捻じ曲げる事が出来れば助かるだろう。そんな憶測が、神楽坂の脳裏を過ったからだ。
――……俺は別に何とも思わないな。じゃあ、――
この言葉の記憶を改竄しようと、慣れぬ能力を必死に使用する。そして、右肩を刺されてから一、二秒後。その後に左肩と左頬、そして右脇腹を負傷しながらも、神楽坂は記憶改竄に成功した。
――……俺が出る幕でもないだろうな。じゃあ、――
『関心がない』という否定的な発言から、『関心はあるが、自身は役不足だ』という謙遜した発言へと記憶が塗り替わる。その瞬間、男の動きが止まり、神楽坂を見据えた。その眼にはもう怒りの炎は宿っていない。
「……嗚呼、すまない。我としたことが、少々暴走してしまったようだ。貴様には多大な迷惑を掛けてしまった。……我の能力で傷を治す位しか償う方法がないが、それで構わぬか?」
「まあ、治してもらえるならそれに越したことはない。構わないさ。」
男は短剣を懐にしまい込んだ後、ばつが悪そうに神楽坂へと謝罪して、男は自身が立場を少しでも保つために治療の話を持ち掛けた。