第九話
薄暗い室内に、目覚まし時計のアラームが甲高く響き渡る。耳朶を打つその不快な音は、深く沈んでいた神楽坂の意識を強制的に引き上げた。
「……う」
朦朧とした意識のまま、ゆっくりと上体を起こす。習慣で右手のカーテンを開くと、途端に室内は爽やかな朝日に満たされ、まどろんでいた神楽坂の意識も次第に鮮明になっていく。
一つ小さなあくびをして、ベッドから降りた。床にはビールの空き缶やコンビニ弁当のごみがビニール袋と共に点在しているが、神楽坂はまるでその位置を分かっているかのように、足元を確認することなく足早に洗面所へと向かった。洗面台の前に立てば、壁につけられた鏡に僅かに無精ひげを伸ばした冴えない顔が映る。
鏡の横に設置された棚から髭剃りをとり、あごに押し当てる。じりじり、と小気味の良い音が部屋に響いた。剃り終わった後は軽く水で顔を洗い、横の竿にかけてあったタオルで乱暴に水滴をふき取った。
時計を見れば、まだ五時を半分も回っていない。家で過ごす時間は十分にあった。
「……とりあえず、飯でも食べるか」
独り言ちながら、キッチンの棚を開けてカップヌードルを出す。お湯を入れて待っている間に、冷蔵庫からトマトとキュウリ、レタスを取り出して、それらを切り分けたものを小さめのボウルに雑に盛り付ける。
料理があまり得意ではない神楽坂にとっては、お馴染みの食事だ。
湯を切って、近くに転がっていた未開封の割りばしを取り、その場で食べ始める。三分も経たないうちに湯を切ったからか、麺は少し硬い。だが、神楽坂にとってそれは気にすることでは無いのか、派手に音を立て汁を飛ばしながら、麺をすすっている。
(……さて、どうしたものか)
朝食を取りながら考える事は、やはり例の計画の事。県知事暗殺を企てる組織にどう対抗するか、それだけだ。
実を言えば、神楽坂は以前何度か小さな事件に関わった中で、警察との繋がりもあるにはある。それ故、警察に協力を仰ぐことも出来なくはないのだ。
だが、繋がりがあるとはいえ、それはごくごく小さなもの。本部長と懇意にしているなどであればすぐにでも動かせただろうが、所詮新米刑事数人程度では、動きがある前に全て終わってしまうだろう。
なら自分が単独で、と一瞬考える神楽坂だが、それも不可能だとすぐさま断念する。もし肉弾戦にでもなったとして、彼の能力が役に立つかと言われれば、否、発動するだけで精一杯でまともに運用などできないだろう。
第三者を巻き込めばあるいは、と言ったところだが、そんなのは論外だ。彼には最初から、関係のない誰かを道連れにするつもりなどなかった。
「……仕方ない、一応連絡をしておくに越したことはないか……」
疲れの溜まった表情でそう呟いた神楽坂は、残った麺と野菜を一気に口に詰め込んで咀嚼し、飲み込んだ後、携帯電話の電話帳から『坂島紅蓮』の名前にカーソルを合わせ、決定ボタンを押した。