命を救われて
「ん・・・ここは・・・」
目が覚めるとそこは森の中じゃなかった。
建物の中なのは間違いないのだが・・・
だが知らない建物の中のようだ。
周囲を見渡すと椅子に座っている少女がいた。
日本人ではない。金髪で可愛らしい8歳くらいの子だ。
その子を見ながらここはどこだろうと考えているとその子は目を覚まして俺と目が合った。
少女は目を見開いて大声を上げる。
「あっ!!目を覚ましたぁ!!!」
その声は寝起きの俺には少々きつかったが、どうやら日本語は通じるらしい。
そのことにとりあえず安堵していると奥から大柄の男性が顔をだした。
「お!目を覚ましたか。森で気絶してたお前を担いで連れてきてやったんだ。」
「あ・・・ありがとうございます・・・」
なんだこれ・・・頭が痛い・・・というか、たんこぶができてる・・・
目が覚めてもまだ夢の中・・・どうなってんだ一体・・・
「あの・・・ここは・・・」
俺は混乱した。夢の中であるはずなのだが、そんな感じは全くしない。
だから夢の中ですか?と聞こうとしたのだが、返ってきたのは違う言葉。
「ああ、ここはフォレストの森の中の山小屋だ。お前と頭に剣が突き刺さったゴブリンの死体が転がっていたが、覚えていないのか?」
ああ、そういえばゴブリンみたいなやつと戦って、転んだんだったな・・・
「ゴブリンと戦ったのは覚えています・・・ですが、滑って転んで・・・えっと・・・」
そういえばグラグラと視界が歪みながらも、すっぽ抜けた剣がゴブリンの頭に突き刺さっていたような気がする・・・
「ふむ、記憶があいまいなのか?名前は言えるか?」
名前・・・このキャラの名前は・・・
「あんたがたどこさっていう名前です・・・」
「はぁ?お前おちょくってんのか?真面目に答えろよ!」
大柄の男にブチギレられてしまった・・・めっちゃ怖い・・・
だけどこのキャラの名前は、あんたがたどこさっていう名前にしてあったはずだし、だけど、ここがもし仮に現実なんだとしたら、命を救ってくれた恩人にふざけた名前を言えばそりゃ怒るけど・・・
「いえ、すみません・・・このキャラは本当にそういう名前で・・・ここは・・・夢ではないのですか?
正直混乱していて、なんでここにいるのか・・・これはゲームで・・・俺は・・・」
夢の中のはず、ゲームの世界のはずだ。だけどここは現実なんだと、痛みが、感覚が、脳が訴えている。
身体が震えだし、背筋に冷たい汗が噴き出す。
突如知らない場所に、いや、ゲームの中?に飛ばされたのだとしたら・・・そんなことは想像したことなら何度もある。だけど、いざ起これば、恐怖が全身を覆ってしまった。
ゴブリンと対峙した時、剣が運よく刺さったが、それが無ければ・・・この目の前の人が俺を助けてくれなければ・・・俺は死んでいたのだろう。
そのことが理解できた途端、震えが止まらなくなってしまった。
そして、ここが現実なんだと、確信してしまった。
数分、体が震えていた。
大男と少女はそれを何も言わずに、ただ顔は心配そうに見守ってくれた。ゴブリンとの戦闘で死にかけたことに震えていると思ってくれたのかもしれない。
俺はとりあえず落ち着くことに成功した。
「す、すみませんでした。取り乱してしまって・・・改めて、命を救っていただき本当にありがとうございます。私の名前はカイトと言います。」
俺は精一杯体を曲げてお礼を述べた。
ここは現実だと、確信を持ってしまった。だから性は名乗らなかったが、本名と、精一杯の感謝を伝えた。
「おう、わけわからない事言い始めたときには気が狂ったのかと思ったが、どうやら正気に戻ったみたいだな。俺はガイ、んでこっちが」
「フェルです。無事でよかったね!」
2人とも笑顔で答えてくれた。さっきの事はどうやら水に流してくれるようだ。
俺はもう一度お礼を述べて考える。
それにしても・・・とんでもないことになった。
夢であってくれればそれでいいのだが、そうでなかった場合、本当にこの世界に迷い込んでいた場合、それは全くと言っていいほど訳の分からない事態だが・・・
ダメだ・・・ずっとこの考えがループしてしまう・・・幸いにも俺が知っているゲームの世界で、装備品も良いものがそろっている。これはチートといっても過言ではないのだ。
ただ俺のレベルは1上がって2・・・
強くなるには、モブと呼んでいたあいつらを倒さなければならない・・・
俺はまた震えそうな手をギュッと力強く握りしめた。
この世界は理不尽だと、俺は知っている。モブは雑魚だが、ゲーム中も油断すれば容易く死ぬ。
ボスなどの強敵は理不尽な攻撃をこれでもかと仕掛けてくる。
だが・・・俺はそのことを知っているのだ。
攻撃パターンもその内容も、全てを知っている。
で、あるならば・・・ゲームのハードコアと何ら変わりがないと言える。
1回死んだら、もうそのキャラはスタンダードでしか使用できなくなるというモードがある。
まぁ、死んでもスタンダードにはそれまでのアイテムを持って帰れるから優しい仕様だったのだが、それの現実Verってことだろう・・・
Solo Self Foundじゃなさそうなところは不幸中の幸いだと思う・・・
ソロオンリー、アイテム取引不可っていうなかなか縛りのあるゲームモードなのだが、もしこのモードだったら、森の中でくたばっていた・・・誰にも助けてもらえないはずだからだ。
そんなことを考えていたらガイが質問をしてきた。
「で、カイト、お前はどうしてこんな何もないところに来たんだ?」
うん。ごもっともな質問である。ゲーム内の知識だけで言うなればフォレストの森は何もない。
突き進んで待っているのは行き止まりだ。
「怒らないで聞いてくれると嬉しいんですが・・・俺も気が付いたらあそこにいたんです・・・何処から来たのかも覚えていません・・・迷子というか・・・なんというか・・・」
「うーん・・・記憶喪失?聞いたことはあるが、実際にそう言った者と会うのは初めてだな・・・」
ガイさんも困ってしまったようだ。ともあれ、これがまんまゲームの世界なんだとしたら、俺は信用されないし、ここにいるのも迷惑になるだろう。
「ガイさんとフェルさんはここに住んでいるのですか?」
話の流れで気になっていたことを聞いてみた。
さっき言った通り、ここには本当に何もないのだ。稼げないし、村からは遠い。いいことなんて一つもない
ゲーム的に言えば効率最悪の場所で、ちょっとだけレベルを上げるだけの場所である。
要は初心者でも来る意味あるの?って感じのところなわけだが、俺がここに来たのは武器の弱さが原因で、レベルを少し上げる目的で来ただけなのである。
「ん?ああ、俺らは王国と帝国の戦争に巻き込まれてな・・・家を失って金も失って、ここで静かに過ごしていたんだよ。だから見ての通り食糧も分け与えて上げられるだけ無いんだ。すまないな。」
「そうだったのですか・・・何かお礼をと思ったのですが・・・」
そう言うとガイさんはハッハッハと笑いだしてしまった。
いや、俺そこまで非常識じゃないんだけどな・・・命の恩人だしさ、普通にお礼を考えるわけよ。
俺が若干ジト目になっていたのに気づいたのか、「すまんすまん」と言いつつ、
「何も持っていない奴から奪うほど悪党ではないぞ!!あのボロの剣しか持っていないのに何をくれるつもりだったんだ?」
ん?何ってインベントリ・・・ああ、俺にしか使えないのか?
あれ、レベルの概念も俺だけか?ゲーム的な要素が俺だけにしかないのなら、ありえなくもないが・・・
「それは・・・命の恩人ですからね!あの剣はあげられませんが、食料でお困りならそれでいかがです?」
右手を顔の横に持っていき手を広げると、そこにパンが1つ現れた。
インベントリを知らない人が見れば、そりゃもう驚くだろう。
地球の人が見ればマジックだと思うだろうが、ガイさんの表情は面白かった。
「なっ!・・・・」
と発したまま固まってしまった。
それに引き換えフェルは「わぁーーー!!!」と満面の笑みを見せて喜んでくれた。
俺はそれを一口ちぎって食べて見せると、残りをフェルに渡す。
ちぎって食べたのは毒入ってませんよアピールなのだが、フェルはそんなのお構いなしにパンにかぶりつくと目を見開いた。
俺も一口ちぎって食べたからわかる。これは焼き立てのパンで、地球で食べたどのパンよりもおいしかった。
確かゲームのころの説明文には、とてつもなくおいしいパンと書かれていたはずだ。その通りだった。
このゲームには空腹ゲージがあって、こういった食糧もくそほど持っていたが、まさかこんなところで役立つとは思ってもみなかった。
フェルはパンにがっついてあっという間に平らげてしまった。
そんなフェルを見てほほ笑んでいると、ガイはやっと正気に戻ったのか羨まし気にフェルを見ていた。
俺は苦笑しつつさらにもう3個パンを取り出し、ガイさんとフェルに一つづつ渡し、オレンジとアップル、グレープジュースをそれぞれ取り出す。
木でできたコップに並々と注がれて出てきたので俺もそういう風に出てくるのかと少しびっくりしたが、それよりもガイさんとフェルの驚いた顔が面白かった。
「お前・・・それはどういう・・・」
「すごーい!これはなんて飲み物なんですか?」
「魔法・・・という事にしておいてください。自分でもうまく説明できる自信がありませんし、ただ、どうしてもお礼がしたかったのですよ。右からオレンジ、アップル、グレープという飲み物です。果物からつくった飲み物ですよ。あーこれをもう一つづつ出しますから・・・2人の分きちんとありますから・・・・」
話している途中に二人がどの飲み物を取るか睨みあっていた・・・命を助けられたからこんな量でお礼としようとは考えていない・・・とりあえず好きな飲み物を選んでもらおうと考えただけなのだが、2人の顔が恐ろしいことになった。
「おお、何か悪いな」
「ありがとうございます!」
2人はそう言ってアップルから口をつける。俺もそれを見て自分の分のアップルを取り出して飲んでみた。
うん。うまい。
口いっぱいに広がるリンゴの甘さ、わずかな酸味が何とも言えない。
いままでにこんなおいしいリンゴジュースを口にしたことがあっただろうか、100%のジュースだと、どうしても甘酸っぱさが割合的に多くなるもんだが、これは甘さが先行している。そして後味がほのかな酸味何杯でも飲めそうだ。
俺がそんな感想を抱いていると、2人も驚いた顔をしている。
美味しかったんだろうな・・・
そしてどうやらこの世界にリンゴ等はないのかもしれない。
初めての飲み物みたいだ。
今渡したものは全く日持ちしないだろう。
俺がここに残ればその問題は解決するけど、そもそも信用してくれるかといえば、難しいところだろうし、となれば・・・えーっと
干し肉、水、ジャガイモ、ポーションも必要かな?あとはー
「おい!待て待て待て!!!何やってんだ!」
俺が大量の干し肉等を積んでいると急に腕をガシッと掴まれた。
「うわっ!な、なんですか!びっくりするじゃないですか!」
俺は基本ビビりなんだよ・・・急に腕掴まれたら体がビクッってなるでしょ!
「その量はなんなんだ!その量、その質・・・一体いくらすると思ってる・・・」
確かに現実で買ったらいい値段がしそうだけど、俺はストックがそれぞれ999個あるわけだし、これらは序盤で手に入れられる下級回復アイテムだからな。
ジュースは中々高級品だけど、俺みたいな上位者だったらいくらでも手に入れられた。
ゲームの世界であればだけど。
とにかく、
「気にしないでください。これは俺にできる最低限のお礼みたいなものです。日持ちする食べ物を選んでますので・・・豪華なものではありませんけどね。」
そう言って肩を竦ませた。
「すまないな。だがもう助けたことは気にしなくていいぞ。十分すぎるほどに貰ったしな。」
深く考えるのはやめたとばかりにガイはそう言って苦笑した。
「え?まだまだあったんですけど・・・まぁ確かに俺は信用ならない相手かもしれませんが、全部一つづつ食べるつもりですし、毒なんて盛りませんよ?」
「はぁー俺らがそんなことを考えてると思ったのか?お前が悪い奴だと思えば直ぐにたたき出していたし、そもそも助けたりしない。顔を見れば大抵いいヤツかどうかはわかるんだ。」
「それは・・・なかなか危ないような気がしますが・・・ともあれ信じてくださるならば食糧をお渡しして早めにここを離れるようにしますので、もう少しいさせてください。」
目が覚めたとはいえ、まだ少し頭と体が痛い・・・レベルも1だし、ゲームのように寝れば体力満タンとはいかないみたいだ。
図々しいお願いだったかなと不安になるが、ガイさんは噴き出して答えてくれた。
「ばっかおめぇ、何日だっていていいぞ、むしろこんだけ食糧ポイポイだせるならずっといてもらいたいくらいだ。だが、人前でそれするのはもうやめたほうが良いぞ!利用しようとするやつがわんさかいるだろうしな!」
おお!なんと寛大な!見ず知らずの男にいてもいいなんて中々言えるもんじゃないよな。
俺がガキの容姿をしていたとしても、この世界がゲームまんまの世界観なんだとしたら、できるもんじゃない。
ずっと思っていたんだ。この世界は理不尽すぎると。日本もそう思うことは沢山あった。
だけどこの世界はそれ以上だと思っていた。
ハクスラ系のゲームはストーリーは二の次で、ファームの面白さを前面に出しているところがあるから、俺みたいにストーリーをきちんと見ている奴は少ないとは思うけどな。
ここは力が全てみたいなところがある・・・
でも・・・強くなる方法ならわかる。
装備はチート級のやつがある。
飯にも困らないし、金もある。
あれ?俺・・・最強じゃないか?
今考えてるビルドも今までとは比べ物にならないくらいOPな出来になる。
ああ、これは、俺に世界を変えろと、そういってんだなぁ?
お読みいただきありがとうございました。