最高の夢
俺は平成最後の大晦日を Apex of Magic というゲームをしながら過ごした。
今年で30になるというのに相変わらずゲームは好きで、特にこのAOMと言われるハクスラ系のゲームは、
ずっとやっていても飽きないほど、時間を忘れて夢中になっていた。
魔法の頂点という意味のゲームタイトルだが、ジョブは近接もあるし、
魔法を使用せずとも戦うことができる。
レベルを上げて、スキルツリーと呼ばれる膨大な量のスキルを、自分の選んだ職業の開始位置から枝のように広げて取得していく。
それはどんな職業であっても、その選んでいったスキルでどんな者にでもなれるということではあるが、大事なのは開始位置であって、魔法特化のジョブの開始位置は、当然魔法系のスキルが近くにあるし、近接系のジョブは当然、近接系のスキルが近くに沢山あるわけだ。
だから普通は魔法を使いたいなら魔法使い、近接武器を使いたいなら剣士を選ぶ。
ビルドをどういったものに仕上げていくかを考えるだけでも時間を忘れて没頭してしまう。
だから・・・そう、3徹して意識がなくなったのはよくあることなんだけど・・・
「こりゃ・・・初めての体験だな・・・」
そう、目が覚めたら俺は、
身体が縮んでいた!
いや、それに加えて周りの景色がやばいことになっている。
自分の部屋ではなくなっている。というか、森の中・・・・
建物の中でも、東京の街中でもなく、大自然の中にいた。
これには・・・某名探偵も発狂するに違いない。
だが、俺は動じない。
夢であることがわかっているからだ。
なんせ寒くない。今の現実世界は年明けしたばかりでくっそ寒い。
俺の脳が、こんなハイクオリティの想像空間を作れることに心底驚かせられるが、人間なめるなよ とはよく言ったもんで、風の感触も肌触りも、木々の外見や感触まですべてきっちり再現できている。
このほのかな温かさは布団の中、そよ風の心地よい感じはきっと暖房だろう。
「俺の脳が・・・いや、俺が・・・覚醒した?」
だがまぁ、俺の想像ではこの空間に道を付けるのを忘れていたらしい。
どんだけ見渡しても、頬をつねっても、目覚める感じがしないし、せっかくだから探検してみるかーとはなったものの、どっちへ進んでいいのか分からない。
あ・・・
その時に思い出した。
確か俺が寝る寸前、いや、気絶する寸前、新しいビルドを考えて13キャラ目を作成してレベル上げをしようと最初の村の近くの森に入ったのだった。
ここは、その時の場面を想像した夢なのかもしれない。
確か身長もこのくらいで、年齢が12歳のガキに設定したんだよな・・・
13キャラ目ともあって今まで作ったことのなかった低年齢イケメンを作成したのだが、どうやら夢でそれを再現しているらしい。
しっかりと初期装備の錆びれた剣を携えている。
「凄すぎないか俺・・・」
俺の脳の限界を調査するか・・・
「ステータス」
そう呟くと空中にボードが出現した。
――――――――――――――――――――――――
名前 %’$#”
種族 人
職業 剣士
Lv 1
Life 200
Mana 100
Intelligence 5
Strength 10
Dexterity 8
称号 転生者 #$&’#”$%
――――――――――――――――――――――――
「お・・・おお?・・・俺の脳みそ凄すぎないか・・・」
このゲームは知能、力、器用さの三つで成り立っている。
素早さ等はスキルボードからそれぞれ上げることが可能だが、それはこのステータスでは見ることができない。
基本的には魔法職は知能を上げ、近接は力を上げる。弓等は器用さを上げるのが普通である。
だからなのか、その他の発動速度や移動速度などの素早さはそれぞれこのステータスには載せてくれないみたいで、不便ではある。
それより気になるのは名前とスキルボード下の文字っていうか称号だが・・・
でもまぁ、そんなのは今どうだっていい。なんせあのAOMの世界の中に俺が立っているのだから、目覚めるまで堪能しなければ損である。
「モブはどうなってるのか気になるな・・・」
モブとはそこらへんに湧くモンスターのことである。
そのモンスターが俺の脳でどう処理されているのかが物凄い気になる。
「戦ってみるか・・・」
錆びた剣の柄に手をあてて呟いてみる。
「だけどこの装備じゃあ瞬殺されそうだな・・・インベントリでもひらけ・・・うお?」
インベントリと発した瞬間に今までため込んでいた装備やらがリストになってステータス画面と同じように出現した。
「おいおい、村に行かないと持ち出せない倉庫まで開けるのか・・・しかも今までのキャラの装備品もしっかりここにあるし・・・それなら・・・」
俺は1レベから装備できるアイテムを選択して取り出していく。
装備品はレベルと要求ステータスで装備できるかどうかが決まる。
魔法職がガチガチの鉄壁鎧を着れないようにされているわけだ。
その他にもジョブ専用防具とかもあるが、それらは大体要求レベルが高い。
良い感じに装備品を身に着け、初期装備は倉庫に入れておく。
いつもならその場に捨てるが、リアルな森に見えるのに捨てることは出来なかった。
そしてモブを探しながら歩き始める。
「お、やっと見つけた・・・って、1匹しかいないのかよ・・・」
ゲームのAOMなら少し歩けば10〜30匹の塊でモブがまとまっているのだが、夢ではどうやらそんなに多くのモブを用意できなかったらしい。
「ふっ・・・俺の脳の処理能力もこの程度か・・・でも練習にはちょうどいいな」
先ほどの錆びた剣ではなく、違う錆びた剣を引き抜く。
これはレジェンド級武器だが、最初の能力値は糞みたいなもので、一緒に成長していく剣である。
だから見た目は最初の初期武器と全く同じ、俺が考案したビルドになくてはならない取得率0.0001%のクッソお高い武器である。
ハクスラ系ゲームの面白いところは同じ武器でもその付いているmodといわれる能力の付与が違うのと、そ
こに付与された能力の%もまたバラバラで、めちゃ強い武器を手に入れられたとしても、ついているmodが
ゴミならゴミになってしまうところなのだが、だからこそ追い求めた武器、そして性能が出た時の高揚感、脳汁ぶっしゃーとなる感覚が俺をこのゲームに縛り付けた。
原理としてはパチンコやスロットに近しいところがあるのかもしれない・・・
そして今手にしている武器はそのmodが完璧といっていい。
%は0.1とかしかついていない為、自身のレベルを上げないとこの剣も強くはならない。だからこそわざわざ新キャラを作成したわけだが、最終的なこの武器の強さを考えると、ちゃっちゃと現実に戻って本当のレベルを上げたいところである。
だがその前に、
俺は剣を握りしめて緑色の俺より小さなモンスターと向き合う。
このゲームにモブの名前なんて多分無かったが、しいて言えばゴブリンだろう。
俺の粗末な歩行の足音で完全に気付いている設定らしく、相手もまたこん棒のような鈍器を持ってこちらを睨みつけている。
俺は緊張もへったくれもない。なんたってこれは夢だから、俺の都合のいいように全てが流れていくだけだろう。
そのままゴブリンに歩いて近付き剣を振り上げる・・・だが、流石に夢でもそこまで簡単に倒させてくれないようで、ゴブリンは優雅に歩いてきた俺に警戒してか、バックステップして距離をとられた。
「ふむ・・・」
今のが現実なら、俺はゴブリンに殺されていただろう。ただ歩いて剣を振り上げただけ、無防備にもほどがある。
「なら・・・本気でいかせてもらうぞ!」
ちょっとかっこいいこと言ってみたかったので、言葉は通じないだろうけど声を張り上げてみた。
これアパートで大声上げてたらめちゃ恥ずかしいけど、まぁ、そしたら目覚めるはずだから大丈夫だろう。
するとゴブリンも気合を入れているのか「グギャギャ!グギャギガ!」と意味の分からないことを叫んでいる。
けっこうシュールで思わず噴き出してしまった。
するとゴブリンから攻めてきた。こん棒を掲げて迫ってくる。
「俺はこう見えて剣道3段なんだ!」
素人同然のただ突っ込んでくるだけのゴブリンがかわいく見えるが、この錆びた剣では思い切り振らなければダメージは与えられないだろう。
俺は剣道を思い出して思い切り踏み込んだ。
当時高校生だったころの技術。
それを夢だからか、寸分の狂いなく再現できた。
だが―――それが良くなかった。
森の中で剣を振ったことなんてない。
ましてや木刀より重いこの剣は思った以上にバランスを崩された。
ぬかるんだ土に足をとられ・・・
ズルッと真後ろに盛大にこけた。
「ぐえっ」
変な声が出て背中に衝撃を受けて頭を打ち付ける。
最悪なのは頭装備がゴーグルでそれが邪魔で後ろ向きに装着していたことだろう。
その突起が多分いい具合に頭にクリティカルヒットした。
グラグラと視界が歪む中、多分布団から落ちたか、椅子から落ちたか、これで目が覚める。
―――――――――レベルが上がりました。――――――――
そう思って意識を手放した。
お読みいただきありがとうございました。