お題SS 蜜柑・砂浜・目薬
現在長編を構想はしているのですが、まだまだプロットにも手を付けられていない状態です。
ですがこのまま「読み専」でいるのも……と思い、昔書いたお題ショートショートを投稿してみました。
いただいたお題は「蜜柑・砂浜・目薬」の三点で、制限文字数は千二百文字だったかな?
拙文ではありますが、よろしくお願いいたします。
「結構大きくなったよねえ」
僕のうちの玄関先、そのわずかな土のスペースに植えられた蜜柑の木と、彼女は背比べをしていた。
「そういえばそうだね。小さい頃、苗木を買ってもらって植えたときは、一メートルも無かった」
自分で口にしてみて驚く。確かにその木は、高さも、そして太さも当時の倍近くにはなっていた。
「毎日玄関で見ているから、気が付かなかったよ。そういえば……うん」
僕がこの家で積み重ねてきた毎日。そして彼女と積み重ねた時間。
たぶん――本当に、何気のないものだった。
「××。荷物本当にこれだけでいいのね」
半分開け放たれた玄関の中から、母の声。「うん」とだけ返事して、僕は彼女に向き直る。
「――あの……」
二人の声が同時に重なる。気まずい空気。二人して示し合わせたように、家の奥の気配を探った。
「えっと……」
なかなか声に出来ない。いや、それよりも――何を声にしたいのか、自分でも、わからなかった。
「少し、歩こうか」
彼女の提案は、僕にとってはまさに助け船といえるであろう。
家の裏、わずか二十メートルも歩くと、一面の砂浜が広がる。夏になれば海水浴場として多くの人で賑わうここも、三月半ばのまだ肌寒い季節では人影などあろうはずもなかった。
「もしかしてさあ、あの蜜柑の木、すぐに実が成ると思ってねだったんでしょう?」
意地悪そうな微笑み。浜辺に不似合いなローファーが、シャリ、シャリとうしろ歩きに砂を踏む。
「そりゃあ、さ、餓鬼だったもん。食べ放題になるって、思うさ」
「でもさ、一度も成らなかったね」
確かにそうだった。一年目はまだ来年があると思った。二年目で、失望した。三年目からはただの玄関先のオブジェとして、意識することすら無くなった。
「でも来年は成るかも。あんだけ大きくなったんだから。――あ~あ、もったいない。一人でこの町を出て行っちゃうなん……」
「そんときは送ってくれよ。住所はおふくろに訊いて、さ……」
彼女の歩みが止まってた。うつむき加減の姿からは、その表情はうかがい知れない。
「――やだ」
僕は、何も聞こえなかった風に歩み寄る。ごめん、と言いかけそうになるのをぐっとこらえる。
「やだ……よ。行くな」
両手でその小さな肩を抱いた。彼女は顔を上げる。両目から、おびただしい涙。
それを拭いもせず、彼女は目を閉じた。ゆっくりと、互いの顔が近づく。
サクリ、と。
砂浜に、何かが落ちる音がした。見下ろす。小さな、プラスティックの目薬の容器。
「あ……」
彼女は固まった。そして慌ててそれを拾い上げると、脱兎のごとく駆けだして、振り向いた。
「馬~鹿! その気になってんじゃねえよ~」
言い捨てて走り去る。当然、僕は追いかけた。
「て……てめえ~!」
と、怒ったふりをして。
彼女には言わないでおこう。砂浜に落ちた目薬の容器、そのビニールの袋がまだ破られてはいないことに、僕が気付いたってことは……。
やっぱり昔の作品を読み返すと、こっ恥ずかしいですね><