その忌子、力を求める
馬車に揺られ、俺は眠って……るフリをする。
だって、目の前の少女に覚えがあるもん! つーか、会ったことあるよ!
今は顔を隠してるし、バレないから問題ないが……。できれば、このまま俺を思い出さないで欲しい。あと、そんなに見つめないで欲しい。
余程こちらの格好が珍しいのか、じっと見詰めている。
『(あの娘に会ったことあるの? 何だか、自分を隠しているように感じるけど)』
「(あるよ……。好きで嫌いな……とか何とか言っただろ?)」
『(あー、あの時か。別に教えたって構わねぇじゃないか?)』
「(黙れ。寝てろ)」
まさか、こんな形で再会するとは……。
確か、これから向かうハイドラー辺境伯の御令嬢だったな。
「眠ってしまいましたね」
「そうだな……余程消耗が激しかったのだろう。様々な魔法を見てきたが、あれ程高威力かつ正確な操作を要する魔法はあまり見たことが無い。しかも、色が黒とは、本人の言う通り忌子だろうな」
「忌子ですか……もう一度、あの子に会いたいな」
「無理だな。訪ねた時には、もう居なかった。しかも、行方を完全にくらましたようだ」
「(最低でも、髪は絶対に見せないようにしないと……)」
どうやら覚えていたようだ。俺としては、嬉しくはあるが良くは無い。関わって欲しくないからだ……。
「まさか……この人がそうなのでは?」
「(ギクッ……!?)」
「それは無いだろう。彼は弱かった筈だが、急に強くなって……しかも、鎧を着た兵士を素手で貫いた」
「す、素手!?」
「そこを考えれば、物理特化していると考えても良い。馬車からレイス殿の戦っている様子を見たが、剣の筋が荒々しい。剣の力に任せて戦っているように見える。典型的な魔術師タイプの物理戦闘だ。行方をくらました、未だ名前すら明かさなかった彼とは真逆のタイプだ」
「そうですか……。しかし、彼が名前を明かさなかった理由が解りません」
「名前が無い。もしくは、将来的に逃げる事を考えて名を明かさなかったのかもしれない。この場合は、後者の可能性が高い」
「(正解……。馴れ合いは好きではないし、俺は嘘を吐くから)」
最初にあった時、「名前はありません」て平然と嘘吐いたからな。
それから二時間が経ち、町についた。その間に魔物の襲撃に遭ったが、俺が出る幕もなく兵士達が一掃した。
俺は何をしていたかと言うと、寝たフリを続けラースと話をしていた。
彼等は俺を起こそうともせず、そのまま休ませたいのと、甘える訳にはいかないと言う理由だった。なので遠慮なく休んだ。
「フワぁ~……。流石貴族の馬車ですね〜。乗り心地が良かったので、ぐっすり眠ってしまいました」
「お気に召した様で何よりだ。さて、それではハンターギルドへ向かおうか」
「……え?」
何故ハンターギルドへ行くのか、イマヒトツ理解できなかったレイスは、思わず声に出してしまった。
「その反応は、あの盗賊団の事を何も知らない様だな」
「はい。何か報告をしないといけないのでしょうか?」
「その通りですよ。彼等は賞金に掛けられていたのです」
「へぇ~……それで?」
「それで? ではありません! 証拠や遺体諸共焼失しましたが、私達が掛け合って証言すれば賞金はあなたの物になります」
「そうなんですか? (盗賊団なんぞ、その灰すら憎かったので)知りませんでした。次から証拠(になる生首)でも残せる様にすれば、手を煩わせる事もありませんね」
本音を話すと、流石に危険人物認定されそうな事を平然と隠しながら話す辺り、いつか口にしてしまいそうで怖いとスロウスは思った。
しかし当の本人は、そうなると知らない、もしくはどうでも良いと思うからとても質が悪い。しかも無意識でやっているのだ。
「別にこの程度、迷惑では無い。我々は助けられたのだから、礼を尽くすのが当然だ」
「人として当然です!」
それから彼らは、程なくしてハンターギルドに着いた。
外観は石材を正しく組んで、立派な建物だ。入り口の上には、熊の絵に弓矢と剣が交差した看板が飾られている。
出入り口で多くの人が行き交っており、時折レイスに注目する。その多くは聖職者や、装備から見て高ランクのハンターだ。
驚いた顔を向け、冷や汗を流す者や、邪悪なものを見る目、警戒して避ける者さえもいる。
二人の後に続き、レイスが一歩踏み出した途端、視線を集めた。
大半は高ランクのハンターだった。中には『鑑定』を用いて強さを見破ろうとするが、全てスロウスによって阻まれる。
理由は三つある。一つはスロウスが高位の鑑定士であったことで、『鑑定』には勘付く。二つ目は、『鑑定』を妨害や阻止、隠蔽や偽装する術を知っている。三つ目は、それを上回り、もしくは無理やり看破してしまった場合、レイスの瘴気によって呪われると言う酷い応酬が待っているから。
スロウスによって、三つ目の場合が発生することはない。隙きを突かれたり、意図的に通した場合にはその場限りでは無いが、そもそも、彼女の鑑定士たる能力を上回る危険性は滅多に無いだろう。
彼女にとって、『鑑定』を通してしまい、下手な事をした他人が呪われると言う騒ぎは避けたい。面倒だから。
「(何か見られてるな……)」
『(注目する人は上級者だろうね。『鑑定』を仕掛けてる人が少数いるから気を付けて)』
「(面倒だから片付けても良いか?)」
その発言に悪い予感を覚えつつ『(どうやって……?)』と訊ねると、「(片っ端から殺す。その方が手っ取り早い)」と答えられ、厳重に注意する。
そんな事をすれば、指名手配待ったなし。相手に非が有ると言えばあるが過剰行為である。
レイスは、敵対行為とみなした場合、誰であろうが理由が何であろうが手早く葬ると言うぶっ飛んだ考え方を持っている。例えとしては、「尾行したから殺す」など。そう言った行為をする者に、味方でも良いことでも無いし信用ができないからだ。
『(そんな事しなくても、殺気を当てるだけで十分警告や牽制になるから)』
「(そうか、じゃあ……)『鑑定』を止めないと殺す……」
小さな声で呟き、特定の人物に向けて殺気を放つ。ただし、殺気を込め過ぎて僅かな瘴気が乗っている。
それにより、『鑑定』を仕掛けた者は呪われこそしないものの、気絶させられた。
よって、小さな騒動が起きた程度だ。
『(少しやり過ぎだ。それの十分の一で良い)』
「(ラース、死なないだけマシだろ?)」
「レイスさん! そこで止まってないで早く来て下さい!」
スロウスやハンターの対応ばかりに意識がいって、気付けばギルドのど真ん中でレイスは突っ立っていた。
謝罪をしながら二人に合流する。
「どうしたのかね? 急に立ち止まって」
「あ、いえ、お気になさらず。今後の事で考え事に没頭してしまいまして……。たまにこういう事があるんですよ、アハハ……」
『(『(良くもまぁ嘘をスラスラと口から出せ|るなぁ?)』たねぇ?)』
「(ほっとけ)」
アルドラは特に怪しむこと無く、本題に入る。
「あの盗賊団は、ハテンパゲン団と言う名の……」
「ブッ……!? 酷い名前だ……(並び替えたらテンパハゲじゃねえか!)」
「笑うのは無理もない……。だが、更に笑えるのはそれがリーダーの名前だ」
「ブフゥッ……!?」
ここで盗賊団のリーダーに触れる。髪は赤。天然パーマで、前髪前線が北上し過ぎて南下しているのが特徴的なおっさんだ。
しかし、レイスは彼の姿を認める前に焼き消してしまった。それ程どうでも良かったのだろう。
「それはさておき、これが盗賊団に掛けられていたけんの金貨二十枚だ」
「そこまで掛けられていたと言うことは……」
「懸賞金が掛けられて数年も経ち、悪事は増える一方、組織もそれなりに大きくなったと言う訳だ」
「はぁ〜……」
普通は勢力が拡大する前に、国が討伐隊を組む筈だが、逃げられたり手を抜いたりしたという事だろう。
それが積み重なれば、方位を突破されやすくなる。盗賊も人間であり、ある程度は学習するのである。
「呆れる話だが、気にせずとも良いだろう。君は強いのだ。そして、この賞金は全て君の物だ」
「良いんですか? 私兵達に渡さなくても」
「彼等はそれを辞退した。守るべき者を守り切れなかった。だから、受け取る資格は無いと言ってな……。私としても、コレは君が受け取るべきだ。私からは、コレしかあげられるものがない」
「コレは……?」
手渡されたのはペンダントだ。赤い線で描かれた家紋……。
「それを町に入る時、門番に見せなさい。無料で通してくれるだろう。フリーパスの様な役割として機能してくれる筈だ」
「良いんですか? 何か問題を起こせば、貴方が責任を問われますよ」
「ハハハ! 一人や二人、大した事はない。君程なら問題に巻き込まれても、すぐに解決できるだろう」
「(あぁ、問題起こさねぇ様に気を付けないと……)」
流石に断ることは出来ないので、レイスは諦めて受け取ることにした。
「所で、レイス殿はこれからどうするのか?」
「えーと、換金できる物をここで売ってしまおうと……魔物の魔石と素材をですね」
「ほほぅ、どの位良いものが獲れたか?」
「私も楽しみです!」
エリンは期待の眼差しで見る。
「どうせなら受付に出すのでそこで見ましょう」
レイスは買い取り専用のカウンターに行き、係に声を掛ける。
「買い取って欲しいものがあるんですが、コチラであってますか?」
『(え? 今のレイス? 信じられない……)』
『(俺もだ。常識知らずがあそこまで態度が変わるなんぞ)』
「(黙れ……)」
スロウスとラースは笑いを堪えながら話し合う。それにレイスは少し怒りを覚えた。
「あぁ、買い取り希望者か」
係はやる気の無いような声で答える。
「で、何を買って欲しい」
「魔石です。他にも素材を少々」
「で、何個」
「ここで全部出しても良いですか?」
「あぁ」
「良いんですか? 収まりきらないかもしれませんよ?」
「あぁ」
「本当に良いですか?」
「さっさとしろ、ガキ」
「『『(態度ワル……!)』』」
接客態度の悪さにジトっとしながら、暴食の眷属が作った、身幅の広いロングソードの鞘のような籠をカウンターの上に引っくり返し、魔石と素材だけを落とす。
「え?! ちょ、ま……ええー。これ一人で? つーか、マジックバックかよ」
「これで全部です」
「荷物が少ないと思ったら、そういう事だったのか」
「す、凄い……」
結局、係は適当な籠に入れ、全ての換金物が収まった。
「魔石が五十個、毛皮が五枚、爪が八十個、牙が十本……マジかよ……。ゴブリンの魔石が三十二個、上位種のジェネラルが一個、オークの魔石が十三個、フォレストワーグの魔石が五個。他の素材はフォレストワーグの物。待ってくれ、すぐに換算するから」
「凄いな、全てきれいに採れている」
「両親が優秀なハンターだったので、解体は楽でした」
「どこまで大きな物なら解体出来るのですか?」
「うーん……牛? 馬? までならいけるかも」
「家で働かないか?」
「遠慮します」
「換算終わったぞ。バイトだけでも歓迎だ」
ゴブリンの魔石が一つ銅貨十枚で三百二十枚。銅貨三十枚で大銅貨一枚。銀貨は銅貨六十枚で一枚。合計は銀貨五枚と銅貨二十枚。それに加えて、上位種のゴブリンジェネラルは銀貨十枚。
オークの魔石が一つ大銅貨一枚で、大銅貨が十三枚となり、銀貨六枚と大銅貨一枚。
フォレストワーグの魔石が一つ銅貨十五枚で、合計が銅貨七十五枚。銀貨一枚と銅貨十五枚。
魔石だけの総額は、銅貨五枚、大銅貨二枚で銀貨一枚になり、銀貨が二十三枚。一般ハンターの収入より少し上だ。
続けてフォレストワーグの素材だが、毛皮一枚で大銅貨三枚より、毛皮五枚で大銅貨十五枚。爪は四本揃って価値があり、これは一足分で銀貨一枚。合計で銀貨二十枚。牙は一本銀貨一枚で、合計が銀貨十枚。総額銀貨三十七枚と大銅貨一枚。
魔石と素材分合わせて、金貨一枚、大銅貨一枚と銅貨五枚となる。
「いろんなハンター見てきたが、お前は特にやばいハンターだな」
「それはどうも」
分かりやすく言うと、『化物』と言う事になる。
レイスはそれを酷く気に入っている。畏れられ、何人も寄せ付けず、死を幻視される程力を認められる事を望む。
誰よりも、強大な力に対する執念が深いからだ。
裏を返せば、自分は無力だと感じている。
「(あの日、俺が強ければ何も失うことはなかった。あの日、力さえあれば迫害されることもなかった。あの日、誰よりも強ければ自由を縛られることはなかった)」
それはいつしか、後悔から罪の意識を経て、無力さへの憎悪と変わる。
「では、僕は三日間ここに滞在しようと思いますが、もし、力が必要であれば呼んでください」
「いや、それには及ばない。あまり頼り過ぎると、我々の兵士が頼りなくなってしまうからな」
短い挨拶をし、二人に別れを告げ、道中で見つけた宿屋へ向かう。
「(だから、強くなりたい。もっと命が必要だ。強くなる為に何人犠牲にしても構わない。何本の流血の川ができても厭わない。血の池に幾らでも業を注ぐ)まだ、足りない……!」
薄気味悪い笑みを隠し、一人呟いた。それは誰の耳にも響かず、ただ喧騒に溶かされた。