その忌子、自由を得る
通路からこちらに向かう足音に、俺は骨を腰に掛けて向かって行く。今、あの部屋の惨状を見せる訳にはいかない。
明かりは灯さず、反響音、感覚、僅かに見える灯火を頼りに、アイツラの元へ歩む。
「何か用ですか……」
明かりは俺を照らし、互いの姿を認められるようになった。
「今度は何を押し付けられた!」
黒い左目を髪から覗かせ、顔を改めて見る。
予想通り、昨夜の死に損ないだった。大方、文句でも言いに来たか、命令の言い渡しか? まぁ、両方であるかもな。
「……」
「どうした、何故黙る! 答えろ」
言えない……押し付けられたものが過去最高ランクのものだなんて、言えない。
「まぁ良い……お前に用がある人が居る。無礼を働けば即刻死刑だ」
「何故お前の様な奴に……クソッ!」
要件を突き付け、そのまま去った……。
はて……物好きが俺を訪ねてくるとは。一体誰だろうか?
「まさかとは思うが……。いや、そうとは限らないな」
『覚えがあるのか?』
「出来れば違っていて欲しい」
『何故そう思うの?』
「……好きで嫌いな人だから」
『『複雑だ|ね』な』
進む以外、何もない。そのまま歩みを進める。
丁字路に突き当たり、そのまま進む。そうすれば階段は目の前にある。
随分久しぶりにこの階段を登る気がする。
登り終えると、目の前には扉があり、ドアノブを回す。
ドアを開け、そのまま廊下に出た。
すれ違う兵士から嫌な視線が突き刺さる。小声で罵られる。
慣れている。何も感じない。既に感情さえも操る事を覚えた。
子供だから覚えるのは簡単だった。これよりも理不尽な事はあるし、そうでもしないとやっていけない。
いつもの様に作り笑顔をし、お客が待っているであろう空間に入ると、直ぐに表情が崩れた。
「久しぶりだね、こうして会うのは初めてだな」
「な、なんで……」
この街の、警備最高責任者……ロンデル=ゴルヴァン。こうして間近で見るのは初めてだな。
俺のご主人の上司でもある。
「何で……と、問われても、君に苦情があってね」
「与えられた仕事は完璧にこなしていたつもりですが?」
彼はそれを鼻で笑った。大方、こちらの成績も意見もどうでもいいのだろう。
「まぁ、真面目にやっているのはありがたいが、君にはここを出て行ってもらう。クビだ」
「そうですか」
「……おや、驚かないんだね」
「理不尽には慣れているので。それで、僕は奴隷商人に売り飛ばすのですか? 鉱山送りですか?」
もし、そうならば逃走は迷わず実行する。俺の自由の為に、何人死のうが、どこまで焼き払おうが構わない。
「それも考えた。が、それでは役に立つどころか、大迷惑を被るだろうな。だから、君はここで殺処分だ」
よし、今日の犠牲者は二十三人か……。骨を使えば問題無い。
「が、それでは面白くない。君にはもう一つの道がある」
「……」
腰のランタンに手を添え、いつでも実行出来るように心構える。
「君には彼と闘って、勝てば自由の身、負ければ処分だ。受け入れるよな?」
迷わず受け入れた。たった一人に勝つだけで、自由が手に入るんだったら安い。しかも、指名された相手は俺のご主人だ。
図体のデカイ髭ダルマで、しょっちゅう俺に暴力を振るうやつさ。
「負ければ死にますから、どんな手を使っても良いですよね?」
「好きにし給え。君が勝てるとは思わないがな」
周りの兵士は嗤う。俺は顔を伏せ、口を釣り上げる。
この四年間、何もしてこなかった訳じゃない。押し付けられた呪いの装備の中に、武器も沢山ある。中には、意味不明な物があるが、殆どは有用なものだ。
片っ端から装備して、効果を確かめたり、自分に合ったものを探っていたから分かる。どんなに凶悪な物を使っても呪われない、デメリットを一切受け付けない、殆どが強烈な武器だ。
「場所は訓練所、準備ができたら来ればいいさ。にげられないがね、ハッハッハ!」
その言葉を最後まで聴き終えず、地下牢へ向かう。早く戦いたくて堪らない。
「なぁ骨、お前の名前は?」
『もう忘れたのかよ!? ラースだ!』
「チゲぇよ。それはお前の本当の名前じゃないだろ?」
『……何でそれを知ってやがる』
「あれ、マジでラースって名前じゃないの!?」
『かまかけやがったな!!』
「すまん、忘れた事を誤魔化す為に言っただけなんだ……」
衝撃的な事実だ。お前ら一体何者なんだよ。
それ以上、何も聞く気はなかったが、ラースは少し黙った後に語り始めた。
『……俺達は元々、人間や亜人だったのさ』
「言わんでいいのに……」
更に衝撃的だ。と、思ったが、人の魂が宿ってそうなった物も少なく無い。
しかし、大罪が悪魔だと思っていたが、それが人間となると、何らかの干渉を受けたと言う事になるか。
「まぁ、必要になったら必要な分だけ聞くさ。殆ど無いだろうけどな」
それ以上話すことは無い。レイス達は無言で地下牢へ入った。
「(特に何の感慨もないが、まさか破壊されるとは誰も思わないだろう……)」
入口の前で足を止め、ふと、そんな事を思ったが、たったそれだけを思っただけで、淡々と必要な準備をする。
箱の中から腕輪、短剣、コート、ネックレス、ガントレット、その他諸々、装備できる物は何でも装備した。呪われた装備を纏った。
雰囲気から禍々しい。誰も近寄りたくない。もっと酷い事を言われそうだが、構わない。
準備が出来たからすぐに行こう、と思った時、包帯から声がかかる。
『君さ、良くこんなに集めれたよね』
「これ、全部押し付けられた。デメリットを受けた事を無いからどんな効果があるか分からない」
『普通はやろうとは思わない事を……。普通じゃないからできのかな。鑑定する? 僕は元々、鑑定士だよ』
「……どうしてこうなった。鑑定士だったら、大儲けの仕事じゃないか」
『面白半分と楽をしたいと思って呪術に手を出したらこうなった』
「……呆れて何も言えない」
呪術は一定の覚悟や素質が有ってこそ、手を出すものだ。それを、堕落的な……言っても仕方ないな。本人がこうなったから。
「あ~、聞いてなかったけど、名前は? 俺はレイス。今更だが、名前を言ってなかったな」
『スロウス。もう分かると思うけど、大罪は怠惰だよ』
全てを鑑定し終えたスロウスは、『よく生きていたね。君の呪いは最低だから、これ以上悪くならないようだね』と言われた。
『あ、面白い物持っているね。装備できない物や、お荷物になる物はその中に入れるといいよ』
木箱の中身を一つずつ手掴みで鑑定し、楕円形での先端が剣の先の様な硬い……何だろう、これ? 鞘のようだ。穴は手の平が入る程で薄い、正面は半円を切り取られた感じの、薄橙色の鞘の様な物だ。
「何? これ。貰った時から何に使うのか分からなかったけど……」
『それ、暴食の眷属が作った籠だよ。ほぼ際限なく道具を詰め込む事ができるけど、その分、餌を上げないと中の物食べられちゃうよ』
「ヘぇ〜……。で、餌は?」
『魔物。故に、素材を入れると食べられるから捨てたかったのかもしれないね。でも、君なら瘴気で賄われるから特にデメリットは無いよ』
「なるほど、便利だ」
木箱の中身を全て詰め込み、全ての準備が整った。
後は一人殺せば終わりだ。
村を追放され七年、苦節四年が続いた。それも、今日と言う短い時間で壊れる。あの日の幸せが奪われたように……。
『(ずっと言いそびれたがたった今言うぜ)』
長い鎖を絶ち切る舞台へ上がる。嫌な顔で嗤う奴の匂いは『死の匂い』だ。
ラースはテレパシーで語る。
『(お前は生きながらに死んでいる。それは、アンデットモンスターと同じでもある。半分な)』
「……あんたらさ、その顔」
周りを見渡せば、どれも同じような顔をしている。
『(アンデットは、その怨念や執念が強い程、そして、時が長い程強い)』
「まぁ、俺はお上品に説明なんざしないさ」
アイツは武器を抜く。何とも言えない程、無防備な構えだ。
『(それは、呪いと同じだ。呪いの装備を集めたり、身に着けることで同じ効果が得られる)』
審判の手が振り上げられる。今かと、待ち構える。
俺の目には、相手の死のイメージが纏まりつつある。
『(お前は、普通はできない事をしている。呪われた装備で固める事をな。だから)』
「お前らマジで狂ってるな……」
審判の腕が振り下ろされ、死合が始まる。
剣を上に構え、雄叫びを上げながらこちらに向かってくる。俺は一直線に、そして速く懐に潜り込んだ。そして……。
「『(一撃で仕留める!!)』」
死のイメージが確かな物となり、左腕がアイツの胸を穿いた。
即死した、物言わぬそれを、腕を振り抜いて投げ捨てる。
静寂がその場を支配し、俺は堂々と歩いてその場を去る。
訓練所から部屋へ入った後、悲鳴が上がる。
それを気にすることもなく、机の上の契約書を燃やし、意味の無い首輪を壊して、俺は自由を得た。