その忌子、仲間を得る(ただし、無機物)
「(路地を知り尽くして正解だったな)ハァ、ハァ……」
元々逃走を計画する時に、路地裏は調べた。時間帯は殆どの連中が寝静まっていて、尚且つ誰も牢屋に来ない時にコッソリ抜け出して探索した。この時は忌子であることを感謝した。何せ、誰も近寄りたくないから。更には地下水路までも調べ尽くした程だ。逃走経路はしっかり確保したし、奴隷の首輪の解除手段も自分で持っている。そもそも、呪われているから無効。命令が有効なフリをしているだけ。
「(呪われた装備なら、直ぐに戻ってくるはず……戻って来たな)」
一度呪われた装備品を身に着ければ、解呪か封印をしなければ手元に戻ってくる。
俺の場合、呪われたりはしないが、適当な箱に詰め込めばどんなに離れても戻って来ない。デメリットを受けるか受けないかは当人の技量と、呪いのグレードや強さによる。
この黒衣にどんな効果があるかは知らないが、持っておいて損はないはず。
走るのに邪魔だが、慣れれば問題ない。大分ブカブカだ。
服装をじっくり観て、効果を観る必要がある。案外、外観的特徴でどんな効果をもたらすか分かり易い。
先ずはじっくりと確認できる場所まで移動しないと、ランタンが近くを彷徨っている。
「(水路の入り口が近くに在ったはず……)」
近くの木箱を押し退け、入り口の蓋を発見する。
蓋を開き、その上に木箱を乗せ、入り口に潜りながら蓋を引っ張って閉める。
詰所の近く、入り口より遠い所に移動し、黒衣を外して外見を確かめる。首から足下にかけて長く、ゆったりしたロングコートのようにも見える。しかし、襟から腹部までは服として見れるが、腰より下には前と後ろに別れていて、前後が開くような細いスカート? のうようなものになっている。更には、肩には外套とフードが付いていて、首周りはマフラーの様だ。一応取り外しは可能。素材はかなり上等……それ以上に貴重な物を用いて作られている。
当然と言えば当然だ。効果の高い呪われた装備品は、特殊効果の付与に耐えられるように、尚且つ効果の発動に伴う負担に耐えられるものでなくてはならない。
普通の装備として見れば、金貨何枚吹っ飛ぶ事やら……。物好きなコレクターなら、一体幾ら支払うだろうな?
「……ふむ、模様は無いな。はっきり判別は付かないが、呪術師か魔道士の使う物だろう。となると、魔法耐性や魔法効果上昇が考えられる。呪われているから、効果はとても高いはず。問題はどんなデメリットがあるのやら……」
呪われた者は、解呪しない限り別の呪いを受ける事はないが、特殊な場合が有る。自分の呪いの強さが、装備の呪いの強さを上回った場合、例外はあるが問題無く扱う事ができる。逆の場合、自分の呪いが装備の呪いに上書きされ、多少は緩和されるが、その呪いに振り回される。どちらも共通した利点があるとすれば、自由に外せるし、箱に閉じ込めれば問題なく手放せる。
と、ここまではお父さんに教わった所だったな。呪いについては、聞き飽きる程聞かされた。と言うか、よくそこまで調べられたね……と、今は凄く不思議に思う。
「(詰所に戻ろう。もうランタンも諦めた頃だろう)」
周辺を見渡し、上へ続くハシゴを見つけた。レイスはハシゴを登って、見覚えの有る路地に出た。
表通りに誰も居ないのを確認し、目的の詰所へ駆け寄る。
レイスは詰所の扉を……無視して、詰所の横にある地下への入り口を開け、明かりも持たずに躊躇いなく階段を降りる。
光は一切入ってこない。中はかび臭く、足音が虚しく響く。
階段を降りると、右側には上へ登る階段が続く。その先は詰所の兵士達が待機する場所へ続いている。
左側の通路には、壁にいくつもの扉があって、中は牢屋だ。通路の行き止まりにも扉があって、そこがレイスの部屋だ。
扉を開け、中に入ると、暗くて何も見えない。
レイスは扉の近くに屈んで、何かを探す様に手を動かす。
「え~と、この近くに置いたはずだけど……」
『何を探しているんだ?』
「火打ち石さ。それが無いと、燭台に火を灯せない」
『なら俺が手元を照らしてやろうか?』
「あぁ、頼むよ」
部屋の中心で蒼炎が灯り、周りが良く見えるようになった。レイスの牢屋は、他の牢屋よりそこそこ広い。
レイスは明かりを頼りに、もう一度床を探した。
「あったあった。足元に置いてあるじゃないか」
火打ち石を広い、扉に横にある燭台に火を灯そうと石を……振り返りざま明かりの方へ投げた。
「今更だけど誰!? 此処は俺一人しか居ないし、自然に話し掛けられたから違和感無く返しちゃったよ!」
石は火花を散らし、声の主の隣へ当たった。
『ハッハッハッハァー! まさか自然に返答するとは思ってなかったぞ』
声の主は、あのランタンだった。大きさは元に戻っていて、蒼炎を揺らめかせ、穴という穴から光が漏れている。
「で、どうやって居場所を突き止めた。蹴っ飛ばしたお返しに灰すら残さず焼き尽くしてやる、とかしにきたのか?」
ランタンは激しく燃え上がり、巨大化した。レイスの牢屋にギリギリ収まる程だ。
口を大きく開き、龍の息吹の如く炎を吹き付ける。
石の壁は溶けて溶岩になり、レイスを巻き込んで扉を破壊した。
『そうしてやりたい所だが、俺ですらお前を消し飛ばす事は無理だ……』
「……竜に焼かれる人間はあんな光景を見るのか」
しかし、レイスは無事だった。煤も一つ無く、変わらぬ姿がそこに立っていた。
『そもそも、俺達はそんな下らない事をしに来た訳じゃない。お前を探していたのさ。お前の匂いを辿ってな』
「(なるほど、通りを練り歩いた時にその匂いを辿られたのか)」
『何でか分かるか?』
「知るか」
『お前の漂わす瘴気と暗く濁った決意さ。ある日、俺達は封印されていた。最後の持ち主の手によってな。ソイツは凄いものだった。呪われても無いのに俺達二人を簡単に御するんだ』
「二人?」
『お前の左腕に取り憑いている奴さ。俺達は呪われた道具の中でも特別な立ち位置に居るのさ。話の続きだが、ソイツは二人が限界だった。年老いた時、『この道具を使いこなす奴はもう居ないだろう』と言いやがって、その衣で俺達を包んで封印した。だが、長い年月が経って、元々白かった衣は瘴気に染まって黒くなった。ここまでするのに十四年は要したさ!』
「それって意味あんの……?」
『無かったら誰だってやらない……。それから百年が経った。その頃には、俺達を封印した石箱が、時間と共に埋没して行った。そんである日、一人の人間が、その上を通り過ぎた。その時に感じた、僅かに溢れ出す上質な瘴気と、心から滾りだす濁った感情が俺の渇きを潤した。今でもそれが忘れられない。そして、ようやく巡り会えたのがお前だ!』
満足に話し終えたのか、勢い良く燃え上がり、元の大きさに戻って、レイスの目の前で浮いている。
『お前が望むなら、俺は喜んで手を貸してやる。お前を強くする方法だって知っている。誰よりも強くなれる。望むなら、世界だって支配できるさ……オマエシダイダガナ。サア、オレヲテニトレ。オマエヲツヨクシテヤロウ』
「……」
レイスは口元を歪め、ニヤリと嗤う。手を伸ばし、ランタンを手に取った。
『ヨロシク……なッ!?』
「怒ぅんッ!」
ランタンを勢い良く地面に叩きつけて、その上に足で強く踏み付ける。
「アァ、これからも宜しく……! だけどさ、一つ言いたいことがあるんだぁ……?」
レイスの表情は、とても不機嫌な様子で、雰囲気も怒気を孕んでいる。
「ここには誰も寄り付かないとはいえ、ある程度騒いだり暴れても問題ないが……よくも俺のテリトリーを荒らしてくれたなぁ! 壁や扉が見事に大穴とかしたぜ! やったなやってくれたなよくもやりやがったな!? どうしてくれるんだ! 怒られるのは俺だぞ!! しかも、大体お前のせいで俺が秘密裏に練り上げてきた計画が無茶苦茶だ! どうしてくれる!!」
立て続けにガシガシと踏み付ける。硬質な音と怒号が部屋に反響する。
ランタンは、突然怒り出したレイスに、どうすればいいか分からず黙っていた。
それらが収まるのに、十分はレイスの気が済むまで踏みつけられた。
『気は済んだか?』
「蹴っていいか?」
『済まない、俺が悪かった。許してくれ』
「謝罪で済むんだったらなんぼでもさせてやる。だが、そこまで非生産的な物は要求しない。精々役に立って貰おう。さもなくば、二度と出て来られないように封印してやる。骨」
『ちょっと待て、俺には憤怒を……』
「ちょっと黙ってろ。お前の名前はどうでも良い。名前を返してほしければそれなりの働きを見せろ」
レイスは取り合うつもりは無いらしい。
結局のところ、壊れてしまったものはどうしようもないので、あっさり見切りを付けた。
「はぁー、そろそろ木箱がいっぱいだな……」
粗末なベッドの側に、大きな木箱がある。
中身はこれまでに押し付けられた、呪われた道具を仕舞っておいたものだ。中には、武器までもある。殆どが効果不明。呪われてなければ、大金貨百枚は軽く超えている。
箱の中にコートを詰め込み蓋をして。その上に骨……ランタンを置いた。
「おやすみ……」
『……』
蒼炎も、眠る様に消えた。
おまけ:もう一人は?
「Zzz……」
『Zzz……』
「Zzz……」
『Zzz……? ラース?』
『何だ?』
『ご主人は寝ちゃった?』
『お前がぐっすりしている間に寝ちまった』
『改めて顔を見たいんだけど』
『いい……ぞぉ!?』
ランタンは灯る前に投げられた。そして、大穴の向こうへ消えていった。
『……安眠妨害はするものじゃないね』
「うるさい、寝てろ……」




