その忌子、上手く撒く
『おい、小僧……起きろ。火を点けるぞ』
「……?」
声を掛けられ、目が覚めた。
何故か自分は倒れていて、いつの間にか眠ってしまったようだ。
空を見上げれば、まだ暗く、それ程時間が経った様子はない。起き上がり、服に付いた土を払い、持ち場に戻る。
「……疲れて眠ってしまったのか? いや、ここ最近は体調はしっかりしている筈なのに有り得ない……」
『ほう、覚えていないようだな』
「!?」
その声に、レイスが何をされたのかを思い出した。
奇妙な武器で腹を貫かれ、意識を失い、何故か無傷で生きている。服に大穴が空いた形跡も、地面に血痕もない。更に言うと、あの男も……骸骨も居ない。
足跡を見れば、真新しいのはレイスが居た所で途絶えており、引き返した痕跡もなく、その場で消えてしまった様に見える。
「何なんだ、さっきの声は……上か?」
しかし、上には何も無い。新月の夜空が広がるのみだ。
『小僧、ハンターとしてはいい判断だが、俺はそこには居ないぞ』
「……」
声の元を辿ると、そこにはランタンがある。骸骨が持っていたのと同じ物だ。
下を見るまで気付かなかったが、自分の服装が変わっていた。あの骸骨が身に着けていた黒衣が、自分に着せられている。左腕から指先には、何故か包帯で覆われていた。
一体何の目的で、こんな事をしたのかは不明だが、恐らくは、何かの利点があってやったのだろう。例えば、呪われたアイテムの押しつけとか……。
そして、目の前のランタン。前述の理由の通りなら、これも呪われている危険性が高い。竜の頭蓋骨を象ったような造りで、大きさは両手に収まるぐらい、持ち手はリング型で、リングにはズボン等に引っ掛ける金具が付いている。
ランタンの口は閉じていて、蒼炎は消えている。触ってみるが、驚く程冷たく、さっきまで燃えていたとは思えない。
『やっと気付いたな』
「うわーーーーッ喋ったーーーーぁっ!?」
『ま、待て!』
驚きのあまり、ランタンを蹴っ飛ばした。喋る時に音を立てて、口を開き、あの蒼炎を燃え上がらせたから尚の事。
ランタンは道の外れまで落ち、そのまま転がって見失った。
「呪われた道具を蹴ってしまった……。ゆ、夢か? いや、黒衣を纏っているから夢では無いと思う……」
と言う事は、それなりにヤバイ物を蹴った事になる。
大抵、呪われた道具は持ち主の強い思念が宿ったり、多くの人間や自我の強い魔物の生き血を長い間啜って穢れたり、悪霊の魂が集まってとどめを刺した武器などに宿る。更に言えば、製作者が何らかの方法で呪いをかけながら作る場合もある。大抵の場合、製作者も死ぬ。
呪われた道具は、ハイリスクハイリターンの効果を持つが、呪いの意思によって効果はマチマチだ。自我が強ければ強い程、効果は絶大で、その分、デメリットも大きい。
さっきのランタン、随分理性的に喋っていたよな? と言う事は、長い年月を掛けて、多くの魂を啜った魔道具の恐れが高い。
ヤバイ、殺される……。
『コゾオオオオオーー!』
「ヤバーーーァあ!?」
急いで門を閉め、街へ避難しようと思ったが、相手の速さがそれを許さず追いかけて来る。
中途半端に閉められた門を放棄して、街を全力疾走する。
『マテェコゾオオオオオ!!』
「でっかくなってる!?」
もはや竜の首が追いかけて来るも同然。頭蓋骨は民家程の大きさとなり、口の中には蒼炎を滾らせ、目は爛々と光り、後ろは燃え上がっている。
この光景を見た俺は、もはや竜ではなく龍だとか、ホラー宛らの光景だとか、心に余裕を持たせるためふざけた事を思った。
少し冷静になった頭で、どうすれば良いのかを考える。
「(とりあえず詰所まで逃げるか……)」
手の施しようがないので現状維持。このまま詰め所へ向かう。
最悪、詰所の連中を犠牲にして、教会に逃げ込めば問題ない。あわよくば、ご主人諸共死んでしまえば自由の身だ。毎日連中に殺されかけているから、罪悪感すら無い。
そうと決まれば、最初の犠牲者が現れた。前方に、門番仕事の交代をする二人組だ。
俺が門番の時、必ず一人だ。理由は、誰も忌子で呪われた奴に、極力関わりたくないから。
だから、二人の横を走り抜け、スレ違いざまに嘲笑。不幸事が起きる。
『ニガサナイィーーーー!!』
「「う、うわあああああああ!!!」」
ランタンの軌道を二人に誘導し、焼き尽くされる光景を幻視する。
しかし、腰を抜かして、運良く命の危機を回避した。ランタンは頭上を通り過ぎ、舌打ちをした。あのまま死ねばいいのに……。
死に損ないの二人に興味を無くし、直ぐに逃走することに思考を切り替える。
「(もしこの黒衣が呪われているならそう簡単に燃えないよな?)」
走りながら黒衣を取る。呪われているが、多少抵抗感があっただけで難なく取れた。
それを狙いも確認せず、無造作に後ろへ放り投げた。
黒衣は大きく広がり、ランタンの目を覆い隠した。
『厶ッ? 小癪ナ!』
直ぐに黒衣を振り払い、視界を取り戻した。
しかし、追いかけていた子供の姿はもう見当たらない。見失ったのだ。