その忌子、邂逅する
「(月が出ていれば、それなりに空を楽しめたのだが……)」
月明かりはなく、瞬く星を頼りにしか遠方を確認する事はできない。一応、門番としては重要だ。
しかし、こんな真夜中にやって来る人間など、夜中に魔物狩りをするハンターが、手負いで帰ってくる人ぐらいだ。そんな人間は稀で、遠方確認は不要なのだ。
「死の匂いがする……重傷の手負いか」
生き物と俺の距離がある程度近く、放っておけば死ぬ、もしくは、死期が近い奴は、甘い香りが混じった血の匂いがする。普通の血の臭いは不快だが、死の匂いはとても良い香りに感じる。
前述、稀とは言うが、ここ最近は新人ベテラン問わず大怪我をして戻ってくる人が居る。
村を追われ三年、ここに流れ奴隷として門番を努めて四年が経つが、こうも短い期間で発生するのは少々おかしい……。
そんな事を考えながら、ボーッと遠くを見つめると、人影が現れた。
これもまた、手酷くやられたらしい。一人のハンターが、もう一人を支えて歩いている。支えられているハンターは、背中からぱっくりと大きな傷口を開いていて、いつ死んでもおかしくはないだろう。
そして、門の前に辿り着いた時には、もう息絶えていた。何も言わずに、俺は彼らを通した。それ以外、してやれることが無いからだ。
それから数刻経ち、また一人のハンターが現れた。
「(……? こんな夜更けに旅人か。珍しい事もあるものだ)」
容貌は怪しいの一言で片付けて良い程、ただならぬ雰囲気を漂わす。不自然に大きな左腕は恐らく装備の一種と思われる、腰に吊るされたランタンは不気味な装飾で、揺らめく灯火は蒼炎。これは魔道具の一種だろうか、火の元となる物が無く炎は浮いている。極めつけは、その身に纏う黒衣が一層不気味さを表現し、顔はフードを深めに被せられ、全く見えない。
「ほぼ満点……」
無意識の内に、くだらない事をボソリと呟き、笑顔を貼り付ける。門番をやって、数ヶ月で身に着けた嘘の一種だ。
「こんばんは。こんな夜更けに、この街を目指して歩いてきたのですか? お疲れ様です」
「……」
ほぼいつも通り、定型文の様なお出迎えをしたが反応は無い。
忌子だから無視されて当然……と思ったが、それとは全く別の沈黙だった。
視ている。一言で表すならそれだ。今までの他人は、無視や、決して居ない者と扱うか、蔑んだ目で見るが、コイツは俺そのものを視ようとしている。俺の存在を認めている……。
嬉しくもあり、不気味でもある。俺の家族を除いて、存在を認めてくれるのはこれで二人目だ。だが、コイツの目的は分からない。視ても居るが、見定めているようにも見える。
黙って見つめていたコイツは、徐にランタンを手に取り、俺の顔に光を当てる。
「漸ク見ツケタ……死ノ忌子……」
「……ッ!!」
ランタンが俺を照らした時、フードの下に見えた顔は骨だった。コイツじゃなくて骸骨だ!
直ぐに警備兵に駆け付けようとするが、骸骨の左腕が俺を突く。
咄嗟に、紙一重で避けた……なのに。
「ガァハッ……!」
腕は不自然に曲がり、胴を貫いた。
最後に見た骸骨の顔は、嗤っているようにも見えた。
閉ざされる意識。闇に沈むような視界の中、蒼炎が目の前で揺らめく。