その忌子、一度死す
何の変哲もない老人。
その姿を認めると、俺はすぐに剣を引き抜こうとした。が、鞘から抜けない。
「いきなり刃を向けようとするとは、なかなかに物騒な輩じゃのう」
「何もんだよ……」
柄は見えない力で固定され、いくら引いても動かない。諦めて剣から手を放した。
「依頼を受けたのはお主で間違いないな?」
「そうだけど」
「では、お主は忌子だな?」
「……何でわかった」
グランは懐から紙を取り出し、俺に見せる。ここに転移する時に使った陣が描かれてある。
「この紙に描かれた術は瘴気のみによって発動する。瘴気を扱えるのは忌子だけじゃよ。立ち話はこれぐらいにしてついて来なされ」
「あぁ」
疑問は尽きないが、仕方無く付いていくことにした。その時、何故か逆らえなかった気がした。
久々の来客じゃ。もう何十年も人を見てもない。暫しどう対応していいか忘れたが、そやつはいきなり剣を向けようとした。無意識かどうかはわからんが、警戒心の高い客じゃ。
されど、ワシの手にかかれば造作も無い事。
さあ、最後の役目を果たすとするか。
「着いたのじゃ。ここでお主は呪術師として修練を積む」
「こんなの初めて見たんだが」
弟子となるそやつは、その白く大きな石造りの建造物を見上げる。
もう見慣れてしまったものだが、それは真四角の塔で、見上げれば終わりが見える高さじゃが飽くまでそれは見せかけじゃ。目的に応じて階層も変わってしまう。
「これは『真の塔』と呼ばれる。様々な者がこの塔を訪れ、記憶を残していった。技術、流派、歴史……本当に何もかもじゃ」
「色んなやつが訪れたって言うんだったら、なんでこんな所にあるんだ?」
「真を知ると、真価を知る。真価を知れば、自ずと強くなる。じゃが、ただでは行かんぞ。場合によっては命を落とす。それ故、訪れる者も居なくなり、果には空間ごとここへ移され、今ではワシが預かっておる」
「空間ごとって……」
理解できない。あり得ない。それを十分に伝えられる顔じゃな。昔のワシもそうじゃったのう。
「ところでお主、名前は」
「レイス」
淀みなく、ハッキリと答えた。嘘ではないな。
「そうか、そうか。まるで幽霊のような名前じゃな」
不安定じゃ。名前は性質を表すが、生きた者に死者の区分を示すとは、お主はどこに立っている。まるで、理そのものから外れ、境界線を彷徨うように往き来しておる。今も……。
ワシから見れば、不規則に揺らめく炎、あるいは風前の灯か……。ともかく、良くない状態にあるのは間違いない。いつ、存在そのものが消えてもおかしくない。何が存在を繋ぎ止めているのかは判らないが、奇跡じゃ。
「仕方あるまい。レイスよ、一度死んでもらうぞ」
「は?」
念道で動きを封じ、レイスを固定する。
「な、動けない!」
驚いた。本来なら呼吸さえも出来ないはずじゃが、僅かに全身を動かせるとは。
「じゃが、もう終わりじゃ」
「何しやがる、放せッ……」
手をレイスの胸に当て、念道で心臓を握り潰した。暫くは動けん筈じゃ。
さて、早く取るべき措置を取らねば。