その忌子、呪術師に会う
就職して直ぐはなかなか暇がありませんね。と言うわけでお待たせしました。最近転属が決まり、今より忙しくなりそうです。
上司曰く、転属すれば今より自由な時間は増えるそうですが。
あれから何日も歩いた、あるき続けた。変化があるのは魔物が襲って来るぐらい。飽きた。
この体は疲れを感じない、感じた事が無い。だが、動きが鈍る。体に不調ができる。
「暇だ」
そうなれば、必然的に休息を取ることになる。だが、ここ最近眠れない日が多い。眠くならないし、そうなれば時間が増える。
だが動けない。もう指先一つも動かせない程体を酷使し、この暗い草原をただ座りながら見つめるしか無いのだ。
「動き過ぎた、体にガタが来過ぎて動けない」
『だから休めって言ったろ?』
『人間の限界を無視した行動は支障になるからね』
仕方無い。回復を待つまで目を閉じるか。開けてても意味無いし、そのうち眠るだろう。
それから三日も経って、漸く動けるようになった。
「あー……次からペース配分考えないとな」
木の上から降り、森を出て元の道へ戻る。体の動きに不調を感じ、念の為木の上に登って休んだら動けなくなった。
もしも、道端で停止したならどうしようもなかった。
「まだ動きが鈍いな。歩くか」
幸いにして、次の目的地から遠い訳では無い。歩いて、四十分ぐらいでどうにかなる距離だ。
歩いて行くと、不思議なくらい何も無く、魔物が襲って来るとは思えない程平穏だ。
「やっぱりおかしい。だが、調べ用もないな。どうしたものか」
ここ最近、やけに魔物の数や被害が多い。過去に例がない程。それが国境線を超えた程度で無くなるのは明らかにおかしい。
考えられる理由としては、何者かが意図的に魔物を集めている。たった一国に集中している。
だけど、最早そんな事は関係ない。
少しの休憩を挟みながら、ゆっくりと次の町へ歩く。今はまだ、少し戦える程度しか回復していない。痛覚が鈍いのは不便だ。体の状態を掴み難い。
「(危険信号が無いのは意外にも不便だ。どうしようか)」
ステータスに行動不能と表示されるが、その予兆までは教えてくれない。僅かな身体の違和感から感知するしかない。
あー、化物も案外楽じゃないな。
それから三日間も歩いた。他のハンターと商人とすれ違っただけで、本当に何の襲撃もない。
町に着いた。行列も無く、ペンダントを翳してすんなりと通れたが、やはり報告はされるようだ。特に招待は無かった。
そのままの足で適当な宿に予約を取り、ベッドの上でごろーんと転がり落ちた。
「もう動きたくない、歩くのに飽きた」
『平和過ぎてボケそうだ』
『もう着いたの? お休み』
包帯を顔から剥いで、空気を当てる。蒸れて不快でしょうがない。
飯の知らせが来るまではこのまま。この身体は、飢えはするが空腹感さえも忘れてしまったようだ。足りないと調子が出ない。
俺は考えることを止め、天井を見るだけにした。
―――ねぇお父さん、僕は何で白いの? 片目も白いし、変な匂いもするし―――
―――それはな、お前が特別だからだよ―――
―――何で? 僕はこれで嫌われてるし、普通がいい!―――
―――でもな、それはお前を強くする。お前は誰よりも強くなれる―――
―――誰よりも……強く?―――
―――あぁ―――
―――アイツラよりも?―――
―――なれる、絶対にな―――
―――じゃあ、僕は辛くない! 強くなって、皆に僕を認めさせる! そしたら、嫌われない―――
本当は、嫌われるとか認めてもらうとかどうでも良かった。ただただ家族が幸せだったらそれで良い。
あの時は辛かった。でも、慣れたらそれが幸せだった。
なのにアイツラが……爆発音と共に……。
【俺の全てを奪った……!! 返せ……。俺の家族を、時間を、帰る場所を!!】
ノックの音とで目が覚めた。勢い良く起き上がり、額から伝う汗を拭うと、自分はいつの間にか寝ていたことに気付く。
「……昼食の時間か」
乱れた包帯を巻き直し、フードを被って降りる。
「(……俺の毎日は最悪だな)」
宿の飯は美味しかった。劣悪な生活が長かったせいか、クソ不味いと評判の飯も普通に食える。そして、ここもクソ不味いらしい……。
昼食を終えた後、ハンターギルドに立ち寄って、適当に依頼を見て暇でも潰そうと考えた。
散策しながら街を歩き、三十分くらいでギルドを見つけた。
全く反対方向を歩いたが気にしない。
「(あー、また視線を集めるのか。面倒だ)」
見られることを思い出し、僅かに足を留めた。
だが入らない事には何も始まらない。だから足を進めた。
扉を潜った瞬間、極小数程度の視線を集めた程度で何も無い。拍子抜けした。
気を取り直し、掲示板を見る。
「(討伐系の依頼が少ないな……)」
俺は討伐系の依頼を専門としている。理由は壊す事しか知らないからだ。俺に他人と仲良くしろとか、助けてやると言ったものは向いてないし、そもそもが煩わしい。
この辺りの依頼はありふれた物ばかりで、気を惹く事はなかった。
しょうがないから見ずもせず適当に三枚取った。
「これ……お願いします」
「拝見します」
後は受領を待つだけ……ん?
リストの中に一枚紛れたものを見つけた。ありふれた依頼でなく、特殊な依頼だ。
気になってそれを手に取り読み上げる。
「『我が呪術の後継者を求む。報酬は要相談』か……何だこれ」
「あ、そのリスト。もう何十年も貼り出されてるやつなんだ。後継依頼と言ってな、その人の流派の剣術や魔術を継承してくれる人を求める依頼書なんだ。それの場合は、呪術を教えてくれるようだけど……ハッキリ言って呪術師なんて不人気なんだよね」
「へぇ〜……。呪術師って何?」
「簡単に言うと、結界を張ったり、敵に状態異常を与えたり、後は……何かを呪ったり解呪する事ができるね。そもそも、妨害に特化しているから、人気が無いね。あと、ものによっては教会から迫害されるかもしれないし」
「じゃあこの依頼を受ける。他は受けない」
「人の話聞いてたかい!?」
要は前衛じゃなくて後衛向きで、おまけにヤバいから人気が無いんだろ。
俺は力任せに戦えるから前衛も仲間も必要は無い。呪いに関しては詳しく知りたいし、利用したい。例え禁忌の力だったとしても、今更一つ増えても変わりは無い。
「本当に良いのかい? 流派も不明だし」
「別に構わない」
フードを少しずらし、白い髪を見せる。
すると、受付は黙ってしまい、直ぐに受領し一枚の白紙を渡した。魔力を流せば依頼主へ導くそうだ。
「で、どこまで行けばいいんだ」
ギルドを出て、紙の示す通りに歩いたが遂には町の外に出た。
町に出る前に宿は引き払いの手続きを済ませた。
幾ら歩いても歩いても、一向に着かない。周辺の地図が示されるだけで、目的地が見えない。
既に夜が下りようとしている。このまま着かなければ、野宿確定だが。
不意に地図が途切れた。俺が立っている地点で。周りを見渡すが、何も無い。家も人も居ない。
「依頼主は死んだのか?」
再び紙を見ると、そこに地図は無くただの白紙に戻っていた。振っても何も起こらない。もう一度魔力を込めると、さっきの様な途切れた地図が浮かび上がったがすぐに消えた。
『ちょっと待って、それはもう魔力じゃ駄目なんじゃないかな?』
「じゃあどうしろと」
『瘴気を込めたら別のものが浮かぶんじゃないの?』
言われた通り、瘴気を込めると赤い線で描かれた魔法陣が現れた。そして、それが光だし、視界が白に覆われた。
目を開けば、景色はガラリと変わっていた。
「何だ、どういう事だ。ここは何処だ」
目の前には空が見える。少し進めば崖があり、見下ろせば下が霞む程ここは高いらしい。
振り返り、まだ見てもない方向を見る。
「ホッホッホ、こんにちはお客さん。ここに人が来るのは何年ぶり可能」
「うおおおお!? いつの間に」
一歩離れた場所に、いつの間にか老人が立っていた。
『あー! テメェはあん時の』
『僕達を封印した奴だ!』
模様が描かれた唐紅色のローブに、白髪に長い白髭。他は特に何の特徴もない老人だった。
「君があの依頼を受けた人か。わしは、グラン=モノトラム。モノトラム流呪術最後の継承者じゃよ」