■096 大剣使いたちの戦い
「一瞬かよ……」
シーンとした観客席に、誰かがつぶやいた声がやけに大きく響いた。
しかしそれも一瞬のことで、次に湧き上がったのは今日一番の歓声。万雷の拍手が武闘場の勝利者へと降り注ぐ。
それにビクリと驚いた黒猫の【獣人族】である『侍』の女性は、慌てた様子で小さくぺこりとお辞儀をしてからそそくさと舞台を後にした。
隣に座るアレンさんが話しかけてくる。
「今の見えたかい?」
「動きはまったく。刀を抜いたのはなんとか。【居合】スキルですかね?」
「【居合】か。確か星二つのレアスキルだな。タイミングを合わせることにより、一撃の攻撃力を数倍に跳ね上げるスキル……だっけ? セイルロット?」
「ええ。だけど私はそっちより、やはりあの速さが気になります。一瞬にして相手の懐まで移動した……。おそらく【縮地】じゃないかと」
「【縮地】?」
聞いたことないな。レアスキルかな。前の席で唸っているセイルロットさんに尋ねてみる。
「【縮地】スキルは極めて短い距離という制限はありますが、A地点からB地点へと一足飛びに移動できるスキルらしいです。私が聞いた話ではメイリンと同じ拳闘士の人が使ってたようですね。【嫉妬】の領国でのことですけど」
A地点からB地点へとって、それじゃまるでワープじゃないか。どうやって勝てばいいんだよ。
おそらく僕の【加速】のように、大きくMPを消費するタイプのスキルだと思うけど……。
もしそうなら乱発はできないはず。そういった意味では【居合】との相性はバッチリなんだろうな。
一撃必殺。それに特化したスタイルなんだ。となると……。
「HP勝負かな」
「ですかね。防ぐことができないのなら受けるしかない。『肉を切らせて骨を断つ』ってやつか。僕にはできそうにないなあ」
紙装甲だしな。僕がそう呟くと、後ろにいたリゼルが口を挟んできた。
「私ならウォール系の魔法を乱発して【縮地】の発動を邪魔するかな……。直線的な動きしかできないなら、だけどね」
ふむ。そういう手もあるか。本当に空間を歪めてワープしているのでなければ、移動線上に壁が現れたらぶつかるよな。相手が自分に向かってくるのならどう移動してくるかはわかるし。
「私なら地面を凍らせて踏み込めなくするわね。あれだけの速度だもの。急には止まれないと思う」
後ろを向いたジェシカさんの言葉を受けて、地面に張られた氷に転ぶ、ディフォルメチックなミヤコさんが脳裏に浮かんだ。ちょっとオモロイ。確かに迂闊に踏み込めなくはなるか。
「一撃だけダメージを防いでくれるアイテムって確かありましたよね?」
「ああ、『鉄鋼魚のウロコ』だね。物理ダメージなら一回だけ防いでくれるよ。アイテムは壊れてしまうけどね。だけどこの試合は装備アイテムは不許可だからなあ。その能力が付与された盾もあるって話だけど……」
んん? それってば発動すると壊れるけど、物理ダメージならなんでも一回だけ防いでくれる盾ってこと? それって盾っていうのか……? いや、攻撃を防ぐんだから盾か。だけど毎回壊れるのは痛いなあ。
『鉄鋼魚のウロコ』のほうを何個も持てばダメージを一切受けないんじゃ? とも思ったが、このアイテムは複数持つと干渉し合い効果が発動しないんだそうだ。そんな都合よくはいかないか。
「ガルガドは僕らの中で一番VIT(耐久力)とHPが高い。一撃くらいなら防げるんじゃないかと思うけど……」
「ただ、種族スキルの【狂化】を使えなくなりますね。アレは攻撃力を増幅する代わりに守備力を下げる諸刃の剣です。使ったあとのクールダウンが致命的になる」
アレンさんとセイルロットさんがそんな会話を交わす。【鬼神族】の種族スキル【狂化】か。ミウラも同じ【鬼神族】だ。相性が悪いよな。ミウラの場合、ガルガドさんほどVIT(耐久力)とHPは高くないだろうし。ま、それでも僕らの中では一番なんだけど。
「ミウラには分が悪いかなぁ。かち合わないことを祈るばかり……」
か、と言いかけていた僕に、眩しいばかりの光と轟くような爆音が襲いかかった。
思わず視線を闘技場へと戻すと、ぷすぷすと煙をあげながら、対戦していた片方が黒コゲのエフェクトをまとってバッタリと倒れる。なんだ? 何が起こった?
「おいおい、また一撃かよ……!」
どこからかそんなつぶやきが聞こえてくる。ミヤコさんの次の試合も始まってすぐに終わったらしい。
闘技場に立つその少年プレイヤーは、身体にバチバチと小さな雷をまとって佇んでいた。【夢魔族】の特徴である腰から生えた蝙蝠のような小さな羽と、悪魔のような尻尾が見える。
上着のフードを被った少年の手にはナックルのような武器が握られていた。『拳闘士』なんだろうか。
隣のアレンさんがふむう、と息を吐く。
「あれが『雷帝』か。初めて見たけど、凄まじい雷だね」
「『雷帝』? 有名なプレイヤーなんですか?」
「……なんというか、シロ君は僕らの知らないいろんな情報を見つけてくるのに、誰でも知っている情報を知らないよね……。掲示板とかは見ないのかい?」
「はあ……。前に変なこと書かれていたから、極力見ないようにしてます」
忍者だの、ウサギマフラーだの、ハーレム野郎とか爆発しろとかな。PKするとかまであったぞ。気分悪くなったのでそれからは見てない。
「『雷帝』ってのは通り名でね。【夢魔族】のソロプレイヤーなんだ。見ての通り、雷を操り、それでいて接近戦を得意とするスタイルなんだよ」
「雷を操るってことは魔法スキル持ちの『拳闘士』なんですかね?」
僕が疑問を呈すると、それに答えてくれたのはアレンさんじゃなくジェシカさんだった。
「たぶん違うわ。確かに魔法スキルには雷属性の魔法もある。だけど『雷帝』の使っている雷を纏うような魔法はないの。おそらくあれは雷単体の、別のレアスキル……ひょっとしたらソロモンスキルなのかもしれないわ」
「なるほど。あれ? そういやソロプレイヤーってこの大会に参加できないんじゃ?」
「蛇の道は蛇。そこはなんとでもなるわ。一時的に他ギルドに入ってもいいし、知り合いに登録だけしてもらって幽霊ギルドを立ち上げてもいいし。そういうのを募集する掲示板もあるしね」
そうなのか……。面倒そうだけど、そこまでして出場したかったのかね。『雷帝』とはいうが、見た目は小柄な少年だ。ひょっとして中学生なのかもしれない。こういったイベントには燃えるお年頃なのかな?
その後も試合は順調に進んでいき、とうとうミウラの番になった。
「ミウラちゃーん! がんばれーッ!」
「ミウラさん! がんばって下さいませ!」
同級生でもあるレンとシズカから力一杯の声援が飛んでいく。と、同時に、
「ガルガド! あんた負けなさい!」
「ミウラちゃんに怪我させたら、あたしが許さないぞ!」
「負けろーッ!」
前に座るジェシカさん、メイリンさん、ベルクレアさんのヤジが対戦相手に飛んでいく。……ちょい酷くない?
そう。ミウラの一回戦の相手はギルド【スターライト】のガルガドさんであった。なんというかツイてないなあ。
お互いに【鬼神族】で『大剣使い《ブレイダー》』。しかも個人的には何回も対戦している相手。やりにくいのかやりやすいのか。
「やあっ!」
試合開始の合図と同時に飛び出したのはミウラ。上段に大剣を振りかぶったまま突っ込んでいく。
現実ならあんな重い武器を持ってダッシュなどとてもできない。小さなミウラがそれをやると、リアルでもゲームなんだなぁ、とあらためて実感する。
だんっ! と、ミウラが自分の身長の二倍以上も飛び上がり、振りかぶった大剣をガルガドさん目がけて打ち下ろす。
「【ジャンプ斬り】!」
「っとぉ!」
振り下ろされた大剣を、同じく大剣で受け止めるガルガドさん。打ち合った重い金属音が闘技場に鳴り響く。
【ジャンプ斬り】は正確には戦技ではない。コンボ技と言われる、通常あるいは補助スキルから戦技スキルへと繋いだ時に発生する、タイミングが難しい高度な技だ。あの場合、【ジャンプ】から【パワースラッシュ】だな。
僕の【加速】からの【一文字斬り】もコンボ技である。ちなみに【ジャンプ斬り】ってのは正式名称ではない。掲示板などで勝手にプレイヤーたちが言い出し、それが定着したってだけなんだと。
「しょっぱなから飛ばしてんな、ミウラ嬢ちゃん! なら、こっちも手加減しねぇぜ! ……おらあっ!」
「わっ!?」
ガルガドさんが受け止めた大剣をミウラごと跳ね上げる。バランスを崩したミウラが空中に浮かび、その下のガルガドさんが大剣を下段に構えた。
「【昇龍斬】!」
「くっ!」
斬り上げられた大剣がミウラを襲う。なんとか身体を捻り、直撃は避けたものの、ミウラの小さな身体がかすっただけで回転して吹っ飛んだ。
そのまま地面に落ちるかと思いきや、ミウラは猫のように身体を反転させて着地。と同時に力強く地面を蹴り、低姿勢のまま大剣を横に構えて再びガルガドさんへと突っ込んでいく。
「【ソードバッシュ】!」
「【剛剣突き】!」
構えていたミウラの大剣の腹に、タイミングを合わせたようにガルガドさんの突きが放たれる。いや、合わせたように、じゃない。合わせたんだ。
【Counter Attack!】の表示とともにガルガドさんの【カウンター】スキルが発動する。
「うわっ!?」
押し負けたミウラが突進した時の倍の勢いで吹っ飛ばされていく。武闘場から飛び出してしまうと場外負けだぞ。
「こんにゃろ……! 唸れ! 『スパイラルゲイル』!」
飛ばされながらミウラが大剣を背後に突き出すと、その場に突如強風が巻き起こり、真横に吹っ飛んでいたミウラが竜巻に巻き込まれるかのように上空へと飛ばされていった。
「なんだぁ!?」
ガルガドさんが突然巻き起こった竜巻に目を見開く。上空高くには吹き上げられたミウラ。おお、飛んだなぁ。
「ミウラちゃんって魔法スキル持ってたっけ?」
「違う。あれは武器自体の付与効果。アレンの『メテオラ』と同じ」
ジェシカさんの疑問に、飛ばされたミウラを見上げながらリンカさんが答える。【月見兎】の武器は全部リンカさんが造っている。当然あのミウラの大剣もリンカさん作だ。
「新作、暴風剣『スパイラルゲイル』。強力だけど……コントロールができてない」
「だよねえ。あれ、風を操って飛んでいるわけじゃないよね。飛ばされているだけで……」
苦笑いをしながらリゼルも空を見上げてつぶやいた。
武器を造るとき、稀に特殊な能力が付くことがある。本来ならかなり低い確率であるのだが、【付与宝珠】という課金アイテムを使えば100%の確率でなんらかの能力が付与されるのだ。(【付与】スキルを製作者が使用しても武器能力は付くのだが、付与できるものはその本人の熟練度に左右されてしまう)
しかしこの『付与宝珠』、なにが付与されるかは全くのランダムで、望んだ能力が付くとは限らない。一種のギャンブルのようなものだ。
この『付与宝珠』と同じ能力をリンカさんが使う(所有者は僕だが)『魔王の鉄鎚』は持っている。改めて考えると、タダで毎回『付与宝珠』を使えるというのは、とんでもないメリットだよな……。
しかし、なにが付与されるかランダムなのは変わらない。
結果、ミウラは強力な付与能力を手に入れたのだが、全く自分の戦闘スタイルに合わない武器を手に入れたわけで。……ホント、もったいない。
風が弱まり、ミウラが落下し始める。おいおい、大丈夫か? あのまま落下したら大ダメージだぞ。
「【大っ、回転、斬り】!」
ミウラが大剣を振りかぶり、そのまま縦回転に回り始めた。なんだありゃ? 通常の【大回転斬り】は大剣を横に一回転し、周囲を薙ぎ払う戦技だ。縦にも回転できたのか。
「なるほど。戦技をぶちかませば落下のダメージはある程度軽減されるし、逆に落下の勢いをダメージに上乗せできる。ミウラ君は始めからこれを狙って……?」
「いやあ、無いと思いますよー……」
アレンさんがなにやら感心しているが、あれは苦し紛れに発動させただけ……あるいは本能で閃いただけと僕は見た。
「あっ!?」
ミウラの身体が赤い燐光を放ち、レンが思わず声を上げる。あれは【鬼神族】の種族スキル、【狂化】発動のエフェクトだ。
【狂化】は一時的に防御力を下げ、攻撃力を大幅に上げるスキルである。絶大な攻撃力を得ることができるけど、そのあとのクールタイムは防御力がガタ落ちになるのだ。ガルガドさんに当たる直前のタイミングで使うとは……賭けに出たな。
ドガァンッ! と大きな破壊音を響かせて、ミウラが武闘場に激突する。舞い上がった砂煙で見えないが、ガルガドさんに当たったのか?
いや、当たったのならこんな破壊音はしない。これは武闘場の床石を砕いた音か? となるとやっぱり躱された……。
「うわぁっ!?」
次の瞬間、ガキャッ! と剣がぶつかる音がして、砂煙の中からミウラが場外へとバウンドしながら吹っ飛んでいった。あらー……。負けたか。
モニターウィンドウに映る表示はKOなので、場外負けじゃない。普通にHPが無くなっての負けだ。(ダイイングモードなのでHP1は残ってるが)
【狂化】を使ってしまったので大ダメージを食らってしまったのだろう。惜しい。ミウラの戦技が決まっていたら勝てたかもしれないな。
試合はガルガドさんの勝利。しかし小さな少女の全力を出したファイトに会場からは惜しみない拍手が送られていた。
「ゔ、ゔ、ゔ〜っ……! 負げぢゃっだぁ〜!」
「残念だったね……。うん、また頑張ろう? 元気だそうよ、ね?」
リゼルにしがみつくようにして顔を埋め、ミウラが泣きじゃくっている。よほど悔しかったのかなあ。慰めにならないかもしれないけど、僕も声をかける。
「勝負は時の運。負けたのは仕方ないよ。リゼルの言う通り、またこの次に頑張ればいいさ。これで終わりってわけじゃないんだし」
「そうだよ! ミウラちゃん! 次、頑張ろう!」
「ええ。大事なのは不撓不屈の精神ですわ。頑張りましょう、ミウラさん」
不撓不屈って……。難しい言葉を言うね、シズカさん……。
みんなに励まされ、しばらくするとミウラもだいぶ落ち着いてきたようだ。レンに渡されたハンカチで涙を拭っている。もう大丈夫かな。
「安心して、ミウラちゃん! ガルガドのやつは後で私たちが懲らしめてやるから!」
「そうだよ! あたしが鉄拳制裁する!」
「私も弓矢で蜂の巣にしてやるわ!」
同じように【スターライト】のお姉様方が励ましてくれたが、それは過激すぎやしませんかね。ガルガドさん、大丈夫だろうか……。
【DWO ちょこっと解説】
■付与について
基本的に武器や防具、アイテムなどに特殊な付与を狙ってできるのは【付与】スキルのみである。また、その場合、付与できるものはそのプレイヤーの熟練度により違う。付与にはスキルによる特定付与とアイテムによるランダム付与があり、課金アイテムなどのランダム付与の場合、思いがけない未知の付与が付くこともある。