■093 ジョブチェンジ
「なんだぁ、シロ兄ちゃん結局『忍者』に転職しなかったのか。つまんないの」
「つまるとかつまらないとかそういう問題じゃない」
ミウラのがっかり、といったセリフに反論する。勝手なこと言うない。なんで僕がお前を楽しませるために望まない転職をしなきゃならんのだ。
「だよねぇ。間違いなくレアジョブなのにもったいない。見たかったなぁ、シロくんの『忍者』。ぶーぶー」
『魔術師』に転職したリゼルもつまんないオーラを出してくる。うるさいなあ。
ちなみにリゼルのジョブは男だと『魔術師』になるが、読み方が違うだけで同じ職だ。
「シロさんの職は『双剣使い』……でしたか? 【短剣】系のスキルを持っていればなれる普通の基本職ですよね?」
「普通が一番だよ」
シズカがウィンドウを開いて、検証サイトのジョブ欄を見ている。彼女は『薙刀使い』になった。
僕の『双剣使い』は、【短剣】系、つまり両手に武器を装備できるなら誰でもなれる職業だ。ジョブスキルは【双剣熟練】。その名の通り双剣に限り攻撃力が上がるという、地味なスキルだ。『剣士』の【剣熟練】の武器違いバージョンである。
ちなみにジョブスキルはそのジョブ固有のものであるため、スキルスロットを消費しない。
「なぜ『忍者』にならなかったのですか?」
「……『忍者』の方が絶対に面白いのに」
『防衛者』に転職したウェンディさんが尋ねてくる。迷うことなく『鍛冶師』に転職したリンカさんもリゼルたちと同じくつまんないオーラを出していた。
「まず『忍者』になると、光属性の装備ができない。さらにMND(精神力)とLUK(幸運度)の基本値が下がる。最後に忍者になんてなったらまたなにか言われる。以上」
レアジョブは別に強い職というわけではなく、珍しい職、という位置付けだ。確かに他の職と違った能力やスキルが備わっているけどさ。『忍者』なら【忍術】スキルとかな。
正直【忍術】スキルは面白そうなんだけど、基本値のダウンはいただけない。
MND(精神力)が下がれば魔法攻撃のダメージは増すし、LUK(幸運度)が下がればモンスターの標的になりやすくなり、アイテムのドロップ率も下がる。
どちらも僕は決して高い方ではない。これ以上下がるのは嫌だった。
つまり僕としては『忍者』にそれほど魅力を感じなかったということだ。
「僕のことはもういいだろ。それよりレンの方は決まったのか?」
「あうー……」
「まだみたいですわ」
苦笑するシズカの向こうにテーブルに突っ伏しているレンがいた。頭の上にスノウが乗っているけど大丈夫か。
レンの前にはジョブチェンジをするためのジョブウィンドウが開かれて並んでいる。
「『裁縫師』か、『神官』か、『射手』か……。どれにしたらいいんだろう……」
『きゅっ?』
頭の上にスノウを乗せたまま、レンが難しい顔をしてウィンドウとにらめっこをしている。
「悩んでも仕方ないじゃん。ゲームなんだから好きなのにすればいいのに」
「ギルマスとしてはパーティの連携や役割も考えないといけないの!」
さっさと『大剣使い』になったミウラの発言に、レンが、があっと吠えた。
「回復役としては『神官』になって回復量や基本値を底上げしておきたいし、遠距離攻撃役としては『射手』のジョブスキル【射程延長】は捨てがたいし……」
「個人としては『裁縫師』が気になる、と」
「たぶん、いえ絶対に裁縫系ジョブの入口なんですよね……。テーラーとかドレスメーカーとかそっち方向の。すごく興味あるんですけど、『裁縫師』になると、STR(筋力)や、MND(精神力)の基本値が落ちるんです。DEX(器用度)とかは上がるんですけど……」
『裁縫師』……男性だと『裁縫師』となるらしいが、【裁縫】スキルをメインに活かすなら、うってつけな職業だと思う。
「副業システムって実装されないんでしょうか……」
再びレンがテーブルに突っ伏して、ため息をつく。
「気が早いなあ。別に『裁縫師』になったとしても、弓が装備できなくなるわけじゃないし、回復だってできるんだろう?」
「まあ、そうですけど……。でも今より確実に弱くなっちゃいます」
そこか。それが気になっていたんだな。パーティとしては、レンは回復役と遠距離攻撃役を担っている。明らかに戦力ダウンになることを危惧していたのだ。真面目な子だからなぁ。
「別に僕らは強さを求めてこのゲームをしてるわけじゃないし、そこらへんはみんなでカバーするよ。それにこれから上級職とかに進んだら、僕らも同じように能力ダウンになるかもしれないし。お互い様さ」
「そうだよ。レンちゃんがやりたいようにやるのが一番だよ」
リゼルが僕の言葉に続いてレンに励ましの声をかける。おい、さっきの僕のときと態度が違わないか……?
ジト目で睨む僕を無視してリゼルが言葉を続けた。
「ほら、みんなもこう言ってるし。レンちゃんの好きなのにしたらいいよ」
「お嬢様も楽しまなくてはみんなでゲームをしている意味がありません。この世界では無理することはないのですよ?」
「うん……。ありがとう」
ウェンディさんにも言葉をかけられ、レンが微笑む。『この世界では』ってとこが気になるけど。現実では無理してるんだろうか。まだ小学生なのにな……。お嬢様だし、なにかと悩みがあるのかもしれない。
「同じお嬢様なのになあ……」
「なにが?」
「いや、なにも」
能天気そうな蘭堂グループのお嬢様から僕は視線を外した。
「決めました! 『裁縫師』になります!」
勢いよく宣言したレンが、ジョブウィンドウの【裁縫師】をタッチする。再度確認のウィンドウが表示され、【YES】をレンがタッチすると、彼女は淡い光のエフェクトに包まれた。
【『裁縫師』にジョブチェンジしました】というメッセージとともにレンから光が消える。
『裁縫師』レンの誕生だ。
「『裁縫師』のジョブスキルってなんだっけ?」
「【高速縫製】だよ。製作時間が短くなるの」
ミウラの質問にレンが答える。というか、ソロモンスキル【ヴァプラの加護】で普通よりも早く作れるのに、さらに早くなるのか。
ま、とりあえずこれで僕ら【月見兎】は、全員がジョブチェンジを終えた。まとめると、
■シロ:『双剣使い』
■レン:『裁縫師』
■ウェンディ:『防衛者』
■ミウラ:『大剣使い』
■シズカ:『薙刀使い』
■リゼル:『魔術師』
■リンカ:『鍛冶師』
である。
『忍者』のように、職業によって装備が縛られる場合もあるが、大抵のジョブの装備基準はスキルによる基本パラメーターによるものだ。
だから『大剣使い』という職業であるにもかかわらず、ミウラはハンマーを装備することができるし、『裁縫師』という職業であるレンが回復魔法を使うことも弓矢を装備することもできる。
しかしあくまで『できる』であって、やはり効果はそれを本職にしているプレイヤーには劣るものとなってしまう。ここらは致し方ない。
さらにジョブにも熟練度ゲージがあって、そのジョブを極めるとスキルと同じく☆がつくらしい。この☆付きのジョブやスキル、パラメーターによって、新たなジョブが解放される……んじゃないかとの噂だ。ここらは検証待ちだな。
確かに『剣士』と『魔術師』で『魔法剣士』とかありそうだしなぁ。でも『剣士』と『魔術師』って必要パラメーターがまったく違うから、かなり大変だと思うけど。剣士系と魔法系のスキルを育てていかないとパラメーターも伸びないだろうしな。
「あれ?」
「どした?」
ジョブウィンドウを確認していたレンが首を傾げて、新たに開いたウィンドウを見ている。個人ウィンドウは許可がなければ他人には見ることができない。ただの半透明ウィンドウにしか見えないのだ。なにかを読んでいるようだけど。
「【スターライト】からです。『コロッセオ』の出場はどうするのかって』
「出場? なんのことだろう?」
「いえ、あの、気がつかなかったんですけど、運営からギルマス宛にメールが来ていました。『コロッセオ』実装記念ということで、各ギルドから一名、代表で出場できるんだそうです。もちろん無料で」
レンが赤い顔をして申し訳なさそうにつぶやく。さっきまで悩みまくってたからな。仕方ないか。
「『コロッセオ』って、地下の予選だか通らないとダメなんじゃなかったっけ?」
「今回は予選なし、地上だけでの試合らしいです。だからギルドから各一名にだけ招待状が。ソロの人は参加できないみたいです」
リゼルの質問にレンが答える。なるほど。それでもけっこうな参加者がいると思うが。
『コロッセオ』は町や都の中にあるのではなく、各エリアのフィールドに建設されているらしい。あいにくと第四エリアの『コロッセオ』は見つかっていないが、第三エリアの『コロッセオ』は湾岸都市フレデリカから少し離れた小島に現れた。
問題はこの島……というか、『コロッセオ』には立ち入り制限がないということだ。つまり、普通なら町に入ることのできないレッドネームも入ることができる。
もちろん、町と同じく『コロッセオ』ではPKすることができないため、安全ではあるのだが。
レッドネームのプレイヤーも『コロッセオ』の試合に参加できるということだけど、賞金首が堂々と姿を現わすかというと難しいよな。間違いなく賞金稼ぎに狙われるし。
まあ、賞金稼ぎの方も賞金首が『コロッセオ』にいるうちは手が出せないのだけれど。
「それで、誰が参加しますか? 私はパスしますけど……」
レンはもともと戦闘タイプのスキル構成じゃないし、『裁縫師』にジョブチェンジしたことでさらに基本能力値が下がっている。出場したところで勝ち目は薄いだろう。
「あたし! あたしが出る!」
鼻息荒く真っ先に手を挙げたのはミウラだった。まあ確かにお前さんは戦闘向きだけど。
隣のシズカはミウラとは真逆の冷静さでレンに質問を投げかける。
「その試合って年齢制限はないのですか?」
「えっと……。大丈夫みたい。普通の【PvP】形式、【ダイイングモード】でやるみたいだよ」
【ダイイングモード】……HPが1だけ残るアレか。
「10位まで賞金も賞品も出るみたいだけど……。優勝すると『王者』のジョブにジョブチェンジできるみたいだね」
「なにそれカッコいい!」
ミウラの目がキラキラと輝きだした。そうかあ? っていうか、チャンピオンって職業なのか……?
「特殊スキルが使えるジョブみたいだけど、条件があって『コロッセオ』で1位をキープしてないとダメみたい」
なるほど。まさしく『王者』でいなければならないのか。転落すればその恩恵を失う、と。
しかし『コロッセオ』はエリアごとにひとつあるっぽいから、数人……他の領国を入れたら数十人の『王者』が存在することになるけど、いいのかね?
「一年に一度、その中から『王者の王』を決めるみたいです」
「『王者の王』ってなんだよ……」
言わんとしていることはわかるけど。
しかしそうなるとそのジョブはかなりのレアジョブだな。なんせ各領国に一人……いや、領国の垣根がなくなればこのゲーム中にたった一人のジョブってことになる。
ゲームバランスを崩さないようにするなら、ジョブスキルなんかはそこまで強くはないかもしれない。だけど間違いなく唯一のジョブだ。これは争奪戦になるよなあ。毎月のイベントととしては盛り上がりそうだ。ランキングも出るしな。
「【スターライト】からはガルガドさんが出るみたいです」
「およ? アレンさんじゃないんだ」
ちょっと意外だな。【スターライト】といえば怠惰では有名なギルドで、その代表といったらアレンさんが真っ先にくるのに。
「ガルガドのおっちゃんなら何度も戦ってるから戦い方はわかるよ!」
「いや、ガルガドさんと当たるかどうかはわからないし、ガルガドさんと戦ってミウラの勝率は二割あるかないかだろ……」
フンスフンスと自己主張してくるミウラを落ち着けとなだめる。同じ【鬼神族】で大剣使いのガルガドさんとミウラは、よく星降る島の砂浜で【PvP】をしているが、勝率はガルガドさんの方が圧倒的に高かったはずだ。
「っていうかミウラでいいのか、みんなは」
「私はあまりそういったことに興味がないので」
「右に同じく」
ウェンディさんに続いてリンカさんも辞退のようだ。
「私もあまり目立つような場にはちょっと……。遠慮しておきますわ」
「私は興味があるけど、『魔術師』で勝ち抜くのは難しいかなぁ……。私のスキル構成って、多人数戦をメインにしてるから、一対一の対人戦だと厳しいんだよね〜」
微笑みながら辞退したシズカに対し、リゼルはむむむと残念そうに唸る。
確かに魔法使い系はよほど特化しないと一対一の戦いだと難しいと思う。詠唱中に攻撃されるからな。【召喚術】とかで護衛獣を召喚して、相手の攻撃を防ぎつつなんとか、ってところか。
「シロさんは?」
「僕も目立つのは苦手なんでパスかな……」
「じゃあ、あたししかいないじゃん! レン、申請しておいて! あたし出るから!」
「う、うん、わかったよ」
結局【月見兎】の代表出場者はミウラとなった。本人が出たいっていうんだから、ま、いいか。優勝はさすがに無理だろうけど、いい思い出になるんじゃないかな。
おっと、そういえば『スターコイン』の交換所がコロッセオの中にあるんだっけか。僕が持っているのは百枚ちょっとだけど、何と交換できるんだろ?
【DWO ちょこっと解説】
■ジョブについて
【DWO】における職業。それぞれの条件を満たすことによって転職可能となる。転職によりパラメーターが増減するが、その職を離れればプレイヤーの基本値に戻る。ジョブにより特性、スキル、戦技などが変化するものもある。(まったく変化しないものもある)
転職した際に、前職のジョブスキルなどは受け継がれないが、熟練度は半分残る。AのジョブからBのジョブに転職し、再びAのジョブに戻ってもAの熟練度は完全にリセットされず、半分の状態から始めることができる。
再転職するには数日間の無職期間が必要なので、職選びは慎重に行おう。