■091 アップデート情報
大変遅くなりました。最近こればっかり言ってますが、申し訳これなく……。
「どや! これがわいらが精魂込めて作り上げた超快適万能滑走船、ムーンラビット号や!」
「うぁ……」
発言どおりのドヤ顔で完成したソリを披露したトーラスさんだったが、その隣にいるピスケさんはもうひたすらに頭を下げていた。おそらくトーラスさんに押し切られてこのデザインにしたのだろう。
僕らの目の前にあるそれは、一応形状としてはソリの部類に入るのだろうが、見た目がどう見ても……。
「うさぎですねえ」
「うさぎですわね」
「うさぎだ!」
年少組が砂浜に置かれたそれを見て、それぞれに口を開く。いや、確かに【月見兎】というギルド名からするとふさわしいとも言えなくもないけれども。
遠目に見ると、トナカイが大きな白い兎を引いているようにも見える。ご丁寧にちゃんとマフラーまでしてら。
「アロハの旦那、これはどういうことですかねえ?」
「え? 【月見兎】の特徴を全面に出したんやけど。これならめっちゃ目立つやろ。間違いなく新しく第四エリアにきた奴らの話題の的やで?」
ダメだ。この人の中では目立つ=いいことになってる。この手の人種にはおそらく話してもわかってもらえない。目立たなくていいのに……。
大きさとしては大型のワゴンほどもあるそれは、ソリというかまるで兎のバスのようだった。ウサバスだ。天井もあるしな……。
本当のバスのようにスライド式のドアから中に入ると、意外や意外、なかなかに快適そうな空間が広がっていた。
「シートには『幸運兎の毛皮』を使うとる。品質のええのを選んだからフカフカやろ?」
『幸運兎の毛皮』……ああ、第二エリアとかにいるフォーチュンラビットから獲れるあれか。確かに触り心地はいいな。座り心地もなかなかだ。
「ねえねえ、これ動かせないのかな?」
「雪やないけど、この砂浜でも一応は滑れると思うで。砂の抵抗があるから遅いやろうけどな」
「おい待て、走らせる気か?」
トーラスさんの言葉を聞くや否や、ミウラは素早く前部座席に座り込み、二頭のキラーカリブーの手綱を取ってしまった。
「それいけっ!」
二頭のキラーカリブーが走り出す。このキラーカリブーは『従魔の首輪』の効果で、【月見兎】のギルドメンバーの言うことなら素直に従ってくれるのだ。
砂浜ではやはり砂の抵抗があるのか、そのスピードは僕らが走るスピードとさほど変わらなかった。
ミウラの操るキラーカリブーは蛇行しながら島をぐるりと一周する。スピードが出てないからか、それほど揺れもしない。
「どや。ロールスロイスとまではいかんけど、なかなかの乗り心地やろ?」
「そうですね。でもうちの車より私はこっちの方が好きです!」
「そうかそうか。レン嬢ちゃん、いいセンスしとるで!」
トーラスさんがケラケラと笑っているが、レンのいう『うちの車』ってのは、おそらくそのロールスクラスの車だと思うぞ……。
停まったウサバスから降りると、レンたちはキラーカリブーの二頭に駆け寄り、体を撫でてごくろうさまと労っていた。
「さて、これで我々は機動力を手に入れたわけですが」
ウェンディさんが、ピッ、とマップウィンドウを開く。ピンチアウトしながら、第四エリアの大まかなマップを表示した。
「マップを見ていただければわかりますが、第四エリアは特殊なエリアだと思われます」
「他エリアに続くルートがあるってことだね」
リゼルの言葉にウェンディさんが小さく頷く。
今までの各領国は、それぞれ第一エリア、第二エリアと順番に繋がっており、他に繋がるエリア(シークレットエリアは除く)はなかった。
だがマップを見る限り、この第四エリアは二つのルートが存在する。【怠惰】の第四エリアは、同じ【怠惰】の第五エリアへと続くルートと、お隣の【嫉妬】の第五エリアへと続くルートがあるのだ。
そしてその【嫉妬】の第五エリアは当然ながら同じ【嫉妬】の第四エリアへと繋がる。これがどういうことを意味するか。
つまり、それぞれの第四、第五エリアを抜けることで、全ての領国へ行き来することが可能になるということなのだ。
今まで別の領国で遊んでいたプレイヤーたちが一緒に楽しむことも、他の領国のイベントを楽しむこともできるというわけだ。
これについてはいろんな攻略サイトで噂にはなっていた。マップを見れば一目でわかるしな。
これにはけっこう期待している人たちが多かったが、僕の場合【セーレの翼】というスキルがあったので、そこまでではなかった。
「とりあえずどちらの門を突破することを目標にするのか、ということですが……」
「今までの道のりを考えると、どっちも楽に突破はできそうにないけどねぇ……」
苦笑いをしながら返したリゼルにリンカさんもコクリと頷く。その門を守るボス……あるいはその門を開けるためのアイテムを持つボスがいる可能性は高い。
「というか、今の強さでは絶対に負ける。第四エリアに入ってからあまり戦ったりしてないし。まずはレベル&スキルの熟練度アップ、それに装備を新調しないと」
「だよねえ」
リンカさんのごもっともな意見に今度は僕が頷く。
まずはこの辺りのモンスターにも遅れをとらないくらい強くならないとなあ。
◇ ◇ ◇
僕らが第四エリアに来てから十日ほどがたった。
【怠惰】第四エリアの町【スノードロップ】は、僕ら以外のプレイヤーも何人かちらほらと見られるようになったな……と思ったら、あっという間にたくさんのプレイヤーがやってきて賑やかになった。あの雪の降る静かな町が嘘みたいだ。
「第二エリアの【ブルーメン】、第三エリアの【フレデリカ】の時もそうだったよ。攻略法が見つかるというか……。誰かがエリアボスを突破すると、その人たちと似たようなパーティ、近いレベル、スキル構成とかがちゃんとしていればクリアできたりするからね。そしたらあっという間に後続組が押し寄せてくる。先行パーティの恩恵なんて僅かなものさ」
とは、ここまでずっと一番乗りのアレンさんの弁。
この数日僕らは順調にレベルとスキルの熟練度を上げていた。
僕はレベル35に、レンはレベル36、ウェンディさんはレベル37、ミウラはレベル35、シズカもレベル35、リゼルはレベル37、リンカさんはレベル38になった。
みんな種族が違ったり、取得スキルの要素がいろいろあるから、パラメータはかなりバラバラである。ミウラのHPやSTR(筋力)なんか僕よりも上だし、リゼルのINT(知力)なんて僕の二倍近くあるしな。
まあ、AGI(敏捷度)では僕が勝ってるけどさ。
「完成した」
「できた?」
僕らのギルドホーム『星降る島』にあるリンカさん専用の第二工房で、僕は新武器が出来上がるのを待っていた。いや、新武器というのは正しくない。もともと持っていた武器を強化してもらっていたのだ。
僕の今まで装備していた『双氷剣・氷花』、『双氷剣・雪花』だが、この第四エリアとは相性が悪い。ほとんどのモンスターが氷属性の抵抗値が高く、ほとんど特殊効果が発動しないし、威力も落ちる。
当然だが、雪原のモンスターに効くのはやはり火属性だ。そこで、サブウェポンの『双焔剣・白焔』と『双焔剣・黒焔』を改良してもらっていたのだ。
もともとの武器を強化すると耐久性が下がって壊れやすくなるのだが、そんなにすぐ壊れるものではないし、あと二、三回は耐えられると思う。
「ん。『双焔剣・白焔改』と『双焔剣・黒焔改』」
ゴトッ、と工房にあるテーブルの上に置かれるふた振りの短剣。
─────────────────────
【双焔剣・白焔改】 Xランク
ATK(攻撃力)+106
耐久性18/18
■炎の力を宿した片刃の短剣。
□装備アイテム/短剣
□複数効果あり/二本まで
品質:S(標準品質)
■特殊効果:
15%の確率で炎による一定時間の追加ダメージ。
【鑑定済】
─────────────────────
─────────────────────
【双焔剣・黒焔改】 Xランク
ATK(攻撃力)+106
耐久性18/18
■炎の力を宿した片刃の短剣。
□装備アイテム/短剣
□複数効果あり/二本まで
品質:S(標準品質)
■特殊効果:
15%の確率で炎による一定時間の追加ダメージ。
【鑑定済】
─────────────────────
攻撃力という面で見ると、『双氷剣・氷花』、『双氷剣・雪花』とあまり変わらない。耐久性も元の双炎剣より低くなっている。特殊効果の%は上がっているが。
しかしこのエリアなら双氷剣よりこっちの方がダメージが通りやすい。これからの戦いで大きく活用できるはずだ。
生まれ変わった双焔剣を手に取り、軽く十字に振ってみる。うん、違和感はない。
「よし、じゃあ試し斬りに、」
「キタキタキタキタ、ついにキタ────ッ!」
行こうかな、と言いかけた僕を遮って、リゼルがドアをぶち破らんばかりに飛び込んできた。騒がしいなあ。なんなんだ、いったい?
「ついにきたよ! くぅ〜、この時をどれだけ待ちわびたか!」
「大袈裟だなあ。で? なにがきたんだ?」
「もう〜。シロ君、公式サイトくらい毎日毎時間チェックしなよ。乗り遅れるよ?」
チッチッチッ、とリゼルが指を振る。なんだろう、ちょっとイラッとするぞ。いいから早く言えい。
「なんと! 来月にとうとう大型アップデートが来るんだよっ! ジョブシステムの実装! これでもう職無しじゃないっ!」
拳を天に突き上げてリゼルが吠える。僕らはフリーターだったのか。初めて知った。
ジョブシステム……職業か。確かにDWOには職業はない。称号としての職業はあるが、僕らはみんな外からやってきた『冒険者』という位置付けだ。
パラメータや装備から『戦士タイプ』や『魔法使いタイプ』などと呼ばれたり、自称『騎士』、自称『商人』などがいたりするが。隣のリンカさんも自称『鍛冶師』だ。
「ほらほら、見て見て! ジョブの一部をもう公開しているの!」
「へえ」
リゼルがウィンドウを開き、僕らの目の前に公式サイトを表示してきた。僕とリンカさんは首を伸ばしてそれを覗き込む。
「『剣士』、『防衛者』、『魔術師』、『商人』、『武闘士』……いろいろある」
「必要なパラメータや資格、称号、所持スキルなんかによってなれる職業は変わってくるのか。職業にも熟練度があって、そのレベルに応じた特殊スキルがいろいろ使える、と」
リンカさんと僕は公式サイトに発表されたばかりのページを熟読する。
職業に就くことによって、パラメータ、スキルの熟練度上昇が変化するのか。より特化できるわけだ。職業スキルってのは、種族特性と同じようなもんか。
「一度就いた職業から転職することはできるのかな?」
「できるみたいだよ。ただ数日の無職期間が必要みたいだけど。それにその職業の熟練度は半減されちゃうっぽい。別の職業になったら当然だけど、前の職業の職業スキルは使えなくなるらしいね」
無職期間って。職業安定所でも行ってるのだろうか。
熟練度が半減されてしまうってのは新しい職業に就いたら前職の腕前が落ちるって感じだろうか?
「ひとつの職業をずっと続けていると、さらにその上の上級職に転職できる可能性もあるかもしれない。『鍛冶師』もさらに上があるはず。……『上級鍛冶師』とか『マイスター』とか」
「あるね、絶対! でなきゃ面白くないよ! あ、あと特殊な職業なんかもあって、条件が満たされたときに転職可能の表示がされたりするんだって!」
なるほど、レア職業なんてのもあるってことか。まあ、ゲーム攻略に有用な職業かはわからないんだろうけど。
「『忍者』とかあるかも」
「絶対に就職しませんから」
「もったいない……」
リンカさんがなにやら言ってるが、スルーする。僕は別に忍者プレイをしたいわけじゃないのだ。【分身】とか【気配察知】、【加速】に【投擲】とかそれっぽいスキルばっかり持ってるけどさ……。
「ジョブシステムだけじゃないよ! それぞれの領国に『コロッセオ』が開設されるの! プレイヤー対プレイヤー、プレイヤー対NPCの戦いが観られるんだよ!」
「別に今までだって【PvP】があったじゃ……、ああ、ランキングとか賞金システムがあるのか」
勝ち上がっていけば賞金が入り、ランキングが上がる。より上のステージで戦えればさらに賞金がアップするのか。
「地下競技場で勝ち抜いた猛者たちだけが地上コロッセオの大舞台で戦えるらしいよ。燃えるねぇ!」
「剣闘士かよ」
別に囚われの身ってわけじゃないだろうけど。まあ、参加希望者が多いとどうしてもふるい分けしないといけないのかな。バトルマニアたちが集まりそうだ。
あのPKギルド『バロール』のギルマス、ドウメキあたりが嬉々として参加しそうではある。だけど賞金首も参加できるのかな? 参加規定は特にないみたいだけど。
「あ、とうとう交換所ができるみたい」
「え?」
リンカさんの示したところを覗き込むと、今まで使い道のなかった謎アイテム『スターコイン』がやっと使用できるらしい。やっぱり一定の枚数でレアアイテムと交換という形のようだな。交換所はコロッセオの中に開設されるようだ。確か僕は百枚くらい持っているけど、どんなものと交換できるのかな。ちょっと楽しみではある。
大型アップデートか。確かにワクワクするな。僕はどんな職業に就けるんだろう。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■コロッセオについて
古代ローマの円形闘技場。ラテン語ではコロッセウム。コロシアムの語源。円形とは言うが実際には楕円形である。剣闘士同士、剣闘士と猛獣などを戦わせたり、犯罪者の公開処刑などを行なった。猛獣を闘技場へと上げるための人力のエレベーターなどもあり、初期の頃には水を張って、そこで模擬海戦もしたというから驚き。




