■090 トナカイとソリ
「あ」
『ブモォッ!』
【Critical Hit!】の文字とともに、ズバァッ! と、キラーカリブーの首から血飛沫が飛び散り、純白の雪原を赤に染めた。ちょっ……! なんでこんなタイミングでクリティカルがでるかね!?
「あーっ! 何してんだよ、シロ兄ちゃん! 倒しちゃったら捕まえられないだろー!」
後方からミウラが文句を飛ばしてくる。いや、そんなこと言ったって今のは不可抗力だろ!
僕ら【月見兎】は移動用のモンスターをゲットするために、第三エリアにある湾岸都市フレデリカでオークションに参加し、出品されていた『従魔の首輪』をなんとか二つ手に入れた。
テイムスキルを持たない僕らがモンスターを従えるには、相手を瀕死状態まで追い込まねばならない。その後、弱ったところでこの『従魔の首輪』を使って捕獲しなければならないのだが……。
「これで三回目ですね……」
レンが構えた弓を下ろす。同じように隣のウェンディさんも盾を下ろした。
今回のカリブー捕獲には僕とレン、ウェンディさんとミウラの四人で来ている。他の三人は用があって今日はログインできないらしい。
そろそろ後続組が第四エリアに来てもおかしくないので、その前にキラーカリブーを捕獲したかったのだが、さっきから失敗続きなのだ。
それというのもうまい感じにキラーカリブーのHPを瀕死状態で止めることができないからだ。キラーカリブーの瀕死状態はかなり狭く、力加減が難しい。
ミウラの大剣やウェンディさんの剣では瀕死になる前に倒してしまいそうなので、僕の短剣とレンの矢でなんとか瀕死になるように削るつもりだったのだが……。
「まあ今のは致し方ないかと。やはりお嬢様の弓矢で少しずつ削るのがよいと思われますが」
ウェンディさんがフォローしてくれた。やっぱりその方がいいか。HPの半分くらいまでは僕が削り、そこからは避けまくって、その隙にレンが普通の矢で瀕死状態まで削る、と。【手加減】スキルがあればなあ。瀕死状態以降はダメージを与えることができない便利なスキルだ。あとは【刀術】の戦技に【峰打ち】ってのもあったっけか。
「じゃあ次はそれでいこうよ。でも、またキラーカリブー捜すのかあ。なかなかいないよね、キラーカリブー」
「たしかに。場所が悪いのかな?」
『スノードロップ』の町近辺に出現するモンスターは、アイススライム、スノーゴブリン、ビッグフット、ブリザードタイガー、ホワイトウルフ、スノーワーム、コールドバードなどだ。そしてたまーに、オークとかキラーカリブーが出てくるのだ。
実際僕らも三頭捜すのに二時間くらいかかっているし。
【気配察知】もある程度近付かないと効果がないしな……。
「遥花……ハルなら召喚やテイムした狼たちに引かせるんだろうなあ」
【調教】も【召喚術】も持ってるからな、あいつ。犬ゾリならぬ狼ゾリか。
「きゅっ!」
今日はギルドホームに誰もいないので仕方なく連れてきたスノウが、雪の上で耳をぴくぴくと反応させて、一方向をじっと見つめていた。なんだ?
「あっちの方に何かモンスターがいるのではないでしょうか?」
「キラーカリブーだよ、きっと!」
「だといいんだけどな」
「とりあえず行ってみましょう」
パタパタと僕らを先導するかのように飛んでいくスノウを追っていくと、雪原の丘の上にキラーカリブーが一頭でたたずんでいた。ホントにいたよ。
「えらい! すごいぞ、スノウ!」
「きゅっ?」
スノウの頭をミウラがなでなでする。騒ぐなって。見つかるだろ。
さて、もう一度みんなに確認をとっておこう。
「やっぱりさっきの作戦でいく?」
「そうですね。半分まではシロ様が削り、そこからはお嬢様の矢で削る、と。私はお嬢様の守りに徹しますので、シロ様は敵を引き寄せて撹乱させて下さい。確か【挑発】スキルを取ったんですよね?」
「うん。スノードロップのスキル屋にあったから買った。まだほとんど熟練度は上がってないけど」
モンスターの敵意を自分に向けさせる【挑発】スキルは、基本的にウェンディさんやアレンさんのような盾職など防御に優れたプレイヤーが持つスキルである。しかし、【加速】の素早さを活かし、モンスターを撹乱する役目の多い僕にも使い勝手のいいスキルなのだ。
基本的に初期スキルだし、安かったので買ってしまった。このスキルがあればキラーカリブーを引き止めておくことは難しくないだろう。
「あれっ、あたしは?」
ミウラがスノウを抱きかかえながら自分を指差した。……うん、この作戦だと特にミウラの役割はない。
「……応援でもしててくれ」
「えー!」
ミウラが不満を爆発させるが、仕方がないだろ。
最初の一、二発くらいならキラーカリブーに当ててもいいけど、そのあと反撃がきたらミウラのAGI(敏捷度)じゃ躱せないと思う。レンの矢が瀕死状態に追い込むまで、ずっと攻撃を受け続けるわけにもいかないし、反撃したらキラーカリブーを倒しちゃうし。
結局、遠くで戦闘に参加せずにいるのが最も助かるのだ。
「とりあえず不意打ちの先制で私が戦技を放ちます。そのあとはシロさんが半分くらいまで削ってください。そこからは私が再び通常の矢で瀕死まで削ります」
「わかった」
レンが弓に矢をつがえる。キリキリと引き絞り、戦技を発動させた。
「【トライアロー】」
力強い一撃がレンから放たれた。レンの弓はその小さな身体に合わせて作られているため、ロングボウ系であるのに小型である。だが、性能は通常のものと遜色ない。
放たれた矢が途中で三本の矢に変化した。
【弓の心得】から派生した【長弓術】の【トライアロー】は、一つの矢が三つの矢に分裂する戦技だ。同じ弓持ちの戦技、【サウザンドレイン】の方が矢の数は多いが、一本一本の威力はこちらの方が強い。
「ブモォオッ!?」
ドスドスドス! と、三本の矢は見事外れることなくキラーカリブーに全て突き刺さった。
こちらを振り向き、僕らを敵と判断した殺人トナカイは一直線に矢を放ったレン目掛けて突進してくる。
「お嬢様には指一本触れさせません」
大楯を持ってレンの前に立ちはだかったウェンディさんが正面から重戦車のようなキラーカリブーの突進を受け止めた。
以前と同じように、ウェンディさんは【不動】スキルによって吹き飛ばされることはないが、その勢いによって後退してしまう。ここからは僕の仕事だ。
「【十文字斬り】」
「ブモッ!?」
縦横の二連撃がキラーカリブーの横腹に決まる。これで終わりじゃないぞ。僕は片手に持つ『双氷剣・氷花』を素早く腰の鞘へと戻し、ウエストポーチから十字手裏剣を取り出して、後退しつつキラーカリブーへ向けて連続で投擲した。
「ブゴゴッ!」
「こっちだ、トナカイ」
肩のあたりに十字手裏剣を二つ受けたキラーカリブーが怒りを滲ませて、今度は僕の方へと向かってくる。もうちょい削ってもいいか。
キラーカリブーの吐く凍りつく息を躱し、通常の攻撃をしつつも、さらに【蹴撃】による蹴りを加えてダメージを与え続ける。戦技を放ってもよかったのだが、またクリティカルなんて出たら目も当てられない。
よし、こんなもんか。
すでにキラーカリブーのHPは1/2以下になりつつある。ここからはレンの仕事だ。【挑発】を使いつつ、回避に専念しよう。
僕がキラーカリブーの攻撃を躱す隙間を狙って、レンの通常矢が飛んでくる。うまいことレンが狙いやすいようにキラーカリブーを誘導しつつ、攻撃を躱さなければならない。正直めんどい。
十分以上も同じことを繰り返し、ついにキラーカリブーのHPはレッドゾーンへと突入した。
「今だ、シロ兄ちゃん!」
わかってるって。【月見兎】のギルドシンボルが刻まれた『従魔の首輪』をインベントリから取り出し、キラーカリブーの首に当てる。それだけでシュルッ、と首輪はキラーカリブーの首に嵌った。どうだ?
首輪が嵌った瞬間、キラーカリブーの動きがピタリと止まる。時間にして一秒二秒だろうか、まるで剥製のようになっていたキラーカリブーが再び動き出すと、あれほど僕らへ向けていた敵意が綺麗さっぱり消えていた。
「いやったーっ!」
「やりましたね!」
雪をかき分けてミウラとレンが駆けてくる。その二人にも動じることはなく、首輪の嵌ったキラーカリブーはおとなしくしていた。
おそるおそるレンがキラーカリブーに手を伸ばす。背中を触られてもキラーカリブーは気にした様子もなくそこにたたずんでいた。
「大丈夫みたいだな」
先ほどの攻撃性が嘘のようにおとなしい。これが『従魔の首輪』の力か。
レンとミウラがなでなでとキラーカリブーを撫でまくるが嫌がる気配は全くない。登録したギルドメンバーには絶対服従の効果があるのだ。ホント、戦闘などには参加させられないってのが惜しい。レンが傷付いたキラーカリブーに【回復魔法】をかけていた。
「さて、この調子でもう一頭捕まえましょうか。スノウ、お願いします」
「きゅっ!」
ウェンディさんの言葉にスノウが元気に返事をする。え、もう?
アレンさんの話だと、一パーティを乗せたソリを快適なスピードで走らせようとしたら、やはりキラーカリブーは二頭必要らしい。だからもう一頭というのはわかるけれども、立て続けにってのはどうだろう……。
大変だよ? 主に僕が。十分以上も攻撃を躱し続けるのはそれなりに気を使うんだぞ……。
そんな僕の主張が受け入れられることもなく、有能なスノウさんによって次のキラーカリブーもあっさりと見つかった。そして繰り返される捕獲作戦。
しんどかったけど、なんとか二頭のキラーカリブーを従魔として従えることができた。ミウラとレンがそれぞれのキラーカリブーの背に乗ってご満悦だ。
「従魔の方はこれで大丈夫ですね。あとはソリですか」
「ソリって売ってませんよね?」
「探せばあるかもしれませんが、モンスター用ではないかと……。それにNPCの作ったものより、【木工】スキル持ちのプレイヤーに作ってもらったほうがなにかと便利かと思います」
【木工】スキルでソリが作れるのか。まあ、難しい構造ではないからできるのかな。しかし七人乗りとなるとかなりの大きさだから高くつくかもしれないなあ。
それに知り合いで【木工】スキルの持ち主というと……。
「センスのないエセ関西人と、極度の人見知りの二人しかいないな……」
リンカさんも【木工】スキルを持ってはいるが、熟練度はそこまで高くない。武器の加工用に取っているレベルなのだ。槍や斧などの柄は木製のも多いし。
だからソリなんて大きなものを頼むならトーラスさんかピスケさんなんだが……どっちも問題がある気がするぞ。うーむ。
いや、トーラスさんに頼んで変なソリを作られるよりは、ピスケさんの方がまだマシな気がするな。トーラスさんはデコトラみたいな派手なソリを作りそうだし。
うん、ピスケさんにしよう。
僕はアドレスからピスケさんの名前を引っ張り出して連絡を取った。
「なぜあんたがここにいる……?」
「ご挨拶やなあ。大型のソリを作るいうから手伝いに来たったのに。というか、おもろそうやから手伝わせてぇな」
「あ、あの、れ、連絡をもらったとき、隣にいたんです……」
申し訳なさそうにピスケさんが犬耳と尻尾をうなだれさせながら謝る。いや、ピスケさんのせいじゃないけどさ……。
ギルドホームのある【星降る島】には許可を与えられていない者は来ることができない。一応、トーラスさんも許可は出しているから来ることができてもおかしくはないのだが。
「おおー! そのトナカイがキラーカリブーっちゅうやつか! シロちゃんらは先に第四エリアに行けてええなあ。まあ、わいらも来週には行くけれども」
砂浜でキラーカリブーに乗っているレンとミウラを見てトーラスさんが声を上げた。
さっきから考えていたのだが、雪原のモンスターがこんな陽射しの強いところにいても大丈夫なのかね? 弱ったりしないんだろうか。
……ま、ゲームだしいいか。この島は陽射しは強くてもそれほど暑さは感じないしな。
ウェンディさんがレンたちの乗る二頭のキラーカリブーを眺めながら注文内容を口にする。
「あの二頭が引けるソリが欲しいのです。だいたい八人から十人が乗れるくらいの大きさで」
「そらまたデカいなあ。ちょっとした大型ワゴン並みや。結構な素材が必要になってくるで」
「そ、そ、素材が粗悪なものだと、キラーカリブーの引く力に、た、耐えられない、かもしれません。かなり頑丈な木材が必要です」
その回答を予想できてた僕は、インベントリから一本の木を取り出して砂浜にゴロンと横たえる。
【怠惰】の第六エリア、『翠竜の森』で手に入れた木材だ。まあ、切り倒したのはスノウだけどさ。
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【マルグリットの原木】 Aランク
■特定の場所でしか育たない樹木、マルグリットを切り倒したもの。
かなり硬く、強度と耐久性に優れている。
□木工アイテム/素材
品質:S(標準品質)
【鑑定済】
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「なんじゃこりゃあ!?」
「え、え、え、Aランクの木材!?」
二人とも目を見開いて砂浜に転がる木を見つめていた。リンカさんに【鑑定済】にしてもらったので、【鑑定】しなくてもこの木の詳細がすぐにわかったのだろう。
「またどえらいモンを……さすが『調達屋』やで……」
いや、単にエリアボス戦のためにみんなの武器を作ったやつのその余りなんだけどね。
「これと同じのが何本必要ですかね?」
「え? あ、ああ……せやな、この大きさなら……三、四本もあれば」
「そ、そうですね。それだけ、あれば、作れると思いますが」
三、四本か。幸いこれは『翠竜の森』のポータルエリア近くにあったから、それぐらいならすぐに取ってこれるな。じゃあ後でスノウを連れて……。あ。
「そういえば、コレって伐るの大変だったんだけど、加工できるんですかね……?」
スノウのギロチンでやっと伐ることができたのだ。そんな硬さの木を加工してソリになんてできるのか?
「せやな、まずリンカにAランクの加工用道具を作ってもらわんといかんか。手斧にノコ、ノミにカンナあたりを。これはわいらも普通に欲しいからお金は自分で出すで」
「あっ、ぼっ、僕も欲しいです……!」
Aランクの大工道具ってとこか? 僕も自分で伐採する用にAランクの手斧は欲しいかな。Aランク鉱石ならいくつかあるし、リンカさんの『魔王の鉄鎚』なら簡単に作れるだろう。あいにくと今日はお休みだが。
「ほなら、今日はキラーカリブーの鞍でも作ろか。こう見えてもわい、【革細工】のスキルも持ってるさかい。手綱とかもあった方が嬢ちゃんたちも乗りやすいやろ」
「確かに。おいくらで?」
ウェンディさんとトーラスさんがウィンドウを開いて交渉を始めた。ソリを引かせてそれに乗るんだから鞍はいらないんじゃ? とも思ったが、あって困るものではないしな。
採寸を取るためにレンたちのところへトーラスさんが歩いていったが、キラーカリブーを撫でようとして突き飛ばされた。
あー、ギルドメンバーじゃないプレイヤーにはそう簡単には懐かないんだっけ? でもアレンさんのところのキラーカリブーはレンたちに懐いてたけど。子供の純真さと大人の汚さを見分けるのかねえ。
おっと、そうだ。
「ピスケさん、あの子たちの入る馬小屋……いや、トナカイ小屋? を増設してもらえますか?」
「え? あ、ああ、はい! はい、だ、だ、大丈夫です! できます!」
ピスケさんはギルドホームの端の方に相変わらずのスピードで馬小屋を建て始めた。あれならすぐにできあがるだろう。
さて、僕はAランクの木材を伐採しに行くか。三、四本だし、こちらもすぐに終わるだろ。
「スノウ、おいで」
「きゅっ!」
スノウのギロチン頼りというところが締まらないが。
【DWO ちょこっと解説】
■【手加減】スキルについて
【手加減】は相手のHPを瀕死状態以下に留めるスキル。【調教】や【獣魔術】持ちのプレイヤーにはモンスターを捕獲するために必須なスキルである。また、プレイヤーにも効果を及ぼすので、プレイヤーキルをせずに相手を痛めつけるといった悪用をされることもあるとか。