■089 スターライト参戦
「いっくぞぉーッ! 【流星脚】!」
小高い丘から雪煙を上げて駆け下りたメイリンさんが、まるで特撮ヒーローのごとく宙を跳び、先頭のオークに飛び蹴りを浴びせる。
オークの胸板を蹴って、バク宙しながらメイリンさんが地面に着地すると、その頭の上を一本の矢が跳び、蹴ったオークの眉間に突き刺さった。
『ブゴッ!?』
雪の積もった丘の上には弓を構えたベルクレアさんが立っていた。メイリンさんより遅れてオークの下へ駆け下りたアレンさんが、手にした剣を一閃する。眉間に矢を受けたオークの首が宙を舞い、身体ともども光の粒へと変わった。
「ああ、もう! 先走らないで下さいよ! 【プロテクション】!」
メイスを構えたセイルロットさんが神聖魔法を唱える。
オークへ突撃していたメイリンさん、アレンさん、ガルガドさんが淡い光に包まれた。一時的に防御力を上げる範囲指定の防御魔法か。
「おっらぁ! 【兜割り】!」
『グギャッ!?』
ガルガドさんの大剣がオークの頭上に振り下ろされる。被っていた粗末な兜が戦技の名の通り真っ二つに割れ、血飛沫を上げたオークが回転する小さな星のエフェクトを浮かべてよろめく。ピヨった。
「【アイシクルランス】!」
ジェシカさんの杖の先から現れた大きな氷の槍が、一直線にピヨったオークへと飛んでいき、その胸を穿つ。ピヨり状態で大ダメージを受けたオークは光となって消えた。
たちまち二体のオークを倒したアレンさんたちに周りのオークが警戒するように後ずさる。
これは畳み掛けるチャンスか?
「アレン兄ちゃん、横取りはズルいぞ! シズカ、あたしらもいこう!」
「仕方ありませんわね。お伴します」
アレンさんたちに触発されて、ミウラとシズカが城壁からオークのところに飛び降りた。それに続けとリンカさんまで『魔王の鉄槌』を肩に担いで飛び降りる。ああ、もう! だから行動が早いっての!
こうなったら僕も下りるしかない。着地と同時に【加速】を発動。オークの横をすり抜けるようにしながら戦技を繰り出す。
「【一文字斬り】」
『ガフッ!?』
『ブゲッ!』
すり抜けながらオークたちを次々と切り裂いていく。もちろんこれで倒せるとは思っていない。別にとどめを僕が刺す必要はないのだし。
敵の間を駆け抜けながら、止まることなくすれ違うオークども全てにダメージを加えていった。
「【ヘビィインパクト】」
『ゲギャ!?』
僕がダメージを与えたオークをリンカさんのハンマーが襲う。脇腹を横薙ぎに殴られたオークが『く』の字になって吹っ飛んでいった。オークってけっこう体格ががっしりしてるんだけどなァ……。
【加速】でオークたちを斬りつけながらアレンさんの下へと向かう。ちょうどアレンさんがオークの右脇腹を斬り裂いたと同時に、僕も同じオークの左脇腹を斬り裂いた。
「絶好のタイミングで来ましたね。近くにいたんですか?」
「東側は何も見つからなかったからね。北に捜索を切り替えようとした時にちょうど君からのメールが来たんだよ。だからあいつに乗ってすっ飛んで来たってわけさ」
アレンさんが向けた視線の先には大きなソリを引く二頭のキラーカリブーがいた。こちらを襲ってくることもなく、大人しくしている。
「テイムしたんですか? 誰か【獣魔術】スキルを?」
「いや、スキルじゃない。アイテムさ。ほら、首輪がついているだろう? オークションで手に入れた『従魔の首輪』だよ。レベルが高いモンスターには効きにくいし、戦闘には参加させられないが、乗り物にしたり、こうしてソリを引かせることができるアイテムなんだ」
なるほど。確かにキラーカリブーの首には黒光りする首輪がある。あれで従魔にしているのか。便利なもんだなあ。スライムに使ったらスライムライダーとかになれるのかな? ……スライムの首ってどこだろう?
そんなバカなことを考えながらも、襲い来るオークたちを薙ぎ倒していく。
「シロくん、あのオークがおそらくリーダーだと思うんだが」
「ですよね」
アレンさんが身体のでかいハイオークの中でも一際大きく、凶悪そうな鎧を着込んだ奴に視線を向けた。明らかにあいつがオークたちに指示を出している。群れのボス、というところか。
「あいつを倒せばこちらがだいぶ有利になると思わないかい?」
「思います」
僕らは顔を見合わせ、にっ、と笑い合う。打ち合わせもなく、まずはアレンさんが飛び出した。
「【シールドタックル】!」
『グガッ!?』
ハイオークのボスに向けて、重戦車のようにアレンさんが盾を構えて突っ込んだ。大きな体格のハイオークボスが、ガガガガガッ! と、ダメージを受けながら後退していく。
「【分身】、【加速】」
二人になった僕は、アレンさんの左右から挟み込むようにハイオークを強襲し、その脇腹を切り裂いた。
『ブギャッ!?』
「【シールドバッシュ】!」
ハイオークボスが怯んだ隙を狙い、アレンさんが盾を使って相手の右手を叩き、武器を弾き飛ばす。チャンスだ!
「【スタースラッシュ】!」
「【双星斬】!」
アレンさんの剣が五芒星の形に振り抜かれ、同じように僕の短剣も左右二つの小さな星を描く。僕の場合、【分身】しているので二倍の剣撃。アレンさんと合わせ、計二十五の斬撃がハイオークボスに襲いかかった。
『グギョガアッ!?』
【分身】を引っ込める。さすがにオークどものボスだからか、なかなかにしぶとい。相手のライフゲージはレッドゾーンに突入したが、わずかなところでまだ生き残っていた。満身創痍と言ったところか。しかしあれならあと一撃で倒せる!
「「とどめ!」」
剣を振り上げた僕とアレンさんの間を風鳴り音を上げて一本の矢が通り抜ける。スコンッ、と軽い音を立てて、それは満身創痍のハイオークの眉間へと突き刺さり、次の瞬間光の粒へと変わっていった。
「「あ──────ッ!?」」
振り向くと丘の上に弓を下ろしたベルクレアさんがいた。
「ズルいぞ、ベルクレア!」
「イベントなんだから別に経験値の横取りにはならないでしょうが。モタモタしてるのが悪いのよ」
くっ。普通、パーティでモンスターを倒した場合、とどめを刺したプレイヤーが一番多く経験値をもらうことができる。(パーティ内で大きなレベル差がなければ、だが)
けれど、こういったイベントだとそれは適用されない。経験値やスキルの熟練度、アイテムドロップなどはイベント終了時点でイベントへの貢献度などが加味されてまとめて取得することになる。
だからベルクレアさんの言うことも一理あるのだが……。でもやっぱりボスの相手くらいは決めたかったなあ。
『グルガァッ!』
「わっ!?」
「おっと!?」
ぼけっとしていたら背後からハイオークが手斧を振り下ろしてきた。僕は身を低くして横っ飛びに躱し、アレンさんは盾でそれを受け止めつつ流して、横薙ぎに剣でハイオークの腹を斬り裂く。
すでにダメージを受けていたのか、それだけでオークは光となって消えた。
『ブゴッ!? ブゴッ!?』
『グルガッ! グルガッ!』
「ん?」
ハイオークのボスがやられたからか、オークたちか武器を捨てて逃げ出そうとしていた。それをハイオークが『戦え!』と引き止めているように見える。
「予想通り混乱しているようだね。これに乗じて殲滅戦といこうか」
「了解」
インベントリからマナポーションを取り出し、一気に飲む。【分身】や【加速】で三分の一あたりまで減ったMPが、最大値近くまで回復した。当然【分身】で失ったHPもポーションで回復しておく。
オークたちはすでに腰が引けているし、問題なのはハイオークだけだ。
よし、一気にやるか!
「【分身】!」
今度は四人に【分身】する。せっかく回復したHPが1/8になった。やっぱり【分身】のこのリスクはキツいなぁ。ま、それを上回る便利さだけどさ。
「【加速】!」
四人の僕はオークどもを殲滅すべく、一気に駆け出した。
◇ ◇ ◇
「んーと、『オークの牙』に『オークアックス』、『オークヘルム』に『オークのアミュレット』? なんじゃこりゃ?」
教えておくれ、【鑑定】さん。
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【オークのアミュレット】 Dランク
■オーク族のお守り。
オークに少しだけ遭遇しやすくなる。
□装備アイテム/アクセサリー
□複数効果無し/
品質:LQ(低品質)
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オークに遭遇しやすくなる? オークを引き寄せるってこと? お守りって普通、難を避けるものじゃ……いや、オークのお守りだからこの効果でいいのか……? よくわからないからトーラスさんにでも売ろう。ランク低いし、大したものでもないだろ。
よくわからん骨で作られたチャラチャラしたお守りをインベントリにしまう。
僕らはイベント『凶兆』を終え、報酬を確認していた。
小さなイベントだったのか、あまり報酬はよくなかった。イベント参加の報酬としては、称号【スノードロップを護りし者】、そしていつもの『スターコイン』が十枚だ。いい加減、このコインを交換する場所を誰か見つけてくれんもんかね。何と交換できるかわからないうちは売るに売れないしさ。いや、売ってる奴もいるけども。
それとスキルオーブがひとつ。これはみんなもらえたらしい。これも参加賞かな? 僕の手に入れたスキルオーブは【魔法耐性・火(小)】 だった。びっみょー……。使えないわけじゃないけど、今のスキル外しても入れたいかっていうと……。
まあ、火属性モンスターを相手にするときは使えるかな。みんなもあまりいいスキルは出なかったみたいだ。
オークからのドロップもあまり目ぼしいものはない。どうしても人型のモンスターは素材のドロップより、装備品のドロップになりがちだ。だけどオークの装備って刃こぼれした斧とか薄汚れた革鎧とかだしな。強くもないし、金にもならない。
そう考えると、『オークのアミュレット』って当たりの方なのかね?
「やっぱりこれは連鎖イベントなのかな?」
「たぶんそうね。ひょっとしたらまた襲撃があるかもしれないわ。となると、この町を離れて活動するのはあまり得策とはいえないわね」
メイリンさんの言葉にジェシカさんが考え込む。今回みたいに突発的に次のイベントが始まってしまったら、せっかくの参加する機会を逃してしまうからなあ。
とはいえいつまでもこの町にいるわけにもいかないし。一応、ポータルエリアの登録は済ませたからいつでもギルドホームから来れるけど。
「どうせ何日かしたら他のプレイヤーもやってくるんだし、それまではこの町の周辺でレベルや熟練度上げでもしとけばいいんじゃないの?」
「まあ、そうだけどな」
リゼルの言うことももっともだ。他のプレイヤーがこの町にやってきたら、どこにいたってイベント開始の情報は入ってくるだろう。参加に間に合うか間に合わないかは別として。
イベントに参加できなかったからといって、次のエリアに進めなくなるわけでもないし、そこまでこだわらなくてもいいか。タイミングが合えば参加する、ということで。
「とうちゃーく!」
ミウラの声がして振り向くと、アレンさんたちのキラーカリブーが引くソリに乗って、ウチの年少組がやってきた。手綱を握るのはセイルロットさんだ。
ウチの年少組三人(主にミウラ)が、乗りたい乗りたいと駄々をこね、セイルロットさんが町の周りを一周してきたのである。
「シロ兄ちゃん! ウチもこれ飼おう!」
「言うと思った……」
ソリから降りるやいなや、ミウラが開口一番に叫ぶ。簡単に言ってくれるなあ。
「アレンさん、あの『従魔の首輪』っていくらしました?」
「一応レアアイテムだからオークションでもあまりないと思うけど……」
そう言いながらアレンさんが教えてくれた金額はそこそこするものだった。ううむ。ギルド所有のものにするなら決定権はギルマスであるレンにあるけど、あの調子だと買いそうだなあ。
楽しそうにキラーカリブーの首を撫でているレンとシズカを見て僕はそれを確信する。
「まあ、買うなら早めに買ったほうがいいと思うよ」
「なんでですか?」
「他のプレイヤーが第四エリアにきたら、間違いなく僕らと同じことをするからさ。わざわざ雪中行軍する物好きはいないよ」
あ。
そりゃそうだ。他のプレイヤーだって楽をしたい。となればソリを引くのに動物を使うことを考えるだろう。【調教】や【獣魔術】スキル持ちなら問題ないが、それらのスキルを持っていないプレイヤーたちはどうするか。
普通ならそこらの馬や犬を飼い慣らし、ソリを引かせる。しかし【調教】スキルがないと飼い慣らすのに時間がかかるし、モンスターに引かせたソリに比べるとスピードは遥かに遅いだろう。
アレンさんたちのように『従魔の首輪』を使って、モンスターを使役した方がいいに決まっている。
つまり『従魔の首輪』はすぐに高騰し、入手困難になっていくというわけで────。
まずい。
僕はウィンドウを開き、オークションの出品物リストを検索し始めた。
【DWO ちょこっと解説】
■【獣魔術】と【調教】について
【獣魔術】は弱らせたモンスターをテイムし、仲間へと引き込んで使役するスキル。モンスターによっては仲間にならない者もいる。一度にテイムできるモンスターの数はその熟練度に比例する。モンスターしか使役できない。
【調教】はモンスター及び動物を訓練することで使役できるようになるスキル。【獣魔術】より時間はかかるが、普通の動物も使役できるようになる。普通の動物は戦闘には参加できない。また【調教】されたモンスターはまれに変わったスキルを覚えることもある。
【獣魔術】でテイム中のモンスターには【調教】は効果がない。