■088 凶兆
■一ヶ月以上も空いてしまいました。ペースが取り戻せないままですが、とりあえずのんびりと進めていこうと思います。よろしくお願いします。
僕らが発見した町は雪原の町【スノードロップ】という名で、第三エリアの湾岸都市【フレデリカ】や第二エリアの【ブルーメン】よりも小さな町であった。
いかにも田舎といった雰囲気の落ち着いた町で、都会の喧騒さとはかけ離れた町である。
深々と降る雪の中、南の城門から町の中へと入り、やっと僕らは人心地ついて町を観察する余裕ができたのである。
木造の家が多いな。バンガローとかコテージとか、そんな感じの家がやたら目につく。雪とかの重みで潰れたりしないんだろうかとも思うが、VRなんだから心配するだけ野暮か。
あと犬が多い気がする。やはり犬ぞりのためだろうか。レンタルとかないかな。
「町は見つけましたけど、ここからどうしましょうか?」
「とりあえずご飯食べようよ! ほら、レストランがある!」
レンの言葉を受けて、ミウラが真っ先に動いた。指し示す先には確かにフォークとナイフがクロスした看板がぶら下がっている。相変わらず食い意地が張ってるなあ。
だが食事をするのは賛成だ。今まで各エリアで採れる食材によって、こういった食事処のメニューは変化してきた。きっと今回も第四エリア特有の食事に違いない。
「らっしゃせー!」
『白銀の斧』亭というレストランのドアを開けると、元気な女性の声が飛び込んできた。
赤毛のポニーテールがよく似合う、二十歳ほどのウェイトレスさんだ。エプロンをしたそのお姉さんに案内されて、店内の大きな窓際の席へと通される。
コップの水を軽く飲みながら、メニューを開くと、とにかく肉、肉、肉のオンパレードだった。どうやらガッツリ系のお店らしい。一応、女性向けにパスタとかグラタンのようなものもあるが、ステーキやハンバーグのバリエーションの多さにはかなわない。第四エリアは肉料理が多いのだろうか。
「あ、カリブーのステーキがある。あたしこれにしようかな」
「さっきの今でよく食べられるな……」
僕はミウラほどチャレンジャーではないので、普通の牛ステーキにする。焼き方はレアで。
レンはチーズハンバーグ、シズカはマカロニグラタン、リゼルはカルボナーラ、ウェンディさんはチキンステーキ、リンカさんはオムライスのビーフシチューソースがけを頼んだ。
「お待たせいたしました!」
しばらくすると注文した料理がずらりとテーブルに並べられた。厚い鉄板皿の上でじゅうじゅうと焼けるステーキに思わず唾を飲み込んでしまう。こりゃ美味そうだ。
「では、いただきます」
ステーキにナイフを入れると簡単に切れた。柔らかいな。一口大に切った肉を噛み締めると、たちまち肉汁が溢れ出し、口いっぱいに肉の旨味が広がった。こりゃ美味いや。
しばらく僕らは料理に舌鼓を打ち、第四エリア初めての食事を楽しんだ。食後に紅茶を頼み、ひと息つく。
「来週にはプレイヤーがたくさん来るんでしょうねえ」
「たった一週間の優越感かー。あまり急いでクリアしても意味ないね」
レンとミウラがボヤいているが、それは仕方がない。エリアクリアの条件をずっと内緒にするってこともできるのかもしれないが、それってつまらないと思うんだ。やっぱりゲームはみんなで楽しみたいじゃないか。
「とりあえずはここを拠点に動き回りますか?」
「そだねー。まずは周辺のモンスターと戦って、強さの確認とレベルアップだね。それから情報収集。プレイヤーが少ないからあんまりイベントも起きないかもしれないけど」
シズカにリゼルが答えたように、まずは地固めだな。どういうモンスターがいるかわからないし。今なら素材もプレイヤーに高く売れると思うしね。
「私はこの町の武器屋をのぞいてみたい。なにか変わった装備があるかもしれない」
「いいですね。私も興味があります」
リンカさんとウェンディさんは町の探索か。確かにそれも大事だな。
今後の方針について長々と話しあっていると、レストランのドアを乱暴に開いて、一人の男の人が飛び込んできた。
慌てていたのか息が乱れていて、ここまで走ってきたという感じだ。毛皮の帽子と防寒着、背中には弓と矢が背負われている。猟師かな?
「兄さん! 営業中は裏口を使ってってあれほど……!」
「バカ! それどころじゃない! オークの群れがやってきたんだ! ハイオークもいる! すぐに戸締まりして隠れるんだ!」
赤毛のウェイトレスさんが、お兄さんの言葉を聞いて銀盆を床に落とした。大きな音が店内にこだまする。
「……隠しイベントかな?」
「ええっ、最初の町を見つけてすぐに!? さすがにそれはないんじゃないかな!?」
リゼルが驚いている中、僕はレンへと視線を向ける。イベントであるなら、ギルマスのレンのところへ参加不参加の通知がいっているハズだ。
「来てますね。『イベント【凶兆】。オークに狙われた町【スノードロップ】を救え』」
当たりか。何がトリガーになったんだろう。まさかこの町に初めてプレイヤーが訪れると開始されるとか?
「規模としては小さいみたいですけど、どうします?」
「参加参加! 町の人たちを助けなきゃ! それにせっかくのイベントを見逃す手はないよ!」
「ですけど、まだ私たちは町の周囲にいるモンスターの強さを知りません。失敗に終わるかもしれませんよ?」
レンの左右にいるミウラとシズカが相反する意見を述べた。うーん。どちらの気持ちもわかるんだけどな。
「この町の警備兵もある程度はいるでしょうし、ひょっとしたら不参加でもなんとかなるのかもしれません。ある程度の被害は出るでしょうが」
「でも戦いに参加すれば参加報酬があるかも。町の人たちの覚えもめでたい?」
ウェンディさんとリンカさんはなんとも打算的な意見だなぁ。まあ、僕もちらっと考えたけども。
「シロさんは?」
「僕? 僕はどっちでも……と言いたいけど、目の前で困っている人がいるとね。ゲームだとわかっていても無視したら後味が悪いかなって。だから参加に一票」
オークだか、ハイオークだか知らないが、どっちみちいつかは戦うハメになりそうだ。ならどれくらい強いのかぶつかってみるのも悪くない。
「そうですね。私も参加した方がいいと思います。イベントのタイトルが【凶兆】ってところが気になるんです。ひょっとしたらこのイベントって連鎖イベントの始まりじゃないかと」
「【凶兆】……よくないことの前触れ……。確かに『始まり』という感じですわね」
「よし、決まり! 参加するに決定!」
ミウラが立ち上がり、拳を突き出す。だからなんでお前が仕切る……。ギルマスはレンだぞ。
「では、月見兎は【参加】、と」
「いいか! 隠れているんだぞ!」
ピッ、と目の前のウィンドウにレンが触れた瞬間、猟師の男の人はまた外へと走り出していった。
「追いかけよう!」
ミウラとリンカさん、それにリゼルが猟師さんに続いて飛び出していってしまった。行動が早いな! せめてお金払っていけよ!
「すみません、お会計はこれで。お釣りはいらないんで」
「えっ、あっ、はい」
プレイヤー同士ならウィンドウでやり取りできる金銭も、取り出せば貨幣となる。ポニーテールのお姉さんに全額分より多めのそれを渡して、僕も店の外へと飛び出した。ったく、あとで必ず請求するからな!
辺りを見回すと、右手の方に雪の中を駆けていくみんなが見えた。お金を払っている間に全員飛び出したらしい。僕が最後かよ。ま、いいけどさ。
「【加速】っと」
雪煙を上げながら、一気にみんなに追いつく。
先頭を走っていた猟師さんが追いかけてきた僕たちを見て驚いていた。
「あ、あんたたちは……!?」
「先ほど店で話を聞きました。お力になれるかと思います」
「っ! あ、ありがとう! オークどもはすでに東の城壁を乗り越えて入り込んでいるんだ。さっきまで警備兵の奴らが食い止めていたけど……!」
東の城門っていうと、僕らが入ってきた城門の右手側か。
マップを展開し、確認する。よし、覚えた。
「じゃあお先に……」
「あっ、ズルいぞ、シロ兄ちゃんばっかり! 【加速】で行く気だな!? あたしも連れてけ!」
「ぐえっ!?」
走る僕の背中にミウラが飛び乗った。おい!?
「ミウラちゃんもズルい! シロさん、【分身】して下さい! 私も!」
「あら、そういうことでしたら私も」
「ええっ!?」
ミウラに触発されてか、レンとシズカも無茶振りをしてくる。年少組の三人くらいなら確かに乗せていけるけど、タクシーか、僕は!?
くっ。言い争っている時間も惜しい。仕方がない。
「【分身】!」
「なななっ!?」
三人に分身する。猟師さんが目を見開いているのをよそに、残りの二人がそれぞれレンとシズカをお姫様抱っこして抱え上げた。
「「「【加速】!」」」
三人の僕は一気に速度を上げ、猟師さんやリゼルたちを残して猛スピードで走り出す。
「うひょー! 速い速い!」
「雪で滑るからあまり暴れんな!」
背中ではしゃぐミウラを注意しながら街中を駆ける。曲がるときはスピードを落として気をつけて曲がる。滑ってコケたら家の壁に激突しそうだ。
「見えましたわ!」
シズカの声に前を向くと、確かに数名の警備兵が革鎧を着た豚や猪のような顔の人型モンスターとやり合っている。あれがオークか。警備兵が十人くらいにオークが六匹ほどだ。
城門は閉じられている。しかし、打ち破られるのも時間の問題のようだ。ドンドンと絶え間なく外から衝撃が与えられてる。何人かの警備兵は門を押さえ付けていたが、閂が今にも折れそうだ。
一匹のオークが城壁をよじ登り、町に入り込んでくる。梯子でもかけられたか?
【加速】を解除し、【分身】も解除する。タクシーはここまでだ。
「いっくぞーっ!」
「はい!」
ミウラに呼応してシズカも駆け出す。レンはその場に残り、弓に矢をつがえはじめた。
僕はといえばインベントリからポーションを取り出しての一気飲みだ。【分身】でHPは四分の一になってるし、【加速】の三人使用でMPだって半分以下になってる。これで戦えってのは酷ってもんですよ。そのぶん、三人には頑張ってもらおう。
「【大切断】!」
ミウラの大剣が警備兵と斬り合っていた一匹のオークに振り下ろされる。不意を突かれたオークはまともにその攻撃を受け、光の粒へと変わった。
一撃か。第四エリアのモンスターがさすがにそこまで弱くはないだろう。警備兵との戦いでいくらかのダメージを受けていたんだな。
オークを倒したミウラに別のオークが手斧を持って襲いかかる。
「【ストライクショット】!」
それをさせじとばかりに引き絞ったレンの一撃がオークのこめかみに炸裂した。【Critical Hit!】の表示が出て、手斧を地面に落としたオークがぐらりとよろめく。
そこへミウラが間髪容れず戦技を発動させた。
「【剛剣突き】!」
下から突き上げるように、ミウラの大剣がオークの胸板を貫く。血飛沫のエフェクトが飛び散るが、残酷描写軽減の規制フィルターがかかっているミウラには映っていないだろう。
オークが光になって消えていった。しかし次から次へと城壁の上からオークたちが入り込んでくる。
「【円舞陣】」
体勢を低くしたシズカが薙刀を真横にぐるりと一回転させ、オークどもの足を薙ぎ払う。
『グガッ!?』
『ブゴッ!?』
動きの鈍くなったオークたちに、警備兵たちが打ちかかっていった。そっちは彼らに任せよう。
「レン! 援護頼む!」
「はい!」
やっと回復した僕は登ってくるオークを倒すべく、城壁にあった石段を駆け上がった。
城門の上から見下ろすと、やはり梯子をかけられていて、今もその梯子をオークたちが昇ってきていた。させるか!
「【一文字斬り】!」
『ウギエッ!?』
城壁を乗り越えようとするオークのもとへ駆け寄り、戦技を放つ。胸を一文字に斬り裂かれたオークが、梯子から真っ逆さまに落ちていく。
「この、やろ……っ!」
かけてある梯子を外そうとしたが、乗っているオークたちが重くて動かない。くそっ! 筋力《STR》ないからなあ! 情けない!
「シロ兄ちゃん、どいて!」
「うおっ!? 危なっ!?」
駆け上がってきたミウラが城壁にかけられていた梯子の上部を思い切り蹴っ飛ばした。足蹴にされた梯子は、上ってきていたオークともども向こうへと倒れていく。小さいけどさすが鬼神族。倒れた衝撃で木製の簡易的な梯子はバラバラになった。落ちたオークもダメージを受けたようだ。なむなむ。成仏しろよ。
とりあえず城壁によじ登る奴らは防げたようだが、ひと回り大きなオーク(あれがハイオークだろう)が何匹か、城門の扉に体当たりを繰り返しかましている。あれではいつか破られてしまうぞ。
城壁の上から見えるのはオークが五十匹、ハイオークが二十匹の計七十匹くらい……かな。さすがに多いな。あまり統率が取れてないのが幸いか。
「おっと」
下から矢が飛んできた。僕らはしゃがんで城壁の上にある鋸壁の陰に隠れる。
さて、どうするかな。あの中に飛び込んで戦うのは愚の骨頂だよな……。だけどぐずぐずしてたら城門が破られてしまうし……。
「あ、みんなが来た。リゼル姉ちゃん、こっち!」
ミウラの言葉に思考の海から浮上する。おっと、うちの大砲がやっときたか。
城壁の上にすぐさま駆け上がってきたリゼルは城門前に群がるオークどもへ向けて、【ファイアバースト】を早々とぶちかました。どうやら走りながら詠唱していたらしい。エルフは種族スキル【高速詠唱】持ってるしな。
広範囲火属性魔法を受けて、何体かのオークが火達磨になる。さすがにあの一撃で倒すことはできないか。
「【サウザンドレイン】!」
いつの間にか城壁に上がっていたレンが【ファイアバースト】を受けたオークたちに矢の雨を降らせる。弓矢使いが持つ広範囲にダメージを与える戦技だ。
無数の矢を受けて、何体かのオークが光の粒になって消える。
『ブブガッ!』
『ブガッ、ブガッ!』
ハイオークの中でも一際大きく、厳しい鎧を身にまとったやつが、弓を持っているオークたちになにやら指示を飛ばす。おっといかん。
「みんな伏せろ!」
再び下からの矢が放たれる。こういう場合上の方が有利なはずなんだが、いかんせん数に差がありすぎる。
「やっぱりこっちから打って出た方がいいかな?」
「この戦力ですとちょっと厳しいかもしれませんね。下手すると一人二人死に戻るかもしれません」
城壁に上がってきたウェンディさんがそう答える。あ! そう言えばまだポータルエリアの登録をしてないじゃないか! ってことは死に戻ると、ギルドハウス行きか? またこの村まで歩いてきてたらもうイベント終わってるよな……。ミスったな。
さて、本気でどうしようかと考えていると、リゼルが僕の肩を叩いてきた。
「シロ君、あれ!」
「え?」
リゼルが指し示す方、右手側の空の彼方から燃え盛る火の玉が落ちてくる。あれは……!
火の玉はまっすぐに城門前に固まっていたオークたちへと直撃し、辺りに轟音を響かせて炸裂した。オークたちは驚き戸惑いパニクっている。
火の玉が落ちてきた方へと視線を向けると、雪原の上に見慣れた六人が立っていた。彼らの背後にはトナカイが引くソリがある。あのトナカイってキラーカリブーか?
『やあ、【月見兎】のみんな。町を発見したっていうから急いで来たのに、もうイベントを始めてるのかい? 僕ら【スターライト】も混ぜてくれないかな?』
通信チャットからこれまた聞き慣れた声が聞こえてくる。間違いない。アレンさんだ。
頼もしい援軍の到着だった。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■オークについて
元々はトールキンの『指輪物語』に登場する種族であったが、いつの頃からかゲームなどでは豚やイノシシの容貌を持つモンスターとして定着しつつある。豚のモンスターだから、という理由からか、『オーク肉』などと食料扱いされることも。自分的には人型の生き物を食べるのを想像するのはかなりキツい。でも猿の脳みそを食べる国もあるからなんとも言えぬ。むう。