■087 雪の降る町を
イセスマ10巻の書き下ろしに入るので次も遅れるかもです……。
防寒対策も万全に、僕ら『月見兎』はついに第四エリアへと足を踏み入れた。
第三エリアから第四エリアへと抜けるトンネルを踏破し、奥の扉をエリアボスの鍵で開くと、そこには一面の銀世界が広がっていた。
「【フレンネル雪原】か」
第四エリアのマップを見ながら僕は現在地を確認した。マップには【フレンネル雪原】以外、何も表示されていない。町や村さえもだ。
当たり前だが、このエリアに足を踏み入れたのは僕らで二組め。これはつまりアレンさんの【スターライト】でさえも、まだ町や村を見つけていないということだ。
「今まではエリア門の近くに、そのエリア第一の町があったんだけどな……。ぶっ!?」
いきなり横っ面に雪玉の一撃を食らう。振り向くと、ミウラの投げた第二撃が顔面にぶち当たった。
「あったり〜!」
こんにゃろ……。子供か! 子供だった!
「遊びたいなら受けて立つぞ……。【分身】」
「ちょっ、シロ兄ちゃん!? 【分身】は反則だろ!」
「冗談だ」
そんなことのためにHPをレッドゾーンまで下げられるか。……ちょっとだけ本気だったけど。大人気ないって? 僕も子供ということさ。
「それで、どっちの方向へ進もうか」
「アレンさんたち【スターライト】は、西の方へ向かっているそうです。我々は山脈沿いに北へ進んでみては?」
相変わらず雪玉を投げあいながらはしゃいでいる、年少組三人とスノウから視線を外さずにウェンディさんが意見を述べた。
「北か……。まあ、あてもないし、行ってみるしかないのか」
第二エリア、第三エリアもアレンさんたち先人が切り開いてマップを埋めてったわけだしな。僕らも少しは貢献しなくては。
「下手すると後続組に先に見つけられるかもしれないね」
「それは情けないなあ」
リゼルにそう返したが、充分に考えられることだ。第三エリアのボス、ボーンドラゴンに至るアイテム『銀の羅針盤』をドロップするデュラハンは、新月の晩にしかでないという厳しい縛りがあるが、『銀の羅針盤』自体は大量に落とす。
そして、『銀の羅針盤』自体は、ギルド単位で動くなら一つあれば充分なのだ。余った分が露店やオークションで並ぶのは火を見るよりも明らかである。あと数日もすればこぞって第四エリアへプレイヤーたちがやってくるだろう。
僕らが先んじてここにいるのは、わずかな間でしかないのだ。逆にどっとプレイヤーが来てくれた方が見つかりやすいとも言えるが。
「じゃあとりあえず北へ行こうか。おーい、出発するぞ!」
年少組を呼び寄せて雪の中を歩き出す。積もっているといっても、くるぶしより少し上ほどだ。歩けないわけじゃない。
「ソリとか作っておくべきだった」
「テイマーとかならグレーウルフとかに引かせることができたかもね」
リンカさんの言葉にリゼルが答える。
魔獣をテイムすれば戦闘に参加させることができる。が、別にテイムスキルがないからと言って動物などを思い通りに動かせないというわけではない。うちのスノウなんかがそれだ。
つまり、馬なりトナカイなりを捕まえて手懐けることができれば、ソリなどを引かせることもできるはずなのだ。
もちろんモンスターでも戦闘に参加させるわけではないので可能なはずだが、モンスターを思い通り従わせるのはテイムスキル無しでは難しい。やはりおとなしい動物をどこからか調達した方が確実だと思う。
やはりトナカイとかを……。
「トナカイ」
「え?」
リンカさんの声に正面を見ると、大きなツノを持ったトナカイが、こちらへとまっすぐに雪煙を上げながら向かってきていた。
「違う、あれはトナカイじゃないぞ!」
トナカイってあんな鋭くて金属のような角を持ってたか!? 絶対モンスターだろ、あいつ!
「どうする、シロ君? 捕まえる?」
「飼い馴らせる気がしないからパスだ!」
リゼルの問いかけに答えながら、腰から双氷剣【氷花】と【雪花】を抜き放つ。
隣にいたウェンディさんも背中から大楯を外して正面に身構えた。
「ブモォッ!」
突進してきたトナカイのチャージ攻撃をウェンディが正面から受け止めた。【不動】スキルのあるウェンディさんは吹っ飛ばされはなかったが、ズズズズズッ! と、雪の中を後退していく。なんてパワーだ。
「【ボーンクラッシュ】」
「【アクセルエッジ】!」
「ブモッ!?」
ウェンディさんを押し続けるトナカイの後ろから僕とリンカさんが戦技を放った。
腰部に攻撃を受けたトナカイは前足を蹴り上げ、空中で反転するように僕の方へと体を向け直す。
「ブモォォォォッ!」
「うっ!?」
トナカイの口から氷混じりの息が放たれる。とっさにかばった右腕がたちまち凍りつき、肘から先が氷で覆われてしまった。
「凍りつく息か!」
二発目の息が放たれる前に僕らはトナカイの前から離脱した。足を凍らせられたらおしまいだ。
「【バーストアロー】!」
「【ファイアボール】!」
「ブモモッ!?」
後方から飛んできたレンの火矢とリゼルの魔法がトナカイを襲う。火矢を受けながらも魔法はかわしたトナカイだったが、立ち煙る雪煙の中、ミウラとシズカが左右から突入した。
「【剛剣突き】!」
「【疾風突き】!」
どちらも突きを繰り出してトナカイの横腹を貫く。
「ブモモモオォォォッ!」
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
回転するように暴れて、体からミウラとシズカをひっぺがすトナカイ。それでもダメージは大きかったようで、トナカイはぐらりとよろけた。チャンスだ!
「【十文字ぎ、】」
「きゅっ」
僕が今まさに戦技を放とうとしたそのタイミングで、スパァンッ! と、トナカイの首が光の輪にチョンパされ、見事に空中へと舞った。
「ブモッ?」
トナカイの首も何が起きたかわからないといった顔で、雪の中へと落ち、光の粒となって消えていった。
「きゅっ!」
ポカーンとする僕らをよそにウチのマスコットキャラはパタパタと宙に浮いていた。
「スノウ……。あのな……」
スノウはテイムモンスターじゃないので、こいつがトドメを刺したのでは経験値は入らない。つまり今の戦闘は全くの無駄ということで……。
いや、無駄ではないか。アイテムはドロップされるんだった。雪の中にトナカイのドロップアイテムが落ちている。
しかし、こいつはギルドメンバーではないので、あのギロチンは僕らもダメージを受けるのだ。やはり危険極まりない。
「いいか、スノウ。助けてくれるのは嬉しいけど、僕らから頼まない限り、お前は戦闘に参加しないでいいからな」
「きゃっ?」
なんで? という顔でこちらを見てくるスノウ。しつこく言い聞かせると、やっとスノウも理解してくれたようだった。
落ちたアイテムをレンたちが回収する。一応スノウが倒したことになるので、これはギルド【月見兎】共有のものだ。
──────────────────
【キラーカリブーの角】 Bランク
■雪原に棲む殺人トナカイの角。
鋭く硬いため、
武器にするなら槍系が向いている。
□加工アイテム/素材
【鑑定済】
──────────────────
──────────────────
【キラーカリブーの毛皮】 Bランク
■雪原に棲む殺人トナカイの毛皮。
分厚く暖かい。
クッションや敷物にも使える。
□装飾アイテム/素材
【鑑定済】
──────────────────
──────────────────
【キラーカリブーの肉】 Bランク
■雪原に棲む殺人トナカイの肉。
クセがなくあっさりとしている。
美味。
□調理アイテム/食材
【鑑定済】
──────────────────
Bランクのアイテムだったので、リンカさんに鑑定してもらった。殺人トナカイ……。リアルだったらそんな肉を食う気にはあまりなれないが、VRだしなぁ……。別に人間を食っているわけではないだろうし。
とにかくトナカイ……キラーカリブーを倒した僕らは再び前進を始めた。
しかしなにもないなぁ。左手は針葉樹の森と高い山脈、右手はただっ広い雪原ときた。行けども行けども同じような風景が続く。なんでゲームの中で雪中行軍せにゃならんのだ。
北へ北へと進む僕たちの前に、やがて小高い丘が遠くに見え始めた。一本だけその丘の上に高い針葉樹が立っている。一本杉かな?
ちょうどいい目印なので、とりあえずそれを目的地として僕らは進み始めた。こりゃやはりなにか乗り物とか必要なのかもしれない。
犬ぐらいなら手懐けられるかもしれないし、犬ゾリならいけるかもな。
「下手したら今日中に着かない……というか見つからないかもね」
隣を歩くミウラが冗談交じりで悲観的なことを口にした。
「そうなるとフィールドでログアウトする羽目になるな。あんまりしたくないけど」
【DWO】では宿屋やギルドホームでのログアウトを推奨しているが、別にどこでもログアウトはできる。ただ、フィールドでログアウトすると、次にログインしたとき、そこにモンスターなどがいれば即戦闘になるし、プレイヤーなどがいるとトラブルの元になることもある。
ある例ではログアウトした場所を覚えられ、次にログインした瞬間を狙ってPKされた、なんて話もあるくらいだ。
それだけじゃない。極端な話、そこに落とし穴を掘って、穂先を上に向けた槍でも突き立てておけば、ログインした瞬間にダメージを受けるトラップの完成だ。
槍で刺されたくらいでは死なないかもしれないが、イタズラとしてはタチが悪い。マナーとしても最悪だ。【錬金術】で作った爆弾なんかセットされたらデストラップになるし。
ログインの際に町のポータルエリアなどが選択できるのはそういったこともあるからだ。
まあ、この第四エリアにいるのは今のところ僕ら【月見兎】とアレンさんら【スターライト】だけだから、イタズラされることはないと思うけど。
だからなるべくならフィールドでログアウトはしたくない。なんとか町か村を見つけて、そこのポータルエリアを記録したいわけで。
「おや?」
「どうしました?」
ウェンディさんが一本杉の方を見つめ、何かに気付いたように目を細める。
「あそこ……丘の奥の方にうっすらと煙が立ち昇ってるように見えるのですが……」
「え?」
一本杉のさらに先に目を凝らすと、確かにうっすらと煙が立ち昇っている。なんだ?
はやる気持ちを抑え、丘の上まで早足で登り切ると、一本杉のところから下った先に、小さな町があった。先ほどの煙は煙突から立ち昇る煙だったらしい。
「やったー! 町だ!」
「あっ、こら!」
ミウラが丘の上から一気に下ろうとして雪に足を取られてコケた。
「ミウラちゃん、町は逃げないから落ち着いて」
「へへへ、失敗失敗……」
レンに起こされながら照れ臭そうにミウラが身体に付いた雪を払う。
マップで確認してみるとあの町は第四エリアの真ん中よりちょっと下の方に位置している。
あらためて見ると【怠惰】の第四エリアとその上にある【嫉妬】の第五エリアって繋がっているんだよなあ。逆に下にある【暴食】の第四エリアと【怠惰】の第五エリアも繋がっているんだけど。
一応、アレンさんたちにも発見したってメールしとこう。更新したマップを見りゃすぐわかるだろうが。
「あ、雪が降ってきた」
リゼルの声に見上げると曇天の空からはらはらと雪が降ってきていた。第四エリアだと、天候で『吹雪』とかあるんだろうか。
「よし、とりあえずあの町へ行こう。ポータルエリアを登録しないとな」
一度登録してしまえば次からはギルドホームからこの町へと直接転移できるようになる。もう雪中行軍は御免だ。
「よおっし! いっくぞー!」
「あっ、待ってミウラちゃん!」
「ミウラさん、また転びますよ」
「きゅきゅっ!」
先を急ぐように雪の中を駆け下りていく年少組とスノウを追って、ウェンディさんもその後ろをついていく。
「じゃあ僕らも行こうか」
残された僕とリゼル、そしてリンカさんはゆっくりと雪の降る中を眼下の町を目指し歩き始めた。
■本名:因幡 白兎
■プレイヤー名:シロ レベル32
【魔人族】
■称号:【骨竜を浄化せし者】
【駆け出しの若者】
【逃げ回る者】【熊殺し】
【ゴーレムバスター】
【PKK】【賞金稼ぎ】
【刃狼を滅せし者】
【グラスベンの守護者】
■装備
・武器
双氷剣・氷花
【ATK+98】
双氷剣・雪花
【ATK+98】
・サブ
双焔剣・白焔
【ATK+78】
双焔剣・黒焔
【ATK+78】
・防具
レンのロングコート改
【VIT+51 AGI+52】
【耐寒30%】
ダルウェの上着
【VIT+32】
レンのズボン
【VIT+35 AGI+14】
イナズマシューズ
【VIT+25 AGI+30】
・アクセサリー
レンのロングマフラー改
【STR+24 AGI+56 MND+15 LUK+36】
【耐寒40%】
氷炎のブレスレット
【VIT+15 DEX+13】
【耐寒耐熱25%】
メタルバッジ(兎)
【AGI+16 DEX+14】
ナイフベルト
【スローイングナイフ 10/10】
ウェストポーチ
【撒菱 200/200 十字手裏剣 20/20】
■使用スキル(10/10)
【順応性】【短剣術】【分身】
【敏捷度UP(中)】
【心眼】【気配察知】【蹴撃】
【加速】【二連撃】【投擲】
■予備スキル(9/14)
【調合】【セーレの翼】
【採掘】【採取】【鑑定】
【伐採】【毒耐性(小)】
【暗視】【隠密】
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■トナカイについて
サンタクロースのソリを引く動物として有名。和名である『トナカイ』はアイヌ語が由来だとか。鹿の仲間で唯一オスメス関係なく角がある。英語だと『レインディア』と『カリブー』の二つの名があって、ヨーロッパ産のトナカイを『レインディア』、北米産のトナカイを『カリブー』と言うらしい。ややこしいが。サンタクロースのトナカイはヨーロッパなので『レインディア』らしいぞ。




