■008 昼休みにて
「あふ……」
眠気を堪えながら退屈な授業を受けるのは地獄だ。特に数学の時間は。
これがDWOなら眠りの魔法をかけられている、と言ったところか。
昨日は0時を回る前にログアウトしたのだが、そのあとネットでいろいろと調べていたら、つい夜更かしをしてしまった。
と、言っても攻略サイトとかじゃなくて、基本的な情報を集めてただけなんだけど。プレイヤーの体験談とか。
なもんで僕は今、すごく眠い……。四時限目まで頑張ったのだけれど、そろそろ限界が近いぞ。
睡魔に屈するギリギリのところで、授業終了の鐘が鳴り、そのまま僕は机に突っ伏した。
このままお昼休憩だが、僕は眠らせてもらう。ぐう。
30分ほど仮眠したらなんとか意識は回復した。さすがに昼食を抜くわけにもいかないので、持ってきた弁当を広げる。
おにぎり二つとおかずがいろいろ入ったタッパーのみだが。時間がなかったので、ろくなものを作れなかったのだ。いつもなら自分でそれなりのものは作るのだけれど。
昼休憩終了までもうあまり時間もないので黙々とおにぎりを食べていると、どこからかふらりとやってきた霧宮の兄が、隣の席に腰掛けて話しかけてきた。
その席は先週まで金澤君が座っていたが、彼は山形に転校してしまったため、空席になっている。
「ずいぶんと今日は質素な弁当だな」
「ホントだー。いつもなら手の込んだものがひとつくらい入ってるのに」
霧宮の妹が兄の発言に続き、前の席に座り込んで弁当を覗きこんできた。
この二人は霧宮奏汰と霧宮遥花。双子の兄妹だ。とはいっても二卵性(男女なんだから当たり前だが)なので、あまり似てない。
奏汰の方は身長が高く、けっこうがっしりしていて、髪も短く落ち着いたスポーツマンタイプに見える。
一方、遥花の方は身長は低く、ポニーテールで活発な騒がしい子というイメージがある。
この二人、なにを隠そう僕の親戚である。確か祖父の妹の孫というから、はとこの関係だ。
父の実家はここから隣町にある。霧宮の家もその町にあるのだが、祖父が生きている時に僕はほとんどその町に行ったことがなかったので、この兄妹ともほとんど交流はなかった。
祖父と父の間には少々ややこしい事情があって、ま、疎遠だったのである。祖父が亡くなる数年前に和解したようで、僕が祖父に会ったのは一度だけだ。
そんな家庭の事情は置いといて、親戚だし、同学年で、さらに同じクラスということもあってか、こっちに来てからはなにかとこの二人には世話になっている。
少々遠慮がなさすぎて困ることもあるけどな。遥花の方は僕のことを「はっくん」とか呼ぶし。
「今日は寝坊して適当なものを持ってきたんだよ。時間がなかったんだ」
「そういや授業中、ずっと眠そうだったよね」
遥花が僕のタッパーから爪楊枝でミートボールをつまみ食いする。ホントに遠慮ないなあ。
「つい夜更かししてね。やり始めたゲームの参考にと、いろんなサイトを回っててさ。気づいたら三時過ぎてた」
「あれ、白兎ってゲームやんの? 今まで全然そんなそぶり見せなかったのに。俺たちがゲーム雑誌見てても興味なさそうにしてたじゃん」
奏汰がそう言って意外そうな顔をする。まあ、確かに今まではあまり興味はなかった。自分自身、昨日一日でそれがひっくり返るとは思いもしなかったが。
遥花が目をキラキラさせてこちらを見ている。そういやこの兄妹ってゲーム好きだった。
「で、で? なんのゲームやってるの? ACT? FTG? STG?」
「あ、ああ、『デモンズワールド・オンライン』っていうVRの……」
「マジで!? 『DWO』なら俺らもやってるぜ!」
奏汰が遥花と同じように食いついてきた。っていうか、こいつらもDWOやってたのか。
「そうだったのか。罪源は何? 僕は【怠惰】だけど」
「あー、残念。私たちは【傲慢】だよー。罪源が同じなら一緒に冒険できたのになー」
遥花が残念そうに肩を落とす。あらら。ま、そう都合良くはいかないか。
「いやいや、まだ諦めるのは早い。七つの領国はそれぞれが独立していて、隣の国との行き来はできないけどさ、中央部に近づくにつれて繋がってくるだろ? 将来的には自由に行き来ができるようになるんじゃないかと俺は睨んでるね」
確かに奏汰の言う通り、その可能性は高い。今はまだどこのプレイヤーも中央部へは行けてないけど、いつかはそこまで攻略が進むだろう。そうしたらこの二人ともDWOで会えるかもしれない。
「【傲慢】はどこまで進んでるの?」
「こっちは第二の町までだな。俺らも今週中にはその町に行きたいんだけど。そっちは?」
「【怠惰】も第二の町までらしい。僕は昨日始めたばかりだから、まだ始まりの町にいるけど」
まあ、そんなもんだよな。劇的にどこかの領国だけ攻略が進んでいるなんてありえないと思うし。
「はっくんはどんなアバターで始めたの?」
「はっくん言うな。【魔人族】の短剣使い。【見切り】とか【敏捷度UP(小)】とか取った」
「回避型の前衛か。俺は【獣人族】のワータイガーだ。攻撃特化の剣使いだよ」
ワータイガー。奏汰は虎の獣人なのか。すると、種族スキルの【獣化】で虎男に変身するわけだ。ちょっと見てみたいな。
「私も【獣人族】! 私はねー、ワーウルフだよー! 【調教】とか【獣魔術】とか取ったの!」
ワーウルフ。狼の獣人か。すると遥花は狼男……いや狼女になるわけだ。
しかし、【獣魔術】? モンスターを従わせて、使役できるスキルだったか?
「こいつ、さらに【召喚術】まで持ってるからな。スキル構成がメチャ偏ってるんだ」
「仕方ないでしょー! あんなスキル手に入れたら! もうやるしかないわ!」
なにを言ってるのかよくわからないので詳しく話を聞くと、初ログインのプレゼントスキルで、遥花は★★★のレアスキルを手に入れたんだそうだ。そのスキルを活かすために、かなりバランスの悪いスキル構成をしているらしい。
三ツ星のそのレアスキルの名は【群狼】。操る全ての狼に強力な付与効果を与えるというスキル。これにより、遥花は捕まえて従えさせた狼の魔獣二匹、召喚して呼び出す狼の魔獣二匹、計四匹の狼を強化して操れるんだという。
しかもこのスキル、ワーウルフである遥花自身もその狼の範囲に含まれるらしく、自分自身にも付与効果が発生するのだという。なんだその反則感。
「もっとレベルと熟練度を上げて、101匹狼ちゃん大行進をするのが私の夢です!」
「とんでもない夢だな……」
実際、どこまでの制限があるのかはわからないが、成長するに連れ、数は増えていく、か?
テイムしたモンスターは成長するけど、召喚モンスターは成長しなかったはずだ。だけど、召喚できる数は増えるはず。
攻撃力の低いモンスターだって群れになると恐ろしいからな。昨日は一角兎でそれを味わった。
確かに【群狼】スキルはレアのようだ。
「二人は一緒にパーティ組んでるの?」
「いや。それぞれ別のパーティに参加してる。遥花の方はギルドを立ち上げるのが目的なんだっけか?」
「うん! だけど資金もレベルも全然足りないの。まだまだかかりそう」
ギルド。大人数の固定メンバーによる集まりだったか。
ギルドを設立すると、様々な恩恵が受けられ、本拠地といわれるものを持つこともできるらしい。本拠地があれば、死んでもお金が減らなくなるので、金庫とおさらばできるとか。
規定ラインを越えていれば誰でもギルドは設立できる。本拠地を構えるにはそれなりの資金が必要になってくるらしいが。
そんな話をしていたら、いつの間にか昼休みが終わっていた。
二人とも自分の席に戻っていく。僕も机の上を片付けて、午後の授業の用意を始めた。
先生が教室に入ってきて、英語の授業が始まる。
……しかしあれだな、空腹を満たしたあとの英語の授業は催眠術に匹敵するほどの威力があるな……。
午後からも厳しい戦いになりそうだ。
【DWO ちょこっと解説】
■種族について①
(数値はわかりやすくした一例)
【魔人族】デモンズ
魔界において平均的な種族。長所もなければ短所もない。一番数が多い種族。選択すると耳が少しだけ尖る。種族スキル【順応性】を持っている。
筋■■■■■
耐■■■■■
知■■■■■
精■■■■■
敏■■■■■
器■■■■■
幸■■■■■
種族スキル【順応性】
あらゆるスキルの熟練度が少し達しやすくなる。