■077 首無しの騎士
【加速】を使い、一気にデュラハンの元まで辿り着く。デュラハンはアレンさんやミウラの攻撃を盾で受け止め、大剣を振るっていた。そこへ不意打ち気味に【加速】で接近した僕の戦技が閃く。
「【一文字斬り】」
剣術系の共通戦技、【一文字斬り】。横薙ぎに真っ二つに斬り裂く単純な戦技だが、これは【加速】と相性がいい。立ち止まることなく、敵を倒せるからだ。
大きなデュラハンの横を駆け抜けざまに、脇腹を『シャイニングエッジ』で斬り裂く。
鋼鉄の鎧にズバッ、と斬り裂いたエフェクトが現れ、鎧から黒い瘴気が上がる。どうやらダメージが通ったようだ。聖属性の武器じゃなかったら通らなかったかもしれないな。
斬られたデュラハンは身体を捻り、僕へ向けて剣を振るう。しかし【加速】を発動させたままだった僕は、すでに射程距離外へと離れていた。
デュラハンが大剣をぶうんと横に一回転させる。それを避けるため、アレンさんたちが剣の届く範囲から一時的に退いた。するとデュラハンの剣が夜空へ高く掲げられる。なんだ?
次の瞬間、剣先に閃光が走り、そこから爆発したように無数の稲妻が四方八方に飛び散った。
「くっ!」
「ぐうっ!」
「うわっ!?」
運良く【加速】状態であったため、僕はなんとか避けることができた。しかし前衛陣は少なからずダメージを受けたらしい。あれほどの稲妻だ。そう簡単に躱すことなどできなかったのだろう。
「【エリアヒール】!」
すかさずセイルロットさんから範囲回復魔法が飛んでくる。戦闘前に使用した回復飴の効果もあって、みんなのHPがどんどん回復していった。【エリアヒール】を受けて、デュラハンの動きが少し鈍る。回復魔法ではダメージは通らないようだ。
遠距離攻撃まで持っているとはな。さすが中ボス。一筋縄ではいかないようだ。
「【ファイアボール】!」
アレンさんたちの背後から、バランスボールほどの大きさの火球がデュラハン目掛けて飛んで来る。リゼルか。
『ギ』
デュラハンはそのファイアボールを大きな黒い盾で真正面から受け止める。すると燃え盛っていた火の玉は、まるで雪玉が砕け散るように拡散して消滅した。
「効かない!?」
「ならこれで!」
驚くリゼルの横にいたジェシカさんが、頭上に長さ二メートルほどもある燃え盛る炎の槍を浮かび上がらせた。
「【ファイアランス】!」
炎の槍が投擲される。デュラハンは先ほどのファイアボールと同じように黒い盾を構え、正面からそれを受け止めた。
するとまたしても炎の槍は盾に当たったあとに雲散霧消してしまう。
「魔法を無効化する盾……か?」
「反則だろ、それは!」
アレンさんのつぶやきにガルガドさんが怒鳴りながら大剣を振るう。まったくだ。どう見ても近距離パワー型なのに、遠距離魔法が効かないとか反則過ぎる。
「【ファイアウォール】!」
ガルガドさんに向かおうとしたデュラハンの正面に炎の壁が立ち塞がる。デュラハンは盾でその壁を消そうとするが、その隙にガルガドさんは後退し、回り込んでいたウェンディさんがデュラハンの大腿部を斬り裂いた。
どうやらリゼルたちは魔法でデュラハンを牽制する方にシフトしたようだ。動きが制限されるのはありがたい。
「とにかくまずはあの盾をなんとかしないと」
デュラハンがその盾を構えてアレンさんたちの方へ突進していく。まるで闘牛のようだ。
「くっ、ウェンディさん!」
「はい!」
アレンさんとウェンディさんが前に出て、デュラハンの正面に立つ。それぞれデュラハンと同じように盾を構え、二人の身体から燐光のエフェクトが発生した。
「【シールドタックル】!」
「【シールドバッシュ】!」
盾持ち二人と盾を構えたデュラハンが真正面から激突する。
大音響とともにぶつかった三人はその場で押し合いとなり、互いに一歩も引かぬ膠着状態となった。いや、僅かだがアレンさんたちの方が押されている。なんてパワーだ。
だがこのチャンスを逃す手はない。
「【加速】!」
無防備になっているデュラハンの背中へ向けて僕は駆け出す。横を見ると同じようにメイリンさんも飛び出していた。考えることは一緒か。
「【スパイラルエッジ】」
「【流星脚】!」
斬撃回転しながら僕は宙へと上昇していく。上に昇る僕とは逆に、飛び上がったメイリンさんは、流れ落ちる流星のようにデュラハンの背中へと蹴りを見舞っていた。星のエフェクトが出てら。派手な戦技だな。
ダメージを受けたデュラハンがよろめき、均衡が崩れる。
「「はああああああああッ!」」
ここぞとばかりにアレンさんとウェンディさんが数歩踏み込み、その衝撃でデュラハンが後方へと弾き飛ばされた。
「【サウザンドレイン】!」
倒れたデュラハンに雨霰とベルクレアさんの放った無数の矢が降ってくる。倒れても離さなかった盾を上に構え、それを凌ごうとするデュラハンだったが、いくら大きな盾とはいえ、全身を隠せるはずもない。足や肩など盾で守れなかった部分を矢が貫いていく。
鎧を貫く矢ってすごいな。ゲームなんだしそれもアリか。それとも聖属性だからかな?
「ふっ!」
倒れているデュラハンにリンカさんの『魔王の鉄鎚』が振り下ろされる。
横へゴロロッと転がってそれを躱したデュラハンはすぐさま立ち上がり、手にした大剣を天に向ける。ヤバい!
「【加速】!」
閃光が走り、再び無数の稲妻が周辺に撒き散らされる。【加速】してリンカさんを抱え上げた僕の背後を、まばゆい稲妻が駆け抜けていった。危なっ!
「シロちゃん、ぐっじょぶ」
腕の中でリンカさんが親指を立てる。
リンカさんを下ろし、今度はデュラハンのもとへ集まろうとしていたリビングアーマーを、一人で撃退しているシズカのもとへと走った。
「交代しよう。シズカもデュラハンに一撃入れてくるといい」
「では、お言葉に甘えて」
薙刀を小脇に抱え、シズカがデュラハンへと向かっていく。デュラハンと戦闘しておかないと、倒したときアイテムドロップしないからな。
リビングアーマーを倒しつつ、インベントリからマナポーションを取り出して一気に飲む。【加速】で減ったMPを回復しておかないと。
「おっと」
襲いくるリビングアーマーを斬り倒しながらそんなことを考えていると、またしてもデュラハンから稲妻が飛んできた。距離があるので【加速】を使わなくても躱すことができる。
デュラハンのHPはやっと三分の一削ったくらいか。なんて硬いやつだ。聖属性の武器を揃えてこれでは普通の武器ではほとんど削れないのではないだろうか。
リビングアーマーが片付いたので、再びデュラハンのもとへと僕も向かう。
「【スパイラルショット】!」
レンの放った矢がデュラハンの右腕に深々と刺さる。怯んだデュラハンへ斬り込んだシズカが、手にした薙刀を一閃させた。
「【ペネトレイト】!」
突き出された薙刀でデュラハンは脇腹を貫かれる。しかしデュラハンはそれに構わず大剣を振り回し、引き抜いた槍で受け止めたシズカが吹っ飛んだ。
「きゃっ!」
「おっと!」
吹っ飛んだシズカをメイリンさんがキャッチする。危ないな。やはりあのパワーは危険だ。
デュラハンが大剣を天に向ける。またあの稲妻かと警戒してみんなが守りを固めると、デュラハンはその剣を大地へと勢いよく叩きつけた。
地面が爆発し、前方へと砕けた石片が飛び散る。爆散した小石が弾丸のように僕らを襲い、後衛組と盾を持っていたアレンさんとウェンディさん以外はそれをまともに受けてしまった。
これってガイアベアの特殊攻撃……! こんなこともできるのか。
さすがの僕もこれは躱せない。【加速】なんかしたら自分から当たりに行くようなものだし。くそっ、HPがだいぶ削られた。
デュラハンは再び大剣を手にし、石飛礫でダメージを受けたミウラ目掛けて振り下ろす。それを前に出たウェンディさんが正面から盾で受け止めた。
「く……!」
「【エリアヒール】!」
セイルロットさんが放った回復魔法の光が辺りを包む。それに怯んだデュラハンにガルガドさんの大剣がお返しとばかりに振り下ろされた。
「【大切断】ッ!」
それを盾で受け止めるデュラハン。剣はウェンディさんに、盾はガルガドさんに向けられているそこへ、飛び込んだリンカさんの『魔王の鉄鎚』が、胸部鎧をしたたかに打ち付けた。
『ゴガッ!』
当たった瞬間、【Critical Hit!】の文字が浮かぶ。よろめいたデュラハンの頭上(頭がないのに頭上とはこれいかに)に星とヒヨコが浮かび、くるくると回っていた。ピヨった!
「みんなそいつから離れろ!」
えっ!? アレンさんの言葉に一瞬、何を言っているんだ!? と疑問が浮かぶ。斬りかかる絶好のチャンスじゃないか、と思ったが、アレンさんが輝く『流星剣メテオラ』を天にかざしているのを見てすべてを察した。どうやら数秒前から準備していたようだ。
波が引くようにみんながデュラハンから距離を取る。周辺にはデュラハン以外敵はいない。これなら。
「【メテオ】!」
アレンさんがメテオラを振り下ろす。剣の光が夜空へと飛んでいき、空の一部を切り裂くと、そこにポッカリと大きな穴が空いた。
そこから燃え盛るバスケットボールほどの火の玉が落ちてくる。火の玉は真っ直ぐにデュラハンへと落ちていき、大音響とともに地面へと衝突した。
爆風ともに土煙が舞い上がる。あんな小さな隕石なのに派手な効果だな!
土煙が晴れた小さなクレーターの中にデュラハンの姿が浮かび上がった。少しよろめいているが、しっかりと立っている。あれで倒れないのか……。
デュラハンのHPは四分の一を切っている。魔法を無効化する盾も、ピヨっていては使えなかったようだ。黒い鎧は全身にヒビが入ってボロボロだ。もう少しかな。
「【分身】!」
HPを半分にし、二人に分身する。これ以上はリスクが高い。一撃死さえしなければなんとかなる……と思う。
「【加速】」
分身体と縦に並んで疾走する。先に走るのが分身体だ。僕はその後を追いかけるようにして、デュラハンへ向けて駆けていく。
『【アクセルエッジ】』
分身体が戦技を発動させる。デュラハンがそれを黒い盾で防ごうと、盾を持つ左手を前面へと向けた。
その瞬間、僕は分身体の背後から横に飛び出し、無防備になった盾を持つ左手めがけて新たな戦技を発動させる。
「【双龍斬】!」
下へ向けてクロスさせた腕を跳ね上げて、デュラハンの腕をX字に斬り裂く。これで終わりじゃないぞ。
「【ダブルギロチン】!」
斬り裂いた腕を左右に持った『シャイニングエッジ』でさらに斬り下ろす。二本の双天剣に襲われたデュラハンの左腕は、肘から黒い瘴気を噴出しながら千切れて飛んだ。
『グガッ!?』
左腕ごと盾を取り落としたデュラハンがよろめいて後退する。そこへ飛来した光の槍と炎の槍が、デュラハンの胸に深々と突き刺さった。
セイルロットさんの神聖魔法とジェシカさんの火魔法か!
「もう少しだ! 畳み掛けろ!」
アレンさんの号令に従い、みんな一斉にデュラハンへと斬りかかっていく。
片手で大剣を振り回し、デュラハンが連続で稲妻を放つ。もうみんなダメージ覚悟で突っ込んでいき、デュラハンへと手傷を負わせていった。
そんな状況であるのに僕はといえば、先ほどの連続戦技と【分身】、【加速】の併用で、HP、MP、スタミナとどれもこれも大きく下がり、インベントリからポーションを取り出し、回復中だ。なんとも情けない。
「こいつ、さっきより硬くなってるよ!」
「残りHPで防御力を変えるのか!? 厄介だな!」
ミウラとガルガドさんの大剣コンビがオーガ族持ち前のHPの高さでデュラハンに肉薄していく。後ろからセイルロットさんの回復魔法が飛び、ベルクレアさんとレンの矢が次々とデュラハンに突き刺さった。
「【シールドバッシュ】!」
ウェンディさんの盾の一撃により、デュラハンがよろめく。そこへシズカとメイリンさんが追撃を加えると、デュラハンはさらに後退し、地面に膝をついてしまった。
HPはすでにレッドゾーン。もう少しで倒せる!
回復が終わった僕は再び【分身】を使い、今度は八人へと増殖した。HPが1/128になる。稲妻による一撃どころか、かするようなダメージでもその場で即死だ。しかし全員で攻撃し、八倍のダメージを与えれば……!
「みんな離れろ!」
ガルガドさんが叫ぶ。え?
視線を後方へ向けると、リゼルが風の魔法と炎の魔法を融合させているところだった。あれって、ランダムボックスの時に手に入れた【合成魔法】!?
「ちょっ……! ここでぇ!?」
「【トルネードファイア】!」
デュラハンを中心に螺旋の炎が荒れ狂う。
燃え盛る炎の竜巻は三つに分かれ、中心にいるデュラハンを巻き込んで大きな竜巻となり、新月の闇夜を赤く染め上げていた。
火炎旋風の柱はさらに大きく渦巻いて、デュラハンを空高く舞い上げた。
唐突にあれだけ燃え盛っていた炎がフッと消え、空からデュラハンが落ちてくる。
ゴシャッと鈍い音を響かせて、地面にデュラハンが激突し、ヒビだらけだったその黒い鎧はバラバラに砕け散った。
デュラハンは鎧のモンスターだ。当然その中身はない。鎧の中からは真っ黒い瘴気が溢れ出したが、風に散じて消えていった。
残った鎧が光の粒になる。え? 倒しちゃったの?
「いやったあっ!」
ミウラの叫びをきっかけにみんなから歓声が湧き上がる。
八人に分かれていた僕は、それをなんとも言えない気持ちで眺めていた。えっとぉー……。
教訓。出し惜しみはよくない。
【DWO ちょこっと解説】
■回復魔法について
【DWO】では回復魔法と神聖魔法は別系統の魔法である。故に【ヒール】などの回復魔法でアンデッドがダメージを受けることはない。ではあるが、動きは制限されたりもする。この二つのスキルを取得した者は【聖職者】の称号を得ることができる。
※セイルロットは【聖職者】の称号持ち。