■007 霊薬草
「それにしてもよく雷熊から逃げられたね?」
「なんとか初撃を紙一重で躱しました。あとは全力で逃げたんですけど、すぐ川に落ちて」
「躱した? レベル4で雷熊の攻撃を躱すってのは……よっぽどAGI重視のスキル構成か、それとも、」
「おい、アレン」
焚き火に薪をくべていたガルガドさんが、眉を顰めてアレンさんを睨む。
「っと、ごめんごめん。リアルな知り合いでもないのに他人のスキルを詮索するもんじゃないね。ま、君の元々の身体能力が高いってことかな」
「実際の身体能力ってゲームに反映されるんですか?」
それは初耳だ。ってことは足が速い人はゲームでも速く、力の強い人はゲームでも強いってこと?
「身体能力っていうか、反射神経とか技術力、そういったものだけど。例えば一度も弓を持ったことのないプレイヤーと、アーチェリーのメダリストじゃやっぱり違うよ。培ってきた技術経験があるからね。まあスキルが成長するに連れて、その差は無くなっていくけど」
ゲームの補正がかかってくるということなんだろうか。そういえばレンとウェンディさんもそんなことを言っていたな。【料理】スキルがどうとか。
「だから君が躱せたのは、持ち前の反射神経がプラスになったんじゃないかって思ったのさ」
「はあ……」
そうかな? 確かに運動は得意な方だったけど。島じゃ身体を動かすことが遊びだったからな。それに伯父さんにも鍛えられたし。
でも、溺れた時はうまく泳げなかったんだよなー。泳ぎには自信があったのに。【水泳】スキルがないからなんだろうか?
それから服を乾かす間に、三人にゲーム内での便利な施設や使えるスキルなんかをいろいろ教えてもらった。やっぱり、先達の話はためになるな。
「そういえば、シロ君はどうやってフライハイトに戻るんだい? 【セーレの翼】とやらで帰れるのかい? それとも死に戻る?」
「さすがにそれは嫌ですね……。なんとか森の入口のポータルエリアまで行ってそこから普通に町へ転移しますよ」
「また別のところに飛ばされたりは?」
「今度は大丈夫です。【セーレの翼】もスロットから外しましたし」
これでランダムジャンプはしないはずだ。普通に転移先を選択できるはず。
「じゃあ、森の入口まで僕が送っていこう」
「いいんですか?」
「それほどの距離じゃないし、途中でここのモンスターに襲われたら、今度こそ死に戻るよ? ジェシカ、ガルガド、ちょっと行ってくるよ」
焚き火に当たる二人に別れの挨拶をして、僕とアレンさんは川沿いを歩き始めた。星明かりしかない夜だが、アレンさんの手にあるカンテラが周りを明るく照らしていた。
どう考えてもカンテラで照らせる範囲を越えていると思うんだが、これがゲーム仕様のカンテラなのかね?
「なんかすいません。いろいろと……」
「気にしないでくれ。僕らにも打算的な考えはあるんだから」
「というと?」
「君のスキルさ。明らかにオーバーレベルのエリアに行ける転移系スキルなんて滅多にないからね。何か珍しい素材を手に入れたら譲ってもらえるかもしれないだろ?」
そう言ってアレンさんは笑った。
はっきり言うなあ、この人。だけど、不思議と不快感は感じない。いいように騙して利用しようとする奴よりは遥かにマシだ。逆にこうしてキッパリと言われた方が割り切って付き合える。
二人して小さく笑っていると、目の前の草むらが、ガサッと揺れた。
立ち止まり、前方に注意を向けると、僕を追いかけたあの熊がゆっくりと現れる。唸り声を上げて、僕らを襲う気満々だ。
「ごめん、これ持っててくれるかな?」
アレンさんはカンテラを僕に渡すと、腰の長剣を抜き放ち、熊と対峙した。
「ゴガアアアアァァァァ!!」
熊が立ち上がり、体中からバチバチと雷を発して威嚇する。それに対して、アレンさんは動じることなく、剣を片手に持ち、平然としていた。
次の瞬間、熊が丸太のような右腕を振り下ろしたと思ったら、あっという間にその右腕が宙を飛んでいた。アレンさんが目にまとまらぬ剣閃で斬り落としたのだ。
そしてその返す刃で、屈んでいた雷熊を、頭頂部から一刀両断に斬り捨ててしまった。
真っ二つになった雷熊が光の粒子になって消えていく。
「すっご……」
アレンさんの強さに正直驚いた。一人で、しかもこんな簡単に倒してしまうとは。レベルいくつなんだろ。いや、このゲームだとレベルは関係ないか。
なにかのスキルを使ったのか? どんなスキルを持っているのかが気になる。気になるが、僕も話さなかった手前、それは聞きにくい。アレンさんもなにかレアスキルを持っているのかもしれない。
「ふむ。『雷熊の牙』か。毛皮の方がありがたいんだけどね」
アレンさんはウィンドウでドロップアイテムを確認すると、僕からカンテラを受け取って、また歩き始める。
しばらく歩くと闇の中に燐光を放つ魔法陣が見えてきた。ポータルエリアだ。
僕はアレンさんにお別れを言って、ウィンドウに出た【始まりの町:フライハイト】を選択する。
次の瞬間、一瞬にしてフライハイトのポータルエリアへと僕は転移された。
周りには同じようにポータルエリアから出てくる者、逆に踏み込む者が次々と現れては消えていく。
試しにもう一度ポータルエリアに踏み込んでウィンドウを開くと、行き先が二つ表示されていた。【北の森】と【クレインの森】だ。
一度行ったところならはポータルエリアから飛ぶことができる。
【セーレの翼】+ポータルエリアのランダムジャンプを使えば、行ったことのない未知の領域へも行けるわけか……。完全にランダムってところがなければ便利かもしれないが。
僕からしたら強くて経験値いっぱいのモンスターがいる高レベルエリアに行けるわけだ。その敵をなんとか倒せば、すぐにレベルアップできる────なんて楽なことができるかといえば、ほぼできない。
まず倒すこと自体難しいし、さっきデモ子さんに聞いたんだが、このゲームではあまりにもレベル差のある強い敵を倒しても経験値はほとんど入らないんだそうだ。
なんでも強いプレイヤーに手伝ってもらって、弱いプレイヤーがぐんぐんレベルアップするのを防ぐためとか。ま、当たり前だよね。自分の力で強くなれってことだ。
正直、僕もそこまでして他人の力で強くなっても、なんかスッキリしない。
そもそもこのゲーム、レベルが上がれば強くなるってわけじゃないしな。ある程度の目安にはなるけど。
結局、この【セーレの翼】はあんまり役に立たないスキルってことか?
「やあ、新しい武器はどうやった? 狩りは捗ったかいな?」
ため息をついていた僕に誰かが声をかけてきた。
ポータルエリア近くの道端に露店を開き、声をかけてきたのはトーラスさんだった。さっきと場所を変えたのか。そうか、夜ならこっちの方が人が多いもんな。
あ、そういや新しい武器を買ったのに全然試してない……。
「ちょっとトラブルがありまして。一匹も狩れなかったんですよ」
「ありゃ。それはご愁傷様」
「あ、でも薬草とかはけっこう採ってきましたよ。ここで買い取ってもらえますかね?」
「一匹も狩れへんかったんならしゃあないな。ええよ。通常価格でよければ買い取るわ」
トーラスさんの言う通常価格というのは、素材屋に売った場合の価格だろう。【調合】持ちに売ればもうちょっと色がつくのかもしれないが、探すのも面倒だ。ここで売ってしまうことにする。
『露店の敷布』というアイテムがあれば僕も露店を開いて自ら売ることができるんだが。
【調合】は僕もしてみたいし、薬草は半分だけ売るか。あ、ついでに霊薬草も半分だけ売ろう。
「じゃあこれだけ買い取りをお願いします」
「はいよー、薬草42個と、霊薬草21個……」
売買ウィンドウに出た品物を見て、トーラスさんが動きを止める。なんだ?
「……これどうしたん? 霊薬草なんて【北の森】で採れたか?」
「えっ、あー……その、ちょっと知り合った人に譲ってもらったんですよ。ゲ、ゲームを始めたお祝いにって」
「ふーん……。ずいぶんと気前のええ人やね。霊薬草は『ハイポーション』を作れる材料になるんよ。この辺りじゃまず採れないんやで。次の町まで行かんとな。その人は間違いなくレベル15以上はいってるやろ」
「へ、へえ~、確かに強そうな人でしたねえ」
「ま、このゲーム、レベルが高い=強いってわけやないけどな」
まずい。トーラスさんが疑わしそうな目でこっちを見ている。【セーレの翼】のことを話すわけにはいかないし……。
「ま、ええわ。詮索するのはやめとこ。また霊薬草を手に入れることがあったら、わいに売ってくれると嬉しいわ。えーっと合計で4200Gや」
「4200G!? なんでそんなになるんですか!?」
「薬草は一つ30Gで1260G、霊薬草は一つ140Gで2940G、合わせて4200G。霊薬草は少し高めに買い取ってあるけど、店としては損はしない額やで」
げっ、霊薬草って薬草の四倍以上するのか?
インベントリにはまだ半分残っている。今さら追加で売るわけにもいかないか。
しかし、これは儲けられるかもしれないな……。【セーレの翼】使えるじゃん。
もちろん金額に文句なんてあるわけもなく、無事、取引が完了する。けっこう儲けてしまったぞ……。
ほくほくしている僕に、トーラスさんがニヤリとした笑みを浮かべる。
「さあさあ、まとまったお金を手に入れた君にオススメなのがこの防具や! 軽いし丈夫、おまけに安いときてる。ひとつどうや?」
思いがけないお金を手に入れた僕にそう語りかけ、トーラスさんが『露店の敷布』の上に新しい商品を並べ始めた。商魂逞しいな! 確かにこれで防具が買えると思いましたが!
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【キルア織の服(上下)】 Fランク
DEF(防御力)+2
耐久性7/7
■キルア産の織布で作られた服。
軽くて丈夫。
□装備アイテム/衣服
□複数効果なし/
品質:S(標準品質)
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【革の胸当て】 Fランク
DEF(防御力)+15
耐久性15/15
■革を鞣して作った胸当て。
□装備アイテム/鎧
□複数効果なし/
品質:S(標準品質)
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【疾風の靴】 Fランク
DEF(防御力)+2
AGI(敏捷度)+5
耐久性10/10
■風の力が少し宿る靴。
□装備アイテム/靴
□複数効果なし/
品質:S(標準品質)
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むう。確かに欲しい。いいかげん『安物の服(上下)』と『安物の靴』からは卒業したかったしな。
「……全部でおいくら?」
「『キルア織の服』が800G、『革の胸当て』が1800G、『疾風の靴』が1400G、合わせてちょうど4000Gとなっとります」
くっ、ほとんど飛んでくじゃんか!
とはいえ確かに役立つので、全部買うことにする。どうせいつかは買うんだから。
「毎度ありー」
「商人怖い……」
もう200Gしか残ってないよ……。小金持ち気分はわずかな間だけだった……。
とりあえず装備してみる。『キルア織の服』の上に『革の胸当て』、そして足には『疾風の靴』が現れる。うん、悪くない。
「服」と「鎧」は別物なので、重ねて装備できるんだな。重複できない特殊なものもあるようだけど。
「……そういえばトーラスさんって関西の人なんですか?」
ちょっと気になっていたことを聞いてみた。リアルなことを聞くのはマナー違反かと思ったが、関西弁の微妙なイントネーションがなんか気になったのだ。
「うんにゃ? 関西なんか一度も行ったことあらへんよ?」
「え⁉︎ でもその言葉……」
「商人言うたら関西弁。マンガとかでも鉄板キャラやろ。わかりやすい『ロールプレイ』っちゅうやつや」
わからんでもないが、関西の人が聞いたら気を悪くするんじゃなかろうか。まあ、ゲームだし、そういう楽しみ方もアリなのか?
ここじゃいつもの自分とは違う自分になれる。口調がおかしかろうが、その人が気に入っているなら、別に構わないよな。それにケチをつける方がナンセンスか。
僕もなんかそういう「ロールプレイ」をした方がいいんだろうか……まあ、しないのも自由だよね。
おっと、リアル時間でもう夜11時を回ったか。そろそろ寝ないと。
トーラスさんに別れを告げ、僕は宿屋へと向かった。別にログアウトするならどこでも構わないんだが、宿屋とかできちんと宿泊して数時間ログアウトすると、次にログインした時、一定時間だけ、能力値上昇の恩恵が付くんだってさ。宿屋のランクによってもその上昇幅は違うとか。
僕は一番安そうな宿屋に泊まることにし、宿泊料に180G取られた。残り20Gしかない……。
僕はなんとなく侘しい気分を味わいながら、宿屋の個室にあるベッドに横になりログアウトした。
こうして『DWO』における僕の最初の一日は終わったのである。
■本名:因幡 白兎
■プレイヤー名:シロ レベル4
【魔人族】
■称号
【駆け出しの若者】
■装備
・武器
ククリナイフ×2 ATK+20
・防具
キルア織の服(上下) DEF+2
革の胸当て DEF+15
疾風の靴 DEF+2 AGI+5
・アクセサリー
兎の足 LUK+1
■使用スキル(7/7)
【順応性】【短剣の心得】
【敏捷度UP(小)】
【見切り】【気配察知】
【蹴撃】【鑑定】
■予備スキル(2/10)
【調合】【セーレの翼】
連続予約投稿はここまで。次話は本日の夕方ごろになります。
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