■075 素材集め
Aランク鉱石は今まで行った【憤怒】の第五エリアにある『輝岩窟』や、【傲慢】の第五エリアにある『ヴォルゼーノ火山』なんかで手に入る。
いつものようにコソコソとモンスターの目を盗みながら採掘し、ある程度のAランク鉱石は手に入れることができた。
問題は木材の方である。こっちはまだAランクのものはお目にかかったことがない。
素材としてはベルクレアさんの弓、シズカの薙刀における柄部分などに使用するものだ。
トーラスさんや、ピスケさんほどではないが、リンカさんも木材加工はできる。でなければ全て金属の武器しか作れず、武器職人としてはやってられないからだ。
本来ならトーラスさんあたりに頼むんだが、今回はリンカさんが全て造る。『魔王の鉄鎚』は、弓でも一部の部分に金属を使っていれば付与はできるらしいからな。
どうせ造るならやはりいいものを造りたい。そのためにはAランク木材は必要だ。
「やっぱり跳んでみるしかないな」
【セーレの翼】をセットしてギルドホーム裏庭にある簡易ポータルエリアに飛び込む。すぐにランダム転移が始まり、ヘルガイアのいずこかの地へと跳ばされた。
気がつくと奥深い森の中。お? 一発で当たりを引いたか?
マップウィンドウを開き、場所を確認する。【怠惰】の第六エリア、『翠竜の森』……って第六エリア!?
第六エリアは初めてだな……。おいおい、近くにとんでもないモンスターがいるんじゃないのか? 翠竜ってのが絶対にこの森にいるだろ!
【怠惰】ってことは、僕らもいずれここに来たかもしれないが、さすがに今来るのは時期尚早過ぎる。雑魚モンスター一匹にも確実に負けるぞ。
とりあえず目の前に素材になりそうな木があるんだ。【伐採】しない手はない。さっさとAランク木材を手に入れて、早めにこんな危険なところはオサラバするに限る。
インベントリからハンドアックスを取り出して、伐採ポイントのある、なるべく細めの木に一撃を入れる。
ガッ! と、ハンドアックスから僕の手に衝撃が逆流する。
硬あッ!?
なんだこれ!? 全然食い込んでない! 木の皮を少し削っただけだ。二撃目、三撃目を打ち込んでみたが、ほとんど進まない。まずいぞ、これ。伐るまで何時間かかるかわからない……。
しまったな。これって入手するには『パワーピッケル』みたいな特殊アイテムが必要だったのかもしれない。リンカさんに聞いときゃよかった。
伐採アイテムじゃない『双氷剣』で切っても威力は落ちるしなあ。このハンドアックスでなんとかするしかないか?
くそう。 これ下手したら刃こぼれするぞ。
「一応は削れてるし、コツコツとやっていくしかないか……」
「きゅっ」
「え?」
その鳴き声は……。振り向くと羽をパタパタさせてスノウが宙に浮かんでいた。お前、ついてきたのか!?
「いいかスノウ。ポータルエリアのところには一人で勝手に入っちゃダメだ……って、誰もプレイヤーがいなけりゃ転移魔法は発動しないのか。あれ? この場合気付かなかった僕が悪いのか?」
「きゅっ?」
見方によっては僕がスノウを連れてきたようにも取れる。むむむ。説教しづらいな。まあいい。今回だけは大目にみよう。
「あ、そうだ。スノウ、お前この木【光輪】で切れるか?」
「きゅっ? きゅう……っ」
思い付きを口にすると、スノウの頭上に天使の輪のようなものが、三つ連なって出現した。
直感で『あ、マズい』と感じた僕はすかさず【加速】を使ってその場から退避する。その直後、スノウから放たれた三つの【光輪】のうちの一つが、僕が苦労して切っていた木をあっさりと斬り倒した。
残りの一つはあさっての方へ飛んでいき、もう一つは僕の頭上ギリギリを飛んで、その先にあった大木の枝を斬り落とした。
危なっ!? みんなの言う通り確かにこれは危険だ。敵味方関係無しの無差別攻撃じゃないか。
「きゅっ!」
スノウが倒した木を見てドヤ顔をしているような気がする。まあ、目的は果たしたんだし、よしとするか……?
とりあえず太さ十五センチほどの倒れた木を【鑑定】する。
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【マルグリットの原木】 Aランク
■unknown
□木工アイテム/素材
品質:S(標準品質)
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よっし! あれだけ硬いんだからランクも高いと思っていたが、予想通り! 第六エリアでAランクってのは低いかもしれないけど、ポータルエリア近くっていう取りやすいところにあるんだから、こんなものかもしれない。
シズカの薙刀とベルクレアさんの弓、あとは予備に一本と、全部で三本ゲットしとくか。
僕は伐採ポイントのある二つの木を指差す。
「スノウ、あとこれとこれも切ってくれ。おっと、まだだぞ。僕がここから離れたらな」
「きゅっ?」
なんで? みたいに首を傾げるスノウ。お前のノーコンのせいだよ。
スノウから離れて、『いいぞー』と合図を送ると再び【光輪】が放たれ、二本の木が切り倒された。お約束のようにやっぱりひとつは僕の方に飛んできたが。……本当に狙ってないよな?
切り倒された木材も先ほどと同じものだった。よし、これで任務完了。Aランク木材をゲットだぜ。
喜んだのもつかの間、突然森の中に大きな咆哮が響き渡り、一斉に鳥たちが空へと羽ばたいていった。
ちょっと待て。今のってまさか翠竜ってやつか!?
冗談じゃない、第六エリアにいる竜に勝てるわけがないだろ。見つかったら即死する。早く撤収しなくては。
僕は急いでインベントリにAランク木材を収納し、スノウを連れてポータルエリアへと滑り込んだ。
目的地を指定する前になぜか転移が始まる。あっ! また【セーレの翼】をスロットから外すの忘れてた!
始まったランダム転移はもう止められない。森の風景は一瞬にして消え失せ、次に僕らが足を踏み入れたのは極寒の氷の世界だった。
「さっぶ!」
VRでは気温の変化もある程度考慮されていて、さすがに体感温度が零下ということはないだろうが、それでも寒さを感じるには充分だった。真冬の屋外に薄いコート一枚で放り出された気分だ。
雪原地帯だ。遠くには雪山が見える。その手前に見えるのは針葉樹林帯かな。ちらちらと雪も降っている。
うおおお、HPがどんどん減っていくう。これは寒さに耐えられなくなる前に死に戻りさせてやろうという運営側の温情なのか。寒いのに温情とはこれいかに。
「きゅきゅーっ!」
スノウは喜んで僕の周りをぐるぐると飛び回っている。そういやこいつ、雪原地帯に生息する種族なんだっけか。
「【強欲】の第四エリア、『スノラルド雪原』か」
周りに素材になりそうなものはない。あっちの針葉樹林帯まで行くのは危険だろう。それにしても寒いなあ! とっととギルドホームへ帰ろう。
「スキルスロットから【セーレの翼】を外して……と。ん?」
僕は雪原の向こうに雪煙を上げて、こちらへ向かってくる何かに気付いた。スノーモービル……なわけないよな。
『ゴガァアアアァァァッ!』
「くま────────ッ!?」
サーベルタイガーのような長い牙を持った巨大なシロクマがこちらへ向けて全力疾走してくるところだった。マズい! 完全に僕らを襲うつもりだぞ!
しかし幸いポータルエリアにはすぐ入れるから、さっさと逃げ……あれっ? スノウは?
「きゅきゅっ!」
「え?」
スノウの鳴き声がしたと思ったら、僕の頭上から三つの【光輪】が一直線にシロクマへと飛んでいった。
が、途中で【光輪】のひとつは雪原に突き刺さり、もうひとつは空の彼方へ飛んでいく。
そして残る最後のひとつが、こちらへと注意を向け、立ち上がったシロクマの首をスパンッ! と、容赦無く斬り落とした。ええええええええ!?
「きゅっ!」
むふー、と鼻息を荒くするスノウ。ちょっと待て、あの【光輪】ってそんな威力なの!?
いや、さっきAランク木材を斬り倒したんだからおかしくはないのか? それともたまたまクリティカルヒットしただけか?
でもその表示はなかったよな……。まさか即死効果とか? おっそろしい……。
恐る恐る近付くと、シロクマは目の前で光の粒となって消えた。そしてその場に白い毛皮と牙がドロップする。
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【デスホワイトベアの牙】 Aランク
■unknown
□??アイテム/素材
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【デスホワイトベアの毛皮】 Aランク
■unknown
□??アイテム/素材
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こりゃまた……。詳細はわからないけどリンカさんやレンが喜びそうな素材だな。これってスノウが倒したんだから、ギルド共有のアイテムってことかな。
「しかし、たまたま当たったからいいものの、無闇に【光輪】を発動するなよな。ああいうときは逃げるんだよ」
「きゅっ?」
わかっているのかいないのか、スノウが小さく首をかしげる。
人の言葉を理解するくらい知能が高いんだから、僕の言うことくらいわかっているはずだが。まあ、生まれて間もないしな……。
とりあえず牙と毛皮は回収しておこう。今度こそ帰るぞ。
ポータルエリアにスノウと入り、ギルドホームへと帰還する。ああ、疲れた。
スノウはさっさと僕の頭から飛び立ち、二階のバルコニーへと行ってしまった。チョロチョロすんなよ。
裏庭の隅に造られたリンカさん専用の鍛冶場へと足を運ぶ。
ここはギルドホームを造ってくれたピスケさんに頼んで建ててもらった施設だ。ものの数時間で造ってしまうところがすごいよな。ピスケさんの場合【建築】スキルに特化しているからってのと、もともと器用な人なんだろう。趣味はプラモデル作りって言ってたし。
ひょっとしてトーラスさんの店で見た木製の変形ロボってピスケさんの作品か?
「ちわー……うわっ!」
鍛冶場の中は真っ赤な炎をあげる炉の前で、リンカさんが一心不乱に金属の棒をハンマーで叩いていた。
そのハンマーこそ漆黒と黄金で彩られた『魔王の鉄鎚』。金属に叩きつけるたび、星のエフェクトが周囲に飛び散る。
リンカさんは無造作に灼けた金属に聖水をぶっかけ、もうもうと蒸気が上がる中、さらに『魔王の鉄鎚』を振るう。
集中して金属を打っていたリンカさんが、やがて打つのをやめて、それを矯めつ眇めつ睨みつける。横に浮いているウィンドウの数値をいじりながら、なにかを調整しているようだった。
納得がいったのか、リンカさんが金属の棒を地面に置くと、そこに小さな魔法陣が浮かんで消えた。
ふう、と額の汗を拭い、リンカさんが立ち上がる。
「……? いつからいたの?」
「えーっと、さっきから?」
やっと僕に気が付いたリンカさんが目をパチクリとさせた。
「まだシロちゃんのはできてないけど」
「あ、催促に来たんじゃないです。珍しいのが手に入ったんで、届けに」
僕はインベントリからさっきゲットした『デスホワイトベアの牙』を机の上に置いた。
リンカさんは僕よりも高い【鑑定】スキルを持っているから見ればわかるだろう。
案の定、目を見開いて、牙を手に取っている。
「これ、どこで……?」
「【強欲】の第四エリアにある雪原で。あ、倒したのは僕じゃなくスノウなんで、それはギルド共有のアイテムって扱いになるかと。使えますかね?」
「使える。ちょうどシロちゃんの武器の柄部分をどうしようかと思っていたところ。これなら文句ない」
おっと、僕のに使うのか。なんか悪い気もするが、ここは遠慮なくあのシロクマを倒してくれたスノウの厚意に甘えておこう。象牙ならぬ熊牙? の素材か。
ついでに毛皮の方もリンカさんに【鑑定】してもらい【鑑定済】としてもらう。
おっと、手に入れたAランク木材も渡しておかないとな。
素材を渡されてテンションが上がったのか、リンカさんはますますやる気を出し、再び『魔王の鉄鎚』を持って炉の前に陣取り始めた。
邪魔すると悪いので鍛冶場である第二工房をあとにする。
その足で反対側の第一工房へ行き、縫製室でウサギマフラーを製作中のレンのところへ顔を出した。
「今、大丈夫?」
「あっ、シロさん。大丈夫ですよ」
テーブルの上にはいくつかのウサギが前脚と後脚を伸ばした格好で横たわっていた。もちろん、本物ではない。かなり胴が長いし。ぬいぐるみのようではあるが、これはれっきとしたマフラーなのだ。
僕以外のみんなのために用意したギルド専用の装備アイテムらしい。僕は特注のマフラーがあるからな。
「どうしたんですか?」
「いや、これを手に入れてね。レンなら使えるんじゃないかと」
インベントリから『デスホワイトベアの毛皮』を取り出す。Aランク素材の毛皮だ。使い道はいくらでもあるだろう。
【鑑定済】の毛皮を見て、レンも驚きながらも喜んでいた。
「すごいですね。大きいですし、これなら全員分のマフラーに追加できるかもしれません」
すでに完成しているこのウサギマフラーに追加するのか。尻尾とかウサギの首もとにあるマフマフにするのかな?
ちなみにウサギの首にあるマフマフは正式には肉垂(にくすい・にくだれ)といって、主にメスにあるものだ。だからこれを知っていると見ただけでメスとわかる。
子ウサギにはないものらしいので、スノウにはなかったけど。ま、あいつはウサギじゃないが。
クマの毛皮でウサギを造る……。変な感じだけど、良いものができればそれでいいよな。
リンカさんも頑張っているし、あとは【廃都ベルエラ】でデュラハンが出現するのを願うばかりだ。
負けたらまた十日待たねばならない。僕もレベルと熟練度上げに勤しむかね。
■体感温度について
DWOに限らず、VRには安全のため、過度な温度変化は許可されていない。また、この設定はゲーム起動時に切り替えることによって無効とすることもできる。しかし、DWOの設定では暑かったり寒かったりするとダメージを受けるようになっているので、無効にしておくと気付かない間にHPが削られることがあるので注意が必要。




