■074 冒険者はBARにいる
ギルド【カクテル】の本拠地は第二エリアの町【ブルーメン】にあった。
ちょっと人通りの少ない……こう言ったら失礼だが、寂れた裏路地にひっそりと建てられていたのである。
「ヒュー、こりゃまた小洒落たバーやなあ」
僕たちに一緒についてきたトーラスさんがその店を見て口笛を吹いた。
目の前にある店はファンタジー色はあるものの、どこか現代のバーに近い店構えをしていた。さすがにネオンサインはなかったが、看板には【シェイカー】と書かれている。
「変わった店名ですね」
「カクテルを作るときに使う道具の名前だよ。テレビとかで見たことないかな? こうやって振るやつ」
「ああ。あれ」
アレンさんが両手を上下に振る真似をする。徹底してるな。よほど酒好きらしい。
「僕、未成年なんですけど店に入っていいんですかね?」
「別に酒を飲むわけやないんやからかまへんやろ。ちゅうか、どっちみち【DWO】じゃ規定に引っかかるからシロちゃんは飲めへんやん」
ま、そうですけども。こんな店入るのは初めてなんでどうも気後れするな。
「入るよ」
重い扉を開いて、アレンさんを先頭にトーラスさん、僕、の順で【シェイカー】へと入っていく。
中へ入ると店内は薄暗く、いくつかのランプの明かりが頼りなさげに揺らめいていた。
入って右手側がカウンター席になっており、八つの椅子が並ぶ。その反対には古びた感じの木製のテーブル席が四つ。その奥には扉が二つ。
その扉の間には古めかしい機械があって、そこから音楽が流れている。初めて見るけどジュークボックスってやつか? ファンタジー色が褪せるけど、まあアリかな。
カウンターの壁には様々な酒瓶が並び、そこには白いシャツの上に黒のベスト、そしてネクタイといった、いかにもバーテンダー、といった男がコップを布で拭いていた。
「いらっしゃいませ」
歳は三十過ぎくらいで口髭を生やした【夜魔族】だ。シブいおじさまといったところか。
店員さんということは【カクテル】のメンバーかな? それともメテオさんのところの【ミーティア】で雇っているシャノアさんのようなNPC店員だろうか。
そんなことを考えているとバーテンダーさんの頭上にネームプレートがポップした。
『【ダイキリ】』。プレートの色は青。プレイヤーだ。確か【カクテル】のメンバーにそういった名前の人がいたような。
「ああ、ギルマスの言っていた方ですね? 話は聞いております。少々お待ち下さい」
「あ、すみません」
向こうも僕らのネームプレートが見えたのだろう。チャットウィンドウを開くと、どこかへ連絡を取り始めた。
「お待ちの間にドリンクでもいかがですか?」
「真っ昼間から酒なんて、と言いたいところやけど、【ほろ酔い】スキルがないと酔わんし、【DWO】じゃ関係ないわな。じゃ、わいはソルティ・ドッグで」
「マンハッタンを」
「あ、僕は未成年なんでウーロン茶で」
「かしこまりました」
やっぱりアレンさんも二十歳を超えているらしい。大学生、あるいは社会人かな。
未成年のうちにバーに来ることになるとは思わなかった。仮想空間だけど。
「お待たせいたしました」
カウンター席に座った僕らの前に、ダイキリさんが作った物を置く。
僕のは普通のウーロン茶だけど、アレンさんのはいわゆるカクテルグラスに赤っぽいお酒が入り、中にサクランボが落ちている。
トーラスさんのはグレープフルーツのような色で、グラスの周りに白い粒状のものが付いていた。塩、かな? ソルティ、って言ってたしな。
「なかなかいいバーやけど、こんな場所で客足はどうなん?」
「基本的にギルドメンバーとその知り合いがくつろぐための店ですからね。売り上げはあまり気にしていませんよ。私たちは好みの溜まり場ができたってだけで充分なんです」
「ははっ、せやな。プレイヤーが店を持つのは金儲けのためより趣味のためがほとんどや。くだらん質問やったな」
静かにジャズが流れる。確かに雰囲気のいい店だとは思う。完全に大人向けだけど。お酒を出すんだから当たり前だが。【DWO】の中だってのを忘れそうだ。
ちびちびとウーロン茶を飲んでいると、奥の扉の一つが開かれ、【地精族】のおっさん(というか爺さんに近い)が、黒ローブにとんがり帽と、いかにも魔法使いといった姿の【魔人族】の青年を連れて現れた。
「おう、シロ! 待たせたみたいで悪かったな」
「ギムレットさん、お久しぶりです。キールさんも」
「ああ。グラスベン以来だな」
カウンター席からテーブル席に移り、僕はアレンさんとトーラスさんを紹介した。というか、ギムレットさんにキールさんもアレンさんの方は知っているようだったが。さすが有名人は違うね。
「で、聖水を売ってほしいって話だったな。いくつ必要なんだ?」
世間話もそこそこにキールさんが切り出す。えっと、トーラスさんの店で買ったのがあるから残りは、と。
「だいたい八十本くらいですね」
「八十本か……手持ちに五十ほど、残りも作れと言われればすぐに作れるが、【錬金術】スキルで作る聖水は金がかかるぞ」
「それでもNPCの店から買うよりは安いですよね。お金の方は大丈夫です」
「なら作ろう。明日までには作っておく」
どうやら作ってもらえそうだ。これで聖属性武器が作れるな。
トーラスさんの方も交渉して、定期的に聖水を卸してもらえることになった。よかったよかった。
「しかし、シロがあの【スターライト】のアレンと知り合いとはなあ。驚いたぜ」
「彼にはいろいろと世話になっていてね。今日もこうして助けてもらった」
「せやな。シロちゃん様々やで」
今日のはついでというか、お互いに必要なものが同じだったから、ってだけだと思うけど。トーラスさんのところで聖水を全部買えたらキールさんに頼らなくてもよかったわけだし。
「しっかし、そんなに聖水を何に使うんだ?」
「聖属性武器を造るんですよ。メンバー全員ぶんなんで大変です」
【DWO】は魔人たちが暮らす世界【ヘルガイア】を舞台としているが、別にそこに生きる魔人たちは悪魔とか邪悪な存在という設定ではない。
だから聖水とか聖属性の武器も普通に存在しているし、聖属性魔法も存在する。ただこの場合、『神』の力ではなく、『聖なる精霊』の力、という設定らしいが。
「アンデッド退治のクエストか? そういや俺らも苦労したなあ。あいつら数が多いし、タフだから大変だよな」
「せやな。ゾンビ系とかは数が多いし、しぶといから厄介や。レイス系は空飛んどるしなあ」
「【廃都ベルエラ】なんか、夜になるとキャンドラーとリビングアーマーだらけだったぜ。キャンドラーは楽なんで倒してたけど、リビングアーマーは面倒だし、ろくなもんドロップしないから逃げてたなあ。ああ、そういやリビングアーマーに混じって変なのがいたな。レアモンスターだったのかもしれないが、さすがにリビングアーマーがうじゃうじゃいるあの状態では戦えなかったからスルーして……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。リビングアーマーに混じってレアモンスターだって?」
突然声を荒らげたアレンさんにみんな動きを止める。僕も止まっていたが、それはアレンさんのせいではなく、あることに思い当たったからだ。おそらくアレンさんもだろう。
リビングアーマーは『生ける鎧』とも呼ばれる全身鎧の姿をしたアンデッド系モンスターだ。それに混じっていたというレアモンスターってひょっとして……。
「すみません、そのレアモンスターってどんなのかわかりますか?」
「どんなの、って言われてもなあ。遠目でウロついていたのを見ただけだからな。月もなくて暗かったからほとんど見えなかったし。ただ、普通のリビングアーマーよりデカかったと思う。夜が明けてからその場所に行ったらデカい足跡があったからな」
アレンさんと僕の視線が交差する。おそらく同じことを考えているのだろう。そのレアモンスターは『デュラハン』なのではないか、と。
これは確認してみないとな。
◇ ◇ ◇
とりあえずキールさんに五十本の聖水を売ってもらい、代金を払って店をあとにした。残りの三十本は明日もらうことになっている。
トーラスさんとも別れ、僕らは『星降る島』へと帰還した。まだみんなは帰って来ておらず、誰もいなかった。僕らはバルコニーのテーブルに座り、ひと息つく。
「思いがけないところで情報が得られたね」
「ですね。【廃都ベルエラ】か。結構近場なのに、なんで今まで目撃例がなかったんだろう?」
「まず【廃都ベルエラ】はあまりおいしくない狩場だってこと。使えるアイテムはキャンドラーがドロップする『白蝋』くらいだし、リビングアーマーはろくなものをドロップしないしね。【キマイラ】も出るけど、出現率はかなり低い。ドロップ品は限られた用途しかないから、必要な人しか無理に戦わないし」
ただでさえアンデッド系はしぶといからなあ。経験値稼ぎならもっと楽な【ラーン大草原】の方へ行くよな。
「そして予想だけど。『デュラハン』は限られた周期で現れているんじゃないだろうか。さっきのギムレットさんの会話で気になったのは『月もなくて暗かった』ってところでね」
「月がなけりゃ暗いのは当たり前じゃ?」
月が雲で遮られりゃ、光は届かないわけだし。
「いいかい。『月がない』ということはその日は新月だった可能性が高い。デュラハンは新月の夜に現れるんじゃないだろうか」
「あっ、そうか!」
【DWO】世界では一日に三回夜が来る。つまり十日で三十日。十日かけて月が変化するわけだ。十日に一回しか出現しないって、どんだけレアなんだ。
「ま、予想が当たっているかはわからないけどね。それ以前にそのレアモンスターがデュラハンとは限らない。『リビングナイト』、『リビングジェネラル』とかかもしれないし」
「次の新月っていつでしたっけ?」
「さっき攻略サイトで調べたけど、一週間後だった。それまでに全員の武器をリンカが造れるかどうか。ま、ダメでも確認のために行くけどね」
一週間で十人分の武器をか……。素材さえちゃんとあればリンカさんと『魔王の鉄鎚』ならなんとかなるか?
「もちろん一週間無駄にする気はない。引き続きデュラハンやアンデッドの目撃情報を集める。【廃都ベルエラ】がハズレだった場合に備えてね」
果たして【廃都ベルエラ】にデュラハンは現れるのだろうか。そしてそれを僕たちが倒すことはできるのだろうか。
そんな考えをしていたら裏庭からみんなの声がしてきた。帰ってきたみたいだな。
ぞろぞろと二階のバルコニーへとみんながやって来る。
「きゅっ!」
パタパタとスノウがレンの頭から飛び立ち、僕らのテーブルに着地する。お? レベルが8まで上がっているじゃないか。こんな数時間でここまで上がるとは。お前、頑張ったなあ。
なのになんでみんなは疲れ切った顔をしてるの?
「なんというか……。気が抜けなくて」
「……どゆこと?」
引き攣ったような笑いを浮かべるリゼルに聞き返すと、彼女の代わりにウェンディさんが答えてくれた。
「スノウの【光輪】は凄まじい威力です。硬いアーマースコーピオンの体さえも容易く斬り裂きます。ですが、戦闘に参加させるわけにはいきません」
「……どゆこと?」
「コントロールがね、めちゃくちゃなのよ。あれは周りに被害を与え過ぎるわ。実際、セイルロットは危うく首切りされるところだったし」
ジェシカさんがぐったりとして椅子に腰掛けているセイルロットさんに視線を送る。ああ、それでこんな状態なのか。横にいるガルガドさんも苦笑いしている。
だけどスノウに嫌われてるセイルロットさんだからなぁ。スノウ、お前まさか狙ってないよな……?
「きゅっ?」
小首を傾げる子ウサギ。うーむ。邪念は感じられないが。
「ひとつならまだしも、ふたつみっつと【光輪】を投げられるとね……」
「後ろから見てる状況だったから大丈夫だったけど、一緒に戦闘中だったとしたら怖いよね。あんなのがブンブン飛んでる中で戦えって、ちょっとキツいよ」
ベルクレアさんもメイリンさんも同意見らしい。
とりあえずスノウの戦闘参加はしばらく無しということで決まった。まずはコントロールを教え込むことからだな。
そのあとはリンカさんに聖水を渡し、バー【シェイカー】で手に入れた情報をみんなに話した。
「一週間後、ですか」
「うん。今回は【月見兎】と共同で当たりたいんだけど、どうかな?」
「【スターライト】と共同でデュラハン退治ですか……。私たちはお邪魔では?」
「いや、向こうがどんな相手かわからないし、もし負けたら最悪また十日待つ羽目になる。数は多いに越したことはないし、もともとこれもシロ君の伝手で得た情報だしね。もちろん無理にとは言わないが」
【月見兎】のギルマス、レンと、【スターライト】のギルマス、アレンさんが話し合う。
うーん、とレンは腕組みして悩んでいるが……。
「リンカさん、一週間でみんな……【スターライト】さんたちのも含めてですけど……聖属性の武器ってできます?」
「一から、となると難しい。けど、もともと属性の付いてない武器を打ち直して聖属性を付与するだけならそんなにかからない」
確認すると、【月見兎】はウェンディさんとレン、あとはミウラ、【スターライト】はガルガドさんだけが無属性の武器だった。この四人は付与のみでいけるという。
魔法メインのリゼル、ジェシカさん、ターンアンデッドを持っているセイルロットさんは必要ないとして、残りの僕、シズカ、リンカさん、アレンさん、メイリンさん、ベルクレアさんの六人は一からサブウェポンとして造らないといけないらしい。
「それを一週間で、か。こりゃ大変ですね……」
リンカさんにそんなことを言ったら、笑顔で肩を叩かれた。え、なに?
「うん、大変。というわけで、素材の調達はよろしく。鉱石に木材。どっちもAランクが望ましい」
「えっ!?」
人ごとじゃなかった。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■カクテルについて
ベースとなる酒に、ジュースあるいは他の酒などを混ぜて作られたアルコール飲料。中世においては錬金術師たちによって蒸留酒などが作り出され、この時代に様々なカクテルも誕生した。
『ダイキリ』:ラムをベースにライム、レモンジュースなどを加えたもの。
『ソルティ・ドック』:ウォッカをベースにグレープフルーツジュースを加えたもの。グラスの縁に食塩を付けるのが特徴。
『マンハッタン』:ウィスキーをベースにスイートベルモット、アンゴスチュラビターズを加えたもの。『カクテルの女王』と呼ばれる。
ちなみに作者は親がバーを経営していたにも関わらず、体質的な問題により呼吸困難に陥るので一滴も飲めない。飲めない人に酒を無理矢理勧めるのはやめましょう。