■073 エンジェラビット
「きゃ────っ! かわいい────っ!」
「レン、次はあたし! あたしに抱かせて!」
「はわぁ、ふわふわですわ〜」
「きゅっ?」
生まれたての子ウサギがあっという間に年少組に奪われた。年長組の女性陣も集まって賑やかに子ウサギを囲んでいる。
なんだこの疎外感。まあ、十三人中九人が女子だからなあ。残った男子でもセイルロットさんはそわそわしているが、あれは単に研究心からと見た。
「羽の生えた兎ってモンスターにいました?」
「いや、僕らは見たことないなあ。レア種族か、なにかの亜種かな?」
アレンさんが大はしゃぎのお隣を見ながら首を捻る。
「え!? ちょっ……この子、『聖獣』ってステータスに出てるけど!?」
「「「「え!?」」」」
ジェシカさんの上げた声に男子組もガタッと立ち上がる。子ウサギはジェシカさんが鑑定してくれたようだ。
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【unknown】 レベル1
種族:エンジェラビット(メス)
聖獣属・ウサギ科
所属:【月見兎】
■主に第六エリアの雪原地帯に生息する翼を持つ兎。知能が高く、大人しいが、相手の悪意、または敵意を感じると容赦なく攻撃してくる。
聖属性・光属性の獣魔術を使うことができ、【光輪】のスキルを持つ。階位の高いエンジェラビットによる【光輪】の一撃は、メガサイクロプスの首でさえも容易く切り落とす。
また、『幸運を運ぶ兎』とも言われ、『エンジェラビットを見れば幸運がやってくる』というジンクスもある。毛皮はかなりの高値で取引される。
そのため狙われることが多いが、捕らえるには首を失う覚悟が必要だとされる。
別名ギロチンウサギ。
【鑑定済】
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うおい!? どこが聖獣だよ! 思いっきり凶悪なんですけども!? ギロチンウサギってなに!?
「きゅきゅっ!」
「あっ!」
レンの腕から抜け出した子ウサギはパタパタと頼りなく飛行し、僕の頭の上に乗っかった。ちょっとまって、ギロチン!?
「きゅ〜……」
「なんかリラックスしてますね」
「これってやっぱりシロさんを親とか認識しているんでしょうか?」
「刷り込みってやつか?」
「でもこの子が生まれた時、みんないたけど?」
僕は頭の上の子ウサギを両手で掴んで下ろし、目の前に持ってくる。
「きゅっ?」
小さく首を傾げる子ウサギ。うーむ、敵意は全くないようだけど。
「【従魔学】スキルや【調教】がなくても、きちんとコミュニケーションをとれば、従う魔獣もいるそうです。ペットアニマルなんかがそうですね。この場合聖獣ですが、シロ君に懐いているのは間違いないでしょう。実に興味深いですね。おそらくこれはかなりのレアケースですよ。エンジェラビットなんて聞いたこともないですし……うむむむ」
「きゅ……っ……?」
子ウサギが静かに耳を立てていく。ヤバい、セイルロットさんがチョンパされるかもしれん。落ち着け、大丈夫だ。
頭を軽く撫でてやると、子ウサギの耳が伏せていった。ふう。
「この【unknown】ってのはなんでしょう?」
「たぶん名前だと思うわ。生まれたばかりだし。付けてないからまだ表示されないのよ」
「シロ兄ちゃん、この子の名前付けてあげなよ!」
名前か。そうだな、ウサギだし……。
「ピョンき『『却下!!』』ち……」
女性陣全員から食い気味にダメ出しを食らう。えー?
男性陣も呆れたような顔をしている。そんなにダメか。ガルガドさんがため息をつく。
「どっちかっていうとそれはカエルだろ。シロ、お前センスねぇなあ」
「ピョンピョン跳ねるとこから取ったんですけど……」
「いや、この子あんまり跳ねないと思うよ。羽生えてるし」
ごもっとも。確かにアレンさんの言う通りかもしれない。じゃあ、ウサギだから……。
「ピーター……いや、ロジャー……『『却下!!』』」
またかい。ペットの名前ひとつ、適当でもいいと思うんだが。
「ダメです! 私たちのところへこの子が来たのもきっとなにかの思し召しです。この子は【月見兎】のシンボルになるかもしれない子なんですから、適当な名前じゃダメですよ! だいたい女の子にピョンきちとかピーターってなんですか!」
「そ、そうか」
怒ったレンに子ウサギを取り上げられた。いや確かに【月見兎】ってギルド名にウサギのペットってぴったりだとは思うけど。正確にはそいつウサギじゃないぞ?
再び女性陣の卓におろされ、首を傾げる子ウサギ。
「女の子なんだからそれっぽい名前がいいかな? 和風の名前もありかもね」
「白雪とか? ユキ?」
「月にかけてルナってのも……」
なんだかこっちはそっちのけでワイワイと話が進んでいるが。完全に蚊帳の外だな、こりゃ。
そんな子ウサギを横目でチラ見していたセイルロットさんが、僕へと質問を投げかける。
「それでシロ君は、【調教】か、【従魔学】のスキルを取るのかい?」
「取りませんよ。テイマーになる気はないんで。いちいち戦闘とかで指示するのも面倒ですし」
「もったいないなあ……。かなり強い従魔になると思うんだけど……」
だろうね。ギロチンだからね。【光輪】というスキルはモンスター特有のスキルらしく、天使の輪のようなリングが飛んで、敵を斬り裂く、といったものだとか。怖っ。
「じゃあ、それぞれ候補の名前を書いて、この子に選んでもらいましょう」
え、本人に決めさせんの? 知能が高く、とあるから、ある程度はこっちのいうことも理解できるのかもしれないけど。
「なんてったって『聖獣』だからねえ。人の言語くらいは理解するんじゃないのかな? というか、僕が開発者なら間違いなくそうするね!」
なぜかセイルロットさんが自信満々にそうのたまうが、僕もそうすると思う。
女性陣九名が各々書いた名札をひとつひとつ子ウサギが覗き込んでいく。おい待て、字が読めるのか……? ゲーム内とはいえ、とんでもないな。
二、三枚の名札の前を行ったり来たりしていた子ウサギが、そのうちのひとつを前足でポンと叩く。
「きゅっ!」
「やった!」
ミウラがガッツポーズをとる。どうやらミウラの書いた名前に決まったようだ。どれどれ。
「スノウ……って、まんまかい。あれだけ騒いで」
「いいんだよ。呼びやすい方が親しみもあってさ。おいで〜、スノウ」
「きゅっ」
名付け親になったミウラの胸に飛び込んでいく子ウサギ……おっと、スノウ。ステータスにもきちんと【スノウ】と表示されている。問題ないようだ。
やれやれ、これでひと段落かな。
「じゃあスノウのレベルアップに行きましょう!」
「いいね! レンちゃん、あたしたちも付き合っていい?」
「もちろんです!」
メイリンさんからの提案を受け入れるレン。え? 今から? 女性陣はスノウを中心にワイワイと乗り気のようで、まるでピクニック気分だ。
「と、いうか、テイムモンスターでもないのに戦闘に参加できるんですかね?」
「普通の動物なら無理だけど仮にも魔獣だろう? 正確には聖獣だけど。本人の意思で戦うことはできるはずだよ。あの子が倒してもこっちには経験値も熟練度も入ってこないけどね。でもドロップアイテムは拾えるか」
と、アレンさんが教えてくれたが、それも横取りみたいでなんかイメージ悪いな。まあ【月見兎】所属なんだし、ギルド共有のアイテムとして使えばいいのかね。
「あの子ウサギがどんな戦いをするかすごく興味があるね。僕もついて行こっと。アレンもいかないかい?」
「そうだな……」
セイルロットさんの誘いをどうしようか迷っていたアレンさんに、リンカさんから声がかかった。
「ちょっと待って。シロちゃんとアレンにはしてもらうことがある」
「え? 僕も?」
「そう。聖属性の武器を作るには大量の聖水が必要。それを手に入れないといけない」
あ、そうか。【錬金術】か【祝福】のスキルがあれば聖水を作ることもできるんだけど、あいにくと僕ら【月見兎】も【スターライト】もそのスキルを持っているプレイヤーはいないとのこと。
「買ってくるしかないかな?」
「あるいはギルド依頼で集めるかですかね」
「確かトーラスの店で置いてあったはず。まずはそこで安く手に入れるのがいいかもしれない」
『パラダイス』か……。確かに売ってたような気もするが。
仕方ない、行ってみるか。アレンさんと顔を見合わせ、小さくため息をついた。
◇ ◇ ◇
「らっしゃい。おおう。珍しい組み合わせやなぁ」
「やあ」
「ちわ」
相変わらず怪しさ全開の店だな。見たことのないものやマニアックなものが所狭しと置いてある。
なんで木彫りのアニメロボットがあるんだろう。【木工】スキルで造ったのかな? うお。これ完全変形するのか? いかん、ちょっと欲しいかも……。
店主のトーラスさんは相変わらずのアロハ姿だった。怪しさ増すからやめればいいのに。
「今日はどしたん? ……まさかまた何かとんでもないもん仕入れたんか?」
「仕入れたというか、生まれたというか……」
とんでもないものには違いないんだろうけど。僕がため息をついていると、横にいたアレンさんがトーラスさんに切り出した。
「ちょっとアンデッド相手にやり合うことになってね。聖水を買いに来たんだ」
「聖水か。あることはあるけど、そんなに数はないで」
トーラスさんは棚に置いてあった聖水を顎で指し示す。だいたい二十本分くらいしか置いてないけど、あれで全部なんだろうか。
「入荷してないのかい?」
「ウチは【錬金術】を持っている知り合いのプレイヤーに造ってもらってるんやけども。リアルの仕事で最近プレイ時間を削られてるとかで、制限されてるんや。秋口になるまでこの状態らしゅうて、どうしたもんかと考えてたとこでな」
僕らは夏休みだが、社会人はそうもいかないらしい。夏こそ稼ぎ時、って職場の人たちもそりゃあ多くいるだろう。大人って大変だな……。
「となると、これを買い占めるのはマズいですかね?」
「こっちも商売やさかい、売りもんを売らんことはない。ただ、次の入荷は未定やけども」
一応は売ってくれるようだ。ところで聖水っていくつ必要なんだっけ?
武器一つにつき十本とか言ってた気がするから……【スターライト】と合わせたら十三人で百三十本……! とても足りないぞ。
いや、ヒーラーのセイルロットさんは自前のターンアンデッドがあるし、魔法職のリゼルとジェシカさんも必要ないよな。となると十人分百本か。それでもかなり足りない。
聖水は【祝福】スキルを使っても生産できるが、【錬金術】スキル以上に【祝福】を持っている人は少ない。
「他の店や露店を回って、ダメならギルド依頼をするしかないか」
「ですかね。【錬金術】かあ、取っておけばよかったかなあ」
でもこれ以上生産スキルを増やしてもな。僕は【調合】だけで手一杯だ。それに【錬金術】はいろいろと高価な素材やレア素材を使うから金食い虫だし。緑竜に食らわせた『炸裂弾』だってかなりの……。
「あっ!」
「なんや、いきなり!?」
「ど、どうしたんだい、シロ君?」
突然大声を上げたので二人がビクッとしている。そうだそうだ、忘れてた!
「いや、【錬金術】スキルを持ってるプレイヤーが知り合いにいたのを思い出して。その人なら造ってもらえるかな、と」
グラスベン攻防戦で一緒に戦ったギルド【カクテル】所属のキールさん。僕に『炸裂弾』をくれたプレイヤーだ。キールさんとフレンド登録はしてないけれども、ギルマスであるギムレットさんとは登録交換をしている。話はできるはずだ。
「なんや、いるんやないか。【錬金術】は金がかかるし、地味やからあまりメインで育てるプレイヤーはいないんや。貴重な人材やで。というか、シロちゃん、その人紹介してくれんかな……」
にこにこと揉み手で近寄ってきたトーラスさんに若干引いたが、キールさんにとってもいい話かもしれないので、とりあえず紹介だけはすることにした。交渉はトーラスさんがすればいい。
僕は部屋の隅に移動し、ギムレットさんと連絡を取るためにチャット欄を開いた。
「ああ、そうだトーラス。最近、アンデッド絡みで変な噂を聞いたことはないか?」
「アンデッドで? 大量発生したとかそういう話か?」
「そういったこともそうだが、レアモンスターとかだね。死霊騎士とか、ウィル・オ・ウィスプとか、ドラゴンゾンビとか────デュラハンとか」
「あいにくと聞かんなあ。なんや、シロちゃんのレアモンスター図鑑にそないなモンスターが出たんかいな?」
「そういうわけではないけどね」
僕はアレンさんたちの話を横で聞きながらギムレットさんへ連絡を取った。
僕の持つレアモンスター図鑑には、確かに『デュラハン』というモンスターが記載されている。しかし、それは名前とイラストのシルエットだけで、どこにいるのかとか、どういった攻撃をするとかの記載は一切ない。
これはデュラハンに出会ったプレイヤーがまだいない、あるいは少ないということなのではなかろうか。
夜しか現れないにしてもここまで出会わないというのは、よほど条件が厳しいか、存在するその場所が特殊な場所なのか……。
『おう、シロか。久しぶりだなあ』
「あ、お久しぶりです」
ギムレットさんの声が聞こえてきて、とりあえず僕は思考の海から這い上がった。
【DWO ちょこっと解説】
■聖水について
『聖水』は浄化の作用を持ち、アンデッドに振りかけるとダメージを与え、自らに振りかけるとモンスターが一時的にだが寄り付かなくなる(テイムモンスターは除く)。武器に振りかければ一時的に、製造過程で織り込めば恒久的に聖属性の効果が得られる。また、飲めばステータス異常を回復できる。【祝福】スキルがあれば水から造り出すことができるが、【錬金術】スキルだと他に触媒が必要。