■071 真夏の夜の夢
海で夕方まで泳いだ後は砂浜でバーベキューをし、その後はみんなで花火を楽しんだ。星明かりを照らす夜の海はとても幻想的で、来てよかったと心から思ったよ。
花火を終えたら別荘のプレイルームでゲーム大会。ここは遥花や奏汰、リーゼの独壇場だった。さすがに分別はあるのか、レンシアたちに対して本気になることはなかったが、そのかわり矛先は全て僕へと向けられてボコボコにされた。お前ら覚えてろよ。
VRドライブも人数分あったのだが、領国の違う遥花や奏汰もいるので、【DWO】で遊ぶのはやめておいた。やっぱりみんなと遊びたいしね。
小学生組が夜更かしするのもあまり良くないので、早めに僕らもそれぞれ当てがわれた部屋へと戻る。
広いゲストルームの大きなベッドに横になったが、なかなか寝付けなかった。布団なのかマットレスなのかわからないが、柔らか過ぎる。沈み込む感覚がなんとも寝づらい。
それでもなんとか寝ようと目をつぶり、ゴロンゴロンと馴染まないベッドの上で転がっていたが、そのうちうとうとと眠っていたらしい。
だが、起きて時計を確認すると、二時間くらいしか経ってなかった。
おまけに中途半端に寝たからか、目がパッチリと冴えてしまっている。
なんとか寝ようとするのだが、部屋の中にある柱時計の秒針が、カチ、カチ、カチ……と妙に耳につく。
「ダメだ。寝れん……」
寝るのは一旦諦めて、ちょっと外へ散歩に行くことにした。サンダルを履いて目の前の砂浜へと向かう。
見えるのは闇夜に浮かぶ海。聞こえてくるのは潮騒のみ。
空には満天の星空。なかなかロマンチックな空間だね。男一人だってのが侘しいが。
砂浜に落ちていた大きな流木に腰掛けてぼーっと海を眺める。別になにかを考えてたりはしない。こうしていれば眠くなるかなと思っただけだ。
目を瞑り、寄せては返す波の音を聞いていると……あれ? 波の音が……消えた?
目を開くとやはり波の音が聞こえない。流木から立ち上がると、ギッ、という軋む音がしたので耳がおかしくなったわけではなさそうだ。
「ちょっと待て。海が……止まってる?」
まるで動画を静止させたかのように海が止まっているのだ。そんな馬鹿な。なんだこれ……?
「いったいなにが……! ッ!?」
僕が固まっていると、突然上空から赤いボーリングの球のようなものが砂浜に勢いよく落ちてきて、周囲に砂をばら撒いた。
驚いた僕が尻餅をついていると、その球がゆっくりと空中へと浮かび上がり、周りの砂を取り込み始めた。
まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、球の周りに砂がどんどんと付着していき、やがてそれはひとつの姿を形成する。
長く太い腕に短く太い足。ディフォルメされたゴリラのようにアンバランスではあったが、間違いなく人型の姿を形成していた。高さは三メートルほどもある。
目も口もない、砂でできた巨人だ。
「はは……。なんだこれ……」
渇いた笑いしか出てこない。サンドゴーレムってか。タチの悪い冗談だ。
さらにタチの悪いことに、そのゴーレムは大きな腕を振りかぶり、僕へと突き下ろしてきた。
「わわわっ!?」
サンダルが脱げるのも構わず、僕はそれを横っ飛びで躱す。打ち下ろされた拳は、ドゴン! と砂浜なのに鈍い音が立てて突き刺さった。
冗談じゃない。今のが当たっていたらペシャンコになってたぞ!
こいつはいったいなんだ!? レンフィルコーポレーションの新開発ロボットとか? 土木用のロボットなら工事現場とかで見たことがあるけど、こんなのは聞いたこともない。
「っとぉ!?」
再び振り下ろされるハンマーのような拳を避ける。動きはそれほど速くないのでなんとか避けられるが、こいつはなんで僕を狙ってるんだ!?
そんな疑問を持ちながら動いていたからか、三回目の攻撃を躱した時、砂に足を取られて捻ってしまい、そのまま倒れてしまった。
ヤバい! と思った時にはサンドゴーレムの大きな足が、僕を踏み潰そうと目の前に迫っていた。
万事休すかと覚悟を決めたそのとき、誰かがそのサンドゴーレムの頭部に横から飛び蹴りを食らわせるのが見えた。
よろめいたゴーレムがそのまま真横に倒れる。くるんと空中で一回転したその襲撃者は、軽い身のこなしで砂浜に着地した。
「な……!」
またしても僕は驚く。僕の窮地を救ってくれた人物は、全身黒いラバースーツのようなものを身につけ、頭部にはヘルメットのようなものを被っていたのだ。正直に言って、どこの変身ヒーローか、何ライダーかと突っ込みたくなる姿だった。
実際、なにかの撮影かとカメラを探して辺りを見回したほどだ。
『......iurawonimuhsuzarawakia.akoborasoyconiemuod.nuf』
聞き取れない言語がヘルメットから漏れる。外国人なのか?
座り込む僕など眼中にないように、変身ヒーローはサンドゴーレムに攻撃を仕掛ける。今更ながらに気がついたが、目の前の人物は女性だ。それは身体にピタリと合ったスーツのフォルムからわかる。胸に詰め物でもしていない限りは……いや、女性でも詰め物をしている場合もあるけど。となると、変身ヒーローではなく変身ヒロインと呼んだ方がいいのだろうか。
僕の逡巡など一向に気にすることなく、仮面のヒーローはサンドゴーレムの攻撃を見事に避け続けていた。
『akiiomeduodaam ?akonomitomonnijok.anadoborasoyconupiatiuruf』
仮面ヒーローがサンドゴーレムから距離を取り、スッ、と右手を翳した。そのまま仮面ヒーローは一瞬でサンドゴーレムの懐へと飛び込む。
『adirawoederok』
仮面ヒーローの掌底がサンドゴーレムの胸を叩きつけ、パァンッ! と乾いたような音が夜空に響き渡る。サンドゴーレムの背中から、最初に落ちてきたボーリングの球のようなものが勢いよく飛び出した。
砂浜にドスッ! とそれが落ちると、あっという間に色を失い、ピキリッと亀裂が入る。
その瞬間、サンドゴーレムは形を失い、重力に引かれてその場に砂の山を作った。倒した……のか?
仮面ヒーローがこちらを向く。僕は感謝するべきなのか、逃げるべきなのか、判断に困っていた。この状況、どう考えたってまともじゃない。
仮面ヒーローはフルフェイスの耳元をなにやら人差し指と中指でピッピッと押して、次に喉の部分をカチカチと押していた。なにをしているんだろう?
『──a、A、ア、あ、あー。うん、これでいいか』
「日本語?」
突然、仮面のヒーローは流暢な日本語で話し出した。
『やあ、大丈夫だったかな。ちょっと発見が遅れたから危なかったね』
「いや、はあ……。ありがとうございます……?」
『しかしこんな時間に人がいるなんて思わなかったな。面倒だが、ま、仕方ない』
声は女性のような男性のような判別のつきにくい声だった。変身ヒーローは腰のポーチのようなものから金魚すくいで使う『ポイ』のようなものを取り出して、それを僕へと向ける。
次の瞬間、眩いばかりの光が『ポイ』から放たれ、僕の視覚を奪った。
真っ白になった視覚がだんだん戻ってくると、金縛りにあったように自分の身体が動かなくなっていることに気づいた。
僕はなんて馬鹿なんだ。こんな怪しい人物を目の前にして逃げもせずに……!
変身ヒーローがゆっくりと僕の前まで歩いてくる。
『ま、座りたまえ。あれ? 君は……。はは、奇妙な偶然もあるもんだな』
なんだ? まるで僕を知っているかのような声に疑問が浮かんだが、そんな思考とは関係なく、その言葉に身体が従ってしまう。僕はゆっくりと砂浜に座り込んでしまった。
『君は夜中にこの砂浜に来て、ここでウトウトと寝てしまった。さっき見たことも全部忘れる。いいかい? 君はなにも見ていないし、なにも聞いてはいない。君は朝まで……は風邪をひくか。今から一時間で目覚めるが、起きたら全てを忘れている。そうしたらそのまま部屋に戻り、眠りたまえ』
僕はその言葉に逆らえず、だんだんとまぶたが重くなっていった。これってアレか、催眠術的な記憶操作……。まあ、ヤバいものを見たかもって気はしてたけど……。殺される、より、はマシ……かな……。
『おやすみ、シロ君』
意識が落ちる直前に、そんな声を聞いた……。
◇ ◇ ◇
「はっ!」
朦朧とした意識が甦る。闇夜に浮かぶ海が、潮騒の音を運んできた。どうやら寝てしまっていたらしい。
立ち上がる。砂浜には誰もいない。満天の降るような星が空に瞬いている。
「僕は……眠れなくてここにきて……そして……」
──────覚えている。覚えているぞ。
ボーリングのような球も、砂でできたゴーレムも、仮面のヒーローも……僕は覚えている。
なぜかわからないが、あのヘルメット女の催眠術は僕にはきかなかったらしい。
砂浜には戦ったような痕跡はひとつもなかった。だけどあれは実際にあったことだ。絶対に夢なんかじゃないと、ゴーレムを避けていた時に捻った足首の痛みが僕に告げる。
しかし、あれが現実にあったことだとして、僕になにができるというのだろう。
誰かに話したところで鼻で笑われるのがオチだ。誰も信じてくれないだろう。それどころか頭がおかしくなったかと心配されるかもしれない。
「証拠的なものはなにもないもんなぁ……」
…………黙っとくか。なんらかの思惑はあったにしろ、彼女は僕を助けてくれたんだし。パニックになりそうな頭を無理矢理に納得させて、なんとか気持を落ち着かせる。
そう結論付けると僕は踵を返し、別荘へ向けて歩き始めた。向こうも幸せ、僕も幸せならそれでいいだろ。謎はいろいろと残るけど……。
『おやすみ、シロ君』
彼女は僕を『シロ』と呼んだ。それはつまり、彼女も【DWO】のプレイヤーであるかもしれないということ。
僕の知り合い……いや、そうとも限らないか。自分で言うのもなんだが、僕はそれなりに目立っている。向こうが一方的に知っているだけという可能性も高い。
むむむ……待てよ。【DWO】ではネカマプレイができないから少なくとも女性ってことだよな。そうなるとだいぶ絞られるか?
「…………ま、考えてもどうしようもないか」
向こうが答えてくれない限りわからないわけだし。素直に答えるはずがないし。
ハァ……もういいや。寝よ寝よ。
「ふあぁ……」
「眠そうだね、白兎君?」
朝食の席で隣に座ったリーゼが声をかけてきた。あまりにも何度もあくびをするので、見かねたのかもしれない。
「いや、昨日なかなか寝付けなくて……。ほらベッドがふかふかだったろ。なんか、ね」
「そお? 普通だったと思うけど?」
おのれ、セレブめ。庶民感覚が通じん。同じ庶民代表の霧宮兄妹を見ると、朝から元気に朝食をかきこんでいた。くっ……こいつらグッスリと寝やがったな。さすが神経が図太い。
「………………」
「……なに?」
リーゼがじっ、と僕を見ている。ん? 寝癖でもついてるか?
「ううん。なんでも。今日は船で沖に行くんだって。楽しみだねー」
「あのでっかい船でか……」
この島に来るときに乗った大型クルーザーとやらは、ヘリポートまである冗談みたいな船だった。おっとクルーザーじゃなくて、メガヨットとかだっけ? 風花さんが説明してくれたが、よく覚えていない。
それから二日ほどレンシアの島で遊んで僕らは帰路に着いた。いろいろあったけど楽しかったな。
家に帰ると今度は父さんと一緒に伯父さんたちのいる島に帰省することになった。帰省のはずなのに、散々伯父さんや門下生の人たちにシゴかれて、まったく気が休まらなかったが。それでもちゃんと母さんの墓参りをして、無事にやっていることを報告した。
夏休みに入ってからまともに【DWO】にログインしてないな……。砂浜でのアレがあったから、ちょっと足が遠のいてしまったのは否めないが。
まあ、まだ夏休みは始まったばかりだ。これから遊び倒していけばいいか。
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「フン、倒されたか」
「やつらも馬鹿ではありませぬ。対抗策をとってくるのは承知の上です。その上でサンプルを持ち帰ることができれば御の字だったのですがね」
「で、どう見る?」
「やはり再考の余地があると思いますな」
「然り。我らと肩を並べるには未熟すぎる。今少しの時が必要かと思われるな」
「【連合】はなんと?」
「未熟な者を導くは我らの役目と。いつまでも揺りかごに揺られていては独り立ちはできぬ、とも」
「言葉だけならなんとでも言えますな。では我らが試練を与え、彼の者らを試しても文句はないというわけですな」
「然り。それ次第では上も考え直さざるをえまい。して、準備は?」
「着々と。手の者を放っておきましたゆえ」
「あくまでも規則に則らねばならんぞ。『■』に敵視されてはなんにもならぬ」
「わかっております。まずは小手調べ。ちょいとつつけば馬脚を現しましょう」
「うむ。期待しておる」
「おまかせあれ」
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【DWO無関係 ちょこっと解説】
■メガヨットについて
定義はないが、メガヨットとは全長100フィート(約30メートル)、あるいは120フィート(約36.5メートル)を超えるヨットを指し、さらに300フィート(91メートル)を超えるものはギガヨットと呼ばれている。ちなみにロシアの大富豪が持つギガヨットが、全長142.6メートル、八階建ての高さ91.4メートルのもので、価格は482億円だとか。おのれ、セレブめ。