■070 エメラルドグリーンの海
「ったくよぉ、あんなスキル、チートだろうが」
「人聞きの悪いこと言うな。ちゃんと真っ当に手に入れたスキルだっての」
教室で弁当を食べながら霧宮兄がボヤく。昨日の【PvP】のことを言っているのだ。
まあ、八人に【分身】した上に、【加速】という、初見ではほとんど対策できない攻撃だったけどな。おまけに動きが遅い大剣持ちが相手だ。もちろん僕の圧勝だった。
「ふふん。そのはっくんを倒したあたしがこの中では最強ってわけだね! えっへん!」
「く……。相性の問題だろ、あれは……」
胸を張る霧宮妹。何回もウザいぞ、この。
ソウこと奏汰を倒した僕に、次はあたし! とばかりにハルこと遥花が【PvP】を挑んできたのだ。
結果は僕の惨敗。わずか数分で負けましたよ、ええ。
仕方ないだろ。いかに【加速】とか持ってたって、分身の一人に十四匹の狼で同時攻撃されちゃさ……。HPが1/128になってる上に共有してんだぞ。分身体に狼の爪が掠っただけで負けたよ。情けない……。
相性が最悪だったとしか言いようがない。ワーウルフを含め、狼系はAGI(敏捷度)がメインのやつらだからなぁ。これが熊とか蛇ならなんとかなったんだけど。
【分身】を使ったのも失敗だったかも。元のHPで耐えながら、【加速】で避けつつ狼たちを一匹ずつ仕留めて、遥花だけになったら【分身】で片付ければよかった。作戦ミスだな。
一撃だけはダメージを防ぐアクセサリーとか装備した方がいいかもしれん。今度トーラスさんの店に行ったら探してみよう。
「それよりさ、明後日から夏休みだけど、白兎はなんか予定あるんだっけ?」
「ん? 一応僕は島に帰省するつもりだけど」
「神代島……だっけ?」
「そう」
伯父さんがいる僕が育った島だ。なんにもないところだけど。あ、猫だけは山ほどいるな。
「夏休み中行きっぱなしなのか?」
「うんにゃ。お盆前に三日くらい。父さんが休み取れなくてさ」
「単身赴任は大変だな」
ホントにな。一人息子を放ったらかしにしてさ。よくグレないものだと我ながら感心するよ。
「リーゼは? 一旦国に帰るの?」
遥花が僕の隣、正面に座るリーゼに声をかける。
「ううん。帰らないよ。私の国って交通に不便なところにあるから帰るの大変なんだよ。空港もないし」
「じゃあはっくんが帰省する前にさ、みんなで海に行かない?」
「海?」
自分的には海に囲まれたところに帰省するんですが。いやまあ、反対ではないけれど。
「海かあ。私、海に行ったことないや」
「えっ、そうなの?」
リーゼの言葉にちょっと驚く。でも中欧あたりならそれもあるか。日本人だって、海に行ったことがないという人も県によってはいるはずだ。ちょっとかわいそうだな。
「じゃあ、なおさら行こうよ! そうだ、昨日の子らも誘ったら? リアルでの知り合いなんでしょう?」
「え。レンシアたちか?」
グッドアイデア! とばかりに手を叩く遥花だが、僕はむむむ、と首を捻る。というか、リーゼも同じパーティ仲間でありながら知らないんだけど、レンシアって【DWO】を作ったレンフィル・コーポレーションの社長令嬢なんですけど……。
その上、ミウラもシズカも同じお嬢様学校に通う、言ってみればセレブだ。そんなセレブなお嬢様たちが庶民の海水浴場へと行くかっていうと……。
「うーん……。あの子ら、来るかなぁ……」
「いいじゃんいいじゃん、とりあえず誘ってみたら。ダメなら四人で遊べばいいんだし。よし、けってーい! 明日、終業式終わったらリーゼの水着買いに行こう!」
「強引だなぁ……」
まあ、リーゼも喜んでいるみたいだし、僕としても海に行くのはやぶさかではないが。
とりあえずウェンディさんに連絡してみるか。
レンシアの電話番号は知っているんだけど、かけるとまずウェンディさんが出るんだよね……。レンシアのスマホもウェンディさんが持ち歩いているんだろうか。
そんなことを考えながら僕は再び弁当へと箸を伸ばした。
◇ ◇ ◇
『それでしたら、お嬢様のプライベートビーチへいらっしゃればよろしいかと。ちょうどこちらもその予定がありましたので』
「は?」
帰ってから昼間の海水浴の話をウェンディさんに連絡したところ、とんでもない答えが返ってきた。
プライベートビーチってなんですのん……?
聞けばミウラやシズカと一緒に毎年行ってるんだとか。正確にはプライベートビーチのある島の別荘に行くってことらしいが、その時点でいろいろとおかしい。
「えーっと、そんなところに僕らが行ってもいいんですかね……?」
『構いません。お嬢様たちも喜ぶかと。旦那様には私の方から伝えておきます。では三日後の早朝に白兎様のご自宅にお迎えに向かいますので』
「アア、ハイ……」
通話が切れたスマホを持ちながら、なんかとんでもないことになったのでは? と、冷汗が頬を伝う。
いや、悪いことじゃないんだけど……。
◇ ◇ ◇
「おい、白兎……ありゃなんだ……?」
「リムジンってやつじゃない……? 僕も初めて見るけどさ……」
早朝、僕の家の前で止まった全長が七、八メートルはあろうかという真っ白いリムジンを見て、僕と奏汰、それに遥花が絶句する。リーゼは『おー』と感心はしていたが、僕らほど驚いてはいないようだ。セレブめ。
ガチャリとリムジンのドアが開き、中から小さな女の子が飛び出してきた。金髪碧眼、ゴシック調の黒い服を着て、まるで人形のように綺麗な女の子だ。
燦めくツインテールをなびかせながら、真っ直ぐに女の子は僕の胸(正確にはお腹)へと飛び込んだ。
「ハクトさン!」
「やあ、レンシア。こんにちは」
「ハイ! こんにちは、でス!」
【DWO】では翻訳機能があるから全然違和感なく聞こえていたが、電話やリアルだとやっぱりレンシアの日本語はどこかたどたどしい。だけど初めて会ったころに比べたらものすごくうまくなっている。
わずか数ヶ月でここまで上達するとは、やっぱり子供はこういった学習能力が高いんだなあ。
「お嬢様。淑女たるもの、往来でのハグは時と場合をお選びなさいませ」
リムジンから続いて現れたのは長身のメイドさんだった。
【DWO】では赤毛だったショートカットが黒髪になっているが、間違いなくウェンディさんの面影がある。
「えっと、ウェンディさん、じゃなくて……」
「レンシアお嬢様の御付きをしております、上原風花と申します。以後、お見知り置きを」
深々と頭を下げるウェンディさん、もとい風花さん。その後ろから今度は二人の少女が降りてきた。
一人は活発そうな青と白のボーダーシャツに、紺のハーフパンツといったマリンルックの少女で、ショートカットの癖っ毛が猫を連想させる。元気いっぱいのその姿は間違いなくミウラだ。
かたやもう一人の少女は間逆の雰囲気である。白い襟とフリルのついた清楚な紺のワンピースを着込み、前髪が切り揃えられた長い黒髪には白のカチューシャ。いかにもお嬢様スタイル。こっちがシズカだろう。
逆だったら面白いが、顔つきを見ればどっちがどっちか一目瞭然だ。【DWO】における顔の修正率ってのは意外と高くないって聞くけど、信憑性が出てきたなぁ。
人間誰しも顔にコンプレックスは持っているけれど、それは部分的なもので、『もうちょっと鼻が高かったら』とか、『あと少し顎が丸かったら』とか、直したいのは一部だったりする。
だから全部のパーツをいじらない限り、面影が消えることはないし、意外と超絶美形・美人にするのは抵抗を感じる人も多い。知り合いとゲームを始める人たちは特に。
ミウラとシズカもあまりいじっていないらしい。髪と瞳の色くらいだな。
「わー! シロ兄ちゃん、まんまだねぇ!」
「ええ、本当に」
「お前たちに言われるとなんか理不尽さを感じるな」
それはお互い様だろうに。
「まあ、いいや。僕は因幡白兎。ま、シロでもいいけどね」
「蘭堂美雨。美雨でいいよ」
「静宮雫と申します。よしなに」
他のメンツとも自己紹介を終えると、さっそく出発することになった。
ちなみに僕の家の前、正確に言うと僕の家とお隣さんのリーゼの伯父さんちの前にでかいリムジンが三台止まっている。
なんでこんなに? と疑問を口にするとボディガードの方(全員女性)もいらっしゃるとかで……。
「ではお嬢様たちとリーゼさん、遥花さんは前の車へ、白兎さん、奏汰さんは真ん中の車へお願いします」
男性、女性と別れて乗り込むようだ。まあその方が気を使わなくていいか……。
「おい白兎……なんだこのシート、すごい座り心地がいいんだが」
「贅沢だねえ……」
『では出発します』
内部スピーカーから風花さんの声がして、ゆっくりと滑り出すようにリムジンが走り出した。
◇ ◇ ◇
それから高速道路をひた走り、すぐさま空港からひとっ飛び。その次は大型クルーザーに乗り込んだと思ったら、あっという間に僕らは島の人になっていた。
どれもこれも居心地のいい空間だったから、時間が経つのが早かった気がする。
「っていうか……これが別荘……?」
どう見ても大豪邸としか見えない邸宅に僕と霧宮兄妹はあんぐりと口を開けていた。リーゼはまたもや『おー』と感心するだけで、平然としている。セレブめ。
というか、彼女は大邸宅より初めて見る海の方が気になるようだ。
早くに出たので時間はまだ昼をちょっと過ぎたばかり。充分に今からでも泳げる。
「じゃあさっそく着替えテ海で遊びましょう!」
レンシアたちも遊ぶ気満々のようだ。日焼けとかを気にしない僕と奏汰は当てがわれた個室でさっさと水着に着替え、女性陣よりも先に海へと向かった。
すでにビーチではメイドさんたちがパラソルやビーチチェアを設置して、万全の用意を整えていた。
「おおー! なかなかのオーシャンビューだな!」
奏汰が眩しい陽射しに目を細めながら、目の前に広がる光景に騒いでいた。
確かに白い砂浜にエメラルドグリーンの海は、本当に日本かと疑いたくなる。
「っしゃーっ! 泳ぐぜー!」
準備運動もせずに奏汰が走り出し、海へと飛び込んだ。速っ。
海を舐めたら痛い目を見るぞ。島の生活でそれを知っている僕は、念入りに手足をほぐしてから入ることにする。
指の関節まで丁寧にほぐしていると、ビーチへぞろぞろと女性陣がやってきた。
「お待たせ〜」
大きなビーチボールを持って遥花が声をかけてくる。
遥花はオレンジを基調としたチューブトップのビキニ。そしてその横にいるリーゼは白いホルターネックにフリルの付いたスカートタイプの水着だった。その上にパーカー、手には浮き輪を持っている。
「あれ、奏汰兄ちゃんはもう泳いでんの?」
「準備運動もしないでな。みんなはちゃんとした方がいいぞ」
続いてやってきたのは風花さんに連れられたお嬢様三人組。
レンシアは白いスカートタイプのワンピース、美雨は青地のホルターネックワンピースに、白の水玉模様、雫はパステルグリーンのシンプルなワンピース姿だった。
普通の水着に見えるがおそらくどこぞのブランド物で、想像もつかないくらい高いに違いない……胸部標高は年相応に低かったが。
彼女たちを連れた風花さんは、黒のビキニにパレオを巻いた姿だった。さすがにオトナ、三人とは比べ物にならないものをお持ちだ。
「白兎さン、こ、これ、どうですカ?」
レンシアがくるりと回転してもじもじと尋ねてくる。ん? 『これ』とは?
「水着を……いえお嬢様を褒めなさい……」
忍者のごとく僕の背後に回った風花さんが、かすかに聞こえる声でそう言った。いつの間に……!
「白兎さン?」
「あ、いや。可愛いね。似合ってるよ」
「えへへ。よかっタ」
はにかみながらレンシアが笑顔を見せる。ああ、そういうことか……。
「はっくん、あたしのは〜?」
「はいはい、似合ってる似合ってる」
「雑だ!」
ニヤつく遥花を軽くあしらう。だってお前、ちゃんと褒めたら褒めたでつけあがって調子に乗るだろ。
「よーし、泳ぐぞー!」
「あっ、待って下さいまし」
いつの間にか大きなシャチのフロートを抱えた美雨が海へ向かって走り出した。それに続いて雫も砂浜を走り出す。元気だなあ。
「あ! 美雨ちゃン、準備運動しなきゃダメー!」
レンシア、それに風花さんも美雨たちを追いかけて走り出した。
海の方を見ると、奏汰がポツンと遠くに見える。どこまで泳いでんだ、あいつ。遠浅とはいえ泳ぎ過ぎだろ。
軽い準備運動をこなした遥花とリーゼに僕は声をかけた。
「じゃあ僕らも泳ぐか」
「そう言えばリーゼって、泳げるの? 初めて海に来たんでしょう?」
「泳げることは泳げるよ。家にプールはあったし。こういったところで泳いだことはないけど」
自宅にプール……。なら大丈夫か。この海は波も高くないし、遠浅らしいから。
一応、砂浜にいたメイドさんたちに浮き輪を借りて、僕らも海へと向けて歩き始めた。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■エメラルドグリーンの海について
水の分子は赤系の光を吸収しやすく、青系の色を吸収しにくい。ゆえに強烈な太陽の光、海の透明度の高さによって美しい青色の海となる。さらに海底の白い砂と距離の短さ(遠浅など)が加わると、青系に近い緑系は水に全て吸収されず海底に反射して、海はエメラルドグリーンに見える。一度でいいからリアルに見てみたい。カナヅチでまったく泳げないが。




