■068 敗北は薔薇の香り
【月見兎】のギルドメンバーとなったリンカさんは、それからずっと『魔焔鉱炉』の前に陣取り、ログイン時間いっぱいまで【魔王の鉄鎚】を振るい続けた。
ちょっと……いや、かなりハイな様子でリンカさんはアレンさんたち【スターライト】の武器防具を次々と生産していった。楽しくて仕方がないといった雰囲気の彼女を、止められる者は誰もいなかったのである。
作った武器や防具はどれもこれもが何かしらの特殊効果が付与されており、あらためて【魔王の鉄鎚】の規格外さを思い知らされた。付与される効果は全くのランダムであるので、中には微妙な効果の付いたアイテムもあったが。【幸運度+1】とかね。
そんな感じで数日をかけ、ぶっ続けで【スターライト】の装備をリンカさんは作り続けている。VRゲームがログイン時間を制限しているわけがよくわかった。
「ところであのSランク鉱石はどうするんですか?」
【星降る島】の桟橋でアレンさんと釣りをしながら、僕は気になっていたことを切り出した。
砂浜ではガルガドさんとミウラ、シズカとメイリンさんが【PvP】をしている。完成した武器や防具の性能を試しているんだろう。
「うーん、Sランク鉱石といっても一つだけだからねぇ。武器を造るにしたって用途は限られてくる。短剣とか、槍の穂先とか。リンカはAランク鉱石と融合させて、新たな金属で武器を造るのもアリと言っていたけど」
【魔王の鉄鎚】の効果を使って、か。AランクとSランクの鉱石を融合させた、ハイブリッド的な物ができるかもしれないな。
「もう一度あそこに行くことはできるのかな?」
「僕一人なら行けますけど。パーティで転移ってなると、ランダムですからねぇ……」
Sランク鉱石だけじゃなく、【魔王の鉄鎚】も発見した場所だ。もっとすごいお宝が眠っていても不思議はない。……が、ドラゴンの巣みたいな場所だしなぁ……。何回も何回も死に戻るのは嫌だ。トラウマになる。
「結局今のところは保留かな。『オークション』に出品して大金を、って手もあるけどねぇ」
「『オークション』?」
「あれ? 知らない? 湾岸都市のオークションハウスで、貴重なアイテムやオリジナル物のアイテムなんかを競り落とせるんだよ。僕らがリンカに頼んだAランク鉱石のいくつかはここで競り落としたものなんだ」
ほほう。そんな場所が。これはひと稼ぎできそうな予感?
そんな僕の考えを読んだのか、アレンさんは苦笑しながら続きを説明してくれる。
「残念ながら出品者はプレイヤーネーム等情報開示しないといけないから、シロ君向けではないと思うよ。例えばあの『回復飴』を出品したら、たちまちどこで見つけた、どうやって作った、と聞きにくる輩が溢れるだろうね」
うげ。それは勘弁してほしいな。チケットガチャで手に入れました、と嘘を言ってもいいんだが、あとでそれが嘘とわかったら、何を言われるかわかったもんじゃない。
「とりあえずはリンカが作ってくれた武器で第三エリアのボスを探すことにするよ」
「あれ? 【星の塔】は攻略しないんですか?」
「あっちは別に逃げないからね。シークレットエリアだから他のプレイヤーはそう簡単に辿りつけないだろうし、アイテムも早い者勝ちってわけじゃないみたいだし」
まあ、確かに。今のところあそこに行けるのはアレンさんの【スターライト】と、僕ら【月見兎】だけだ。
【星の塔】の宝箱は、毎日入れ替わるそうなので、貴重なアイテムを先に取られる、ということもないようだし、僕らもそうするかな。
「第三エリアのボスってどこにいるんですかね?」
「さあねえ。マップを見ると、【怠惰】の領国で、第三エリアは第五エリアと並んで広いからね。ただ、やっぱり海のモンスターだと思うんだけどなあ」
「となると船が必要ですか」
「や、船は小型だけど手に入れてあるんだよ。【操船】スキルを誰も持ってないから船員を雇う必要があるけどね。こないだ危なく沈没しかけたけど……。Sランク鉱石を売って大きな船を、って話も出てる」
うーん、でも【スターライト】は少人数のギルドだから、そんなに大きい船はいらない気もするな。
「確かにね。【エルドラド】なんかは大船団を作ってボスを探すとかいう噂があるよ」
【エルドラド】? ああ、【怠惰】の領国で一番の大所帯ギルドか。確かギルドメンバーが二百人以上いるとか。第一、第二エリアと【スターライト】にエリアボスを初討伐をされたんで、第三エリアこそは、と意気込んでいるとかリゼルから聞いたな。
「もうその人たちがボスを見つけてくれるんじゃないですかね?」
「確かに誰かが見つけるまで動かないってのも一つの戦略ではあるけどね。僕らの主義じゃないかなあ。まだ第三エリアを探し切ってないし、どこかになにかのヒントが……おっ、来た!」
アレンさんが釣り竿を引いて立ち上がる。虹色に輝く鮎のような魚が数匹釣れた。
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【セブンフィッシュ】 魚類
■特別な場所にしか棲息しない魚。
肉は白身。七つの味を持つ。
食べるとランダムで能力値が一時的に10%上昇。
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「七つの味ってのはハズレもあるのかな……?」
「さあ……」
僕が【鑑定】した結果を聞いて、微妙な顔になりつつもインベントリへ魚をしまうアレンさん。【星降る島】の周りにいる魚は別に僕らのものというわけではないから、釣った人の物だ。
さっきのオークションでここらの魚も売ったらいい値段で売れそうだよなあ。どこで釣った? とか聞かれるんだろうけど。
ひゅっ、とアレンさんが餌をつけて釣り針を海へと再び投げ入れる。
「シロ君のとこは第三エリア攻略に向かうのかい?」
「うちはまだ半分も回ってないですからねえ。リンカさんに武器とか造ってもらったら、今度は【グラスベン】の南の方を回ってみようと思いますけど」
「中央エリアか……。となると【巨人の森】かな」
「はい。そのあたりをちょっと回ってみようかと」
第三エリアの真ん中、中央エリアと呼ばれるところは、北から山岳地帯、草原、森林、沼地となっている。
このうちの草原地帯がこの間攻防戦があった【グラスベン】のある【ラーン大草原】だ。アレンさんの言う【巨人の森】はその南にある。
「あそこは僕らもあまり探索はしなかったな。その名の通り、とにかく巨人系のモンスターが多くてね。割に合わないんだ。武器や防具の耐久性もガンガン落ちるしさ。何個盾をダメにしたことか」
「巨人系と言うとサイクロプスとか?」
「他にもトロール、オーガ、エレメントジャイアント、ミノタウルス……ウッドゴーレムなんてのもいたね。総じて動きは鈍いから、シロ君には相性のいい敵かもしれないな」
確かに。ストーンゴーレムみたいに硬くないのならいくらでもやりようはある。ただ、HPが多いから倒すのに時間がかかりそうなのと、集団で現れると厄介かなあ。
そんなことを考えているとぐぐっと竿が引かれた。おっ?
立ち上がり、えいやっ、と釣り上げてみると。
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【防雷の長靴(右足)】 Gランク
DEF(防御力)+1
AGI(敏捷度)+1
耐久性20/20
■電撃のトラップ床を平気で歩ける靴。
【状態】爪先破損
□装備アイテム/靴
□複数効果なし/
品質:BQ(粗悪品)
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「…………ここの海は装備アイテムまで釣れるのかい?」
アレンさんが呆れたようにぶら下がる長靴を見ながらつぶやく。いや、装備アイテムっていうか、爪先は穴が空いてるし、片足だけだし。というか、ぐぐっ、て引いたのって誰っ?
とりあえず誰かが左足も釣るかもしれないからと、ギルド共有インベントリに収納してはおくけどさ。
◇ ◇ ◇
「よっ!」
僕が懐に飛び込み、放った一撃をアレンさんが真紅の盾で受け止める。
次の瞬間、盾から薔薇の花びらが溢れ出して宙を舞い、僕の視界を遮る。くう、邪魔だな! しかも香りまであるのか!
「はっ!」
アレンさんが薔薇の花びらを貫いて、鋭い突きを繰り出してくる。危なっ!
紙一重でそれをジャンプして躱し、砂浜へと着地する。
「ふざけた効果かと思ったけど、意外と使えるね」
「ですね。すんごい邪魔です、その花びら。アレンさんの方からは透明の花びらに見えるみたいですけど、こっちは普通の赤い花びらにしか見えません。視界が遮られます」
アレンさんは赤い薔薇の意匠が彫られた新しい盾を眺めた。
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【ローズシールド(赤)】 Xランク
DEF(防御力)+130
耐久性60/60
■薔薇の意匠が施された大型盾。
□装備アイテム/大盾
□複数効果なし/
品質:F(最高品質)
■特殊効果:
衝撃を受けると薔薇の花びらが散る視覚効果。
(効果無効に切替可能)
【鑑定済】
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【魔王の鉄鎚】で付与された特殊効果を見た時はハズレだと思ったけど、なかなかどうして。対人戦なんかにはかなり有効なんじゃないだろうか。
「いや、まあ……。使えるし、性能も申し分ないんだけど……」
そう言ってアレンさんが手にした剣で自分の盾をガンガン叩くたびに薔薇の花びらが舞い、あたりに芳しい香りが立ち込める。
「派手ですね」
「だよねぇ……」
「【薔薇の騎士】とか、そういう称号を獲得しそうですよね」
「やめてくれ。ホントに獲得しそうだから……」
称号に関しては通り名というか、そういったものも付くことがある。僕も【忍者】とか【調達屋】とかを獲得したりしないかと戦々恐々としているからアレンさんの気持ちはわかるな。
まあ獲得しても表示しなきゃいいだけの話だけど。
「やっぱり普段はOFFにしておくか……。目立ち過ぎるしなあ……」
「【流星剣・メテオラ】の方は試したんですか?」
「ん? ああ、【ラーン大草原】の方に行って試してみたよ。とんでもない威力だった。堕ちてくるのはバスケットボールくらいの隕石なんだけど、モンスターを一撃で倒したよ。ただ、攻撃が始まるまで若干のタイムラグがあるけどね」
そこらへんは魔法スキルも詠唱時間ってものがあるし、仕方ないんじゃないかな。
「でもそれくらいの大きさだと避けられたりしないですか?」
「いや、隕石はけっこうな速さだし、ある程度の追尾機能もあるみたいだ。問題があるとすれば、敵味方問わずなんで、ターゲットにしたモンスターが味方のところに近づくと巻き添えになることかな。まあ、距離を取って初撃でかませばいいだけの話だけど」
しょっぱなに【メテオ】をかましてから攻撃に入る、ってことか。それが一番有効な使い方かな。
「あとは建物内や洞窟などでは使えないってことかな。それを差し引いてもこれはすごい剣だよ」
やっぱりとんでもないな、【魔王の鉄鎚】……。同じレベルのアイテムが他の六領国にもあるんだろうか。おそらくは第五エリア以降なんだろうけど……。
というか、【傲慢】のアイテムを【怠惰】に持ってきてもしまってよかったのだろうか。
DWOには、一人のプレイヤーしか手に入れられない、一個だけのユニークアイテムやユニークスキルなんてものは存在しないらしい。
一応、それっぽいのが『Xランク』だけど、これは『唯一無二のもの』ということではなくて、『ランク対象外』ってだけだからちょっと違う。極端な話、SSSランク以上の剣でも、使えないゴミのようなオリジナルの剣でも『Xランク』となり得るわけで。
それを信じるなら他の【魔王の鉄鎚】もまだ【傲慢】の領国に眠っているはずだ。
それにマップを見る限り、第四エリアに入れば他の領国とも行き来できるっぽいし、【怠惰】に流れてもおかしくない……と思う。早すぎるとは思うけど。
ズルして手に入れたわけじゃないし、ま、いいか。
「さて、次はシロ君のスキルを見せてもらおうか。あの分身みたいなスキルはなんだったんだい?」
ローズシールドを構えてアレンさんがそう尋ねてくる。【魔王の鉄鎚】を手に入れた時のことを言っているのだろう。分身みたいなっていうか、まんま【分身】ってスキルですけど。
ちょうどいい。アレンさんに【分身】の練習相手になってもらおう。トッププレイヤーにどれだけ通用するか試すのも悪くない。
僕はほくそ笑みながらスキルスロットに【分身】をセットした。
────────うがー、負けたっ!
盾から衝撃波みたいなものが飛んできたぞ!? なんだあれ!?
トッププレイヤーの道のりは長い……。
敗北は薔薇の香り。
【DWO ちょこっと解説】
■Xランクについて
Xランクとは規格外のアイテムやオリジナルのアイテムにつくランクである。DWO内にひとつだけのユニークアイテムというわけではない。オリジナルで誰かが一番初めに作ったものはDWOで唯一のものだが、他のプレイヤーが同じものを作れば唯一のものではなくなる。一個だけなら貴重な高ランクであっても、何万個も作られると貴重さはなくなるため、ランク付けができない。そういったアイテムが『Xランク』となる。また、価値がつけられないという意味の『Xランク』も存在する。