■067 魔王の鉄鎚
■あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
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【魔王の鉄鎚】 Xランク
ATK(攻撃力)+0
耐久性 100/100
■太古より封印されし魔王の鉄鎚。
扱えるのは特定の称号を持つ者のみ。
【状態】封印中 無登録
□装備アイテム/鎚
□複数効果なし/
品質:LQ(低品質)
■特殊効果:
様々な付与をランダムで与える。
金属を鍛え、進化させることができる。
違う金属を融合することができる。
【鑑定済】
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僕は床に落ちているそれをしげしげと眺めた。【魔王の鉄鎚】?
確かにハンマーのように見えなくもない。が、ところどころに岩がくっ付いてたり、グリップの部分もボロボロに汚れて、錆びついた鉄筋が飛び出したコンクリートの塊にも見える。廃墟とかに落ちてそうだ。
「しかし魔王ってのは……。この世界に魔王っているのか?」
「あら、いてもおかしくはないわよ。このハンマーが見つかった【傲慢】を司る悪魔は魔王ルシファー。まさにその通りの名前だし」
僕のつぶやきにジェシカさんがさらりと答える。そうなのか。
七つの大罪にはそれを司る代表的な悪魔がいるんだそうだ。
【傲慢】を司る魔王ルシファー。
【嫉妬】を司る魔王リヴァイアサン。
【憤怒】を司る魔王サタン。
【暴食】を司る魔王ベルゼブブ。
【強欲】を司る魔王マモン。
【色欲】を司る魔王アスモデウス
【怠惰】を司る魔王ベルフェゴール。
まあ、このゲームにその魔王ってのが存在しているかとうかはわからないが、名前くらいは出てきてもおかしくはない。
そんな【魔王の鉄鎚】だが、重すぎて持てないんじゃ武器にもなりゃしないぞ。まあ、封印中だからか攻撃力0だけどさ。
そんなことをアレンさんに話すと意外な答えが返ってきた。
「いや、これは武器じゃないかもしれないよ」
「え? でも装備アイテムって……」
「特殊効果のところを見てごらんよ。『様々な付与をランダムで与える』『金属を鍛え、進化させることができる』『違う金属を融合することができる』……。なにかを連想させないかい?」
連想? なんとなく金属が関係しているような感じはするけど。付与を与え、金属を鍛えて、融合させる……。あ。
「そう。おそらくこれは武器として使うものじゃない。鍛冶師が使うハンマー……火造り鎚なんじゃないかな」
なるほど。鍛冶師用のハンマーなのか。と、なると、ここに書かれている『扱えるのは特定の称号を持つ者のみ』ってのは……。
僕は振り向いて、背後にいたリンカさんに視線を向けた。
「……リンカさん、これ、持ってもらえますか?」
口は開かずに、リンカさんはただコクリと頷いただけだった。
一時的に所有権を貸し出し、リンカさんにも装備できるようにする。床に転がる【魔王の鉄鎚】をリンカさんが手に取った。
その刹那、ハンマーからまばゆいばかりの輝きが放たれ、まとわりついていた石片がボロボロと剥がれていく。
剥がれ落ちた下から出てきたのは黄金と漆黒に輝く美しい翼のような装飾が施された、長さ五十センチほどのハンマーであった。さっきのボロボロとした姿とは似ても似つかない。
そしてそのハンマーをリンカさんはなんでもないことのように頭上にかざした。すご……。ガルガドさんでも持てなかったのに……。
「ちょ、そのハンマー、ステータスが変化してるわよ!?」
「え!?」
【解析】したのだろう、ジェシカさんがハンマーに触れて、再び【鑑定済】にしてくれた。
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【魔王の鉄鎚】 Xランク
ATK(攻撃力)+0
(レベルと鍛冶熟練度に依存)
耐久性 10000/10000
■太古より封印されし魔王の鉄鎚。
扱えるのは特定の称号を持つ者のみ。
【状態】【新参鍛冶師】封印解除 無登録
□装備アイテム/魔神鎚
□複数効果なし/
品質:F(最高品質)
■特殊効果:
様々な付与をランダムで与える。
金属を鍛え、進化させることができる。
違う金属を融合することができる。
【鑑定済】
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ちょ……! 耐久性10000ってなに!? ほとんど壊れないんじゃ……。それに攻撃力もレベルと鍛冶熟練度に依存って……。基本レベルと鍛冶熟練度が上がれば上昇していくってこと? 成長する武器なのか? 『魔神鎚』って書いてあるしなぁ……。
明らかにオーバースペックのハンマーだ。
Sランク鉱石を探していて、とんでもないものを見つけてしまったぁ。どうしよぅ。
頭の中で泥棒アニメの警部が叫んでいるが、本当にどうしたもんか。
「シロ君……これ、どうするんだい?」
「どうしましょうかね……。僕が持っていても使えないし。かと言って売るというのも……」
これだけのアイテムだ。半端な金額じゃ売れないし、二度と手に入らないアイテムって可能性が高い。とはいえ、インベントリで腐らせるのもなぁ。
「シロ君が使えないということはないと思うけど。今からでも【鍛冶】スキルを取って、熟練度を上げて称号を手に入れれば、使用条件を満たすんじゃないかしら?」
と、ジェシカさんのお言葉。確かにそうかもしれないけど。【鍛冶】スキルって、STR(筋力)とかVIT(耐久力)、DEX(器用度)なんかに左右されるんだよね。軒並み平均以下なんですけど……。称号取るのに時間がかかりそうだよ……?
それに余計な方向も伸ばすと自分のプレイバランスが崩れそうでさあ。まんべんなくスキルや能力値を伸ばしたって、特化したプレイヤーには敵わないわけで。
「シロちゃん。私にコレ売って」
リンカさんがズバンと要望のみを発言する。うわあ、ど真ん中ストレート。
や、あの、そう言われてもですね。価値がつけられないというか。
まあ【鍛冶】スキルを持つ身としては、喉から手が出るほど欲しいってのはわかるけど。
「ギルマス。さっきの提案を受ける。だからギルマスもシロちゃんを説得して」
「え? え? 提案ってあれですか?」
ぐりんと振り向き、リンカさんがレンに声をかける。
「なんのこと?」
「さっきリンカさんとお留守番していたとき、【月見兎】に勧誘したんですよ。【星降る島】を気に入ってたみたいだし、『魔焔鉱炉』を手に入れるんで、どうですか? って。そのときは『考えとく』って言われましたけど」
「受ける方向で傾いてた。『魔焔鉱炉』は魅力だし。でもこれに比べたら月とスッポン、鯨と鰯。【月見兎】に入ってみんなの武器も作るから、シロちゃんコレ売って」
ああ、そういうことか。むう、どうするか。確かにリンカさんがギルドに入ってこのハンマーを振るってくれるなら、かなりありがたい。使えない僕が所持しているよりよほど有益だ。
「しかし、売るといってもいくらでとかがなあ……。判断できないよな」
「全財産渡してもいい」
「いやいやいや」
さすがにそれは。だけど価値がつけにくいというのは本当だ。ぶっちゃけ僕がいいと言ったら1Gでもいいわけで。さすがに1Gでは渡せないけど。
「で、あれば売らず、所有権はシロ様のままにしておいて、ギルド共有武器として登録すればいいのでは? 【月見兎】のギルドメンバーなら誰でも使えるという形にすれば問題ないかと」
「「あ」」
ウェンディさんの言葉に間抜けな声が僕とリンカさんから漏れた。そうかそうか、その手があったか。それならば所有権は僕のままで、ギルドに加入さえすればリンカさんが自由に【魔王の鉄鎚】を振るうことができるわけだ。
「それでいいですか?」
「問題ない。このハンマーがいつでも使えるなら所有権とかは気にしない」
であれば、と僕は一旦【魔王の鉄鎚】をインベントリにしまい、そこからギルド共有装備アイテムのウィンドウを開いて【魔王の鉄鎚】を登録した。
リンカさんもレンからギルド加入の申請を受けて受諾したようだ。共有インベントリから取り出された【魔王の鉄鎚】が再びリンカさんの手に現れる。
「うふふふふふふふふふふふふ……」
少し怖い笑いを浮かべながらリンカさんが【魔王の鉄鎚】を撫でる。次の瞬間、五十センチほどのハンマーが、二十センチほどの小ハンマーに姿を変えた。おお!? ヘッド部分も形が違う?
「ある程度大きさと形状を変えられる。大剣もナイフもこれ一本で全て間に合うよ。まさにキング・オブ・ハンマー」
キングはキングでも魔王だけどな。
「早く打ちたい。ギルマス、『魔焔鉱炉』を。アレンたちの武器で試し打ちする」
「えっ? あ、はい!」
「なにげに酷いこと言ってないかい、リンカ……。まあ、造ってもらえるのはありがたいけど」
そわそわしているリンカさんにアレンさんたちが苦笑している。
レンはカタログを開き、『魔焔鉱炉』を選んでいるようだ。
「ええっと、場所は工房でいいかな……」
「いえ工房とは別のところに設置した方がいいですわ。レンさんの縫製室の近くに火の気はまずいです。とりあえず裏庭に設置して、後日ピスケさんに第二工房を建ててもらいましょう」
シズカがそう提案するが、僕の調合室も火を使うんだけどね。まあ、鍛冶場のような強力な火ではないけれども。
二階のバルコニーであるここから裏庭が見える。そこの片隅に大きな魔法陣が浮かび、かまくらのような半ドーム状の真っ黒いものが現れた。てっぺんに小さな魔法陣が刻まれているのが見える。あれが『魔焔鉱炉』か。
【魔王の鉄鎚】を携えてリンカさんがバルコニー横の階段を駆け下りていく。炉に火魔法を放ち、インベントリから鍛冶道具を取り出して芝生の上にズラリと並べた。
「ジェシカ、Aランク鉱石!」
「え、ああ、はい!」
鬼気迫るリンカさんの声に、慌ててジェシカさんが階段を下りていく。
そこからは僕らの存在を忘れたかのように、リンカさんはハンマーを振り続けた。『魔焔鉱炉』の効果なのか、【魔王の鉄鎚】の効果なのかわからないが、焼けた金属に金鎚が当たるたびに星が弾けて消える。火の粉ではない。五角形の星型をしたエフェクトが飛ぶのだ。
時折り、ハンマーの形状を変化させ、ウィンドウ画面で調整しながら叩いていく。
やがてそれはだんだんと一本の剣となり、僕らの前に姿を現わした。
まだ握りの部分が剥き出しだが、刃渡り六十センチほどの片手剣だ。白銀に輝くその刀身は吸い込まれそうな燦めきを宿していた。
「初めてにしてはうまくいった。『流星剣・メテオラ』」
満足そうに完成したばかりのそれをリンカさんは裏庭の芝生の上に置いた。
すでにリンカさんの手によって【鑑定済】にされているその剣は、僕たちにもそのステータスが見れるようになっている。
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【流星剣・メテオラ】 Xランク
ATK(攻撃力)+178
耐久性45/45
■流れ落ちる星の力を宿した両刃の片手剣。
□装備アイテム/片手剣
□複数効果なし/
品質:F(最高品質)
■特殊効果:
敵対象一体に【メテオ】の効果。
一日三回。威力は剣の熟練度に依存する。
同対象に二度撃つことはできない。
【鑑定済】
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「はあ!?」
僕は思わずすっとんきょうな声を上げてしまったが、他のみんなが気にした様子はなかった。
なぜならみんなも同じように驚いてしまっているからである。絶句したか、声を上げたかの違いだけだ。
「ちょ……【メテオ】の効果って、あの【メテオ】?」
「おそらくその【メテオ】でしょう。まだ見つかっていない魔法スキル、【時空魔法】に属していると噂の……」
ジェシカさんとウェンディさんが、芝生に置かれた流星剣から視線を外さずに話していた。
ゲームに詳しくない僕だってわかる。【メテオ】ってのはアレだ。隕石が敵に向けて落ちてくるやつ。喫茶店『ミーティア』の店長の名前じゃない。
この剣の場合敵一体にとか、一日三回とか制限があるから【メテオ(小)】といったところだろう。
これは『様々な付与をランダムで与える』という【魔王の鉄鎚】の能力によるものなのだろうか。
アレンさんが流星剣を手に取る。
「……ちょっと試してみたいんだけど、海に向けて発動してもいいかな?」
「いやいや。津波とか起きたら怖いし。それに敵を対象としないと発動しないんじゃないですか?」
「それもそうか。じゃあガルガド。【PvP】しないか?」
「この状況でするわけねぇだろ!」
【PvP】は冗談だろうが、早く使ってみたいのは本当だろう。アレンさんがウズウズしているのがよくわかる。
「うふふふふふふふふふふふ……。【魔王の鉄鎚】。これさえあれば……」
恍惚とした笑みを浮かべているリンカさんからみんな一歩下がった。さすがにちょっとアレは引く。
僕はひょっとして、まずい人にまずいアイテムを任せてしまったのでは……と少し後悔した。
【DWO ちょこっと解説】
■【魔王の鉄鎚】
【傲慢】を司る、魔王ルシファーの加護を持ちし大鎚。魔王シリーズのひとつ。【鍛冶師】系の称号が無ければ装備できない。ユニークアイテムというわけではないが、見つけるのは非常に困難。当然ながら【傲慢】の領国でしか見つけることはできない。