■064 ギルド依頼
ガチャを引いてレンが当ててくれた【分身】は、【加速】と同じくMPを消費するタイプのスキルであった。
判明したのは以下の通り。
■分身は二人、三人、四人、と増やすことが可能。現在最大八人まで増やすことができる。
■分身が一体増えるごとにHPが半分になる。つまり二人なら1/2、三人なら1/4、四人なら1/8となる。最大八人だと1/128になってしまう。分身もそれに準じたHPになる。
■分身体は本体が命じなければ行動しない。細かく命じればきちんとその通りに行動する。本体のもつスキルも【分身】スキル以外は使用できる。アイテムも同様。
■ダメージを共有してしまう。本体が受けたダメージは分身も受け、分身が受けたダメージは本体も受ける。
■分身中はHPを回復できない。また分身を解除して元に戻っても、HPは減った状態のままである。
■【加速】と同じように、分身中はMPが減り続ける。分身がST、MPを消費すれば、当然その分も消費される。
かなり使い勝手の悪いスキルである。八人に分身した場合、HPが1/128になり、元に戻っても1/128に減ったまま。分身中は回復することができず、分身体のHPも1/128なのだ。
しかもダメージを共有するから、分身の一体がペシッ、とダメージを食らうと全員のHPが減る。
分身すればするほど一撃で死ぬ可能性が高くなる。分身中、下手すりゃちょっとした罠で死にかねない。
なにせ1/128だ。一角兎の軽い一撃で死ぬ。HPが増えていけばいくらかマシになるとは思うが……。
救いは他のパラメータは減っていないということか。1/128のHPでも一角兎レベルなら躱し続けられる。
そう考えると攻撃力は八倍なわけだし、悪くはないかもしれない。全員【二連撃】が発動すれば十六倍だ。……そんな可能性まずないだろうけど。
分身中、例えばこのあいだのグリーンドラゴンなんかがドラゴンブレスを吐いてきて、八人のうち一人でも躱しきれなかったらその時点でアウトだ。危険度は八倍なわけで。
僕の持っている撒菱みたいなものでもあっさりと死ぬし、毒の沼地やダメージを受ける床みたいなトラップでもやられる。
っていうか、灼熱、極寒地帯じゃ分身した途端に死ぬだろ……。
「なかなか難しいスキルのようですね」
「んー……。でもまあ、低い攻撃力をカバーできるのはありがたい」
僕ら【月見兎】の本拠地、星降る島のギルドホームで【PvP】に付き合ってくれたシズカにそう答える。
【分身】した状態での攻撃方法を模索していたのだ。ほとんどシズカの【カウンター】で一撃負けだったが。
【カウンター】は攻撃のタイミングを見計らって放つ返し技だ。タイミングがズレると大したダメージにはならないが、その大したダメージにならない攻撃で【分身】中の僕は死ぬ。
なんとか勝てたのは最大八分身プラス全員【加速】での同時攻撃の場合である。
さすがの【カウンター】でも八方向からの【加速】による攻撃は返せなかった。しかし持ったのはわずか三秒ほどで、すぐその後にMP切れになり、僕はぶっ倒れた。
分身中のMP消費に加え、【加速】×8のMPを消費するのだ。あまり高くない僕のMPはあっという間に無くなってしまう。
「これさあ、レンが使って後方で分身してもらってさ、弓矢の戦技を八連射した方がいいんじゃないかなあ。リゼルの魔法攻撃でもいいけど」
後衛の方がダメージを受ける可能性も低いしな。
「ですけど、レンさんの【チャージ】とか、リゼルさんの【ファイアボール】は放つまで時間がかかります。その間もどんどんMPを消費すると考えると、結果的に無駄が多くなるのでは?」
「あー、そっかー」
【分身】は魔法詠唱中などには使えない。魔法を放つ直前に分身! などということはできないのだ。放つ前に分身するか、放った後に分身するしかない。
「とりあえずマナポーションやMP回復飴を多めに作っておく必要があるな」
幸い『グラスベン攻防戦』で、グリーンモンスターの素材が山ほど手に入った。それを売ったおかげで懐はあったかい。後からまとめて入った経験値でレベルも28になったしな。
マナポーションの元になる『月光草』をプレイヤーの露店などでいくつかまとめ買いしたけど、全然足りなかった。
自分でも素材集めをしないとなあ。
シズカと一緒にギルドハウスに戻ると、ウェンディさんがお茶の用意をしている横で、レンがテーブルの上に突っ伏していた。
「まだ決まってないのか?」
「うう〜。三つまでは絞り込めたんですけど〜……」
テーブルに広げたカタログを見ながらレンが眉をしかめる。
このカタログは先日の『グラスベン攻防戦』で参加ギルドに配られた『カタログギフト』だ。
ギルド、あるいはギルドホームに役立つアイテムや、小道具、オシャレ家具までいろんなものが載っていて、一つだけ注文することができるのだ。
ギルドポイントでも似たようなものを買うことができるが、数ヶ月で内容の変わる『カタログギフト』はいわば限定モノなのだ。次回もらう時にそのアイテムがあるとは限らない。
今日はログインしていないミウラやリゼルも含め、僕らは何を選ぶかをギルマスであるレンに任せていた。
だが、今日ログインしてからレンはああしてウンウンと唸りっぱなしである。どうも決めかねているらしい。
「うう〜ん、『豪華フィッシングセット』か『大型ペット』、はたまた『魔焔鉱炉』も……」
「炉? 釣り具とペットってのはまだわかるけど、炉なんかあっても【月見兎】じゃ誰も使えないだろう?」
「今はそうですけど。そのうちギルドも大きくなって【鍛冶】スキル持ちが加入するかもしれませんし。『魔焔鉱炉』はギルドポイントでも買えない、特別な上級炉なんですよ。せっかく『カタログ』に載ってるのにスルーってのももったいないかなあ、と」
うーむ、その気持ちはわからんでもないが。あっても使わないなら宝の持ち腐れなんじゃないかなあ。
「大型ペットってのもアレだな。戦闘とかには連れていけないんだろう?」
「はい。テイムしたモンスターというわけではないですからね。でも馬とかあると便利ですし、ここならイルカってのもありかと思いますし」
馬もどうかなあ。確か【乗馬】スキルがいるんじゃないのか? あ、いや、乗るだけならスキル無しでもできるのか。うまく乗りこなせないってだけで。イルカはまあ……乗って遊べたら楽しい気はするが。
「あ、そういえばリンカさんって結局どこかのギルドに入ったんでしょうか?」
ウンウンと唸っていたレンが不意に顔を上げて尋ねてきた。
リンカさんは僕らの武器を作ってもらっている【鍛冶】スキル持ちの【魔人族】プレイヤーだ。
今も第一エリアの始まりの町【フライハイト】の共同工房で武器を作っている。
「リンカさんか? 前は『面倒』とか言ってたけど、どこかに加入したって話は聞かないな。第三エリアの共同工房も【フライハイト】とあまり変わらない設備だったから、自分で工房付きの店を作るか考え中とか言ってたけど」
「『魔焔鉱炉』でウチに勧誘できませんかね?」
カタログの『魔焔鉱炉』のページを開き、レンがニヤッと人の悪い笑みを浮かべる。似合わないからやめなさい。
「さすがレンさん、腹黒いですわ。素敵です!」
傍らのシズカがなんか知らんが両手を合わせて感動している。レンの後ろにいるウェンディさんは素知らぬ顔でカップにお茶を注いでいた。
「どうかなあ。リンカさんの【鍛冶】スキルはけっこう高いし、スカウトは山ほど来てるんじゃないかね。未だにフリーってのは何か理由が……」
と、そこまで話していたとき、ピロリン、とメールが届いた。ありゃ、噂をすれば影、ご本人からだ。
「リンカさんからメールが来た。なんか相談があるって」
「リンカさんが? これはチャンスですね。シロさん、さりげなくさっきのことを提案してみてください。うまい感じに誘い込んで、イケると思ったら強引にでも!」
「お嬢様、言葉使いにお気をつけ下さい」
興奮しつつあるレンをやんわりとウェンディさんがたしなめる。
「ま、話せたら話してみるけど。あんまり期待しないでよ?」
「はい。じゃあとりあえずカタログの方は保留にしときますね」
パタンとレンは悩みの種だった本を閉じる。
にしても、何の用だろ? またAランク鉱石を採ってきてとかかな。この間ガチャで当たったのも含めて、インベントリにはいくつか残っているけど。
ま、行ってみればわかるか。
「あれ?」
「やあ、シロ君、久しぶり」
リンカさんがいる共同工房のブースに入ると、顔見知りが何人も揃っていた。と、いうか、アレンさんたちのギルド、【スターライト】の面々だ。
騎士鎧のアレンさんに戦士風のガルガドさん、魔法使い系のジェシカさんに弓使いのベルクレアさん。あとの二人は知らないけれど、おそらく同じギルドメンバーだろう。
一人は腰にガントレットを下げて、武闘家風の衣装に身を包んだ小柄な女の子。赤い髪を左右のシニヨンキャップでまとめている。
もう一人は眼鏡をかけた茶髪の青年。腰には重そうな戦棍、背中には円形の盾。チェインメイルの上に白地がメインのローブを着込み、背中まで伸びた髪を一つに結んでいた。
「こっちの二人とは初対面だよね。この子がメイリンで、こっちがセイルロットだ。見ればわかるだろうけど、格闘系と回復系メインのプレイヤーだよ」
「メイリンだよ。よろしく!」
「セイルロットです。お噂はかねがね」
「シロです。よろしくお願いします。……で、リンカさん、何で僕は呼ばれたので?」
リンカさんと【スターライト】の面々。リンカさんが僕を呼んだことに関係があるのか?
「実は大量にAランク鉱石がいる。それをシロちゃんに頼みたい。これは【スターライト】から【月見兎】へのギルドクエスト依頼としてお願いする。ギルドポイントは弾むから」
「え⁉︎ リンカさん、【スターライト】に入ったんですか?」
僕は驚いて声を上げてしまった。そりゃそうだろ、スカウトしようとしてたプレイヤーがすでにスカウトされてたんじゃさ。
しかしリンカさんは首を横に振って、それを否定する。どうやら違うらしい。えっと、結局どういうことだ?
首を捻る僕にアレンさんが助け船を出した。
「大量のAランク鉱石を必要としているのは僕らなんだよ。リンカに武器を作ってもらおうと思ってね。いくつかはチケットのガチャで手に入れたプレイヤーから譲ってもらったりしたんだけど、やはり数が足りなくてね」
「ああ、なるほど」
「そこで、『調達屋』さんならなんとかなるんじゃないかな……ってね。どう? 無理?」
ベルクレアさんがからかうように口を挟んでくる。いや、可能と言えば可能だけども。
「ジェシカから聞いたが、君のソロモンスキル……【セーレの翼】は、おそらくこのヘルガイア全域を転移するスキル、もしくはランダムに転移するものではないかな? 転移系のスキルはレア中のレア。たぶん何らかの制限が……」
「おい、セイルロット! 他人のスキルを分析する癖はやめろと言ってるだろ!」
興奮気味に喋り出したセイルロットさんをガルガドさんが一喝する。
「あ、いや……失敬。少々調子に乗りすぎたようだ。すまないね。悪い癖だとは思っているんだが、つい」
「いや、まあ。アレンさんたちにはほとんどバレてるみたいですし、ネットに書き込んだりさえしなければ、それで」
セイルロットさんはバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。やっぱりアレンさんが言っていた分析好きの人ってセイルロットさんか。
「それで……どうだろうか? きちんとギルドポイントは払うし、それとは別にお金も払うよ」
「採ってくるのは構わないんですけどね。一人だと時間がかかるんですよ。確実にAランク鉱石が出るわけでもないので」
Aランク鉱石があるところっていうと、あのでっかい蛇のモンスターがいたところだしなあ……。あんなのから隠れながら採掘ってのも……。あれ? そういえば【分身】しながら【採掘】ってできるのか? できるなら八倍の効率でできるわけだけど。
僕がそんなことをボンヤリと考えていると、先ほどのことがあるからかセイルロットさんがおずおずと手を挙げた。
「その……【セーレの翼】ってのは君しか転移できないのかい?」
「できません。パーティを組んで試してみたんですけど、発動したのは僕だけでした」
「そうか。ソロモンスキルならジェシカの【ナベリウスの祝福】みたいにランクアップする成長スキルじゃないかと思ったんだが……」
あれ? ジェシカさんのソロモンスキルも解放されていくタイプなのか。っていうか、この人さらっとジェシカさんのスキル情報漏らしましたけど。
ジェシカさんがセイルロットさんの耳をキリキリと引っ張ってますが。痛そうですね。
そういや【セーレの翼】の二段階めの解放条件を最近確認してなかったけど、いくつかは解放されたのだろうか。
ちょっと気になったのでステータスのスキル情報をタッチしてみる。あれ?
─────────────────────
■セーレの翼 ★★★
①解放条件:
・レベル4になる。
・死亡する。
・地図を持たずにポータルエリアを使用する。
◉セット中、一日に五回のみポータルエリアを使用することでランダム転移が可能。
(5/5)
②解放条件:
・七つの領国全てに移動する。
・Aランクのモンスターを倒す。
・★★スキルを三つ所有する。
◉セット中、一日に五回のみポータルエリアを使用することでパーティランダム転移が可能。
(5/5)
③解放条件:
???
─────────────────────
…………解放されてた。
【DWO ちょこっと解説】
■カタログギフト
大きなクエスト報酬などで手に入れられるギルド専用のカタログ。載っている物から一つをもらうことができる。便利な小物や家具、施設、変わったものではペットや体験コースなどもあるが、数ヶ月(季節によって)で内容が変わるため、逃すと二度と手に入らない物もある。一応、再掲載される可能性もゼロではない。