■059 グラスベン攻防戦
「【ファイアバースト!】」
リゼルの放った火属性の広範囲魔法が、目の前にいたグリーンゴブリンを数体まとめて焼いていく。
HPを大きく削られたゴブリンたちを、僕とシズカ、ウェンディさんが斬り倒した。
ゴブリンたちは光の粒と化したが、アイテムは落ちない。イベント中はアイテムがドロップしないように制限されているらしいのだ。
ウェンディさんが言うには、イベントが成功、失敗、どちらに終わろうとも、倒した分は後でまとめて成績として配分されるだろうとのこと。
「【大っ、回転斬りッ】!」
グリーンゴブリンに囲まれたミウラが大剣を大きく振り回し、周囲を一気に斬り裂く。
光の粒にされた仲間たちを無視するかのように、新たなグリーンゴブリンがミウラに群がる。
「わわわっ! シロ兄ちゃーん!」
「【加速】」
超スピードで敵の合間を縫ってミウラを抱き抱えると、僕らはゴブリンの群れから脱出した。
「【ファイアボール】!」
「【スパイラルアロー】!」
ひと塊りになったゴブリンたちへ、リゼルの魔法とレンの矢が飛来する。瞬く間にゴブリンたちは瀕死の状態となった。
「【乱れ突き】」
よろめくゴブリンたちにシズカの素早い連続突きが繰り出される。弾けるようにゴブリンたちは光の粒となり消えていった。
僕に抱き抱えられたミウラがボヤく。
「あー、シズカにとられたー」
「お前は突出し過ぎだ。囲まれてばかりじゃないか」
「いやー、囲まれたところを一気にズバッとやるのが楽しいんだけどなぁ」
いやまあ、わからんこともないけど。
ミウラを下ろして寄ってきたグリーンウルフを斬り伏せる。お、【二連撃】が発動した。
ちょっと嬉しく思っていると、突然、背後からグリーンバードに急襲された。だが、どこからともなく飛んできた炎の矢にグリーンバードが一撃で撃ち落とされる。
リゼルかと思って飛んできた矢の方を見ると、城壁の上で杖を構えた【夢魔族】の女性が見えた。知らない人だ。
ありがとう、と手を振ると、向こうも手を振り返して、すぐさま次の獲物に杖を構えていた。
乱戦、混戦、大熱戦。
倒しても倒しても次々とやってくる。モンスターたちは隙を見せれば城壁にしがみつき、乗り越えて町へと侵入しようとする。
城壁のプレイヤーたちはそれを突き落とし、遠距離攻撃のできるプレイヤーは空から侵入する鳥系モンスターを撃ち落とす。とにかく忙しい。
「レベルアップにはもってこいのイベントですわね」
シズカがそんなことを口にするが、モンスターを倒しても僕らに経験値は入っていない。それもイベント終了で精算されるだろうとのことだが、本当だろうな?
次から次へと迫り来る緑の敵を、縦横無尽に立ち回り、仕留めていく。基本的に僕らはパーティプレイで動いているが、ミウラが突出したり、後方のリゼルやレンが狙われることもある。僕はその時のフォロー役として動いていた。
つまりパーティの周りをぐるぐると回って常に状況を把握していないといけないのだ。【気配察知】もあるから、敵の動きはある程度わかるしな。
西門前の戦いはプレイヤー側有利に傾きつつあった。何人かのプレイヤーはやられて死に戻ってしまったが、なんとか戦況は立て直せたと思う。
「グリーンオーガが来るぞ! 気をつけろ!」
誰かが叫ぶ。
草原の向こうになにやら緑色のものがうごめき、土煙が立ち昇っていた。僕らには見えないが【鷹の目】があるプレイヤーにはこちらへと向かってくるグリーンオーガが見えているのだろう。
グリーンオーガはグリーンゴブリンなどと比べるとかなり手強いモンスターだ。一人で倒せないこともないが、耐久力が高いので時間がかかる。
「【サンダーレイン】!」
いくつもの雷がグリーンオーガに向けて落ちていく。城壁の上にいた魔法使いが放ったようだ。雷属性の広範囲魔法かな?
中級魔法のようだが、それでもオーガの進軍は止まらない。幾分かダメージは与えたと思うが。
「盾職は前に出てくれ! ウォール系の魔法を使えるやつは頼む! 回復魔法持っているやつらは準備を!」
どこからか聞こえてきた声に数人が従う。盾を構えた重装備のプレイヤーが、襲いくるグリーンオーガに向けて盾をかざした。
「【アースウォール】!」
「【ファイアウォール】!」
「【アイスウォール】!」
土と炎と氷の壁が前面に展開し、オーガたちを分散させる。盾で動きを止めたオーガたちに、上空から弓矢部隊の矢が雨霰と降り注いだ。その隙に盾の間から槍を持ったプレイヤーがオーガを突き刺している。
僕らはそこから漏れ出したオーガを確実に潰していった。
オーガたちは次第に数を減らしていき、再びグリーンゴブリンやグリーンウルフといった雑魚だけになった。どうも波があるように思える。
HPの方はみんなに薬草飴を渡しているし、さほど心配してはいないのだが、STとMPの方が心配だな。
「レン、今のうちに城内に一旦引き上げた方がいいかもしれない。他の門も気になるし」
「ですね。わかりました。一旦引きましょう」
レンがみんなに指示を飛ばし、リゼルから城壁にかけられた縄ばしごで城壁の上へと上がっていく。グリーンバードがそこを狙ったりして襲ってくるが、城壁上の弓矢部隊に射ち落とされていた。
レン、ミウラ、シズカ、ウェンディさんと、城壁の上へと消えていき、最後に僕が城壁へと上がった。
城壁の上は弓矢や杖を持つプレイヤーとNPCだらけだった。魔法を放ち地上のモンスターを倒し、矢を放って飛行モンスターを落とす。
ここなら比較的安全に倒せるからな。後での精算だけど、経験値や素材稼ぎに最適なのだろう。
熟練度上げは怪しいけどね。同じことの繰り返し作業を続けると熟練度は伸びにくくなるからな。
城壁を下りて、町の中に入ると消火活動や怪我人の手当てに走り回っている人たちが見える。プレイヤーの人たちも助けてはいるが、やはりほとんどのプレイヤーはモンスター撃退に回っているようだ。
「シロ君、マナポーション持ってない? 手持ちが切れちゃって……」
「僕もあまりない。三本だけだね。一本は【加速】用に持っておきたいから、二本譲るよ」
「ありがとう。助かる」
リゼルは魔法主体のスキル構成だから、MPが切れるとマズい。MP切れを起こすと数秒だが気絶状態になるからな。
マナポーションの元になる『月光草』をもっと集めておくんだった。【調合】の成功率は高くないけどさ。
「少し休憩してSTを回復させましょう」
城壁に寄りかかるように僕らは休憩に入った。インベントリから水筒を出して冷たい水を飲む。VRだけど美味いなあ。
シズカがウィンドウを展開してなにか調べていた。
「どうやら全体的にモンスターの数は減ってきているようです。参加したプレイヤーも三割は死に戻ってますが」
けっこう死に戻ってるなあ。僕もウィンドウを開き、参加プレイヤーのところにあるギルド【カクテル】を開く。ギムレットさんのところはまだ全員生き残っているみたいだ。
「よし、じゃあもう一回戦闘に……」
再び防衛戦に参加しようと、城壁へと上がるための石階段に足をかけたとき、外から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「おいおい、嘘だろ!」
「ちょっとアレは……!」
「来るぞッ!」
次の瞬間、ゴガァンッ! と分厚い鉄の門に衝撃音が走り、なにかが当たった衝撃で門が歪んでしまった。なんだ⁉︎ 何が起こった⁉︎
「門から離せ! ヘイトを稼いで向こうへ離脱しろ!」
門の外から届く声を聞きながら、階段を一気に駆け上がる。
城壁の上に立った僕の視界に飛び込んできたものは、大きな緑色の竜が尻尾を門に叩き付けているところだった。
エメラルドグリーンの鱗と赤い双眸。象牙のような大きな角が二本、頭から後ろへと伸びていた。
前脚と後脚は太く、その先からは鋭い爪が覗いている。首のところから長い尻尾の先まで背ビレが伸びているが、その背には翼はない。完全に地上特化の竜である。
「グリーンドラゴン……」
城壁に立っていた誰かがそうつぶやいた。
おいおいおい、ドラゴンとか。ちょっとハイレベル過ぎないかい?
ドラゴンの中でも翼のないドラゴンってことは一番下級のドラゴンだろうが、この【ラーン大草原】にはドラゴンなんか出現しないはずだ。
『グリーンドラゴン』ってのは、レアモンスター図鑑には確か載ってたと思うが、出現場所までは書いてなかった。
『ゴガァァァァッ!』
「ブレスが来るぞ! 避けろおぉぉ!」
誰かの声をきっかけにしたように、グリーンドラゴンの口から火炎放射器のように炎の息が吐き出された。ウェンディさんの【ブレス】なんか足下にも及ばない、本物の【ドラゴンブレス】だ。
炎に包まれたプレイヤーが何人か光の粒となり消え失せる。一撃か!
「正面に立つな! 後ろにまわっ……!」
指示を出していた大剣持ちの男性プレイヤーが、ブンッ、と振られた太い尻尾に吹っ飛ばされた。回転した勢いで、尻尾が城壁に叩き付けられる。足下がその衝撃に大きく揺れた。
幸い崩れるようなことはなかったが、何回も繰り返されると危ない。とにかくドラゴンを引き離さないと。
城壁の上にいたプレイヤーたちも騒ぎ始める。
「おい、他の門から応援を呼べよ!」
「ダメだ! 四つの門全部にドラゴンが現れてるらしい! ここにいる奴らで倒すしかないぞ!」
東西南北、全部の門にドラゴンが現れているのか。そのうち一匹でも城壁を壊して町に侵入したら大変なことになるぞ。
「わ、ドラゴンです!」
「さすがに迫力がありますわね」
「面白そう! 行こうよ、シロ兄ちゃん!」
ウチのお嬢様たちは早くもやる気だ。確かにここで見ていても仕方がない。僕らも参戦といこう。
一気に城壁から飛び降りる。そのままドラゴンを大きく迂回し、城壁の反対側へと回る。
「まずは注意をこちらに向けさせないと、な!」
リンカさんプレゼントの十字手裏剣をドラゴンへ向けて【投擲】する。目を狙ったのだが、ドラゴンはそれを鬱陶しそうに首を振って打ち落とした。
その隙を突いて僕は【加速】を使った。一瞬でドラゴンの懐へと入った僕は、その長い首を発動させた戦技で斬りつける。
「【アクセルエッジ】」
左右四回ずつの斬撃がドラゴンの首……比較的柔らかい下側を斬り刻む。
『ギャオアァァァァァァ!』
ドラゴンは首を大きく振りながら、僕にその牙を突き刺そうとするが、すでに僕はそこから離脱している。城壁を降りた魔法使いや弓使いたちが、僕と同じ方向から攻撃をしかけ、門からドラゴンを引き離しにかかった。
ドラゴンから距離を取った僕の前に、盾を持ったプレイヤーたちが並ぶ。そしてドラゴンへ向けて、一斉に【挑発】のスキルを発動させた。
「こっちだトカゲ野郎!」
「ブレスはやめろよ〜」
「うおー、こええ! ブレスの兆候あったら散開するぞ!」
『グルガアアァァァァ!」
複数の【挑発】に煽られて、ドラゴンが地響きを立てながらこちらへと向かって来た。
盾持ちが五人がかりでその巨体の突進を受け止める。現実味がないが、全員【不動】持ちなのだろう、誰一人として吹っ飛ぶことはなかった。
「【大切断】!」
ミウラが飛び上がり、手にした大剣をドラゴンの尻尾へと振り下ろす。いくらかダメージは与えたが、戦技通りに大切断とはいかなかったようだ。
しかしミウラに続けとばかりに数人のプレイヤーが、剣を、大剣を、斧を尻尾へと集中して攻撃していく。
「【ソニックブーム】!」
「【兜割り】!」
「【パワーブレイク】!」
『グギャオアアアァァァッ⁉︎』
さすがのドラゴンも連続で繰り出される戦技には敵わなかったようで、その太い尻尾が根元から断ち切られて光となり消えた。
怒りに燃えたドラゴンは振り返りざまに再び炎のブレスを吐き、自分の尻尾を斬り落としたプレイヤーたちを消し炭に変える。
「わわわっ!」
間一髪、ミウラはブレスの射程範囲から逃げ出していた。危ないな、あいつ。考えて立ち回らないと死に戻るぞ。
「ブレスは一度吐いたら次まで時間がかかるっぽいぞ! 攻めるなら今だ!」
どこからか聞こえてきた声を信じるわけではないが、何度かブレスを吐くチャンスはあったのにドラゴンはなかなか吐かなかった。確かにその可能性は高い。
弓使いから矢の雨が降る。硬い鱗も戦技ならなんとか貫けるようで、少しだがダメージを与えていた。
矢の雨がやんだタイミングを狙い、僕は再び【加速】でドラゴンの懐に飛び込んだ。一瞬でガラ空きの横っ腹に辿り着くと、そのまま戦技を叩き込む。
「【十文字斬り】」
縦と横の斬撃が横腹に入り、くるっと回転しながら同じ場所に【蹴撃】で回し蹴りを食らわせる。
『ギギャオオオォォォッ⁉︎』
僕は【不動】スキルを持っていないので、蹴った反動でドラゴンから離脱する。そのタイミングで今度は魔法使いのプレイヤーたちから切り札の魔法がグリーンドラゴンに次々と放たれた。
「【ファイアボール】!」
「【ロッククラッシュ】!」
「【サンダースパーク】!」
攻撃力の高い魔法を連続して食らい、ドラゴンのHPが半分近くまで減った。
下位竜とはいえドラゴンはドラゴン。さすがにタフだ。間違いなくブレイドウルフなんかよりも強い。
まあ、一パーティで挑むモンスターと、イベントのレイドモンスターを比べるなって話だけども。
これはかなり骨が折れそうだ。四つの門全てがドラゴンに襲われているのだとしたら、勝ったとしてもすぐさま他のところへ救援に向かわねばなるまい。
こちらに救援が来るのを待つって消極的な作戦もあるんだろうが、そんなことをしているうちに他の門を破壊されたら、町の住民が犠牲になるかもしれない。
やはりここは攻めるべきだ。
僕は両手の双焔剣『白焔』と『黒焔』を握り直し、ブレスを吐かんとしているドラゴンへ向けて、身体を【加速】させた。
【DWO ちょこっと解説】
■グリーンドラゴンについて
DWOにおいてドラゴンは何種類にも及ぶが、グリーンドラゴンは翼のない種、地竜に分類される。これは下級の竜であり、それほど強い種ではない。ちなみに六名以下でグリーンドラゴンを倒した場合に限り、『三級ドラゴンスレイヤー』の称号がもらえる。