■005 死に戻り
お昼は冷蔵庫にあったありあわせのものですませて、それから晩御飯の買い出しに出かけた。
まだなんとか咲いている……まあ、つまりは散り始めた桜を眺めながら、僕は近所のスーパーへと向かった。
父さんはまだ出張先だし、家には僕一人しかいないから、本当は弁当とかですませてもいいんだけれど。出来合いの物ばかり食べていると、伯母さんが電話でうるさいしな……。
スーパーで今晩の食材を買って帰り、洗濯と掃除をしたりで午後を過ごした。中間テストが近いので、軽く勉強もしておく。
そして早めの夕食を取ってから風呂に入り、準備万端整えて、再びDWOの世界へと僕は旅立った。
よし! やるぞ!
ログインするとゲーム内は昼になっていた。フレンドリストを見るとレンもウェンディさんもログインしていないようだ。
「さて、まずは金庫屋を探して金庫を買っておくか」
二人がいないということは、前のように楽に狩りはできないということで。死に戻る可能性は高い。ここは無理しても買っておいた方がいいような気がする。
しかし金庫屋ってどこだ?
フライハイトの町には武器屋や道具屋などの店が複数存在する。当たり前だけど一つしかなかったら、プレイヤーの行列ができてしまうだろうからな。
だけど金庫屋なんて今まで見たことがない。どこにあるんだろう?
「なにかお探しかね?」
通りでキョロキョロとしている僕に、家の前のベンチに腰掛けた老爺が声をかけてきた。
【竜人族】のようだけど、プレイヤー……じゃないよな。ネームプレートもポップしないし。
「金庫を売っているところを探しているんですけど……」
「ああ、金庫屋さんかい。この道をまっすぐ行って、突き当たりを右に曲がればすぐだよ。一目でわかる」
「あ、そうですか。ありがとうございます。助かりました」
「ほっほっほ。『外の人』なのに、お前さん礼儀正しいのう」
「外の人」? ああ、DWOではプレイヤーは魔界に降り立った異邦人ってことになってたんだっけか。
しかし礼儀正しいとはどういうことだろう。普通の対応だと思うが。
お爺さんと別れて、教えてもらった金庫屋に到着する。
お爺さんが一目でわかると言った意味がよくわかった。店構えが立方体に近く、見た目がいかにも金庫! っていう造りをしていた。建物自体がまんま、でっかい金庫じゃないか。金持ってそうだなあ……。強盗とかに入られないだろうか。
中に入るとトイレットペーパー一個くらいの大きさの金庫がたくさん並んでいた。なかなか壮観だ。
「へい、らっしゃい。どれにするね」
店主の声に我に返る。金庫にはそれぞれ値段が500G、1000G、2000G、3000G……と様々なタイプがあるが、大きさはどれも同じだった。さすがファンタジー。リアルな金庫とは違うんだな。
別段、中にお金を入れるわけでもなく、本当にそういう効果のある「アイテム」として存在しているようだ。
しかし……むむむ、悩むな……。
というのも今の所持金が2010Gしかないのだ。2000Gの金庫を買ってしまうと残金は10Gになってしまう。1000Gのにしとくか? いや……。
さんざん迷ったが、2000Gの金庫を買った。ほぼ一文無しだ!
だけどこれで2000Gまでは死んでもお金が減らないもんね!
買った金庫をさっそくインベントリと呼ばれるアイテム欄に入れておく。これでいいんだよな?
「さて、お金もないし、また稼いできますか!」
昼間と同じ【北の森】に、今度は一人で向かうことにする。確かレンたちに聞いた話では、一度行った場所なら今度はすぐに行ける方法があるらしい。
町の北に不思議な魔法陣が描かれていて、淡い燐光を放つ大きな広場がある。
ここは『ポータルエリア』と呼ばれる場所で、一度行ったエリアなら一瞬にしてその入口に運んでくれるんだそうだ。
燐光の舞う『ポータルエリア』に足を踏み入れると、ウィンドウに【怠惰:第一エリア:北の森】と出た。それを選択すると一瞬にして周りの風景が森の入口に変わる。
森の入口の地面には、『ポータルエリア』と同じだが、少し小さい魔法陣が描かれている。
「ワープゲートか。こりゃ楽だな。帰りもここまで戻ってくれば町に一気に帰れるのか」
フィールドエリアの入口や、村や町、都などには必ずあるんだそうだ。町から町へは自由に行けるってことか。早く次の町へ行けるようになりたいもんだな。
さて、一人で戦闘開始だ。ソロ狩りってやつ?
森に入るとさっそく一角兎が出てきたので、それを一撃で倒す。ははは、もう相手にならんぞ。
二匹同時に出てきたので、これも倒す。なんのなんの。
三匹同時に出てきたので、なんとか倒す。ダメージ受けちゃったな。痛覚は大幅カットされているから、そんなに痛くはなかったけど。
四匹同時に出てきたので、かなり苦戦する。さすがにキツい!
四匹の一角兎をなんとか退けた僕は、木陰に座り、初期アイテムのポーションをひとつ飲んでみた。うえっ、苦い……。体力は回復したけど。傷に振りかけても治るんだっけか、コレ。便利だけど味がな……なんとかならんもんかね。
「安全に倒すなら二匹が限度かな。もうちょっと強くなったら三匹も大丈夫かもしれない」
まだ、この世界に慣れてないのか、身体がうまく動かないときがある。一瞬の鈍さが致命的なミスにつながる可能性もあるし、注意しないとな。
ドロップも肉や毛皮ばかりで角が落ちなかった。素材屋には角が一番高く売れるのに。またスキルオーブとか落ちないかな……都合良すぎるか。
そういや、この素材って換金しないでずっと持っておけばいいんじゃなかろうか。死んでも減るのは所持金だけなんだし。お金が必要な時だけ換金して……ってインベントリがあっという間にいっぱいになるか……。
確か課金とかイベントアイテムで、もっと大きいインベントリにもできるんだっけ? あと、ギルド設立とか。
まあいいや。とりあえず兎狩りだ。
二匹までは倒して、三匹以上出たら逃げる。そんなことを繰り返していたら妙なアイテムが兎からドロップした。
表示される内容が【unknown】になっている。とりあえず【鑑定】で調べてみる。
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【兎の足】 Fランク
LUK+1
■幸運を運ぶお守り。
□装備アイテム/アクセサリー
□複数効果無し/
品質:S(標準品質)
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お? レアアイテムか? レアってほどでもないか。Fランクって下から二番目らしいし。
品質も普通の標準品質だ。
アイテムには五つの品質があって、上から
■F:最高品質
■HQ:高品質
■S:標準品質
■LQ:低品質
■BQ:粗悪品
とある。
希少価値はランクだが、品質はまた別物で、中には『レア物だが、粗悪品』みたいなものもあるらしい。
ん? 『【鑑定済】にしますか?』
ああ、持ち主がそのアイテムの詳細を知ると、他のプレイヤーにも【鑑定済】のアイテムなら詳細がわかるようにできるのか。
後で変えられるみたいだし、一応【鑑定済】にしとこう。
『兎の足』は幸運度が上がるらしい。とりあえず装備してみよう。
アクセサリーの項目に『兎の足』をセットする。すると胸元にネックレスのように革紐で結ばれた兎の足が現れた。
いや……これはちょっとどうなんだろう。剥製のようになってるけど妙に生々しいな……。
むっ、……【気配察知】になにか引っかかった。短剣を両手に握り締めて構え、周りを窺う。
森の奥から初めて兎じゃない魔獣が現れた。犬……狼か?
グルルルル……と、どう考えても友好的とは言えない唸りを上げて、灰色の狼はこちらを睨んでくる。頭の上に【グレイウルフ】と赤いネームプレートがポップして、すぐに引っ込む。
突然、狼が高く跳躍し、その大きな牙を突き立てようと迫ってきた。
「くっ!」
それを寸前で躱し、右手の短剣で狼に斬りつける。短剣が当たったが、そんな傷は効いてないとばかりに、狼は再び襲いかかってきた。
狼の爪が腕の皮膚を破る。けっこうな出血のエフェクトがかかったが、腕には軽い痛みが走っただけだ。
HPが四分の一ほど減る。おいおい、あと三回も受けたら死ぬぞ!?
それから何度か狼を斬りつけたが、なかなか倒れず、こっちのダメージもかなりヤバいことになってきた。人間と違って戦いにくいなあ!
「こんにゃろ!」
『ギャンッ!』
渾身の一撃を食らわせると、やっと狼が光の粒になって消えた。『灰色狼の牙』というアイテムがドロップする。
「なんとか倒せてよかった……。もうちょっとで死に戻るところだったぞ」
息をひとつ吐いて、とにかくポーションでHPを回復しようとした時に、目の前にまたグレイウルフが現れた。しかも二匹。
「なにっ!?」
ちょ、待て!? 【気配察知】で感じられなかったんだけど! これって熟練度が低いからか!? わあ、グルルル言ってるよ!
体力を回復させる間も無く、新たに現れた二匹の狼が僕に襲いかかってきた。あ、無理だコレ。
──────死に戻りました。
「あー、負けたかー……」
始まりの町、『フライハイト』の復活エリア、まあ、スタート地点である噴水前の広場に僕は死に戻った。
敗因は「油断」。この一言に尽きる。
さっさと体力を回復しなかった。まだ熟練度の低い【気配察知】に頼りきっていた。ついつい森の深くまで踏み込んでしまった。はー……、やれやれ。
しかしなかなか怖かったな。あ、死ぬ、って本当に思ったもん。狼に喉笛を噛みちぎられるなんて、経験したくなかったなあ。痛くはなかったけど、生々しい感触が未だに残ってるよ……。
ステータスを開いてみる。うわあ、パラメータが酷いことに。一時間の能力低下だっけか。
これじゃすぐに狩りは無理か。行ってもまたやられるのがオチだ。
お金は金庫のおかげで減ってない。もともと全財産は10Gだけどね!
やはり素材を売って、武器か防具を新調しよう。そうすれば灰色狼もラクに倒せるかもしれない。
「あ、レベルが1上がってら」
レベルが4になってた。このゲームはレベルアップしても、チャララッチャッチャッチャーン、と知らせてはくれない。
ポイントを割り振るタイプのゲームでもないし、レベルが上がっても能力パラメータが上がるわけじゃないから、あまり気にならないとはウェンディさんのお言葉。
少しだけHPとかMP、STのゲージが伸びた……か? よくわからん。
とにかく素材屋に行って兎の肉やら毛皮やらのアイテムを売ってきた。全金額が900Gくらいにはなったよ。ひとつしかないのでなんとなく「灰色狼の牙」だけはとっておいたが。
さて、お金もできたし武器と防具、どちらを買うか。僕の場合、躱すのがメインだからなあ。手数が多くてもダメージが少ないと、それだけ倒すのに時間がかかる。となるとこちらがダメージを受ける可能性も高くなるわけで。
よし、まずは武器を買おう。
武器屋で買ってもいいんだが、噴水広場の端々には、露店を広げて売買をしているプレイヤーたちもいる。その中に掘り出し物があるかもしれない。ちょっと回ってみるか。デスペナの時間もつぶせるし。
露店には様々なものが並んでいた。短剣もちらほらとあるんだが、高いなあ……。それなりのランクのものだから適正価格なんだろうけど……お?
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【ククリナイフ】 Fランク
ATK(攻撃力)+10
耐久性10/10
■湾曲した内反りの短剣。
□装備アイテム/短剣
□複数効果あり/二本まで
品質:S(標準品質)
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ランクは低いけど、僕が装備している「安物の短剣」よりははるかにいい。これが500Gか。うむむ、あと100Gほどあれば二本揃えることができるのに。もう一回森に行って兎を狩って……いやいや、今はデスペナルティ中だった。金庫を1000Gのにしとけばよかったかなあ。
「ずいぶんお悩みのようやけど、どうかしたん?」
商品の前で唸り声を上げていた僕に、目の前に座る【妖精族】の青年が声をかけてきた。耳が長く、茶髪に糸目のチャラそうな青年だ。この露店の持ち主だな。
「あ、すいません。この短剣を二本欲しいと思ったのですが、お金が少し足りなくて。また来ます」
「いくら足りないん? 少しならおまけしたるよ?」
「本当ですか!? 100Gほど足りないんですけど……」
「ってことは二本で900Gか……。ま、ええか。どうせアイテム整理のために放出したものやし。その代わり、また見かけたら寄ってや。素材の買い取りもしとるさかい。────毎度おおきに」
僕のほぼ全財産を渡し、二本のククリナイフを受け取る。よしっ、これで狼も怖くない! ……たぶん。
「その装備からするとDWOを始めたばかりやな?」
「はい。今日から。【北の森】で狩ってたんですけど、狼にやられて。今デスペナ中です」
僕が自嘲気味に笑うと、露店の青年も苦笑いを浮かべた。
「ははっ、お気の毒に。せやけど誰もが通る道やで。頑張り。北の森なら【鑑定】とか【採取】、【植物学】なんか持ってれば薬草とかも採取できるで。【調合】持ちがいい値段で買い取ってくれるさかいに」
「あ、僕、【調合】なら持ってます」
「そうなん? ほなら『調合セット』を早いとこ買うて、ポーションを作って売れば、さらに薬草よりも売れるで」
なるほど。そういうお金の稼ぎ方もあるか。【調合】を取ったのは、自分用のポーションを作るためだったのだが。
『調合セット』か。でもまずは防具だなあ。
……あ、デスペナが消えた。
「いろいろとありがとうございます。デスペナが消えたんで、さっそく行ってみます」
「ああ、ほな。今後もトーラスの店をよろしゅう」
トーラスさんってのか。素材が取れたらまた来よう。よし! リベンジだ! 待ってろよ、グレイウルフ!
【DWO ちょこっと解説】
■デスペナルティについて
HPが0になるとそのプレイヤーは意識がない状態になり、その場で30秒のカウントダウンが始まる。その間に誰かが蘇生アイテムあるいは蘇生魔法を使えば、その場で復活。30秒を過ぎてしまうと、最後に記録したセーフティエリアへと死に戻る。
一旦死んでしまうと一時間の全てのパラメータダウン、所持金半分消滅となる。所持金消滅は店(金庫屋)で売っている金庫を買えば防ぐことができる。5万Gの金庫を買えば、5万Gまで消滅を防ぐことができる。
また、拠点を手に入れることによっても防ぐことができる。(通常、一定額に達すればこちらを買う)