■054 星降る島
「ほうほう。本拠地をのう」
僕は【加速】と【二連撃】のスキルオーブをもらった、ミヤビさんたちのいる天社へと来ていた。
貴重なスキルオーブをもらったお礼と、個人クエストを終わらせるためだ。
個人クエスト【ミヤビの話し相手になろう】はすでに達成した。報酬はまたしてもスターコインだったが。
そんなわけで、僕は最近の出来事をミヤビさんに話していたのである。
ちなみに子狐のノドカとマドカは、僕がおみやげに持ってきた『ミーティア』のケーキに舌鼓を打っている。
「んー! おいしいです!」
「んんー! おいしいの!」
マスターのケーキは大好評。持ってきた甲斐があったってもんだ。今度また別のお菓子を持ってこよう。
「場所は決まっているのかや?」
「まだです。海に面したところなんかがいいかなとは相談しているんですけどね」
「ふむ……。そうじゃな。ならばわらわが島を一つやろう」
「はい?」
あんさん、なに言うてはりますのん?
「この天社に他の者を立ち入らせるわけにはいかん。だが、そちらの島ならば構わんじゃろう。ノドカとマドカも遊びに行けるしの」
「いや、島って……」
「なに、わらわの持ってる中では小さな島じゃ。そこもここと同じく、余所者は容易く浸入することはできん。お主が認めた者以外はの」
ちょっと待って。それってシークレットエリアってこと?
「ノドカ、マドカ。【星降る島】への扉までシロを案内してやるがよい」
「わかったです!」
「わかったの!」
元気よく子狐の双子が手を挙げる。ケーキを食べ終えた二人に手を引かれて、僕は天社の裏手、竹林の道へと入った。僕が来ているポータルエリアとは違う方向だ。
ずんずんと進む僕らの前に、まるで伏見稲荷の千本鳥居のようなものが現れた。その鳥居の中へと僕らは突入する。
赤い鳥居のトンネルを抜けた先に、ポツンとひとつのポータルエリアが見えた。
「ここですの!」
「ここなの!」
「ここ?」
二人に促されるがままに、ポータルエリアに足を踏み入れる。場所を指定してもいないのに、強制的に転送が開始され、気がつくと砂浜が見える丘の上に立っていた。
少し前に出て見るが、周りにはなにもない。だが、絶海の孤島という感じではなくて、穏やかな南の島といった雰囲気だ。波も静かで美しい。絶景である。
水天一碧、青しか見えない。正確にはコバルトブルーの空とエメラルドグリーンの海だけど。そして少しの白い雲と白い砂浜。燦々と輝く太陽。まさに楽園。
ギルドホームを建てるには悪くないんじゃないかな。
「ここが【星降る島】なのです。危険な動物さんたちはいないし、いっつも晴れてて嵐とかは無いのです。ときどきノドカもマドカと遊びに来るのです」
「カニさんとか捕まえるの! エビさんは速くて獲れないの!」
振り向くとポータルエリアを跨ぐように赤い鳥居が一つだけ立っていて、ノドカとマドカもそこにいた。
「ここに僕らのギルドホームを建てていいのかい?」
「はいです! 連れて来たい人がいれば、お兄ちゃんと手を繋いで扉に入るといいのです。でもでも、ここにおうちを建てていいのはお兄ちゃんたちだけなのです。他の人はミヤビ様に許可が要るのです」
「なの!」
なるほど。僕が招待してプレイヤーをこの島へと呼んでもいいが、僕ら『月見兎』だけしかギルドホームを建てるのは許可しないということか。
「できればあまり怖い人は呼ばないで欲しいのです……」
「遊びに来れなくなるの」
「大丈夫。ノドカとマドカをいじめるようなヤツは呼ばないから。僕の仲間はお姉ちゃんばかりだしね」
そう言って二人の頭を撫でる。トーラスさんとかが怪しい兄ちゃんで、ガルガドさんあたりが怖そうなおっさんだけどな。悪い人じゃないけど。
ま、しばらくはギルドメンバー以外呼ぶ気は……ああ、ここに建ててもらう以上、ピスケさんは呼ばないといけないか。彼とコミュニケーションをとるためにトーラスさんもかな。
……まあ、ピスケさんなら大丈夫だろ。逆にノドカとマドカにいじめられないか心配だ。
ともかくみんなを呼んで、意見を聞こう。たぶん気に入ってくれるとは思うんだが。
「ふわあぁぁ……」
「なにコレ、すっごいじゃん!」
「驚きましたわ……」
年少組三人が周りを見ながら感嘆の声を漏らす。リゼルとウェンディさんも言葉を失っているようだ。
「ここに僕らのギルドホームを建ててもいいらしい。シークレットエリアだから、知らない他のプレイヤーに絡まれることもないし、自由に島を改造してもいいんだってさ」
「いったいなにをどうすれば島を一つ調達してこれるのか……。シロ様の常識を疑います」
いや、僕もよくわからないままにそうなってしまったんだけれども。ウェンディさんが呆れた声を出すが、僕としては不本意なんだが。
リゼルはというと、なにやらノドカとマドカに、じ──────────っ、と視線を向けられて、蛇に睨まれたカエルのようになっている。どうしたんだろ?
「お姉ちゃん、わくせ……」
「ああっと、ノドカちゃん、マドカちゃん! 美味しいお菓子はいるかな⁉︎ こっちおいで!」
おいで、というか、掻っさらうようにリゼルが二人を小脇に抱え、遠くへと走って行った。……リゼルってあんな子供好きだったのか。しかし、さすがにそれは誘拐犯みたいだからやめた方がいいと思う。
「……で、……だから……。……できる?」
「わかったです!」
「わかったの!」
何がだ? 遠くてノドカとマドカの声しか聞こえんな。
やがて両手にノドカとマドカの手を繋いで疲れたようなリゼルがこっちにやって来た。
「……仲良くなった」
「です!」
「なの!」
「あ、そう……」
……まあ、いいけど。
「で、どうかな。ここにギルドホームを建てるのは。反対の人いる?」
「反対なんて! とてもいいと思います!」
「あたしもさんせー。桟橋とか作ってもらって釣りとかしたい!」
「私も。まるでモルディブのようで気に入りましたわ」
「私はお嬢様がよろしければそれで」
「あ、私も問題ないよ、うん」
なんとなくリゼルだけ歯切れが悪いが反対というわけではないようだ。笑ってるし。引きつってるようにも見えるが。
「となると、後はギルドホームを建てる資材だけですね」
「『トレントの材木』だっけ? それが百本?」
「他にワックス、染料各種、クロスシート、鉄の釘、ガラス板、レンガブロックなど細かい物が数点ですね。手分けして集めますか?」
ウェンディさんの言う通り、手分けした方が早いか。
『トレントの材木』ってのはその名の通り、樹木モンスター、『トレント』が落とすドロップアイテムだ。それほどレアというわけでもなく、プレイヤーの露店なんかでも売っている。
しかし買うとなるとそこそこ高い。みんなが必要としているのだから当たり前だ。
さらにこの第三エリアでは『船』が重要なアイテムとなる。木材はいくらあっても構わないのだ。故に売れる。故に狩る。
お金が何かと必要になる僕らには、自分で取ってこれるものにお金を払う余裕はない。故に狩る。
「トレント狩りか……。場所はどこだっけ?」
「んーと、湾岸都市から東南にある【迷いの森】が一番近いよ。ちょっと遠いけど、あとはエリア中央にある【樹王の森】かな」
僕の質問にリゼルが答えてくれる。さすが。よく調べているなあ。
「チーム分けは……火魔法を使えるリゼルは絶対にトレント狩りだろ。ミウラも生産スキルがないからトレント狩り、レンはクロスシートとかを作ってもらうから素材集め、ウェンディさんとシズカ、僕はどっちにするか、だな」
「シロ君は『ワックス』や『染料』を【調合】できるんじゃない? 『レンガブロック』の元になる『粘土』も【採掘】できそうだし」
「そっか。じゃあ僕も素材集めの方に回るか」
ウェンディさんもレンと同じ素材集め班、シズカはトレント狩り班と分かれた。素材集めが片付いたらトレント狩りを手伝うということで。
「材木を百本集めるのにどれぐらいかかるかな?」
「三日くらいじゃないかな。それほど集めるのに困るアイテムじゃないし。数がちょっと多いけど」
「うわー。三日もトレント狩ってたら飽きるー……」
「かまんがまん。掘っ建て小屋で過ごしたくないでしょう?」
ボヤくミウラを宥めるレン。
僕も『ワックス』とか『染料』を【調合】しなきゃな。『ワックス』は蝋燭モンスターの『キャンドラー』が落とす『白蝋』、『染料』は【採取】で採れるいろんな花から【調合】するんだっけ。
花はいくつかあるけど、『キャンドラー』にはまだ会ったことないな。
インベントリからモンスター図鑑・第二集を取り出し、第三エリア編を開く。こんなこともあろうかと、フレデリカの本屋さんで買っておいたのだ。僕だって学習するのだよ。
キャンドラー……キャンドラー……と、あった。
キャンドラー。大きな蝋燭の姿をした非生物モンスター。夜行性で廃墟、荒地、砂漠地帯などに生息。水辺を嫌い、頭の火が消えると戦闘力が落ちる。弱点属性は火と水……って、頭に火をつけているのに火に弱いってどういうことなのか。ほどよく溶けそうではあるけども。
僕の持つ『双焔剣』の特殊効果が発動すれば、楽に倒せるか。
生息地域は、と。第三エリアで一番近いところだと……『廃都ベルエラ』か。なんかおどろおどろしい名前だなあ。
キャンドラーは夜行性ってとこも面倒だな。夜は他のモンスターも強くなるやつが多いし。昼間だってキャンドラーがいないってことはないんだろうけど。うーむ。
ふと周りを見渡すと、誰もいなくなっていることに気付く。あれ?
見ると、みんなしてエメラルドグリーンの海へと裸足で入り、きゃっきゃうふふ、とはしゃぎまくっていた。ノドカとマドカもレンたちと一緒になってはしゃいでいる。もう仲良くなったみたいだ。よかったな。
そういや、この島って大きさはどれぐらいなんだろ? シークレットエリアだからマップは表示されないしなあ。島のどこにギルドホームを建てるか決めないといけないし、そのうち探索してみるか。
ま、その前に素材集めだな、と。とりあえずそれは明日からということにして、僕も少し涼もうと、みんなのいる砂浜へと歩き始めた。
【DWO ちょこっと解説】
■星降る島
ミヤビの持つシークレットエリアのひとつ。穏やかな天候に恵まれ、雨の日はあるが、嵐の日はない。ミヤビ、シロの許可のない人物の浸入は【セーレの翼】でも使わない限りほぼ不可能。【月見兎】のギルドホームのみ建築がミヤビに許可されている。