■004 初討伐
僕たちの降り立った【怠惰】エリアの始まりの町『フライハイト』。
そこから少し北に歩けば森があり、初心者には手頃な狩場となっているんだそうだ。
そこへ向かう途中、気になっていたことを二人に聞いてみた。
「【セーレの翼】……ですか? 聞いたことのないスキルですね」
「ヘルプ機能で説明はなんと?」
「なにも。【???】って。スキル名の横に★が三つ付いてる」
「三ツ星ですか……明らかにレアスキルだと思うのですが、聞いたことないですね……」
ゲームスタートし、初ログインした人にはプレゼントとしてランダムでひとつ、スキルを会得できる『スキルオーブ』が送られてくるらしい。だからこれ自体はおかしくはないそうだ。確認して見ると、運営からのようこそメールにその旨は書いてあった。
ちなみにその【セーレの翼】をスロットにセットしようとしたが、灰色表示で選択できなかった。レベルが足りないのか?
ウェンディさんがなにやらウィンドウを操作し始める。僕には枠しか見えないが、どうやら攻略サイトなどで情報を集めているみたいだ。
「【セーレの翼】に関してはなにもありませんね。ただ、【ザガンの杯】、【アイムの松明】という似たようなスキルは発見されてます。これらもまだ効果は確定してないようですが、果たして本当にわかっていないのか、持ち主が隠しているのか……」
【ザガンの杯】、【アイムの松明】、ね。確かに同じような感じがするスキルだけど。
「セーレ、ザガン、アイムというのはソロモン王が封じた72柱の悪魔の名です。ひょっとしたら『デモンズワールド』内で、ひとつだけしかないユニークスキルなのかも……いえ、そんなわけはないですね。そんなものがあったら他プレイヤーの不満が爆発しますし」
72もあるならそれほど珍しくないのかとも思ったが、ひとつひとつが違う効果だとしたら確かにレアか。ま、本当に72もあるかわからないし、使えないんじゃしょうがないけど。
しかしソロモン王とか72柱の悪魔とか、ずいぶん詳しいな、ウェンディさん。
「シロさん、運営の方に問い合わせてみますか?」
「いや、いいよ。バグとかじゃないならそのうちわかるだろ」
「そうですね。それにお嬢様、問い合わせても『答えることはできません』と返ってくると思いますよ。こういうものを検証するのも、このゲームの楽しみ方のひとつですし」
確かに。なんでもかんでも教えてもらっては面白くないな。そう考えると攻略サイトとかって見ない方がいいのか?
うーん、そこらへんは臨機応変にいくか。実際に今、いろんな情報を教えてもらってるし。
でも自分でもいろいろ見つけて楽しみたいので、なるべくは見ないようにしよう。どうしても勝てない敵とか出たら見る程度でいいんじゃないかな。
とりあえず【セーレの翼】のことは置いておこう。
運営もレンが社長令嬢の力を振りかざせば教えてくれるのかもしれないが、自分のためにそんな真似はさせたくない。
そんなことを三人で話しているうちに、【北の森】に着いてしまった。
僕らは森の中へと踏み出し、辺りを警戒しながら進む。
町の中でもそうだったが、本物と変わらない森だな。木々のざわめきや、緑の匂いまでも感じられる。島に住んでいたころを思い出すな。
「む、なにかいる……?」
おそらく【気配察知】スキルが働いたんだろうか。前方やや左になにかを感じる。腰から短剣を二本抜いて、左右の手に構えた。
「初めは私たちは手を出さないようにしましょう。シロ様、ご存分に」
「私、【回復魔法】も持ってますから、ダメージ受けても大丈夫ですよ!」
二人にそんな励ましを受けながら前に出る。レンは【回復魔法】を持ってるのか。ヴァンパイアは知力も高いからな。吸血鬼が回復魔法ってのも変な感じだが。
なにかの気配とともにガサガサという音が近づいてくる。やがて立ち並ぶ木の間から飛び出してきたのは、一匹の兎だった。
ただの兎ではない。頭に角が生えている。【鑑定】してみたが、
──────────────
【unknown】 ???
■unknown
ドロップアイテム/
??? ??? ???
??? ???
──────────────
と、名前さえわからない。モンスターは鑑定できないのか。そういえは初期スキルに【魔獣学】ってスキルがあった。
あれがあればこのモンスターの詳細がわかったのかな。もしくはネットで調べておけばよかったか。
そんな僕にレンが声をかける。
「一角兎です。低レベルの魔獣です」
まんまな名前だな。兎の頭上に【一角兎】という赤いプレートが出現して、三秒ほどで引っ込んだ。なるほど、名前ぐらいはこれでわかるのか。ちなみに赤いネームプレートは【敵】である。
視界の中の邪魔にならない場所に自分のHP(生命力)ゲージが浮かぶ。長い緑のゲージだ。と、同時に目の前の兎の頭上にも同じようなゲージが小さく浮かぶ。短いな。
とりあえずあの兎を倒さないと。本名は同じ兎の名を持つ身だが、遠慮はしないぞ。
素早く一角兎へと飛びかかり、右手の短剣を一閃する。当たった。けれども一角兎は倒れず、僕へ目掛けてその角を向けて突進してくる。
【見切り】の効果なのか、難なくそれは躱すことができた。うーん、やはり短剣だと攻撃力は低いか。わかってたけど。三分の一くらいしか減ってないもんな。
再び斬りつけても倒れず、さらにもう一閃喰らわすと、血飛沫のエフェクトを残し、眩い光の粒になって兎が消えた。
血飛沫とか妙にリアルだな。これってレンみたいな13歳以下のプレイヤーには緩和フィルターが強制的に施されていて、見えなくなってるらしい。13歳以上でも血とかが苦手な人は設定画面でセットできる。
「お」
倒した兎から、なにやらアイテムがドロップする。野球ボールくらいの水晶の玉だ。中には足のようなアイコンが浮かんでいる。
「『スキルオーブ』ですね。初討伐で手に入れるなんてラッキーですよ、シロさん」
このままではなんのオーブかわからなかったが、インベントリに入れるとアイテム欄に『【蹴撃】のスキルオーブ』と出た。
格闘系のスキルかな。売ってもいいらしいが、使えそうなので解放して取得しておく。とりあえず予備スキル欄にセットしておこう。
敵を倒して手に入るドロップアイテムは、通常だとこうしてその場に現れる。だけどアイテム数が多かったり、パーティを組んでいる時なんかは『設定』で直接自分のアイテム倉庫……インベントリに放り込まれるようにもできるらしい。確かにいちいち拾うのも面倒か。
それから僕ら三人は森の中で狩りまくった。二人は基本サポートといった感じで、僕のレベル上げに付き合ってくれた。おかげでレベルも3になり、【短剣の心得】の熟練度を表すバーが少しだけ伸びている。これによって攻撃力もちょっとは上がったのか、一角兎なら一撃で倒せるようになったよ。
まあ、一角兎は最低レベルの敵キャラなんだそうだが。
DWOにおいてレベルというのは、基本的に種族レベルのことである。レベルが上がるとHP(体力)、MP(魔力)、STを表示するバーの最大値が上がるが、それだけだ。攻撃力や敏捷度が上がったりはしない。
そちらは様々なスキルの熟練度によって上がる。種族によって上がる幅は変わってくるが、僕は【魔人族】で種族スキル【順応性】があるから、少しは他の種族より成長が早いのかもしれない。
ちなみにスキルの熟練度は適正なものでなければ上がらないのだそうだ。
例えば僕は【見切り】というスキルを持っているが、攻撃速度が速い一撃を避ければ熟練度は上がりやすい。これがスライムなんかの攻撃速度だと、かわしても大して上がらないどころが全く上がらないわけだ。
だから弱い敵を相手に熟練度を上げようもしても無駄に終わる。その他のスキルも同じようなもので、楽して熟練度を上げようとしても大抵失敗する。
実践あるのみってことかね?
だからこのゲームにおいて強さというのは単純にレベルの数字のことを示しているわけじゃないが、まあ、目安にはなる。レベルが高いということは、それだけ戦闘経験値や技術経験値を積んでいるということでもあるわけだし。
もちろん、スキルスロットになにひとつスキルを装備せずレベルを上げていけば、HP、MP、STだけはそこそこ高く、パラメータの低いキャラの出来上がりなわけだが。そんなキャラが強いわけがない。
歳ばかりとって、なんの技術も経験も学んでこなかった人間と一緒ってことなのかな……。
ちなみに種族スキルだけは熟練度がない。僕の場合、【順応性】だな。これはレベルの方に依存している。レベルが高くなれば、それだけその恩恵が増えるというわけだ。
【竜人族】の【ブレス】だと、レベルによっていろんな【ブレス】を覚えていくらしい。ちょっと羨ましい……。
兎からは『一角兎の肉』、『一角兎の毛皮』、『一角兎の角』といったドロップアイテムをそれなりにゲットできた。
DWOでは、モンスターを倒してもお金は落ちない。ドロップしたこれらのアイテムを売って、お金に変えるわけだ。もちろん、なにか生産スキルがあれば素材にしたっていい。今のところ僕には関係ないけど。
狩りをひとまず終えて、ちょっと休憩する。
「そういえばレンは大丈夫なの? 午後からお茶会とか言ってたけど」
「あ、まだ大丈夫ですよ。DWOの中では夕方までですから」
あ、そうか。ゲーム内と現実では時間の流れが違うとかデモ子さんが言ってたっけ。
ステータスウィンドウを呼び出し、確認すると、リアル時間は午前11時、ゲーム時間は午後3時になっていた。
リアル時間より三倍の時間でゲーム時間が流れている。つまりリアルの一日はゲームの三日なわけだ。リアルとゲームの時間が一緒だと、社会人はほとんど夜しかプレイできないもんな。
もちろん、連続でログインできる時間は限られているし、一日にログインできる時間も決まっている。長時間のログインは現実世界の身体に不調を及ぼす可能性があるからだ。制限時間をオーバーすると強制的にログアウトされる。
ゲーム内でも食事はできるが、現実世界でもちゃんと食べろってことだな。
夕方になってきたので、僕らは町へと引き上げることにした。
二人に案内してもらって、「素材屋」でゲットしたアイテムを売り払った。肉は肉屋、毛皮は服飾店とかでも売れるのだが、ここなら一括して売れるから楽なんだそうで。
お金を手に入れたので、三人で食事をしようということに。もう陽が暮れているし、心許ない装備でフィールドに出るのは危険だしね。
始まりの町フライハイトの一角にある食事処に入り、料理を注文するとすぐにテーブルにそれが並べられた。
さっそく食べてみて、その食感や味に驚いてしまう。
「かなり美味いな。本当に食事をしてるみたいだ」
「でもでも、プレイヤーが作った料理の方が美味しいらしいですよ。私は食べたことはありませんけど。あ、そういえばウェンディさんは【料理】スキル持ってましたよね?」
「はい。ログインプレゼントで。しかし、予備スキルに置いてあって、まだ一切熟練度をあげてませんし、たぶん作っても不味いと思います」
そう言って、ウェンディさんは肉料理を食べながら、軽くワインを飲んでいる。ってことは、ウェンディさんは現実世界で二十歳過ぎってことで。よく考えたら当たり前だ。でなきゃ13歳以下のレンの保護者資格がない。
ちなみにDWOで酒類を飲んでも酔うことはないらしい。なら未成年も飲んでもいいだろうにと思うのだが、味はそのままなので、習慣づくとまずいということなのだろうか。
噂だが20歳以上限定で【ほろ酔い】という、酒に酔えるスキルも手に入るとか……。
「ウェンディさんは現実でも美味しい料理を作れるんですから、すぐに美味しくなると思いますよ」
「そうですね……折りを見て【料理】を育ててみましょうか。お嬢様の食事をお世話するのもメイドの務めですし」
リアルでもゲームでも主従関係の二人を見ながら、自分も【料理】スキルが必要かな、と思ったが、今のところはこうして店で食べられるし、まあいいかと思い直す。
それから二人にいろいろとゲームのことを聞いたりした。レンも僕と同じく初心者だったが、ウェンディさんは別のVRMMOならやったことがあるらしい。僕よりも二人は先行しているので、町のお得な情報とか便利なアイテムとかいろいろと聞けた。
「お金がある程度入ったから、武器や防具を新調した方がいいかな?」
いつまでも安物シリーズを使っているのもなんだしな。せめて「普通の短剣」とか、「普通の服」とかが欲しい。いや、そんなのがあるかは知らないけども。
「それもいいですけれど、まずは『金庫屋』に行って金庫を買ってきた方がいいかもしれませんよ」
「金庫? なんでまた?」
「デスペナルティがあるからです。もし死に戻りをした場合、一時間全てのパラメータがダウンし、所持金が半額になってしまいます。しかし、金庫を買っておけば、その金庫分のお金は所持金とみなされませんので」
金庫と言ってもリアルな金庫と違い、いわゆる「アイテム」になるらしい。
なんでも1000Gの金庫を買っておけば、1000G分は半額にされる所持金の対象外にされるとか。
えーっと、二人のプレイヤーが3000Gをそれぞれ稼いで、片方は1000Gの金庫を買い、片方は買わなかったとする。そして二人とも死に戻りをしたとしたら、買わなかった方は半額になって1500Gが残る。
ところがもう片方は金庫を買って所持金は2000Gだったが、金庫分1000Gは半額対象にならない。所持金は残りの1000Gとみなされ、その半額、500Gだけが消える。残った所持金は計1500G。
買っても買わなくても結局同じじゃんか、と思ったが、これがもう一回死に戻るとだいぶ違ってくる。
買わなかった方は1500Gの半分、750Gとなり、買った方は1000Gは対象とならないので、残りの500Gの半分、250Gだけが消滅し、1250Gが手元に残る。
さらにもう一回死ねば、買わなかった方は375G、買った方は1125Gだ。
うーむ、金庫の金額や、死ぬ回数とかで変わってくるかもしれないが、買っておいた方がいいか。なにが原因で突然死に戻るかわからないし。もちろんなるべく死なないようにするけど。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「ええ~、もうですか~?」
リアル時間を見てみると正午を越えていた。二人とはここまでか。店の外はとっぷりと日が暮れて、夜の帳が下りている。
「ではシロ様、私たちはこれで失礼します」
「シロさん、また一緒に遊びましょうね!」
「ああ、もちろん。あ、お父さんにゲームありがとうございました、って伝えておいて」
店を出て、二人がログアウトすると光に包まれてその姿が消える。パーティリーダーであるレンがログアウトしたため、パーティが解除された。
基本的にログインすると、ログアウトした場所からスタートとなる。
フィールドの、しかも安全な場所ではないところでログアウトすると、スタート時にモンスターがいっぱい、なんてことも起こりえる。なので、できれば町とかでのログアウトが普通らしい。
さて、僕はどうするかな。低レベルなのに夜中に一人で狩りに行くのは危険かな。
「っていうか、僕も昼飯食べないとダメじゃん。ゲームで食べたばかりなのにな」
空腹感は感じない。だけどこのままぶっ続けでゲームするってのもな。ゲームは夜でもできるけど、今のうちに晩御飯の買い出しとかも行かないといけないし。
一旦、僕もログアウトしようとメニュー画面を開く。
────ロ、ログアウト表示がない!
……なんてこともなく、普通にログアウトできた。
リクライニングシートのVRドライブから起き上がる。うわ、ものすごくお腹が減ってる。さっきまで感じなかったのに。
こういうのがあるから、連続ログイン時間ってのが制限されてるんだろうなあ。
「とりあえずお昼だ。冷蔵庫になにかあったかな……」
僕は空腹感に耐えながら、二階の部屋を出て、一階のキッチンへと向かった。
【DWO ちょこっと解説】
■空腹について
数時間ゲーム内で食事を取らないでいると、空腹状態となり、攻撃力低下や敏捷度低下などが起こる。
お金が無くても場所により木の実や果物が成っている場所があるので、そこを活用しよう。ただし、ちゃんとした料理にくらべ、腹持ちしないので、またすぐ空腹になるため注意。
空腹状態が一定時間を超えると餓死となり、死に戻る。餓死による死に戻りの場合、空腹状態が半分ほど回復する。デスペナルティは当然受ける。