■044 天社《アマツヤシロ》
「っと、やっと上がったか」
戦闘が終わり、ステータスを開いてレベルアップしたのを確認する。レベルが21になった。
例の動画で微妙に他プレイヤーに注目されることが多くなってしまった僕は、ほとぼりが冷めるまで別のエリアで経験値と熟練度を稼ぐことにした。
幸い、あの動画はログインしている【怠惰】のプレイヤーでないと見ることができない。【怠惰】専用の動画サイトだからな。
ってなわけで僕は今、【傲慢】の第二エリアへと来ている。
ここは以前、【セーレの翼】を使ってやってきて、奏汰と遥花に会ったエリアだ。
現在いるのは【傲慢】の第二エリア、【キャルン平原】というフィールド。出現するモンスターは【怠惰】の第二エリアと同じくらいの強さだし、レベルアップにはちょうどいい。
まれに【怠惰】では見かけないモンスターもいるけれど、勝てないわけではないし、なかなか手頃な狩場だった。
奏汰と遥花……ソウとハルの二人とパーティを組んで狩ろうかと思ったのだが、どちらともギルドメンバーとの予定があるとのことで、こうして寂しくソロ狩りをしているわけである。
「【セーレの翼】の第二能力が解放されれば、パーティのみんなも転移できるようになるのかなあ」
以前、僕がパーティリーダーになって転移しても僕だけ別エリアに飛ばされただけだった。
【セーレの翼】をセットし、最初のランダム転移の解放条件を確認する。
・レベル4になる。
・死亡する。
・地図を持たずにポータルエリアを使用する。
条件はこの三つであるが、最初の二つはすぐに満たせるとしても、最後の地図を持たずにポータルエリアを、ってのはあんまりやらないのかもしれない。
普通はまず地図を買ってからフィールドに出るものらしいし、地図を買ったら捨てることはまずないしな。
一回フィールドに出ないとポータルエリアは使えないし。
それでもこの条件なら満たすことはできなくはない。僕じゃなくてもいつかは解放されたろう。
問題は次の解放条件だよな……。同じように三つあって、すでに二つクリアしてるとかならいいが、一つもクリアしてない可能性もある。
クリアしても、ピロリン♪ とか音が鳴るわけでもないし。
「ま、進めていけばそのうちなんとかなるか。ひょっとしたら他の【セーレの翼】を持つ人が、情報をサイトにアップしてくれるかもしれないし」
言いながら、ま、それは無いよなー、と思う。僕自身が公開してないし。
とりあえず狩るのはこれくらいにして、【怠惰】のブルーメンへと戻るか。この時間ならみんなも『ミーティア』にいるかもしれない。
そんなことを考えながら【キャルン平原】のポータルエリアに足を踏み入れると、場所を指定する前に転移が始まってしまった。
「あ」
しまった。【セーレの翼】を外すのを忘れてた……。さっき条件確認のため、スキルを入れ替えてそのままだったの忘れてた。
転移はすぐに終わり、僕は見たこともない場所に立っていた。
「これは……竹林、か?」
あたりは背の高い竹が何本も並び立つ竹林だった。こんなフィールドもあるのか。
竹があまりにも多く生えているので、その先が見えにくい。どれくらいの広さがあるんだろう。
竹林の中にあるポータルエリアから一歩踏み出す。
「まさかパンダのモンスターが出てきたりはしないよな」
とりあえず現在地を確認しよう。マップを呼び出し、自分のいるところにあるマーカーを……。マーカーを……。マーカーが……無い?
ちょっと待て。マーカーが無いってのはどういうことだ?
エリア表示には「天社」と出てるけど……。社ってことは神社ってことだよな? その割には竹林ばかりでなにもないけど。
マップ上に存在しないエリア……。あ、ひょっとして、ここってシークレットエリアなのか!?
いやいや、まさか。いくら【セーレの翼】だとはいえ、そんなところまでランダム転移するとは……。
「ほほう、これは珍しい客人じゃの」
不意に背後からかけられた声に思わず振り向くと、そこには金髪の美女が立っていた。
年齢は二十歳ほど。類稀なる美貌のその美女は白い和服調の衣裳を着込み、長い金髪は腰ほどまで伸びている。その金髪の頭部からは狐の耳がぴょこんと飛び出し、お尻にもふさふさの尻尾が揺れていた。狐の【セリアンスロープ】か?
「まさかわらわの結界を飛び越えてやってくるとはの。妙な技を持っているようじゃな」
面白そうに笑みを浮かべる狐耳の美女の頭上にネームプレートがポップする。名前は非表示になっていたが、その色は緑だった。NPCか?
「その方、名はなんと言う?」
「シロ……です、けど」
「シロか。わらわはミヤビじゃ。招かざる客じゃが歓迎するぞ」
どうやらこのミヤビという人物は敵ではないようだ。何者かはまったくわからないが。
「ここはどこなんです?」
「天社じゃ。普通の者では辿り着くことはできん理の外にある」
理の外、ね。やはりシークレットエリアかな。まさかこんな方法で発見するとは。
「茶の一つでも進ぜよう。付いてくるがよい」
ミヤビさんはスタスタと竹林の中を歩いていく。僕も揺れる尻尾を追いかけてその後をついていくと、やがて開けた場所に神社が見えてきた。
鳥居をくぐり、石段の階段を上ると、その神社の境内では二人の子供が掃き掃除をしていた。
こちらも狐の【セリアンスロープ】だ。髪の毛は二人とも銀髪だったが。年はレンたちよりも小さい。五つか六つだろうか。
「あ、ミヤビ様、お帰りなさいです」
「お帰りなさいなの」
二人の子狐獣人が駆け寄ってくる。二人とも白衣に緋袴といった、シズカと同じような巫女さんの格好だ。
双子なのか顔が似ている。髪型が一人はショート、もう一人はロングと違ってはいたが。
「うむ。ノドカ、マドカ、客人じゃ、茶の用意を」
「わかりましたです」
「わかりましたなの」
箒を持ったまま、タタタタと社務所のような所へ駆けて行った。
「こっちじゃ」
ミヤビさんは神社を横切り、再び竹林へと入っていく。あれ? お茶を飲むってここじゃないのか?
すぐさまミヤビさんを追いかけていくと、竹林が終わり、今度は日本庭園のような場所に出た。なんだこりゃ。
様々な低木や庭石で彩られた庭園。その中には大きな池があり、緩やかなカーブを描いた赤色の古い橋が池の中央にある島へと延びている。その島には小さな東屋が建っていた。
ミヤビさんとその橋を渡る。小島にあった六畳ほどの東屋には、小さな机と椅子が置いてあった。
「ここも天社なんですか?」
「そうじゃ。ここはわらわの神域であり、何者も侵入することができぬ場所……だったのじゃがの」
僕を見ながら苦笑のような微笑みを浮かべるミヤビさん。
「お茶をお持ちしましたです」
「お菓子をお持ちしましたなの」
先ほどの双子の子狐少女がお茶の載った盆と、お菓子の入った木皿を持って現れた。えっとノドカとマドカだっけ?
「さて、シロとやら。お主どうやってここへと入って来た? 見たところ『連合』や『同盟』の者ではないようじゃが」
「れん……?」
「わからなければよい。気にするな。して、どうやってここへ?」
「えっと……詳しくは言えませんが、スキルを使って、ですね」
「ふむ、スキルとな?」
果たしてこの人に【セーレの翼】のことを話してもいいのか判断がつかなかった僕は、そこらへんをボヤかしてミヤビさんに答えた。
するとミヤビさんの両目が緑から金へと変わり、僕を真っ直ぐに見据えてきた。
「……なるほど。【セーレの翼】か。珍しいスキルを持っておるの」
「えっ⁉︎」
見抜かれた⁉︎ 驚きに目を見張る僕に再びミヤビさんが微笑みを浮かべる。
「ほほほ、わらわに隠し事はできぬぞ? 確かにそのスキルならばこの天社に来ることも可能であろうな。とはいえ、かなり低い確率であったはずじゃが」
どうなってるんだ? 相手のステータスを覗き見るスキルでも持っているのか、この人。いや、NPCなんだからそういう『設定』のキャラなのか?
「ミヤビさんって……何者なんですか?」
「何者、のう。はてさてなんと答えたらよいのやら。暇を持て余した美女ということだけは確かじゃが」
自分で言うかね? 確かに美人ではあるけども。
反応に困っていると、横に立っていた子狐二人が、じーっ、とした視線をテーブルのお菓子に向けていた。
木皿の上には美味そうなどら焼きが四つ載っている。食べたいのかな?
僕はどら焼きを二つ取り、ノドカとマドカの前に差し出した。
「えっ」
「えっ」
「食べな。僕はあんまり甘いのは食べないんだ」
ノドカとマドカの視線が、ミヤビさんとどら焼きの間を行ったり来たりする。やがてミヤビさんが笑いながら小さく頷くと、二人は、ぱあっとした笑顔で僕の手からどら焼きを手に取った。
「ありがとうです!」
「ありがとうなの!」
二人はすぐさま、はぐはぐとどら焼きにかぶりつく。食欲旺盛だな。
二人にきちんと自己紹介してもらった。ロングヘアがノドカでショートカットがマドカね。覚えた。
「シロ、そなたは異邦人じゃな?」
「まあ、そうですね」
DWOでは僕たちプレイヤーは魔界に降り立った異邦人として認識されている。ミヤビさんが何者だったとしてもそれは変わらないだろう。
「ふむ、これも何かの縁か。わらわが関わることはないと思うておったがのう。シロ、ちょっとこっちに近う寄れ」
近う寄れもなにも、自ら机を乗り出してきたミヤビさんが僕の額に指を当て、さらさらと何か文字を書くように動かした。
目の前に和服に押さえ付けられた二つの水蜜桃が嫌でも視界に飛び込んできて、顔が赤くなる。青少年には目の毒だ。
「あの……なにを……」
「なに、ちょっとしたおまじないよ。ほれ、これで終わりじゃ」
「熱っつ⁉︎」
最後にミヤビさんの指がものすごく熱くなり、僕は額を押さえて仰け反ってしまった。なにすんの⁉︎
っていうか、DWOでこんなに熱さを感じたことないぞ! や、食べ物系ではあるけど。
「かかか。心配せんでも痕になるようなことはないわ。それはそうと、シロよ。わらわの頼みを一つ聞いてはくれまいか?」
「頼み?」
額をさすりながらミヤビさんを訝しげな目で見てしまう僕。
「なに、大したことではない。時折でよいからここへ来て、わらわの話し相手になってたもれ。さっきも言うたが暇でのう。外界の話を聞きたいのじゃ」
ポーン、という音と共にウィンドウが開く。これは……。
─────────────────────
★クエストが発生しました。
■個人クエスト
【ミヤビの話し相手になろう】
□未達成
□報酬 ???
※このクエストはいつでも始めることができます。
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ありゃ、個人クエストか。まあ、難しい依頼でもないし、報酬をもらえるなら悪くはない。
「僕でよければ。と言っても、身の回りで起きたことぐらいしか話せませんが」
「かまわぬよ。むしろそっちの方がありがたいかの」
よくわからないが向こうがそれでいいというなら引き受けておこう。
少しばかりたわいのない話をしてから、お茶のお礼を言ってミヤビさんと別れた。
ポータルエリアへの帰り道、神社の鳥居をくぐり、石段を降りて竹林へと向かっていると、後ろから、とてててて、と、あの双子のノドカとマドカが走ってきた。
「お兄ちゃん待ってです!」
「お兄ちゃん待ってなの!」
息を切らしながら駆けてきたノドカとマドカは各々手に持っていた丸いものを僕に差し出してきた。なんだろう?
「お土産です!」
「お土産なの!」
お? スキルオーブだ。人型が走っているようなアイコンと、三日月のような攻撃エフェクトが二つ並んだアイコンが浮かんでいる。
「これ、ミヤビさんから?」
「はいです!」
「はいなの!」
じゃあ遠慮することもないか。
ありがたく受け取り、僕もインベントリから蜂蜜飴の入った小瓶をそれぞれ二人に手渡した。
飴の小瓶を受け取ると、二人は喜びはしゃぎながら竹林の中へとこちらへ手を振りながら帰っていく。かわいいな。今度来るときは『ミーティア』のお菓子を持ってきてあげよう。
今度は間違えないよう【セーレの翼】を外してポータルエリアに入り、僕はブルーメンへと戻ってきた。
相変わらずの賑わいの中、広場のベンチに腰掛けて少し休む。さて、もらったこのスキルオーブはなんだろう?
インベントリにオーブを入れる。そこに現れたアイテム名は『【加速】のスキルオーブ』と『【二連撃】のスキルオーブ』。
「え⁉︎」
どちらも★が二つついた、二つ星のレアスキルであった。
【DWO ちょこっと解説】
■シークレットエリアについて②
シークレットエリアには、そこに住み着く住人、種族も多数いる。外部の者と頻繁に付き合う種族もいれば、仙人のごとく閉じ籠りきりの者もいる。また、こういったエリアのポータルエリアはそれらの種族によって開かれたり閉ざされたりするため、一度行けたからといって、ポータルエリアを使えば次も行けるとは限らない。彼らの信用を失った者は二度と足を踏み入れることはできない。




