■041 兎の逆襲
───レン視点───
「オラァ!」
ドウメキの大剣がしゃがんだシロさんの頭上をスレスレで通り過ぎていく。すぐさまそこからシロさんが横っ飛びで脱出すると、先ほどまで彼がいた地面に今度は大剣が振り下ろされた。
「防戦一方ですね」
ウェンディさんが戦いを見ながら冷静につぶやく。
「アイツとんでもなくSTR(筋力)が高いよ。あんな軽々と大剣を操るなんて、あたしにはムリだ」
ミウラちゃんは少し不安そうな顔をしています。
だけど私は不思議と落ち着いていました。シロさんはなにか狙っています。あの人は最後まで諦める人ではありません。
きっと逆転の糸口を掴もうとしているのです。
ふと気付くと、シズカちゃんが私の傍に寄ってきて、耳元でぼそりとつぶやきました。
「私たち以外にもまだ誰かいますわ。気づかないふりをしていて下さいまし」
思わず声が出そうになりましたが、なんとか堪えました。
シズカちゃんもシロさんと同じく【気配察知】のスキル持ちです。間違いなく誰かがいるのでしょう。ドウメキの仲間でしょうか。それとも別のプレイヤーか、はたまたNPCとか?
「敵意は感じられないので、PKではないと思うのですけれど。単なる観戦者なのかもしれません」
であればいいのですが。一応、すぐに動けるようにはしときましょう。
観戦者であれば、少なくともシロさんたちの戦いが終わるまでは、変な行動を起こさないでしょうし。
そう思い、また正面の戦いに私が意識を向けると、シロさんが不思議な行動に出ました。
「え?」
なんとシロさんは双炎剣『白焔』と『黒焔』を腰の鞘に納めてしまったのです。
「なんだ……? 降参か?」
向こうのパーティの黒ローブが不思議そうに声を発します。ですが、降参はありえません。その証拠にシロさんの顔には少し笑みが浮かんでいます。間違いなく何かを企んでいる顔です。
そんな横顔を見てるとドキドキしてきます。まるで私を助けてくれたあの時のような────。
シロさんが動きました。振り下ろされた大剣を躱し、ドウメキの懐に飛び込んだように見えた次の瞬間には、なぜか相手が宙を飛んでいました。えっ⁉︎
背中から落ちたドウメキでしたが、ダメージはさほどでもなく、すぐに立ち上がりシロさんと対峙します。いったい何が起こったのでしょうか?
「お前の秘密はわかった。なるほどな。そのスキルなら大剣を装備するはずだ」
「なんだと……?」
シロさんの言葉にドウメキが眉を顰めます。
やっぱりシロさんです! なにか勝利の糸口を見つけたのです! ふわぁ、ドキドキします!
ああ、もうたまりません! シロさんたら乙女の心を掴みすぎです! ハートキャッチャーです!
「お嬢様。あまり緩みきったお顔を晒すのは、淑女としてどうかと」
はっ! 興奮してつい!
ウェンディさんの言葉に我に返ります。いけません。淑女として凛とせねば。
私は両頬をパン、と叩き、気合いを入れて気持ちを切り替えます。
「それも淑女としてどうかと」
うう。
───シロ視点───
「投げ技一つで何がわかったってんだ?」
ドウメキから送られてくる視線を逸らさず、僕は予想したスキルを口に出す。
「【重量軽減】、あるいは【重量消去】かな。なんにしろ、お前は装備している物の『重さ』をスキルで軽くしている。だろ?」
「くくく……。ははははは! やるじゃねえか。その通り。俺様が持っているスキルは【重量軽減】さ。熟練度によって装備品の重さが軽くなる。今じゃホレ」
ドウメキが黒い大剣を人差し指の上に乗せる。そこまで軽くなっていたのか。
「こんな大剣でもプラスチックのバット並みに軽い。もちろんこの重鎧もだ」
そうなのだ。もしやと思い、投げてみたら異常なくらい軽かった。重鎧を身につけているとはとても思えない軽さに、僕の疑念は確信に変わった。
当たり前の事だが、普通の剣より大剣の方が攻撃力が高く、普通の鎧より重鎧の方が防御力が高い。
その代わりに「重さ」というネックがあり、AGI(敏捷度)が下がり、武器に至ってはDEX(器用度・命中率)も下がるのだ。
ドウメキの持つ【重量軽減】スキルというものはこれを取り払ってしまう。間違いなくレアスキルだ。
「バレたなら仕方ねえ。んじゃあ本気でいくか」
「な……!」
ドウメキがインベントリからもう一本の黒い大剣を取り出し左手に握る。大剣二刀流だと⁉ ズルくない⁉︎ それ!
「重さで無理な装備も俺様ならできるのさ。ま、もっとも短剣装備じゃないんで戦技は放てねえけどな」
当たり前だ。それで【アクセルエッジ】や【風塵斬り】を放てたら反則もいいとこだ。
破壊力ならハンマー系の方があるが、あちらは重さに関係なく命中率が低い。使うなら大剣二刀流の方が扱いやすいだろう。
「さて、どうするよ、ウサギマフラー?」
装備の差とはいえ、攻撃力も防御力も向こうが上だ。当たらなければどうということはないが、あいにく今回ばかりは全て躱すというのは難しいかもしれない。
こちらが有利なのはなんとか素早さでは上にいってることか。限りなく躱し、できるだけ有効打を撃ち込む。
慌てることはない。やることはいつもと同じ。重さがないということは、きちんと防御さえすれば吹き飛ぶことはないんだ。大剣に見えるが小剣だと思えばいいだけのことだ。……当たるとダメージは大きいけどな。
現実世界のように重さが攻撃の威力になっているわけじゃない。ゲームなんだから、威力を決めるのは結局のところ武器の攻撃力とプレイヤーの筋力、スキルなどの熟練度だ。
「地味だけど削っていくしかないな」
「削れるもんなら削ってみな。隙あらば俺様の一撃を喰らうことになるぜ?」
「そっちこそ兎を舐めてると足を掬われるぞ」
地面を蹴る。待ち構えていたドウメキの大剣をかいくぐり、右手の『白焔』を奴の肩口に走らせる。浅い。けど、ダメージはダメージだ。燃焼による追加ダメージが発生しないのが痛いな。運が無い。
「【パワースラッシュ】!」
ドウメキの必殺の一撃が横薙ぎに振り抜かれる。双剣の戦技は使えなくても、大剣の戦技は使えるってわけか。
上体を反らして紙一重で躱しつつ、後ろに跳ね飛んで距離を取る。
「ちょこまかと!」
ドウメキが大剣をXの字に構え、大剣の腹をこちらへ向けて突進してきた。
「【ソードバッシュ】!」
「くっ!」
向けられた大剣を両手の双炎剣で受け止めたが、突進するドウメキの勢いは止まらず、後ろへと押される。堪えきれずにバランスを崩しそうになるが、なんとか踏み留まった。
「らあっ!」
向かってくる勢いを横へと流し、がら空きになったドウメキの背中へ【十文字斬り】を放つ。ダメージは通っているはずだが、お構い無しとばかりに片手で握られた大剣が振り抜かれる。
「オラァ!」
「喰らうか!」
大剣を左手の『黒焔』のみで払い退ける。通常ならありえない弾き方だが、ドウメキの大剣には重さがない。普通なら打ち負ける双剣でもなんとか相殺できる。
「「おおおおおッ!」」
剣撃の嵐。縦横無尽に放たれるドウメキの剣を、ことごとく撃ち墜としていく。
スピードでは僕の方が上だ。剣撃を弾くこと自体は難しくない。
一旦離れても休むことなく剣を繰り出す。ここが勝負どころだ。手数を増やし、奴の注意を引き付ける。そして……!
「【大切断】!」
「ッ、【十文字斬り】!」
戦技と戦技がぶつかり合う。防御せず、純粋に戦技で力負けした僕は後方へとバランスを崩した。
「もらった! 【パワースラッシュ】!」
追い打ちをかけた横薙ぎの一撃が僕の脇腹に入る。痛みとしては少し叩かれたくらいの痛みだが、HPのゲージがみるみる減っていく。
ゴロゴロと地面を転がって、立ち上がった時にはすでに僕のHPはレッドゾーンに突入し、一割を切っていた。これではまともに躱すことは不可能だろう。
「終わったな。ま、なかなか楽しめたぜ、シロウサギ」
ズタボロの僕にドウメキが笑みを浮かべて口を開く。そのドウメキを見て、僕は同じようにニヤリと笑みを浮かべた。
「ったく、今ごろか……。効果が出る確率が低いのがこいつの欠点だよな」
「…………あ?」
「最初に回復アイテムを禁止って言われてさ、『チッ』って思ったけど、こうなるとそれがお前の敗因だね。自分で自分の首を絞めたわけだ」
「なにを……。……な、なんだ、身体が……!」
ドウメキの身体に二つのエフェクトが発生していた。
パリパリとした痙攣するようなスパーク。麻痺効果のエフェクトだ。もはや思う通りには動けまい。そして紫色の泡のようなエフェクト。こちらは猛毒のエフェクトだ。
「その毒って飲ませでもしないとかなり発動率低くてさ。塗った武器で何百回と斬りつけてやっと、ってレベルでね。普通は使えないんだよ。その代わり発動するとかなりの猛毒で、おまけに長い麻痺効果もあるから凄いことは凄いんだけど」
動けないドウメキのHPがどんどんと無くなっていく。普通の毒よりも早い。さすが第三エリアに棲息するモンスターの毒だなあ。
この毒はアレンさんにもらった『毒クラゲの触手』から作った物だ。『毒』を持っているモンスターは第二エリアにもけっこういるが、『猛毒』を持っているモンスターには会ったことがない。
「まさか剣に塗ってやがったのか……⁉︎ てめえ、そんな一か八かに賭けてたのかよ……!」
「いや、そうとも言えないかな。足下を見てみな」
「な、なんだコレは……!」
ドウメキの足下には小さな三角錐の鉄片が撒かれていた。リンカさんにもらった撒菱だ。もちろん『ポイズンジェリー』の毒が塗ってある。
「撒菱自体はほぼダメージがないけどさ。0.1ダメージでも攻撃は攻撃、塗った毒の判定はされる。何百個も踏めばそれだけ発動する確率も上がるだろ?」
痛覚が軽減されているVRゲームの中では、0.1ダメージなんてまったく痛さを感じない。小石を靴を履いて踏んだようなものだ。ドウメキだって気にもしなかったろう。『パーティデスマッチ』は味方同士のダメージはない。当然、僕は自分の攻撃なのでダメージを負うことはないわけだ。
「最初から……!」
「言ったぞ? 足を掬われるってな。本当はもっと早く発動するかと思ってたんだけど、リアルラックが低いのかね? まあ、発動したんだから結果オーライだろ」
「……くっくっく……ははははは! まんまとやられたってわけか。ウサギが罠を張るとか逆じゃねえかよ。────お前、性格悪いだろ?」
「ほっとけ」
嫌味なセリフを吐くドウメキを斬り捨てる。不敵な笑いを残しながら、HPが0になったPKは光の粒になり消えていった。
『決着! Bパーティの勝利!』
デモ子さんが僕の勝利を宣言し、【PvP】パーティデスマッチが終了する。
僕ら六人に相手の全所持金を六等分したお金が入り、向こうのプレイヤーたちが強制ログアウトされた。
なんとかなった、な。
【DWO ちょこっと解説】
■PKについて③
PKは捕まっても討伐されても、そのプレイヤーには「前科」という犯罪歴がつき、称号に【前科者】が追加される。これは強制的に表示される。
【前科者】の称号は(今現在)消すことはできない。(アバターを作り直せばもちろん消える)
【前科者】の称号はあくまで称号であり、なんのペナルティ効果もない。【隠蔽】のスキルにより一時的に消すことは可能。