■039 ドウメキ
■いろいろとお世話をおかけしました。一時は全削除を覚悟しましたが、なんとかバグは消え、元通りになったようです。……たぶん。
四人の男たちは皆、赤い革鎧や金属鎧を身にまとい、胸には一眼を象った意匠が付けられていた。
手にはそれぞれ弓、斧、槍、剣を持ち、ニヤニヤと馬鹿にした笑いを浮かべてこちらを見ている。
「ガキが三人かよ。分け前が減るな」
剣を手にした男の言葉で、こいつらがどういう輩かを察する。
おそらく、いや間違いなく、こいつらはPKだ。
プレイヤーキラー。その名の通り、プレイヤーを襲い、殺す、悪質なプレイヤーのことである。
DWOにおけるPKは決して割のいい行為ではない。
確かに相手を殺すと、所持金の半額とアイテムを手に入れることができるが、アイテムはランダムドロップで三つだけ。しかも装備しているアイテムは奪うことができない。所持金も金庫分は手に入らないのだ。
苦労して目的を果たしても、薬草三個と100Gということだってありうる。
逆に返り討ちにあい、討伐された時のペナルティの方がはるかに大きい。
所持金は全て討伐された相手に、装備品も含めた所持アイテムの半分がその場にランダムドロップ、レベルダウン・熟練度が半分に、一定期間のログイン不可となる。
そもそもネームプレートが赤、つまり「賞金首」になると、警備兵や騎士団に追われることになるため、町や村に入ることができなくなる。もちろん賞金目当ての普通のプレイヤーからも狙われる。
このようにDWOではデメリットの方が大きすぎるPKである。やろうとするプレイヤーはあまりいない。
しかし禁止されているわけではないし、それでもやろうとする輩はいるものだ。目の前の四人のように。
「PKか」
「おうよ。わりぃが死んでもらうぜ。そっちの三人の嬢ちゃんらは対象外だけどな」
槍を肩に担いだ男がレン、ミウラ、シズカの方に視線を向ける。
DWOでは15歳未満のプレイヤーにはPKを行うことができない。また逆も然りで、15歳未満のプレイヤーはPKを行うことができない。
レンたち三人は殺される心配がないというわけだ。反撃もできないが。
だけど保護者であるウェンディさんがPKされたら、強制的にレンたち三人も死に戻り、ログアウトになる。
「おい、あのマフラー見ろよ。こいつひょっとして……」
「ウサギマークのマフラー……テメェ、『忍者マフラー』かよ。こりゃあ面白ェ」
忍者マフラーって……。勝手な二つ名を付けんな。誰が忍者だ。全然そんな恰好してないだろうが。
さて、どうするか。ログアウトしてやり過ごす、という手もあるのだが、ここでログアウトすると次にログインする時もここから始まる。
その場所を知られている以上、嫌がらせで罠でも仕掛けられたら面倒だ。ログイン直後に死亡なんてのもありうる。宿でログアウトを推奨しているのはそれなりに理由があるのだ。
さらに面倒なことに、今現在、僕の所持金がけっこう多い。金庫を後回しにしてたツケがきたか。
「……ってなると、やっぱり先手必勝だよな」
「あ?」
「【一文字斬り】」
訝しげな顔をした槍使いの横を一瞬ですり抜け、その横に立っていた弓使いの首を一気に掻っ切る。
掻っ切ると言ってもプレイヤー同士だから血飛沫が出るわけでもないし、首が切断されるわけでもない。首に切れ目が入り、光の粒子が噴き出るだけだ。
弓使いのHPが表示され、三分の一ほどが一気に減った。やはり弓使いだけあって、防御力は高くない。まずは天敵の遠距離攻撃者から消えてもらおう。
「【アクセルエッジ】」
左右からの四連撃。そして、
「【十文字斬り】」
立て続けに戦技を放つ。近距離の防衛手段を持っていないのか、弓使いは乱舞する僕の双剣に対応できずに消滅し、光の粒と化した。
と、同時にあたりに弓使いが所持していたであろうアイテムが数点散らばり落ちる。
『賞金首【フィガロ】が討伐されました。討伐したプレイヤーに賞金が支払われます』
アナウンスが頭の中に響く。そうか、賞金が入るんだっけな。弓使いの所持していた全金額と、その首にかけられていた賞金のWゲットだ。
「テメェ! 不意打ちかよ⁉︎」
「PKが言うか、それ?」
槍使いの穂先が僕の顔面へ繰り出される。遅い。戦技でもないこの程度の攻撃なら僕の【見切り】スキルで充分躱せる。
「【フルスイング】!」
おっと、危ない。背後から放たれた斧使いの一撃をしゃがんで躱す。しゃがんだ状態のまま、【蹴撃】による足払いを喰らわしてやる。後掃腿により、見事に足をすくわれた斧使いが、バランスを崩して背中から倒れた。
「くっ! がっ⁉︎」
立ち上がろうとした斧使いの額目がけて、スローイングナイフを突き立てる。
その隙に挟まれていた槍使いと斧使いの間から逃げ出して距離を取った。巻き添えは御免だからな。
「【ファイアボール】!」
「「な⁉︎」」
二人に向けて、リゼルの放った火球が炸裂した。爆炎と轟音。さすがに凄い威力だ。
が、レベルが高いのか、斧使いも槍使いもそれでは死なず、HPはまだ二、三割ほど残っていた。
「ッ、ざけんな、このアマ!」
槍使いが一気にリゼルとの距離を縮め、手にした槍をくるりと回す。
「【バーンスラスト】!」
突き出された槍がリゼルに届くその前に、大楯を構えたウェンディさんが立ちはだかる。
「なにっ⁉︎」
「【シールドバッシュ】」
大音響を轟かせて、槍使いの戦技がウェンディさんの戦技に打ち消される。
盾に押され、バランスを崩したその槍使いの背後へと僕は回り、【アクセルエッジ】を喰らわせる。
【ファイアボール】ですでにHPがレッドゾーンに突入していた槍使いは、あっけなくその場から退場した。
またもやアイテムが散らばるが、その中に槍使いが使っていた槍も落ちていた。通常プレイヤーがプレイヤーに殺された時でも、装備しているアイテムはドロップしない。しかし、相手が賞金首だった場合は別で、装備しているアイテムも含めた全てのアイテムが、半分も奪われてしまう。
これだけのリスクがあるのにPKをやる奴らの気がしれない。
『賞金首【マッドネス】が討伐されました。討伐したプレイヤーに賞金が支払われます』
「クソが!」
続けざまに仲間がやられたことを受け、残った斧使いと剣使いは体勢を立て直そうと距離を取る。
しかしそれを待ち構えていた者がいた。
「【ファイアバースト】!」
「ぐっ!」
「があっ!」
リゼルの放った広範囲の火魔法が二人を襲う。広範囲魔法は総じて威力は低い。しかし先ほどの【ファイアボール】でHPを削られていた斧使いの方はそれに耐えられなかった。
炎に包まれて斧使いが消し炭になるように消えていく。
『賞金首【バルバロッサ】が討伐されました。討伐したプレイヤーに賞金が支払われます』
「くっ……!」
炎に耐えて、身体から小さな煙を立ち昇らせつつも、剣使いがその切っ先をこちらへと向ける。
「あとはお前だけだぞ。まだやるか?」
「るせぇ! 『バロール』が舐められたままで引き下がれるか!」
「バロール」ってのがこいつらのギルド名か?
鎧とかに付いている、あの眼の形をした不気味なマークが奴らのエンブレムなのだろう。
どっちにしろそっちがやる気なら遠慮はしない。賞金首になって遊ぶのもゲームプレイの一つだろが、降りかかる火の粉は払わせてもらう。
「やめとけやめとけ。おめェじゃそこのウサギマフラーにゃ勝てねェよ。無駄死にしてアイテムをばら撒きたくなかったら引っ込んでな」
戦技を叩き込むため、一歩踏み出そうとした時、剣使いの背後の茂みからガサガサという葉擦れの音と共に一人の男が姿を現した。
真っ赤なボサボサ髪と頬に走る刀傷。赤銅色の肌に二メートル近い身長の体格のいい魔人族だ。
無精髭を生やしたその風貌は、二十代後半から三十代に見える。まあ、このゲームで年齢は当てにならないが、15歳未満ってことはないはずだ。じゃなきゃPKはできないからな。
肩には黒い大剣を担ぎ、同じく黒い重鎧には『バロール』のギルドマークであろう単眼が刻まれていた。傷だらけの頑丈そうなガントレットに鎖が巻きついている。それがやけに目に付いた。
頭上にネームプレートがポップした。やはりレッドプレートで、『ドウメキ』と書いてある。ドウメキ……百目鬼だろうか。
「仲間か」
「一応な。こいつらはまだウチに入りたてのひよっこでな。殺る相手を見極めることができねえ。PKにとって何より大事なことなのによ」
まあ、仕掛けて逆に返り討ちにあってりゃ世話ないよな。
「ギルマス! こいつを俺に殺らせてくれ! 敵討ちだ!」
「お前に殺れんのか? この状態でよ。お前があいつを殺るにゃ、一人きりの時に罠を張って不意打ちでもしねえと無理だ」
ドウメキの言葉に剣使いが悔しそうに顔を歪める。
「それで? アンタはどうする?」
ドウメキから視線を逸らさず、僕は手に持った双炎剣『白焔』と『黒焔』を構え直した。なんとなくだが……いや、間違いなくこいつは手強いと直感が告げる。
さらにまずいことにドウメキが現れてから【気配察知】が複数の存在を捉えている。おそらくそこらにドウメキのギルドメンバーが潜んでいるのだろう。二人か三人……そんなに多くはないと思うが、姿を現さないってことは、遠距離攻撃タイプのプレイヤーである可能性が高い。
戦えるのは僕とウェンディさん、リゼルの三人だけだ。
負けたら死に戻りをし、所持金の半分を奪われて、さらにインベントリにあるアイテムをランダムでその場で三つドロップしてしまう。
所持金を多く持っていた僕には痛いが、それだけだ。自分からログアウトしたわけではないので、再開ポイントもブルーメンの教会からだろう。
ただ────僕の場合、非常にマズいとも言える。
なぜならここにきた目的の『月光石』のうち、『緑』と『紫』を僕が持っている。『赤』を持っているレン、『橙』を持っているミウラはPKされないから大丈夫だとして、リゼルも『黄』と『青』の『月光石』を持ってるんだよなぁ。
僕ら二人が殺られてもしも『月光石』がこの場にドロップしてしまったら、またやり直しになる。それは非常に面倒くさい。
それよりマズいのは、僕のインベントリにはあまり人には見せたくないアイテムが山ほどあること。
貴重な鉱石や、採取したレア素材類……これらがドロップしてこいつらの手に渡ったら、とんでもないことになりそうだ。最悪、他のPKからも狙われかねない。
「俺様は殺るならタイマンの方がいいんだがな」
ちら、と僕の背後に控えるリゼルとウェンディさんらに視線を向けるドウメキ。
「じゃあ帰ってもらえないか。僕たちは賞金首に興味はない。あんたらと戦う必要はないんでね」
「それはできねえなぁ。俺様にもメンツってもんがある。仲間を三人も殺られて、はいそうですかと帰せるわけがねぇだろ?」
ズン、とドウメキは黒い大剣を地面に突き刺して獰猛な笑みを浮かべる。
退く気はないか……さて、どうするか。
三人でかかれば倒せなくもない……と思う。レンたちは戦闘に参加できないが、回復魔法などの補助はできる。勝ち目はそれなりあるだろうが、もし僕とリゼルがやられたら『月光石』をドロップしてしまう可能性もあるしな。
それに周りに潜んでいるドウメキの仲間がどう出るかわからない。
やっぱり殺られる前に……。
「はい! ここは【PvP】の変則パーティデスマッチ戦を提案します!」
「え?」
「あ?」
唐突に上げられた手と、その発言に、僕らはその声の主────レンの方に視線を向けた。
【DWO ちょこっと解説】
■PKについて②
PKをしたプレイヤーは賞金がかかった「賞金首」となり、様々な規制を受ける。(街への立ち入りもできなくなり、プレイヤーネームの非表示も不可能になる)
NPCに捕まった場合、もしくはプレイヤーに討伐された場合、所持金ゼロ、所持アイテムの半分がその場でランダムドロップ(装備アイテム、スキルも含む)、レベル・熟練度が半分に、一定期間のログイン不可となる。
なお、賞金首を討伐したプレイヤーには賞金が支払われる。