■003 デモンズワールド
気がつくとそこは噴水のある広場の前だった。
中世のような街が立ち並び、空には雲が流れている。広場の周りには鳩がうろついており、目の前をいろんな種族が歩いていた。馬車が石畳の上を走り、広場に並ぶ露店からは賑わう声が聞こえてくる。
ここが魔界、「デモンズワールド」か。
「思ってたよりまともな世界だな……」
「魔界」なんていうから、ちょっと心配していたんだけど。おどろおどろしい骸骨で作られた家とか、真っ赤に染まった空、殺伐とした阿鼻叫喚の世界とか。そんなんじゃなくて本当に良かった。
まあ、テレビでその程度の情報は仕入れていたんだけどね。第一、そんな世界観だったら、たとえレンシアに誘われてもこのゲームをやらなかったような気もする。そもそもレンシアだってやってたかどうか。女子供には受けの悪い、かなりマニアックなゲームになってただろう。
「しかし、本当に本物そっくりだな……」
僕は噴水に近づき、手を伸ばして噴き上がる水に触れてみた。冷たいし、ちゃんと濡れた感覚もある。すごいな。
確かに最新のVR技術を駆使した世界と言われるだけのことはある。
さて僕もその世界に来たわけだし、まずは自分の情報を確認するか。
「えーっと、『ステータス』っと」
目の前に半透明のステータスウィンドウが現れる。これは通常、他人には枠しか見えないらしいので、持っているスキルやアイテムを探られる心配はない。もちろん許可すれば閲覧できるようにすることもできる。
呼び出したウィンドウには僕のパラメータや装備、取得スキルや所持アイテムなどが表示されていた。なるほど、こうやって確認するんだな。
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■STR【ストレングス】(筋力)
物理攻撃力などに影響する。
■VIT【バイタリティ】(耐久力)
物理防御力などに影響する。
■INT【インテリジェンス】(知力)
魔法攻撃力などに影響する。
■MND【マインド】(精神力)
魔法防御力、回復魔法力などに影響する。
■AGI【アジリティ】(敏捷度)
素早さ、物理攻撃回避率に影響する。
■DEX【デクステリティ】(器用度)
命中率、生産成功確率などに影響する。
■LUK【ラック】(幸運度)
全ての確率、主にクリティカルヒット、アイテムドロップ率に影響する。
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僕の場合、見事に数値が横並びしていた。いやまあ、それが【魔人族】の特徴なんだけどね。
あれ? 予備スキルのところにある【セーレの翼】ってなんだ? キャラメイクのときはここは「なし」ってなってたはずだけど……。
ピロリン。
不意に電子音のような音がした。周りを見回してみるが、反応している人たちはいない。アレ?
ピロリン。
まただ。よく見ると僕のステータスウィンドウの端にある、「メール」という枠が点滅し、②と出ている。
その「メール」をタッチすると新たなウィンドウが開いて、二通のメールが届いているのが確認できた。さっきのはメール着信音か。
一件は『【デモンズワールド・オンライン】へようこそ!』という運営からのご挨拶メール。こちらは後で読むのでスルーする。
もう一件はなんとレンシアからだった。『レンシアです。』というタイトルそのままのメールを開く。
『いまそこにむかいます。まっててください』
端的に書かれた内容に驚きつつも、この書き方はレンシアだと確信する。彼女はまだ日本語、特に漢字はあまり書くことができず、メールで書くときはいつもこんな感じだった。特に急いでいるときは大概こうだった。
たぶん漢字変換が不安なんでひらがなにしちゃうんだな。この場合、「待ってて」と「舞ってて」とかが、どっちが正しいとかが、わからないからかもしれない。春から日本に住んでるらしいから、そのうちちゃんと書くことができると思うけど。
あれ? でもこのゲーム、翻訳機能付いてなかったっけ? まあ、あの子のことだから急いでて忘れてたんだろうな。
噴水の縁に腰掛けて、ボーッと鳩を見ていると、街の向こうからこちらへ駆けてくる二人の少女が見えた。
一人は銀髪の髪をツインテールにして黒のリボンで結び、蝶の羽のような光沢が浮かぶ黒の上着とスカート姿、そして黒いタイツの少女。
もう一人は盾を持った赤いショートカットの女性で、革製の軽鎧をまとい、頭からは長い角が伸びている。あれって【竜人族】、か?
「あっ、あのっ、白兎さん、ですよねっ!」
顔を赤くした銀髪ツインテールの小柄な少女が、噴水の縁に座る僕に声をかけてくる。あー、確かにレンシアの面影があるな。牙が生えてるけど。僕がそれに答える前に、隣に立つ長身の女性が口を挟んできた。
「お嬢様、ゲーム内でリアルネームを口にするのはマナー違反ですよ?」
「あっ、す、すいません!」
「ゲームじゃ『シロ』だよ。久しぶり、レンシ……おっと、リアルネームはダメなんだっけ」
「あ、ネーム表示をオンにしてないからわかりませんね。私は『レン』です」
そう言ってレンシア、もとい、レンは微笑んだ。金色の髪は銀髪に、碧眼は翠の双眸に変化している。種族は……ヴァンパイアかな?
どうやら音声の方は翻訳機能がオンになっているようだ。
「それにしてもよくメールなんか送れたね。僕がどんなアバターネームにするかわからないってのに」
僕はさっきから疑問に思っていたことを口にする。こちらのアバターネームとかがわからなければ、確かメール等などは送れなかったと思うんだけど。チュートリアルでデモ子さんが言ってたような。
「シロ様もログインする前にVRドライブに携帯アドレスや住所等を入力なさったと思いますが、そのアドレスを使えばDWOのアバターにメールを直接送ることは可能なのです。リアルでの友人などを探すことができるわけですね。実はシロ様がログインしたらすぐわかるように、先にお嬢様のアバターにシロ様の番号の登録を本社に頼んでおりまして。どうしてもお嬢様がシロ様とゲームをなさりたいと……」
「ああっ! 風花さんっ、しーっ!」
「だからリアルネームはマナー違反ですよ、お嬢様。ウェンディとお呼び下さい」
真っ赤になって口の前に人さし指を立てるレンと、しれっとタネをバラす【竜人族】の女性。
風花さんっていうのか。風なら「ウィンディ」な気もするが、もじったのかな。それとも名字が上戸さんとか?
とりあえずメールの謎はわかった。それで僕のログインを知ったレンがメールを送ったんだな。確かに「コミュニティ」のリストにレンの名前がすでにある。フレンド登録する前に登録されてたのか……んん?
「いや、ちょっと待って。本社に頼む? そんなことできるの?」
「あ、その……はい。お父様の会社ですので……」
「はー……そうなのか……へっ!?」
お父様の会社!? どっ、どういうこと!?
「おや、気がついてませんでしたか? DWOの開発、販売、運営を行うレンフィルコーポレーションはレン様のお父上、旦那様の会社の一つです」
無表情にドラゴニュートの女性、ウェンディさんがそう告げる。え、マジですのん……? そういや、レンシアの本名って、レンシア・レンフィールドって……ああ、レンフィルってそこからか。
「隠すつもりは無かったんですけど……」
「いや、まあ、お嬢様ってのはわかってたけどね……。はああ……。じゃあ、あのお父さんが社長さんか……」
例の事件の時に警察署で会ったロマンスグレーの外人さんを思い出す。だからお礼がVRドライブとDWOだったんだな。納得。
「まあいいや。僕もレンシ……レンとこのゲームを遊んでみたかったし。一人でやるのはやっぱりもったいないしね」
せっかくのVRMMOなのだ。一人でゲームするのはもったいない。多くの人と触れ合ってこその多人数同時参加型ゲームだろう。
もちろん、ソロで遊ぶ人が悪いわけじゃない。それもその人のプレイスタイル。千差万別、十人十色なわけで。時々は僕だってソロで遊ぶだろうし。
「じゃ、じゃあ私たちでパーティ組みませんかっ? シロさんとウェンディさんと三人で」
「そりゃありがたいけど。ウェンディさんがいいなら」
ちら、とドラゴニュートの女性に視線を送る。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はウェンディと申します。お嬢様のところでメイドをさせていただいております。DWOにおけるお嬢様の保護者といったところでして」
なるほど。そういうことか。確かこのゲームには、年齢によっていろいろと規制があるんだっけ。飲酒、喫煙とかもDWOではできてしまう。そのため、年齢における規制があるのだ。
だから僕もDWOでは酒は飲めないし、煙草も吸えない。逆に言えばここで酒を飲んだり煙草を吸ったりしてる人は、間違いなく二十歳以上ってことだ。
実際に身体に取り込んでいるわけでもないんだから、厳しすぎるとも思うけど、いろいろな団体がうるさいのだろうか。アニメ映画で「喫煙シーンが多すぎる」と騒ぐところがあるくらいだからな。
確か一部モンスターとかの描写にも十三歳未満にはフィルタがかかるんだっけ? リアルすぎるゾンビとかいたらキツいだろうしな。
しかし、こちらはリアルメイドさんとは……さすがお金持ちと言うべきか……。
「じゃあパーティ申請送りますね」
レンからのパーティ申請を受諾して、二人のパーティに入れてもらう。ついでにウェンディさんとのフレンド登録もしておく。これで離れていても会話ができるらしい。
「僕はまだ始めたばかりだからレベル1だけど、二人はいくつ?」
「私は7、お嬢様は6ですね。つい先日始めたばかりですので。あまりシロ様と強さが離れすぎると、一緒に狩りにいけないとお嬢様が……」
「だからあ! ウェンディさんは余計なこと話しすぎ!」
ポカポカとレンがウェンディの革鎧を叩く。
なるほど。レベル7と6か。序盤だしすぐ追い付くかな。
「シロ様は【魔人族】ですよね? 装備は短剣ですか……回避型の前衛でしょうか」
「ああ、うん。そんな感じ。ウェンディさんは盾と……」
「剣です」
そう言って腰にぶら下げた剣を軽く叩く。盾と剣ってことは防御型の前衛かな。
「私の武器は弓です。ウェンディさんがモンスターを防いで、私が後方から射撃したりする戦闘スタイルでやってます」
ドラゴニュートは防御力が高いし、壁役にはちょうどいいな。それと、ヴァンパイアの弓使いか。なんとも珍しいイメージだが、これもありか。
「ではさっそく街の外へ狩りに行ってみますか? お嬢様は午後からお茶会がありますので時間が限られていますし」
「あ、そうなの?」
「はい……残念ですけど……」
本当に残念そうに俯くレン。日曜日なのにお嬢様も大変だな……。肩を落とすレンの頭をひとつ撫でて街の外へと促す。
「なら、時間がもったいない。僕は初心者だからいろいろ教えてくれよ。チュートリアルだと上手くできたと思うんだけど、実際の戦闘だとまた違うだろうからさ」
「あ、はい! 行きましょう!」
こうして僕ら短剣使いと盾使い、そして弓使いの三人パーティは、街の外へと連れ立って歩き出した。
【DWO ちょこっと解説】
HP(ヒットポイント)
生命力を表すポイント。これが0になると死んだことになり、規定の場所で復活する。
ST(スタミナ)
スキルや戦技を発動するのに必要なポイント。0になると行動にマイナスの補正がかかる。動くのもしんどくなる。生産にも使う。
MP(マジックポイント)
魔法や一部のスキル、戦技を発動するのに必要なポイント。0になると意識を失う。死ぬわけではないが、戦闘中に切れると大変。自然回復、魔法、アイテムなどで、1でも回復すれば(朦朧)状態で気がつく。ちなみにレベル1でも1分もあれば1回復する。また、アイテムによってはMPを消費する武器などもある。