■035 黄の月光石
カッパだ。カッパがいる。「三頭身」のずんぐりむっくりしたカッパがいる。
「ん? おお、君は。こんなところで会うとは驚いたね」
「え?」
カウンターにいた僕の姿を見るなり、カッパが親しげに手を振り出した。いや、カッパに知り合いはいませんが……。こんな寿司屋のマスコットキャラクターみたいな着ぐるみの……あ。
「……ひょっとして、レーヴェさん?」
「ひょっとしてもなにも────ああ、そうか。あの時はライオン丸の姿であったか」
ピコン、と頭上にネームプレートが表示される。やっぱりレーヴェさんだ。ガンガン岩場で僕たちを助けてくれたプレイヤー。あの時はライオンの着ぐるみを着ていたけど、今はカッパの着ぐるみを着ている。
「おや、シロさんはレーヴェと知り合いでしたか」
「あ、はい。一度助けてもらって」
「そうでしたか。世間は狭いですねえ」
VR空間のことを世間というかはわからないが、どうやらマスターとレーヴェさんは知り合いのようだ。
マスターが店内に入ると、レーヴェさんも足を踏み入れようとして、
「ぐうっ」
頭がドアを通らずに引っかかり、もがいていた。そりゃそうなるよ。でかいもん。
レーヴェさんが頭を両手でぐっと押さえ、一時的にへこませてドアを通過する。その姿にレンとミウラが若干引いていた。
「もう脱いだらいいのでは……」
「いやいや。これが吾輩のアイデンティティーであるからして」
変なこだわりがあるらしい。隣のカウンター席に座ったレーヴェさんがマスターにコーヒーを注文する。僕も同じくコーヒーを頼んだ。
しばらくして出てきたコーヒーをレーヴェさんが香りを楽しみながら飲む。……飲んだよ、おい。どうなってんの? 普通にカッパの口から飲んだよ。ストローでも付いてんのか?
「飲まないのかい?」
「あ、いや……。飲みます」
横目でカッパがブラックコーヒーを飲むのをチラチラと見ながら、僕もミルクと砂糖を入れたコーヒーを味わう。横が気になってイマイチ味がわからんかった。
「マスターはレーヴェさんと知り合いなんですか?」
「ええ。一時はパーティも組んでいたんですよ。今でもたまに手伝うことがありまして。今回もそれで呼び出されたってわけです」
なるほど。臨時のお手伝いか。
「まあ、私の方も蜂蜜がなくなってきていたので渡りに船でしたけどね」
「あ、クインビー狩りですか?」
「ええ。私は蜂蜜を。レーヴェは『黄の月光石』を」
ああ、『黄の月光石』ってクインビーからも落ちるんだ。すぐそこの【トリス平原】にいるし、僕らもそこで狙うか。けど、クインビーならけっこう狩ってるんだけどな。
「カッパさん、月光石集めてんの? だったらあたしらとパーティ組んで、一緒にブレイドウルフ倒さない?」
ミウラがそう声をかけるが、振り向いたカッパは静かに首を横に振る。
「嬉しい申し出だが、すでに予約が決まっていてね。すまない」
「そっかー。ちぇー、月光石集める手間が省けると思ったんだけどなー」
「おいこら、本音をぶっちゃけるな」
「はっはっは。面白いお嬢さんだ」
さすがにレーヴェさんだってソロでエリアボスに挑むほど強くはないだろう。何人かでパーティを組んで戦うに決まってる。この前言っていたこの着ぐるみを作った生産職のプレイヤーかな?
「残りはいくつです?」
「今回ので『黄の月光石』は手に入ったから残りは『銀の月光石』一つだな。そっちは?」
「まだ赤と青、緑しか集まってません」
「そうか……。『黄の月光石』はクインビーから落ちるんだが、魔法攻撃でトドメをささないとドロップしないんだよ」
そうなのか。どうりでドロップしないはずだ。ってことはマスターは魔法使いタイプなのかな? レーヴェさんは格闘家タイプだったし。
ウチだとリゼルに頼るしかないか。ウェンディさんの炎の【ブレス】でもドロップするかな?
「ちなみに他の月光石がドロップしやすいモンスターってわかります?」
僕はインベントリから『魔獣図鑑』を取り出し、カウンターで開いた。
レーヴェさんはページをパラパラとめくり、月光石を落としやすいモンスターを示してくれる。
「紫は【ガンガン岩場】のメタルビートル、橙は【クレインの森】の雷熊がよくドロップすると聞くね」
「げ」
「げ?」
「あ、いや……雷熊にはちょっと嫌な思い出が……」
わけのわからないまま追いかけ回されたからなあ……。そんで崖から落ちて川に流された。今なら一対一で倒せなくもないと思うけど……。一度植え込まれた苦手意識はなかなか消すことができないよな。
「『銀の月光石』はシルバードだな。こいつが一番厄介なんだ。空を飛んでいるし、おまけになかなかエンカウントしない。そして強い」
開いたページには銀色の翼を持った鳥型のモンスターが描かれていた。確かに空を飛ぶモンスターは面倒だな。リゼルの魔法か、レンの弓矢で仕留めるしかないか。さすがにウェンディさんの【ブレス】も届かないし。
なんとか地面に落として、そこを僕ら地上班がボコボコにするしかない。
「で、どれからいく?」
テーブル席でスイーツを堪能しているお嬢様方にお伺いをたてる。
「まずは近場の【トリス平原】でクインビー狩りでしょうか。リゼルさんに頼ることになりそうですけど」
「全然問題ないよー。【火属性魔法(初級)】ももうちょいで熟練度100%になるから任せといて!」
「100%になると中級になるんだっけ?」
「そうだよ。あと初級の火属性魔法全部に少しボーナスがつくの」
魔法スキルは上級スキルになっても下級スキルの魔法を使うことができる。さらに上級スキルになると魔法の威力が上がるらしい。
「シロくんも魔法スキルを取ったらいいのに」
「いや、取ったところで使いどころがなあ。魔法詠唱してるヒマがあったら斬り込むし」
僕はリゼルみたいな妖精族ではないので、種族特性の【高速詠唱】を持ってないしな。
「ふむ。なら【付与魔法(初級)】を取ったらどうかね」
「付与魔法?」
レーヴェさんの提案に僕は首を傾げる。付与魔法とはいわゆる特殊な効果や属性を与える補助系の魔法だ。
「【パワーライズ】で一時的にSTR(筋力)を上げたり、【エンチャント】で武器に属性を与えることもできる。普通の属性魔法に比べて詠唱時間は短いし、戦闘補助としては悪くないぞ」
「うーん……。興味は引かれるけど、基本的に僕はINT(知力)が低いから効果はそれほどでもないと思うんだよね。属性付与を付けてもすぐに切れそう」
「使い続けていればINTも上がると思うが……。まあ、好きにするといいさ。DWOではプレイヤースタイルは自分で決めていくものだからね」
そうですね。目の前のカッパを見ているとプレイヤースタイルは千差万別だということがよくわかります。
「まあ空中の敵に対してはなにか対策が欲しいところだけど……」
「魔法スキルを取ったり、武器を変えないのであれば【ジャンプ】とか【軽業】、【枝渡り】、【投擲】などですかね」
「あ、そうか。【投擲】があったっけ。そっちの熟練度を上げるの忘れてた」
マスターの言葉にはたと気がつく。
ちなみに僕の現在のスキルは、
■使用スキル(8/8)
【順応性】【短剣術】
【敏捷度UP(小)】
【見切り】【気配察知】
【蹴撃】【投擲】【隠密】
■予備スキル(8/10)
【調合】【セーレの翼】
【採掘】【採取】【鑑定】
【伐採】【暗視】【毒耐性(小)】
となっている。
あまりスキルを取ってないのはゴチャゴチャするのが嫌だったからだ。スキルスロットは8つしかないし、予備スロットは10しかないしな。
【投擲】に関しては使えば使うほど、スローイングナイフを補充するお金が消えてくので、なるべく使わないようにしていた。なので熟練度があまり上がっていない。
正直に言うと、僕は双剣使いなので、【投擲】とは相性が悪いのだ。両手がふさがっているからね。投げるためには片方の短剣を鞘に納めなければならないわけで。
さらに【投擲】で使ったアイテムって消費するんだよな……。拾ってもう一度再利用とかできないんだよ。ここらへん、ゲームだなぁと思う。
そこらの石を拾って【投擲】しても熟練度は上がるが、微々たるものだしな……。
しかもただ投げるだけじゃ上がらないんだ。きちんと何かを狙わないと効果はない。時間があるなら石をそこらの木に延々とぶつけても熟練度は上がるけど、いったい何億回投げればいいのか見当もつかない。
やはりちゃんとしたアイテムをモンスターに投げて当てた方がはるかに熟練度は上がる。
ケチってないでもっとナイフを使うか。お金は飴で稼いでいるからそこそこあるしな。
『ミーティア』で食事を取ったあと、僕らは【トリス平原】に来てクインビー狩りに入った。目的は『黄の月光石』なので、トドメはリゼルにやってもらう。
「【ファイアアロー】!」
僕らが痛めつけたクインビーがリゼルが放った炎に包まれる。
残念ながら『黄の月光石』は落ちなかった。うーむ、もう百匹近く狩っているけど落ちないもんだなあ。こればっかりは運だし、仕方ないか。いや、パーティにLUK(幸運度)の高いインキュバスやサキュバスがいれば違ってくるのかもしれないけど。
「あ、やった! 【火属性魔法(初級)】に☆がついたよ!」
「おー。おめでとう」
リゼルがステータス画面を見て喜んでいる。【火属性魔法(初級)】が熟練度MAXになったのか。
「☆がついたってことは火属性の新しい魔法を覚えたんですね?」
「うん。【ファイアボール】が使えるようになった」
レンの言う通り、魔法スキルは熟練度によって新しい魔法を覚えることができる。確か【火属性魔法(初級)】で覚えられる魔法は【プチファイア】、【ファイアブレット】、【ファイアアロー】、【ファイアバースト】、【ファイアボール】だったか。
────っと。【気配察知】が敵の出現を教えてくれる。
「右前方、三体。来るよ」
クインビーが二体、ウィンドジャッカルが一体か。
リゼルが杖を構えて前に出る。
「クインビーに一回攻撃させて。【ファイアボール】を使ってみたい」
「わかった。じゃあウィンドジャッカルは僕の方で引き寄せておく」
「じゃああたしはもう一匹のクインビーだね」
「では私とお嬢様はリゼルさんのサポートを」
それぞれの役目を確認して散開する。ウィンドジャッカルに残りが心許ないスローイングナイフを投げつけ、注意をリゼルから逸らした。
リゼルの方はすでに【ファイアボール】の詠唱に入っている。ウェンディさんが上空で漂っているクインビーを牽制しつつ、盾を構えてリゼルを守っていた。
ミウラはもう一匹のクインビーを引きつけて別方向へと移動している。
「【ファイアボール】!」
詠唱の終えたリゼルの杖の先から大きな火の球が撃ち出された。それは真っ直ぐにクインビーへと衝突し、一瞬にして巨大蜂を消滅させる。一撃かよ。
手の空いたレンの矢が、ウィンドジャッカルに突き刺さる。そのタイミングで僕もスローイングナイフをもう一投し、連撃で戦技を放つ。
「【アクセルエッジ】」
ウィンドジャッカルが光の粒になって消える。
「【ファイアボール】!」
向こうではリゼルの【ファイアボール】が、ミウラが引きつけたクインビーめがけて再び放たれたところだった。
今回も一撃でクインビーを倒した。すごい威力だな。
クインビーを倒したリゼルにミウラが駆け寄る。
「すごいじゃんか、リゼル姉ちゃん!」
「いやあー、威力は凄いけど詠唱長いし、MP消費も大きいよ、これ。クインビーに撃つのはもったいない……あ!」
ステータス画面を見ていたリゼルが小さく叫び、手の上に黄色いゴルフボール大の宝石を取り出した。『黄の月光石』だ。
「やりましたね!」
「やれやれ、やっと終わったか」
リゼルのもとへと僕らは集まる。これで四つ目の月光石だ。残るは紫、橙、銀。
紫のメタルビートルはまだいいとして、橙の雷熊は気が重いなあ。まあ、トラウマ克服だと思って頑張るしかないか。
【DWO ちょこっと解説】
■魔法について②
火属性魔法(初級)においての習得魔法。
熟練度(%は目安です)
000% 【プチファイア】
010% 【ファイアブレット】
030% 【ファイアアロー】
060% 【ファイアバースト】
100% 【ファイアボール】