■032 思いがけぬ出会い
トーラスさんの交渉により、飴はかなりの高値で売れた。
毎週固定数を作って売ることで、ある程度(かなりの金額だが)の定期的な利益は見込める。それ以外は必要な時に注文してもらい、僕に余裕があればその都度作るということで話はまとまった。
突然大量に注文されるとも限らないので、ストックは幾つか作っておいてある。何回かバイコーンに殺されて死に戻りしたけど。
代わりにと言ったらなんだけど、僕の方もアレンさんから第三エリアの『ポイズンジェリー』からドロップする『毒クラゲの触手』とかをもらった。
こいつは調合すると強力な猛毒になるとか。しかも麻痺効果もあるらしい。だけど武器に塗って使っても、毒も麻痺もその効果を及ぼすのはけっこう低い確率で、感覚的にだが0.5%とかじゃないかな。使えん。
直接飲ませることができればもっと発動率は高いと思うんだけど。モンスターは大概鼻がいいので、エサに混ぜても見破ってしまうだろうしな……。テイムするモンスターを捕まえるのに使えるのなら売れるかと思ったんだが。
まあ、麻痺効果なら『双雷剣』があるしな。こっちは5%だし。効果時間は短いけど。
世間に飴の素材となる『ティエリアの樹液』が出回るまでだが、これでお金はかなり余裕ができた。
となれば次は? そう、装備である。
僕の戦闘スタイルだと、正直に言ってあまり防具にお金をかけても仕方がない。
もともと避けて避けて避けての繰り返しだ。当然、防御系のスキルなんか取ってないし、物理防御力などに影響する、VIT(耐久力)が、まっっっっっったく成長してない。HP(体力)だけはレベルとともに上昇しているけどな。
となると防具で底上げするしかないのだけれど、当然ながら防御力の高いものは金属製が多い。
STR(筋力)が必要になってくるし、AGI(敏捷度)が犠牲になる。
結果、僕の求める防具は、軽めで尚且つ動きを邪魔しない防御力が高めのものになる。
ゆえに金属製はスルーだ。噂に聞くミスリルとやらなら軽い金属製の鎧ができるのかもしれないが、まだ見つかったという情報はない。
革製……レザー系か、特殊効果付与の布系かなぁ。防具装備としては魔法使い並みなんだよな……。筋力は魔法使い系よりあるからまだマシだけど。
とりあえず服飾系ならレンに頼んでみるか。
そう思い、僕は彼女へのチャットラインを開いた。
「ここいらが新作です。これは結構いい出来だと思うんですけど」
「おおう……」
レンがログアウトに利用しているブルーメンの宿に来た僕は、ベッドの上に並べられた様々な服を見て驚いた。こんなに作ってたのか。
その中からレンが取り上げたものは純白のスーツ。胸ポケットに赤いバラまで挿してある。これを着ろと? 新郎か。
「いや、さすがにそれは目立つからちょっとね……」
「そうですか? 似合うと思うんですけど……」
僕がやんわりと拒否すると、残念そうにレンは白スーツを隣に立つウェンディさんに渡す。
「じゃあこっちはどうですか? ミウラちゃんの意見を取り入れて、忍者風にしてみたんですけど」
「……いや、真っ黒覆面姿なんて白スーツ並みに目立つでしょ。どこの暗殺者かって思われる」
そんな姿で町中を歩いていたら不審者にしか見えない。怪しさ大爆発だ。ミウラも余計なことを。
「うーん……。そうなると、こっちの普通のシャツとかズボンになりますけど……」
「それでいい。普通が一番だよ」
「ですがせっかくのゲーム世界ですのに、普通のシャツとズボンでは、逆に浮いて見えませんか?」
ウェンディさんが痛いところを突いてくる。確かに剣と魔法の世界でTシャツにGパンとかでは、逆にネタ装備と取られかねない。
というか、ならなんでこんなのを作ったのかとレンに聞いたら、練習用に実際にあるものを作ってみたんだとか。
「こういったファンタジー風なコートならどうです?」
「まあ、それならアリかな……」
レンが渡してくれたコートを着てみると、意外としっくりときた。フードのついた白いコートで黒いファーがフードと袖口、裾に付いている。大きなベルトやボタンがちょっと現実味がないけど、ゲーム内でそれを言っても仕方がない。
「白髪に白いマフラー、白いコートと白ずくめですね」
「名前も『シロ』ですしね」
言われてみればそうだ。まあ本名が白兎なんで、白はパーソナルカラーとしているから問題ないけど。
レンはそれだったら白スーツの方が……と言っていたが、これにすることにした。
それと上着やズボンもついでに選ぶ。
「じゃあこれらを売ってもらおうかな」
「あ、ここにあるのは普通の糸で作っているんで普通の服です。防御力はありませんよ。見本です」
あれ、そうなの? それじゃ今から作るのか。
まあ急いでないし、暇な時にいつでもいいよとは言ったのだが、さっそく作り始めるとレンは言い出した。ありがたいけど、無理はしないでほしいな。
「それとそのマフラーも貸してもらえませんか?」
「これを? なんで?」
「【縫製】スキルの熟練度が上がったんで強化しておこうと思って。これはお金を取りませんから」
まあ、もともとレンにもらったものだから構わないけど。なんか馴染んでたから装備を外すとちょっと落ち着かないが。
口元とか隠せるから便利だったしね。トーラスさんが言うには僕は考えてることが丸わかりらしいから。
マフラーを預けてレンたちの宿を出る。その足でポータルエリアに行き、【怠惰】の始まりの町フライハイトへと跳んだ。
今度は共同工房にいるリンカさんのところだ。
「新しいメイン武器?」
「はい。ある程度まとまったお金が入ったので」
工房にいたリンカさんにそう言うと、少し考えるようなそぶりをみせてから、僕に向かって彼女は指を二本立てた。
「武器を強くするには二つの方法がある。一つは現在使用している武器より高性能・高品質な武器に新しく持ち替えること。もう一つは現在使用している武器を強化すること。これらにはそれぞれメリット・デメリットがある」
ほうほう。
「前者のメリットは一足飛びに強くなれること。デメリットは新たな素材が必要になること、つまりお金がかかること。後者のメリットは安上がりですむことと、以前の特殊効果を受け継ぐこと。デメリットは耐久性の最大値が減って壊れやすくなること」
武器には耐久性というものがある。これが0になると武器は壊れてしまう。0になる前なら修復することでいくらかは回復できるが、壊れてしまうともうどうしようもない。
強化しすぎるとだんだんと壊れやすくなるというわけだ。つまり耐久性の高い武器というのは強化をしやすい武器ということでもある。
もちろん、強化する場合も素材が必要になる、とリンカさんは告げた。しかし一から作るわけではないので、それほどの量はいらないとのことだった。
「それで、どっちにする?」
「うーん……」
さて、どうするか。お金には余裕があるから新品を作ってもらうことはできる。
しかし今まで使っていた【双雷剣・紫電一閃】と【双雷剣・電光石火】にも愛着があった。麻痺効果もあるしな。それを捨ててしまうのはもったいない気もする。
だけどせっかくお金が入ったんだし、新品を買うのもいいよなぁ〜……。
「もちろん、シロちゃんが新しい素材を持ってきてくれるならその分お安くする。その素材がAランクなら半額でもいい」
マジですか。Aランクの素材を扱えば、リンカさんも技術経験値をどっさりと貰えるということか?
しかし、Aランクの鉱石なんかそう簡単に採れんだろ。まあ【セーレの翼】を使えば採れなくもないが。
目の前のリンカさんがキラキラした目でこちらを見ている。
う。
「手に入れられるかわかりませんけど、一応、前向きに探してみます……。けど、採れないかもしれませんからあまり期待しないでもらえると……」
「わかってる。あ、これプレゼントする。多分必要」
「え?」
リンカさんが開いたトレードウィンドウには『パワーピッケル×5』と出ていた。
「Aランク以上の鉱石はそのピッケルじゃないと採れない……らしい。採った人がいないから鑑定欄を信じるしかないけど」
すでに【鑑定済】になっていたそのアイテムの詳細を開いてみる。
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【パワーピッケル】 Cランク
■強化されたピッケル。
Aランク以上の鉱石を採るのに必要。
□消費アイテム/
□複数効果なし/
品質:S(標準品質)
【鑑定済】
─────────────────────
Cランクって……。これだけでもけっこうなものじゃないのか?
「気にしないでいい。もともとこれもシロちゃんの持ってきた鉱石がなければ作れなかったモノ」
消費アイテムってことは、これも普通のピッケルと同じく壊れる可能性もあるってことだよなぁ……。
こんなのもらったら後に引けなくなるじゃんか。思いっきり期待してるだろ……。
とりあえず新武器を作るにしろ、今の武器を強化するにしろ、いい鉱石が必要なのは確かだし、行ってくるか。
僕は共同工房をあとにして、【セーレの翼】をスロットにセットし、町の北にあるポータルエリアに足を運んだ。
よくよく考えると、僕の手に入れてるアイテムって実はそれほど価値はないと思うんだよね。
せいぜいフィールドで取れる素材なわけだし、もっと攻略が進めば、そのうちみんなAランクの鉱石なんかジャンジャン掘り出すことになるだろうし。
人より早く手に入れられるから、今は希少価値があるってだけでさ。
「そのうちこの手も使えなくなるよなぁ」
今のうちに稼げるだけ稼いでおいた方がいいかもしれんな。
そんなことを考えながらフライハイトのポータルエリアに飛び込んだ。
いつものようにランダム転移が起こる。一瞬にして僕は見たこともないフィールドに到着した。
「【ウール大草原】……。【暴食】の領国か。第三エリア、かな?」
アフリカのサバンナみたいな光景が広がるその場所を一目見て、僕は「あ、ダメだ」と思った。
まず鉱石を掘れそうなポイントがポータルエリア付近にない。さらに隠れる場所も全くなく、遠くのモンスターから丸見えだ。すでにサイだかヌーだかわかんないモンスターが遠くからこちらに走ってくるのが見える。
「次だ、次」
一度ポータルエリアから出て、再び入る。【セーレの翼】によるランダム転移が起こり、僕はまた見たこともないエリアへと転移した。
「うおっと!」
思わず驚いた声が出てしまい、慌てて口を塞ぐ。
周りの人は一瞬僕を見て不思議そうな顔をしたが、すぐに興味を無くし、次々とポータルエリアに入っていった。
一旦その場から離れ、近くのベンチに僕は腰を下ろす。
「ああ、びっくりした。そりゃそうか。こういうこともあるよなぁー」
【セーレの翼】が僕を運んだ場所は、どこかの町のポータルエリアだった。ポータルエリアがあるのはなにもフィールドだけじゃない。町や村、神殿なんかにもある。そこに転移してもなんら不思議はない。
「えっと……『ライオネック』。【傲慢】の町か」
ベンチで周りを眺めているとプレイヤーが多いことに気付く。マップで確認してみると、ライオネックは第二エリアの最初の町だった。
「ちょうど【怠惰】でいうブルーメンみたいな場所か。そりゃ賑わうよな」
ライオネックのポータルエリアの場所はブルーメンのと同じように広場になっており、周りにはプレイヤーの露店が並んでいた。こういったところはどこでも同じか。
ちょっと露店を巡ってみたいところだが、また今度にしよう。さっさと鉱石が採れそうな場所にいかないと……ん?
ベンチに腰掛けていた僕の横に、いつの間にかちょこんと仔犬が座っていた。シベリアンハスキーのような灰色の犬である。
首輪をしてるから野良ってわけじゃなさそうだ。んん? これってただの首輪じゃないな。テイムしたモンスターに着ける……あれ、じゃあこの仔犬って犬じゃなく、グレイウルフか!
「あ! いた!」
声がして振り向くと、ベンチの前に一人の少女が立っていた。銀髪のポニーテールに黒のベストを着込み、キュロットスカートを穿いている獣人族の少女。腰には細身の剣を装備していた。狼の獣人族か?
足下には別の犬……いや、狼? が二匹座っている。色は黒と白。ブラックウルフとホワイトウルフ、か?
「うぁん!」
可愛らしい声で吠えて、グレイウルフの仔がご主人様らしき少女のところに駆けていく。
「もう! 離れるなって言ってるでしょうが!」
「うぁん!」
仔犬ならぬ仔狼を捕まえて、睨みつける少女。おい、ちょっと待てよ……まさか……。
僕はその少女を一目見たときから、ある既視感に襲われていた。そりゃそうだ。ほぼ毎日学校で見る顔なのだから!
「ん?」
向こうも僕の視線に気がついたのか、こちらに視線を向ける。
しばらく僕らは馬鹿みたいにお互いを見つめあい、同じように首を傾げた。
そのうちアバター名が少女の上にポップする。同じように僕の上にもポップしたことだろう。
少女のアバターネームのプレートには『ハル』と書かれていた。
もうちょっと捻れよ! あと顔とか髪型もいじれよ! どんだけ自分好きなんだよ! 僕が言えた義理じゃないけどさぁ!
「シロ……はく……はっくん?」
「や、やあ……」
彼女しか呼ばない名前で呼ばれ、確信する。やっぱり遥花だわ、この子。
霧宮遥花。霧宮兄妹の妹で、クラスメイトで、僕の親戚。
「ええええ⁉︎ なんで⁉︎ なんではっくんが【傲慢】の町にいるの⁉︎ どうしてぇぇ⁉︎」
遥花ことハルの声を聞きながら、面倒なことになったと空を見上げ、僕は運命の神を呪った。
【DWO ちょこっと解説】
【獣人族】セリアンスロープ
獣人。多種に渡る種族がいる。(犬、猫、狼、虎、豹、兎、獅子、熊、狐など)
それぞれ固有スキルの特性があり、一長一短。選択すると獣耳と尻尾が生える。
種族スキル【獣化】を持つ。
筋■■■■■■■■
耐■■■■■■
知■■■
精■■■
敏■■■■■■■■
器■■■■
幸■■■
(例:狼)
種族スキル【獣化】
スタミナを使って種族固有の能力が発動する。【獣化】にはタイムリミットがある。