■025 準備完了
いつものように、始まりの町・フライハイトの共同工房の一角でリンカさんは槌を振るっていた。
そういや、リンカさんも【棍棒の心得】、そしてそこから派生する【戦鎚術】とかを持っているのかな? 一応小さいけどハンマーを振り回してるわけだし。
リンカさんに事情を話し、ハンマーを作ってもらえないか尋ねてみた。
「ハンマーならいくつかある」
作るまでもなく持ってるのか。リンカさんは作業台の上にドン、ドン、ドンと、三つのハンマーをインベントリから出してみせた。
どれもこれも凶悪そうな武器だな。こんなので殴られて死に戻りしたら夢に見そうだ……。
「うんしょっと」
ミウラがそのうちの一つを両手で持ち上げてみせる。自分の身長と同じくらいはあるハンマーをあっさり持つあたり、【鬼神族】の面目躍如といったところか。
ちなみに僕も持ってみようとしたが持ち上がらなかった。重くて筋力の値が足りないんだろうな。
ミウラはそのまま空いた鍛冶スペースのところに行き、ブンブンとそれを振り回し始める。やがてまたこちらにやってきて、別のハンマーを手に取り、またブンブンと振り回し出した。どれがしっくりくるか試しているのだろう。
やがてミウラは三つのうちの一つを手にして、うん、と頷く。
「これが一番使いやすいかな。もうちょい握りが細いと手にしっくりくるんだけど」
「そこらへんは調整する。それでいい?」
「うん。これちょうだい」
「毎度あり」
黒光りする片口型の戦鎚を譲り受け、リンカさんが握り革の部分を調整し直している。
「ひょっとして【ガンガン岩場】に行く?」
「そうです。よくわかりましたね?」
「第二エリアに行った大剣使いがハンマーを必要としている。わかりやすい」
それもそうか。ってことは、そういうプレイヤーがわりといるってことだな。その先にある村なんか、あまり行かないって話だったけど。
「【ガンガン岩場】は多数の鉱石が採掘できる。持ってくれば買い取る」
そうか、採掘目当てで行くんだな。村まで行かないで、そこで鉱石類を手に入れるのか。
「そういえば、リンカさんは第二エリアへは行かないのですか? それほどの【鍛冶】スキルを持っているなら、レベルも高いのでしょう?」
ウェンディさんが、リンカさんへ疑問を投げかける。生産スキルが高いということは、技術経験値が入っているということで、それなりにレベルが高いということだ。
レベルが高い=強いではない「DWO」だが、リンカさんが【鍛冶】スキル一辺倒だとは思えない。
「第二エリアにはもう行った。でもブルーメンにある共同工房も、設備はあまりここと変わらないから。こっちの方が人が多くて商売になる。素材はアレンとかが持ち込んでくれるし」
ああ、もう第二エリアには行ったのか。
確かにここと比べるとブルーメンはプレイヤーが少ないかな。しばらくすれば増えてくるとは思うけど。
第二エリアに行ってないプレイヤーが少ないんじゃなくて、こっちの方が居心地がいいというか。
「リンカ姉ちゃんは店とか持たないの? 武器屋とか」
「面倒くさい。嫌な客も来るかもだし。今は気に入った素材で、気に入った物を作って、気に入った人に売ってた方が気楽。攻略が進んだらそのうち持つかも」
ミウラの質問に答えながらリンカさんがハンマーの調整を終える。そのハンマーを握って、ミウラが軽く左右に振る。問題はなさそうだ。
さて、ミウラはこれでいいが僕はどうするかな。
「やっぱり僕の武器だと【ガンガン岩場】は厳しいですかね?」
「厳しい。刺突系の双剣にした方がまだダメージが入る。ハンマーみたいに大ダメージを与えられるわけじゃないけど。買う?」
「ちょっと見せてもらえます?」
リンカさんが再びインベントリから四本の短剣を取り出す。二本で一セット、二種類の短剣だ。
どちらも刃の部分が細く、突き刺すことに特化したものである。
片方はアイスピックのような形状をしていて、刃渡り(?)20センチほどの長さ。握りは太く、持ちやすい青色の双剣。
そしてもう片方は分厚い刀身であったが、十手のように手元に鈎のようなものが付いている。これって兜割みたいだな。兜割と違ってしっかりと刃が付いているけど。
とりあえず【鑑定済】にしてもらう。どれどれ。
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【サウザンドニードル】 Xランク
ATK(攻撃力)+31
耐久性27/27
■刺突性に優れた短剣。
□装備アイテム/短剣
□複数効果あり/二本まで
品質:S(標準品質)
【鑑定済】
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【突剣・鬼爪】 Xランク
ATK(攻撃力)+28
耐久性35/35
■鎧をも貫く短剣。
□装備アイテム/短剣
□複数効果あり/二本まで
品質:S(標準品質)
【鑑定済】
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やっぱり双雷剣より攻撃力は落ちるな。っていうか、サウザンドニードルって……千枚通し?
数値的には攻撃力を取るか、耐久性を取るかだが……。デザイン的にはこっちかなあ。
僕は黒光りする武骨な二本の「鬼爪」を手に取った。
「そっちにする?」
「はい」
リンカさんに代金を払い、【突剣・鬼爪】をインベントリに収納する。これで【ガンガン岩場】で硬い敵が出てきても少しはマシになるかな?
「ところでそっちの子は?」
リンカさんがリゼルの方を向いて尋ねてくる。やべ、忘れてた。
「ああ、この子はリゼル。最近パーティに入ったんですよ」
「リゼルです。よろしくお願いします」
「ん。よろしく。……魔法メイン?」
「あ、はい」
リゼルの装備を見ていたリンカさんが彼女のスキル構成を当てる。まあ、【妖精族】で杖を持ってたらそう思うよな。
するとリンカさんはインベントリから幾つかのアクセサリーを取り出して机に並べ始めた。指輪やイヤリング、ペンダントなど様々な種類のアクセサリーだ。
「一律10000G。全部INT(知力)やMND(精神力)、MP上昇の効果がある。お買い得」
「どうしたんですか、これ?」
「トーラスから物々交換でもらった」
僕のバッジと同じくトーラスさんの作ったやつかな? なら品質は確かだと思うが。
リゼルはアクセサリーを手にとっていろいろと悩んでいたが、そのうちの指輪とイヤリングの二つを買うことにしたようだ。
「毎度あり。あと、【ガンガン岩場】に行くのなら毒消しのポーションを持っていった方がいい。あそこはアーマースコーピオンが出る。毒対策をしとかないと痛い目に合う」
そうなのか。今まで毒をくらったことはなかったから対策なんかしてなかったな。
「シロ君、【調合】スキル持ってるって言ってたよね? 毒消しのポーション作れる?」
「いや、【調合】はあんまり熟練度上げてなくて……。毒消し草ならいくつか持ってるんだけど」
リゼルの質問になんとなくバツの悪い気持ちになる。そう言えばそっちのスキルをおざなりにしていたなあ。
なぜかと言うと僕の場合、基本的にダメージをあまり受けないからだ。防御力が低いんで直撃を受けたら死ぬ可能性が高いし。
なのでポーションの出番がそんなにないんだよね。
そんな理由もあって、僕の防御装備は大して強くない。金属鎧系だとAGI(敏捷度)が下がるしな。
毒消し草だけ持っていても仕方ないし、なるべく【調合】も上げるようにするか。解毒系ポーションだけじゃなく、麻痺とか暗闇、沈黙に睡眠、いろんな回復ポーションを作れた方がいいだろうし。
共同工房から出た僕らは、リンカさんのアドバイスに従って、NPCの道具屋で毒消しのポーションをそれぞれいくつか買った。プレイヤーの露店で買っても良かったのだが、探すのが面倒なのとそれほど安いわけではないので、こっちで買った。一人五本くらいしか買わないし。
ミウラはスキル屋で【棍棒の心得】を買っていた。【棍棒の心得】は熟練度が上がれば【金棍術】や【戦鎚術】になる。
僕も【軽業】【体術】あたりが欲しかったのだが、ちょっとばかりお金が厳しい。とりあえず安い(それでもけっこうな値はするが)【毒耐性(小)】を買っておいた。
一応、毒消しのポーションは買ったけど、体力の低い僕の場合、毒を受けたらそのまま致命傷になりかねないし仕方ない。
また【セーレの翼】で鉱石稼ぎしないといかんかなぁ。モンスターにビクビクしながら掘るのってなかなかにストレス溜まるんだが。
レンは【チャージ】のスキルオーブを買っていた。弓矢による遠距離攻撃の威力を高めるつもりらしい。連射速度は落ちるが、充分にパワーを溜めれば硬い敵でもそれなりにダメージも通せるだろう。
とりあえず準備は整った。だけど今から【ガンガン岩場】に行っても中途半端な時間になるので、それぞれ解散してさらに入念な準備をすることに決めた。
ミウラは手に入れたハンマーを試しに狩り場へ、それにレンも【チャージ】のスキルを練習しに付いていった。当然ながらウェンディさんも付いていく。
リゼルはログアウトし、【ガンガン岩場】の情報を集めるとか言ってた。なにか気になることもあるらしいが。
僕はと言えば宿屋へ戻り、手持ちの素材で【調合】の熟練度を上げることにした。
結果、粗悪品の解毒系ポーションが大量生産されてしまったが。
ううむ、ポーションはそれなりに失敗しなくなったのにな。やっぱり作り慣れてないモノは失敗しやすいのだろうか。しかし……。
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【解毒薬(低品質)】 Fランク
■解毒効果があるかもしれない苦い水。
低確率で毒が消滅する。
□回復アイテム/毒
□複数効果無し/
品質:LQ(低品質)
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これはまだいい。問題は、
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【毒薬(弱)】 Fランク
■弱い毒効果を与える。
□弱体化アイテム/体力衰弱
□複数効果無し/
品質:LQ(低品質)
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なんで毒消し草から毒ができるんだよ。わけわからんよ。こういうのって、【調合】スキルじゃなくて【錬金】スキルとかじゃないの?
毒消し草は毒にも薬にもなるってことなんだろうか……。まあ、薬も飲み過ぎると毒になるとか言うけどさ。
できた毒薬を無駄にするのもなんなので、投げナイフに塗ることにした。【毒付与】のスキルもないからあまり効果は望めないが。
なんかさらに暗殺者とか忍者じみてきたな……。ふう。
【DWO ちょこっと解説】
■毒について
毒には何種類かに分かれていて、【毒】【猛毒】【超猛毒】【超絶毒】と段階ごとにいろいろある。
基本的に毒薬を武器に塗る、あるいは飲ませれば相手に【毒】のバッドステータスを付与することができるが、相手の抵抗値により、その成功確率は大きく上下する。モンスターの毒はプレイヤーに効きやすいが、プレイヤーの毒はモンスターに効きにくい。【毒付与】のスキルがあればこの確率は跳ね上がる。